ACTA EST FABULA 芝居はおしまいだ
「ほお。“ジョシュア・ローズブレイド” が」
軍施設の地下。
ひろい廊下の一角に設置された休憩所のソファで、ダニエルはミルクティーを口にした。
「こざかしい」
そう吐きすてる。
「だから即座に殺すのが正解なんだ」
向かい側のソファに脚を組んで座ったコールドウェルが、ふぅぅ、と長く煙草の煙を吐く。
地下にいるので時間の感覚は曖昧になりがちだが、いまは夕方ちかいはずだ。
「とはいえ同盟国の人間ですからね。敵国のスパイのように射殺したとなったら、角が立つ。あなたもほんとうは分かっているでしょう」
「事故に見せかけて殺す方法なんかいくらでもある」
ダニエルは淡々と告げた。
「やるのなら協力するのもやぶさかではないですが、いざとなったら数十億の大金をかけても調査する国が相手ですからね。ツッコまれるネタを作るよりは、“ローズブレイド” の行動を封じこめるほうが無難では」
「正確に言うなら、邪魔な国の弱味をにぎるためだけに数十億の調査費をかける国だ」
ダニエルは鼻で笑った。
「そこまでしても弱味を見つけられなかった国もあるが」
「ああ、ジャパンですか」
コールドウェルが煙を吐く。おもむろに脚を組み直した。
「話を戻しましょう、少佐。その立案は悪くはないですが、私情を絡めてはいませんよね?」
ダニエルは、かたわらの小型テーブルにカップを置いた。高い天井を何となくながめ、ゆっくりと脚を組む。
「……身近に将校が数いるなかで、なぜパガーニ大尉だったんだと思う」
コールドウェルがしばらく無言で煙を吐く。
「まずは男性将校であったことでしょうね。ハニトラにかけるなら女性よりもかんたんだし、体液も採取しやすい。くわえてああいった細身童顔タイプが好みの範疇だった」
「DNAデータだけが目的なら、条件に合う将校は何人もいるはずだ」
ダニエルはそう答えた。
「あなたの存在ですかね。パガーニ大尉のプライベートに入りこめば、諜報担当の佐官を約一名監視できる」
「そこか?」
ダニエルは眉をよせた。
コールドウェルが携帯用灰皿に灰を落とす。
「そうなると、あなたとパガーニ大尉に別れられても困るということか。屋上で展開していたような微妙な三角関係を今後も続けるつもりかな」
「こざかしい」
ダニエルはチッと舌打ちした。
「何にせよ、ご苦労だった。盗聴システムとはいっても、すべてリアルタイムで聞いていられるほど暇でもなかったからな」
「ええ」
コールドウェルがそう返す。
アレクシスの身の安全を監視するためのものだったが、作戦を遂行しながらでは、やはり録音頼りだった。
「AIもあんがい使えないな。傍受したものが浮気の会話なら、ブレインマシンにサイレンでも鳴らすように改良してほしいところだ」
コールドウェルが複雑な表情をした。短くなった煙草をしばらく吸い、携帯用の灰皿で消す。
「 “ジョシュア・ローズブレイド” のことは、まあ、もう少し余裕はあるでしょう。当面の問題は」
「ジンデル准将か」
ダニエルは声音を低く落とした。
「言質はじゅうぶんだ。折りをみて准将のベッドの天蓋につけたGPS盗聴コードを回収する」
「了解」
コールドウェルがそう返す。
「毎回タイミングよく “情事の邪魔” をしに来てくれたおかげで、准将の私室のPCを覗く時間が稼げた」
「お役に立てて何より」
コールドウェルがゆっくりと脚を組み直す。
「手続きはほぼ完了している。逮捕理由を示した書面が、一両日中には上がるそうだ」
ダニエルはミルクティーのカップに口をつけた。
「芝居はおしまいだ」




