ROSE EX MACHINA 機械仕掛けの薔薇 II
軍施設の玄関口。
ダニエルは遺伝子認証パネルに手をふれ、自動ドアから外に踏みだした。
一人の隊員が、ぶつかるようにしてまだ開いている出入口から外に飛びだす。
「あ、すみません」
隊員がこちらをふり向く。
童顔の顔立ちに栗色の短髪。ヘーゼルカラーの瞳、少年のような細身の体躯。
ジョシュア・ローズブレイド。
ダニエルは、スッと目をすがめた。
「あ……少佐」
外套から覗くダニエルの階級章を見やると、ローズブレイドは玄関まえの階段の途中で立ち止まり敬礼する。
「失礼いたしました! 急いでいたものですから!」
ダニエルはさりげなく顔をそらし、彼の横を通りすぎるようにして階段から降りた。
「急いでいたならしかたがない。遺伝子認証をしないで出入りするのは厳密には規則違反だ。つぎからは控えるように」
「はっ」と返事をする声が背後から聞こえる。
目の前の大通りに軍仕様のコンパクトカーが停まるのが目に入った。
サイドウインドウから見える運転手は、コールドウェル大尉だ。
ダニエルはスタスタと車に近づいた。
運転席からこちらを見たコールドウェルに目配せし、開けるよう指示する。
コールドウェルが微笑して後部座席の自動扉を開けた。
銃撃戦のさいには、防弾盾代わりにも使われる扉だ。耐久性のある素材が使われている上に分厚い。
「ちょうどいい。司祭服に着がえる場所がほしかった」
後部座席に乗りこみながら、ダニエルは片手でネクタイをゆるめた。
「そうだろうと思いましたよ」
ウインカーを出しながらコールドウェルが答える。
二階建てのバスのあとについていくようにして発進した車の窓から、ダニエルは軍施設まえの階段を見やった。
「あれがジョシュア・ローズブレイドですか」
コールドウェルが半円のハンドルをゆっくりと切り、自動運転に切りかえる。
「パガーニ大尉の好みのタイプなのは、たまたまなんだろうが……気に入らないな」
「そのパガーニ大尉とまた接触しました。いちおうご報告しておきます」
コールドウェルが、運転席の計器とカーナビをながめる。
ダニエルはさらにきつく目を眇めた。
「今回はロッカー室です。余計な箇所は見ていません」
「こんどは何をおいたした」
ダニエルは尋ねた。
報告の内容によっては、つぎに会ったときはお仕置きだ。
そういえば痴漢ごっこがまだ途中だったと思い出す。
「呼び出されました。以前接触したときと同じことをわざとくりかえして」
コールドウェルがシートに身体をあずける。
「それにわざわざ乗ったのか、きみは」
「想定外の方向に動かれては邪魔ですので。あなたの任務についても支障のない範囲でお話ししました」
ダニエルは、少し長めのコールドウェルのうしろ髪をながめた。
「そうか」と返事をする。
「僕のいないあいだの世話ご苦労」
コールドウェルは前方を見ていた。
あいかわらずフロントガラスいっぱいに二階建てのバスの後部車体が見える。
「あなたのことを頼むと言われました。呼び出したのは、それが言いたかったからのようです」
ダニエルは目を見開いた。
一年間ニセの素性で通し、がっかりだと貶し、敵国の人間だと名乗って苦悩させておきながら、じっさいは二重スパイ。
任務とはいえ、何重にもウソをついていた恋人を心配しているのか。
馬鹿すぎる。眉をよせた。
そういうところが離れられなかったんじゃないか。
ネクタイを解く自身の手元をじっと見る。
いまだ任務の最中だ。感傷で判断力を落とすわけにはいかない。
「……それで。情に絆されて質問に答えてしまったというわけではないだろうな」
「そこまでロマンチストではありませんが」
コールドウェルが答える。
フロントガラスに白いものがポツポツと付着した。
また雪か。ダニエルは雪の溶けていく様子をながめた。
「大尉も何となく分かってきたのでは? はじめから予想外の行動をとってはあなたの身を危うくしていたと」
ダニエルは黙ってネクタイを首から抜いた。
アレクシスにハニートラップだったと告げたのは、別れるためだった。
とくに相手に困る人ではないようだから、すぐに割り切ってくれるだろうと思っていた。
だが彼は、別れてくれるどころか粘着しだした。
毎日教会に入りびたりこちらの行動を監視し、冤罪の証拠をつかむためか周辺の調査をしだした。
関係を絶とうとしたつもりが、余計に諜報活動に深入りさせることになった。
そのまま巻きこまれて行くのを止めるには、駒としてコントロールするしかないと思った。
誘惑し、国家を裏切ってしまったと罪悪感を持たせて萎縮させ、こちらの指示通りの動きをしてもらおうとした。
「はじめからというのは分かってないと思うが」
ダニエルは雪のちらつく窓の外を見た。
「阿呆の子だからな」
「初恋の人の性別を勘違いし続けた上に、名前も覚えてない人なんているんですね」
「僕もさすがに驚いた」
一年前にクリスマス礼拝のチラシを渡したあと、アレクシスが教会に来たのは、子供のころに会った人物だと気づいたからではと思っていた。
だからその場で大胆に誘った。
まさか初めて会った赤の他人だと思いつつも応じていたとは。
正直、あきれた。
「何の躊躇もなく国家を裏切るような人間なら、ほんとうに棄ててやろうかとも思ったが」
ダニエルはシャツのいちばん上のボタンを外した。
「だいぶ苦悩していたようなので及第点か」
そうと続けて、車内を見回す。
「司祭服は」
「うしろのダッシュボードにあります。このまま歴史建物地区手前の地下駐車場に向かいますので、そこで」
コールドウェルが答える。
「手ぎわいいな。おまえと付き合えばよかった」
「光栄です」
諜報のさいにどれだけ汚い手を使ってきたか、おたがい知りつくしている。
いかにも社交辞令という口調でコールドウェルは答えた。




