TE AMO 愛してる I
軍の施設まえ。
“ジョシュア・ローズブレイド” が、階段を昇り玄関口の遺伝子認証パネルに手をかざそうとする。
アレクシスはつかつかと彼の背後に追いつくと、細めの手首をつかんだ。
ローズブレイドが目を丸くしてこちらを見上げる。
つかんだ手首のあたりに、うすい人工生体手袋の裾らしきものがあると手触りで分かった。
自身の遺伝子データが組みこまれたものだと察する。
「おはよ。パガーニ大尉」
ローズブレイドが苦笑する。
「どうしたの?」
「……その遺伝子データで認証を受けたら、警報が鳴るようプログラムされてる」
ローズブレイドが目を見開く。
「クラッキングを仕掛けていたスパイを調査していた諜報担当に協力した。このまま施設内には入らず自国の大使館に行け」
ローズブレイドがこちらをじっと見上げる。
ややしてから不敵にニッと笑った。
「もうバレてるのに庇ってくれるんだ。大尉、セックスした相手に情が移るほう?」
「そんな話をするつもりはない」
アレクシスは顔をそらした。
情が移るというのは当たっている気がするが、彼に関しては面倒をみた後輩というほうの情だった。
彼が士官過程を終了したばかりの隊員として配属になったころ、たまたまデスクの位置が近かった。
日常勤務のこまごまとしたことを聞かれて教えた。
そのころから、雑談する機会は多かった。
「ここで揉めるのも何でしょ」
ローズブレイドが空を見上げる。
さきほどから曇りだした空からは、チラチラと雪が落ちている。
「どこかの店に入らない? 大尉。いちどくらいデートしてよ」
何かの作戦だろうかとアレクシスは警戒した。わずかに目を泳がせる。
この様子は、とうぜんダニエルも見ている。
まずい事態だと判断したら、合図でもくれるだろうか。
「マーケットのカフェに」
アレクシスはつかんでいた手首を離し、そう答えた。さきに歩を進めて誘導する。
ローズブレイドは素直にあとをついてきた。
朝の時間帯なので人通りは少ない。
二階建てのバスを横目に見つつ、マーケット入口の野暮ったい石だたみの道にさしかかる。
「クラッキングを仕掛けてたのは、金髪に司祭服のスパイだったのでは?」
半歩ほどうしろを歩きながらローズブレイドが切り出す。
「ヨーク中尉の勘が正しかった。クラッキングは二通りだ。一つは本物のスパイのクラッキング、もう一つはスパイを牽制しつつオフィス内にスパイがいることを警告したもの」
アレクシスは答えた。
「後者のクラッキングは、毎回 “ジョシュア・ローズブレイド” のIDが使われていた」
ローズブレイドが背後でクッと笑う。
「……私たちが後者を追うよう、おまえが誘導していたのでは?」
ふり向いて反応をたしかめる。
ローズブレイドは肩をすくめた。
正解という意味なのか、それともそこまでは勘ぐり過ぎだとあきれたのか。
「その警告のクラッキングしてたのって、ダニエルさんでしょ」
なんどか来たことのあるマーケット入口近くのカフェに案内する。
アンティークのドアをキッと開けた。
照明をおさえた店内、しずかに流れるジャズ音楽。
木目調の内装がレトロな感じの店内だ。
手をさし出して、ローズブレイドをなかに促す。
「恋人のオフィスに命がけで警告とか。見かけによらず健気な人だね」
ローズブレイドが微笑する。何か言いたそうにチラリと店内を見た。
「……何だ?」
「ほんとうにデートスポットみたいなところに連れてきてくれるんだ」
クスッと笑う。
アレクシスは、無言で奥の席に誘導した。
木製の椅子の背もたれを引きつつ、向かいの席に座るよう指示する。
ローズブレイドが素直に席についた。
「アメリカンだっけ。おまえ」
ローズブレイドは頬杖をついて出入口のドアのほうを見たが、ややしてこちらを向いた。
「エスプレッソ」と答えて微笑する。
「……本物のジョシュア・ローズブレイドは、いまどうしてる」
アレクシスは注文パネルの操作をしながら尋ねた。
「それ尋問?」
ローズブレイドがくすくすと笑う。
「大尉が尋問なんてご褒美だな。何時間でも詰問してよ」
