EXPLORATORES ET EXPLORATORES スパイとスパイ II
「えっ……」
アレクシスは立ち止まって目を見開いた。思わずローズブレイドをふり返る。
「ダニエル……」と口にしそうになり、あわてて口を押さえた。
ローズブレイドが歩みよる。
「俺、この少佐と話しましたよ。このまえ」
ローズブレイドがなれなれしいしぐさで手にふれ、指を絡めてくる。
アレクシスはふりほどくのも忘れて後輩の顔を凝視した。
「遺伝子認証しないで玄関通ろうとしたら、おこられちゃいました」
ローズブレイドが肩をすくめる。
「でね」
そう続ける。
「間近で少佐のお顔拝見したら、おもしろいことに気づいたんですよね」
ローズブレイドが指を絡めて手を握ろうとする。
アレクシスはようやくわれに返り、やんわりと手をふりほどいた。
「大尉、あの少佐とよく似た教会の司祭とデートしてませんでした?」
アレクシスは頬を強ばらせた。
これは、他人にバレても良いことなのかまずいことなのか。
裏の裏まで読むような遣りとりに慣れていないアレクシスにとっては、そろそろ思考の限界だった。
やはり自分は、諜報や潜入には向いていないのだとつくづく思う。
「とっかえ引っかえの印象のある大尉が、けっこう長く続いてるんだなって思って見てたんですけど」
「……とっかえ引っかえと言われるほどひどくない」
アレクシスは反論した。
ダニエルより長く続いた相手もいる。
たがダニエル以外は、どうしても初恋の子の思い出がちらついてしまっていた。
あの子ともし再会できていたら、いまのこの人よりももっと楽しくつき合えているのでは。
名簿が検索できるようになればすぐに会えるだろうと思っていただけに、根拠のない希望が膨らんでしまっていた。
ダニエルだけは、何となくそれがなかったのだ。
やっと初恋に対する諦めがついて、あたらしく恋した相手に落ちつこうと思えるようになったのか。そんなふうに思っていた。
ローズブレイドが、スッと肩によりそう。
「やめろ」
アレクシスは眉間にしわをよせた。
「だれも見ていないところならいいでしょ?」
ローズブレイドがゆっくりと顔を見上げる。
「情交した仲じゃないですか、大尉」
「オフィスには持ちこまないと……!」
「カトリックの教会には、常時一人か二人の諜報担当がいるそうですね」
ローズブレイドが、かまわずそう続ける。
「目的は、バチカンの監視。もちろん当のバチカン市国を監視してる担当もいるんだろうけど。かつては他国の政治活動を裏から動かそうとした国だ。いまだ油断できない」
言いながらローズブレイドが唇を近づける。アレクシスはわずかに顔を横にそらして唇を避けた。
ローズブレイドがくすっと笑う。
「大尉の恋人がGPS盗聴コードまで使う人って、合点がいきましたよ」
ローズブレイドが体を離す。
「つまりダニエル・クリス・ローズ少佐は、いわゆる諜報担当。バチカン監視の任務で活動中の参謀部、情報将校」
おそらくこれは、バレたらまずいことだろう。
自分が先日ダニエルの名を口走ってしまったことで、確証を得られてしまったのか。
アレクシスは後輩と目を合わせた。つい睨みつける。
「初恋の人ともう会ってたなら、そう言ってくれれば」
ローズブレイドがくすくすと笑う。
ダニエルがあの子なのか。やはり自分を知っていてチラシを渡したのか。
「ずっとさがしてあげてたのに。とっくに再会して一年もつき合ってたなんて、ひどいな」
「……似た人間など、そこら辺にいるものだろう」
アレクシスは、とっさにロッカー室でのダニエルのセリフを真似た。
「名前も、ありふれた名だ」
「そう言えってダニエルさんに言われたの?」
ローズブレイドがくすくすと笑う。
「名前自体はありふれてても、顔までよく似てるとなったら同一人物の確率はずっと上がりますよ」
ダニエルがヨークにミドルネームしか名乗らなかったのは、こういった理由だったのだろうか。
自身がダニエルの名を呼んでいるところを、ヨークが見ていた可能性があると思ったからか。
「ダニエルさんなら、おなじ言い訳でももっとうまく言うんだろうね。でもウソをつくのが下手な大尉じゃ」
くすくすと笑いながらローズブレイドが煙草を口にする。
「一つ教えてあげる、大尉。ウソをつくって、ふだんからの仕込みが大事なんですよ」
煙草の煙が横にたなびく。
自身が同盟国のスパイだと、とっくにバレているであろうと踏んでのセリフだろうか。
ややしてからローズブレイドはふたたび体をよせ、肩にふれてきた。
「俺に乗り換えません? 大尉」
アレクシスは頬を強ばらせた。
「ダニエルさん、諜報担当だって軍内で広まったらまずいでしょ?」
脅迫だろうか。
ダニエルを人質にして、手駒になれと。
ローズブレイドがふたたび唇を近づける。スッとアレクシスの唇にふれた。
「俺に乗り換えてくれたら、だまってると約束しますよ」
「おまえ……!」
アレクシスは後輩を睨みつけた。
だがそれ以上の抵抗ができずに身を固まらせる。
ダニエルのために乗るべきなのか。ダニエルにもし作戦としてそうしてくれと言われたら従うが。
「施設内ではやめてもらえますかね」
突然にべつの男性の声が割って入った。
心臓が跳ね上がる感覚を覚えながら、アレクシスは声のしたほうに顔を向ける。
黒髪の男性隊員がベンチに座り、ソフトパックから出した煙草をくわえていた。
「コールドウェル大尉……」
いつからいたのか。なんどか会話をした将校の名をアレクシスはつぶやいた。
「よかった。覚えていてくださいましたか」
コールドウェルが鼻で笑う。
「三角関係ですか? パガーニ大尉」
コールドウェルが脚を組む。ちらりとローズブレイドのほうを見た。
「ごめんね、大尉。困らせて」
ローズブレイドが苦笑して離れる。さきほどまでの妖しいスパイの顔とは一変して、素直で気のいい後輩という感じの表情だ。
「またこんど」
そう言い、ローズブレイドが屋上の出入口に向かう。
コールドウェルが無言で煙草をくゆらせた。




