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【完結】 機械仕掛けの薔薇〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
19.薔薇に棘あり

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ROSA HABET SPINAS 薔薇に棘あり III

 ローズブレイドの体温が、室内着を通じて伝わる。

 アレクシスは硬直した。

 五日もダニエルに会っていない。人のぬくもりが恋しい気持ちはある。

「なん……」

 口をひきつらせて、背後に顔を向ける。

「何の冗談やってんだ、おまえ」

 うしろに手をのばして、ローズブレイドのシャツをつかんで引っぱる。

「冗談なんかやってないですよ。その人は大尉の恋人のふりをして、大尉を手駒(てごま)にしてるだけでは?」

 スッと体を離し、ローズブレイドが目を合わせてくる。


「ハニートラップでは? 大尉」


 アレクシスは後輩の顔をじっと見つめた。

 自軍の諜報担当だと答えようとして、口をつぐむ。

 ロッカー室で接触してきた諜報担当の説明では、いまは自軍だと言うことすらまずいだろう。

「いや……大丈夫だ」

 ローズブレイドからはなれ、冷蔵庫を閉める。

「……ジンジャーエール(おご)る約束だったな。ないから買ってくる」

 奥のドアを開けて、クローゼットのある寝室に入る。

「大尉」

 ローズブレイドが、あとを追って入室した。

「何で来てる」

 アレクシスはふり向いて追い返そうとした。

 肩を押した手をローズブレイドが押し退け、アレクシスの頭部を両手でつかむ。



「好きです」



 ローズブレイドが、むりやり顔を近づけてアレクシスの唇を食む。

 顔の角度を変えて深く口づけると、ぎこちない動きで舌をからめた。

「いや……待て」

 アレクシスは、強引に引きはがした。

 手なれていて(なまめ)かしいダニエルのキスとはちがう。ぎこちなく初々しい。

 ダニエルの存在がなければフラフラと乗ったかもしれないが、彼が過激な牽制をしている上に、おなじフロア内の同僚だ。

 軽々しく手を出して、職務の上で気まずいことになりたくない。

「……落ちつけ」

 ローズブレイドの両肩に手を置き、密着できないようおさえる。


「落ちついてますよ。大尉こそどんな説明をされたんです。ほんとうのこと言われてると思ってます?」


 アレクシスは、目を見開いた。

「相手はスパイですよ。ちょっと考えたくらいでは矛盾に気づかないような作り話なんて、お手のものですよ」

 ダニエルに対する信用がぐらつく。

 このマンションで以前のようにすごしている恋人としての顔も、ロッカー室での諜報担当の説明も、すべてウソなら。

 やはりダニエルはチェルカシアの人間で、自分をだまして軍を裏切らせ手駒にしているだけなのだとしたら。


 アレクシスは、不安で目眩(めまい)を覚えた。


 敵国の人間だと思っていた恋人がじつは自国の人間で、作戦上で敵国人のふりをしていたなどできすぎた話ではないのか。

 スパイと発覚してからのダニエルの様子がつぎつぎと思い浮かぶ。


 何を信じていいのか。


「ね。大尉、俺を信じて」

 ローズブレイドが(ほお)に手を添える。

「俺はおなじオフィスの人間ですよ。二年以上もいっしょに職務についてきたでしょう?」

 ローズブレイドのやわらかい唇が唇に触れ、そっとすべる。


「俺は、大尉に実務について教えてもらった人間ですよ。その恋人と出逢ったのはいつです。どんな切っかけで?」


 一年前に、カフェで。

 チラシを。そう言いかけて、アレクシスは、ハッと後輩から顔をはなす。

 ローズブレイドの大きな目と自身の目がかち合う。

「だからといって、おまえとどうこうなるつもりは」

 あわてて離れた。

「スパイとの出逢いなんて、仕組まれたものに決まってるでしょう。大尉の好みや行動を調べて」

 ローズブレイドが、(すが)るように両腕をつかむ。

「分かりますか? そのずっとまえから目をつけられていたんですよ」



 カフェでチラシを渡してくるまえから、ダニエルは自分を知っていた。



 そう思ってしまうと、納得できる部分が多い気がした。

 あのときにはじめて逢ったにしては、すんなりと親近感を持った。

 ダニエルが初恋の子に似ていたからだ。

 顔立ちもしぐさも何となくの表情も。


「大尉が心配なんです。今後おかしなことがあったら俺に相談して」


 ローズブレイドが脇に手をすべらせ、するりと体を密着させる。

 アレクシスは不意をつかれて、わずかにうしろによろめいた。

 じわりと体温がつたわる。

 もう五日も会えていない恋人に、疑惑が湧いた。

 何が真実で、何がウソなのか。

 アレクシスは、後輩の細い肩を抱きしめた。

 たしかな感触に(すが)りたい。


「抱いて、大尉。オフィスにまで関係を持ちこむほどバカじゃないですよ、俺」


 ローズブレイドが背中に手を回してくる。

「初恋の子がみつかったら、その子にちゃんと大尉をゆずるから。それまで」




 健気(けなげ)だと思ってしまった。

 ダニエルもいつも健気なことを言ってくれるが。

 軍は、ダニエルの身の安全を守るためDNAのデータを機密あつかいにしていた。

 ダニエルが自軍の人間だと確信したきっかけは、それだったはず。

 軍の名簿に氏名と顔写真があった。

 だがそれも、何らかの細工ならどうする。

 DNA等のチェックのきびしい軍施設に難なく入館し、ロッカー室に軍の制服で現れた。



 だがほんとうに、登録されているDNAを一致させなければ入館はぜったいに不可能なのか。



 いちど疑いだすと、すべてが疑わしく思えてくる。

 ローズブレイドの言うとおり、相手はスパイなのだ。

 人が証拠と判断する要素を、すべて違和感なく改竄(かいざん)するなど朝飯前だろう。

 信じてやりたいのだ。

 だが、どこを手がかりに信じていいのか。信じていた要素が、片っ端からくずれていく感覚を覚える。


 ダニエルがここにいれば、いくらでも問いただすことができる。

 しかし、五日も会えていない。


 ほんとうに任務で忙しいだけなのか。

 自分は、何かまったくべつの作戦に巻きこまれているのでは。

「大尉」

 ローズブレイドが強く抱きしめる。

「俺が守ってあげる。俺を信じて」

 アレクシスは後輩の存在を確認するようにぎっちりと抱きしめた。

 確信できるはっきりとした手の感触がほしい。

 メールで一日最低二回はくる連絡ではない。両手でふれて体全体で感じる確実なものがほしい。


 信じてやりたいのだ。


「……ダニエル」

 ついそう呟いていた。

 気まずくなり、抱きしめた手をゆるめる。

 言い訳をしようとローズブレイドの顔を見ると、苦笑していた。


「アレクシスって呼んでいい? 大尉。いまだけ」


 ダニエルと面差(おもざ)しの似た幼顔。

 ダニエルがよくするような顔を見上げての微笑。

 ローズブレイドが部屋の奥にあるベッドを見る。

 そちらのほうに軽く体を押された。

 後輩の顔を見つめたまま、アレクシスは逆らうことなく足を動かしていた。





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