「答えろ」
「農地を耕してるみたいだよ。以前は軍に協力を求められてたけど、いまは呼びだしもないんじゃないかな」
ウエイトレスが、テーブルに二人分のエスプレッソを置く。
ローズブレイドは小さめの白いカップを持ち、ひとくち口にした。
「彼は連れ戻されることになる?」
「そうなるだろうな。軍で生まれた人間は軍と縁は切れん。政府間の話し合いで、おまえと交換ってことになるだろうな」
「本人の意思をまったく無視だと思わない?」
ローズブレイドがわずかに語気を強める。
「試験管のなかにいるうちからすでに軍属を決められてるって、大尉、イヤじゃない? 疑問は持たないの?」
軍の将校クラスがこういった育成のしかたをされるようになってから、なんどか議会で同様の問題提起がされたのは知っている。
アレクシス自身は、何となくだが疑問も嫌悪も感じたことはなかった。
封建時代に貴族の次男や三男が幼いうちから寮で育ち、そのまま成長して武官や士官になった。
その子たちの多くが、たいして疑問はなかったのとおなじようなものだろうと思っている。
「あまり……」
アレクシスは答えた。
「大尉、お人好しだもんね」
ローズブレイドがくすくすと笑う。ややしてゆっくりとエスプレッソを口に含んだ。
「大尉、うちの軍旗知ってるでしょ」
「ガラガラ蛇のやつか」
「そのガラガラ蛇の絵の下にある軍の信条。“私を踏みつけるな” 」
ローズブレイドがカップをテーブルに置く。ニッと口の端を上げた。
「自由と権利を踏みつけるなら即座に噛むって意味だよ」
アレクシスは、表情を変えず後輩の顔を見ていた。
ローズブレイドが見返す。
軍のシステムに対しての批判ということなのだろう。
こいつはこいつで、信念を持って潜入してたということか。
「俺は、大尉も本物のジョシュア・ローズブレイドもかわいそうだと思う」
「おまえの個人的な見方だろう」
アレクシスはエスプレッソを口にした。
「そんなシステムは壊して自由にしてあげたいな」
「内政干渉だ」
コトリと音を立て、アレクシスはカップを置いた。
「話はそれだけか。なら切り上げるが」
「話はあるよ。ずっと好きだったよ、大尉」
アレクシスはさりげなく目をそらした。
最後の最後までねばる気か。まだ誑かせば何とかなると思っているのだろうか。
「もうやめろ」
「どうせ寝るなら、好きな人がいいと思ったんだ」
アレクシスは眉をよせた。
カフェ入口の観葉植物のかげになった席。おそらくダニエルと、この件担当の情報将校がそこから様子を伺っている。
殺気を感じるのは気のせいか。
「大使館の手前まで送る」
アレクシスは椅子を引き立ち上がった。
ローズブレイドがこちらを見上げる。
「ムリを言って説得の時間を作ってもらったんだ。応じてくれなければこの件担当の隊員に引き渡すことになる」
「ダニエルさんを通じて、でしょ」
ローズブレイドが口の端を上げる。
「ハニトラに掛けられた恋人のために、べつの諜報担当にかけ合ったんだ」
ダニエルのほんとうの素性を知らされていなかったとはいえ、身の危険につながりかねない迷惑をかけハニートラップの後始末までさせてしまった。
その上、彼を説得して穏便に帰国させたいというわがままの調整までしてもらったのだ。
愛おしいという言葉で足りるのだろうか。
自身が守ってやりたいと思うずっとまえから、彼にどれだけ守られていたのか。
ローズブレイドが、クッと笑う。
「奪いがいがあるな」
「まだそんなことを言って……」
ローズブレイドがスッと席を立つ。
分かってくれたのかとアレクシスはホッと口元をほころばせた。
「大尉」
ローズブレイドが身を乗り出す。
アレクシスの肩をつかんで引きよせると、口づけた。
唇を軽く食み、スッとすべらせる。周囲の席に客はいなかったが、カウンターにいるウェイターや離れた席の客が一人二人こちらを向いた。
拒否するのも忘れてあっけにとられるアレクシスの耳元に唇を移動させると、ローズブレイドはささやいた。
「大尉、うちの国にきたときは連絡して。またやらせてあげる」




