ROSA HABET SPINAS 薔薇に棘あり II
一瞬、複雑な気分になる。
職務上の話でもあったのか。それともたまたま近くに来たからとか。
仲のいい同僚としてはとくにおかしくないが、ダニエルの牽制するような言葉があっただけに戸惑う。
「……どうした」
アレクシスはインターフォン越しにそう問うた。
こちらの自宅の住所は知っていたのだったか。何かのさいに教えたことがあっただろうか。
教育過程の時代から知っているヨークはおせっかいで引っこし作業を手伝いに来たのでここを知っているが、実務につくようになってから知り合ったローズブレイドは、プライベートについてどこまで教えていたか。
「相談したいことが」
そうインターフォンのスピーカーから聞こえる。
冷静に考えれば、戸惑う理由はあるだろうかと思う。
ダニエルが寝たら殺すと言っていたが、べつにローズブレイドがあからさまに誘惑してきたことがあるわけではない。
「……いま開ける」
備えつけの小型アンドロイドが「開ける」のニュアンスを察知して、玄関ドアに解錠の信号を送る。
アレクシスはキッチンの椅子から立ち、玄関口に向かった。さほど広いマンションではないので、キッチンからは数歩ほどだ。
ドアを開けてやると、ローズブレイドが立っていた。
いつも見ている常装の軍服ではなく、黒っぽいコートをはおった私服姿。
何となくダニエルの司祭服の姿と重なり、アレクシスは一瞬だけ視線を固まらせた。
「いそがしかったですか?」
ローズブレイドが微笑する。
「いや……」
アレクシスは、困惑しつつもなかへと促した。
「おまえもきょう休暇だったか」
そう問いながらキッチンにあるコーヒーのサーバーを見た。住人の好みに合わせて常に温度調節したコーヒーが焙煎されている。
ダニエルはどちらかといえば紅茶のほうが好きなので、これはアレクシスの好みに設定してある。
「エスプレッソだが飲むか?」
ひたひたと落ちるコーヒーのしずくをながめながら問う。
「俺、アメリカン派なんで」
ローズブレイドは苦笑した。
ああ、そうだったと思う。
ローズブレイドはゆっくりとコートを脱ぎ、シャツとジーンズの姿になった。あたりを見回し、コートをかける場所をさがす。
アレクシスは無言で手をさし出した。コートを受けとり、玄関口近くのコートハンガーにかけてやる。
「何か大尉のそういうときのしぐさ、貴族的ですよね。貴公子がお姫さまの面倒見てるみたいな」
アレクシスは困惑して眉をよせた。
「遺伝子提供者が貴族の末裔か何かだとか?」
「知らん」
そう答えて冷蔵庫に歩みよる。
「あとは合成コーヒーかビールしかないぞ」
「大尉にとっかえ引っかえされる人たちって、そういうところに惹かれてるのかな」
ローズブレイドがうしろに歩みよる。
「かっこいいな」
「とっかえ引っかえとか言われるほどひどくはない」
言いながらアレクシスはふり返ろうとした。
ローズブレイドが指先でスッと項に触れてくる。
「……何だ?」
ゾクッとする感触を覚えながらアレクシスは問うた。
「大尉、首筋に黶なんてありました?」
アレクシスは怪訝に思って目を眇めた。
「……うしろなんて分からん」
「まえはなかったですよ」
ローズブレイドが、おくれ毛を指先で少し退けて首筋の一点を見る。
いつもと雰囲気が違う気がする。微妙にあつかいにくい。
「……相談したいことがあったんじゃないのか?」
「大尉、これ転写型のGPS盗聴コードですよ」
ビールをとろうと少し下を向いたところで、アレクシスは動作を固まらせた。
「転写されたコードを人工衛星が読みとって位置情報を割りだし、周囲の音声をひろう」
ローズブレイドが耳元に顔を近づける。
「だれかに監視でもされてるんですか?」
アレクシスは目を左右に泳がせた。
少しまえ、ダニエルがチェルカシア軍の人間だと信じこまされていたときにこれを聞かされていたら、スパイへの協力が自軍にバレたと思っていたところだろう。
「浮気したら殺すとか言ってる例の恋人ですか?」
ローズブレイドが肩越しにこちらと目を合わせる。
「でも大尉、これは諜報関係の人間が使うものだ。一般には出回っていない」
ローズブレイドが、首筋の一点を指でなぞる。
「大尉の恋人ってスパイ?」
アレクシスは目線を背後に動かした。無言で同僚と目を合わせる。
「何言ってる……」
無理に口元を上げて笑い顔を作る。
「大尉のその引きつった顔でぜんぶ分かりますよ」
ローズブレイドがくすくすと笑う。
ダニエルはこの遣りとりを聞いているのだろうか。
何度か彼がいなかったはずの場で言ったセリフを復唱され、怪訝に思ったことがある。
「大尉、そんな恋人が信用できます?」
ローズブレイドが腕を軽くからめる。アレクシスにより添うように体を密着させた。
「ただの浮気の監視でこんなものつけないですよ。何かほかに思惑があるのかも」
一瞬だけ、ダニエルに対する信用がゆれた気がした。
ちがう。
彼はどんなにウソをつこうが、好きな相手に対する戸惑いのような軽い焦燥のような様子がチラチラと見えていた。
情交のときに見せる、恍惚とした満たされた表情が芝居でできるだろうか。
「いや……信じてい」
アレクシスは、そう言いかけて口をつぐんだ。
この答えではダニエルが諜報担当だと知っているという意味になってしまう。
「……何を言ってるんだ、おまえ」
は、と笑ってアレクシスはきびすを返そうとした。
だがローズブレイドがさらに体を密着させる。
「大尉を心配してるんです。俺に乗りかえませんか」




