TE AMO 愛してる II
ジョシュア・ローズブレイドことユリシーズ・アシュベリーが自国の大使館の敷地内に入る。
手前の公園内駐車場に停めた軍のコンパクトカーの運転席で、アレクシスはその様子を確認した。
シートに背をあずけ、軍服の胸ポケットをさぐる。
煙草のソフトパックをとりだし一本くわえると、唾液をしみこませ火をつけた。
公園内の人はまばらだ。雪は降っていない。
すぐ横にべつのコンパクトカーが停まる。
ダニエルが降りてきたのを見て、アレクシスは煙草を消し運転席のドアを開けた。
「手間をかけて悪かった。無事にすんだようだ」
そう言ったアレクシスのネクタイをダニエルはグッと引っ張り、物騒な雰囲気で目を眇めた。
「なぜ拒否しない」
尋問のするかのように低い声音で問う。
「何をキスなんかされてる」
アレクシスは顔をゆがませた。
「いや……不意討ちだったので」
「不意討ちなら何でもさせるのか貴様は」
ダニエルがネクタイをググッと引っ張る。
ローズ少佐モードだ。逆らわんほうがいいとアレクシスは思った。
「他意はない。誓ってもいい」
「あってたまるか!」
ダニエルが乱暴なしぐさで手を離す。
横に停められたコンパクトカーの運転席に軍服の人物がいるのがサイドウィンドウ越しに見えた。
反射率の高いガラスで顔はよく見えないが、この件を調査していた諜報担当かと察する。
「同盟国との共謀を疑ったわけではないのか」
「そこまでは疑ってない」
ダニエルが、ドア上部のピラーに手をかけて顔を近づける。
「カフェを出るまえ、耳元で何か言ってたろう」
鼻先で目を合わせてくる。
「何と言っていた。報告しろパガーニ大尉」
「盗聴システムで聞いてたんじゃ……」
「会話の途中から電波妨害しやがった」
ダニエルが忌々しげに言う。
「国に来たら連絡してとかまたやらせてやるとか、そんな内容ではないだろうな」
勘がよすぎる。アレクシスは顔をしかめた。
ハニートラップの常套手段は知りつくしているということか。
「やはり好みで選びやがった、あの野郎」
ダニエルが舌打ちする。アレクシスと目が合うと「何でもない」と言ってかがめていた上体を起こした。
「DNAデータをとられたことについては、“置き忘れた携帯用灰皿の吸殻から採取された模様” と報告した。あとで訓告くらいはあるかもしれんが、そうきつい処分にはならないと思う」
「ありがとう」
アレクシスは苦笑した。
「虚偽報告のリスクを負わせてしまったな」
「このくらいはあとでバレても “聞きとり不足でした” ですませられる」
ダニエルが肩をすくめる。
「ただし、今回だけだ。これでこの件への協力は終了だ。あれについては二度と考えるな、パガーニ大尉」
ダニエルがもういちど上体をかがませる。
アレクシスのネクタイをほどき、こんどはていねいに結び直しはじめた。
「電波妨害が可能だったということは、人工衛星の周波数を知られたのかも。航空宇宙軍への報告が必要だな」
ネクタイを直しながらダニエルが舌打ちする。
「ほんとうに面倒くさい。どこまで情報をとられていたのか」
「仕事が終わるまで待ってる」
アレクシスは苦笑した。
「きょうはこのあと教会だ」
ネクタイを直し終え、ダニエルが結び目のあたりをぽんぽんとたたく。
「あとで教会にむかえに行く」
ダニエルがこちらの顔を見下ろした。
おもむろに身体を大きくかがめると、アレクシスに口づける。
軽いあいさつ程度のキスかと思いきや、唇をなんども食み、ふかく口づける。
「忌々しい。上書きしてやる」
ローズブレイドが唇でなぞった部分を打ち消すようにくりかえし口づける。
待っている同僚はいいのかと、アレクシスは横目でもう一台のコンパクトカーを見た。
サイドウィンドウ越しに人影は見えるが、顔は見えないのでどんな表情をしているのかは分からない。
「ダニエル」
いかんなと思いながら、アレクシスはついダニエルの背中に手を回してしまった。
ダニエルが身につけた薔薇とシトラスの香りが愛おしい。
たがいに顔の角度を変えつつ、唇を食む。
公園のほうから、だれかが上げる声がかすかに聞こえる。
冷たい冬の風に公園の木がざわめく音。
おたがいの勤務時間が終わればまた会えるのに。離れたくない。




