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【完結】 機械仕掛けの薔薇〘R15版〙  作者: 路明(ロア)
18.機械仕掛けの薔薇

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ROSE EX MACHINA 機械仕掛けの薔薇 I

 木目を基調とした内装の軍医務室。

 カーテンでしきられた診察用椅子に上半身裸で座り、ダニエルは陸軍軍医長ハロルド・ジョン・ホールの電子カルテを睨む様子をながめた。

 諜報担当の職務上のケガは、「いなかったはずの場所」でのケガの場合があるため、こうしてほかの患者からは隠される。

 衛生士官以上が見ることのできるカルテには詳細な記録が残されるが、一般から志願した衛生兵が見るカルテには記載されない。

 細面(ほそおもて)の顔を気難しくしかめて、ベテランの軍医長は診察用椅子付属のディスプレイに浮かぶ3Dの透視画像をながめた。


「内部組織の回復も順調か。後遺症らしきものもなし」


 タッチパネルを操作し、体内の血流、筋肉の損傷、金属による中毒の分析と、診療項目を変えていく。

「痛みはもうありません。完治でいいかなと」

 ダニエルは微笑した。

「勝手にそう決めて診察をサボるのをやめんか、ローズ少佐」

 軍医長はそう(たしな)めた。

「診察に来ると事情を知らない恋人と鉢合(はちあ)わせたりするもので」

 ダニエルはくすくすと笑って木目調の天井をながめた。

 カーテンの向こうでは、衛生部の士官がせわしなく行き来する靴音がしている。


 以前、ロッカー室にいるアレクシスと顔を合わせたのも医務室に診察に訪れた帰りだった。


 まああれは、アレクシスの戸惑う顔が見たくて自分から鉢合わせしに行ったのだが。

 おかげで仲のいい女性隊員などというムカつくものを見るはめになったと思い出す。


 軍医長が傷跡を軽く触診する。

 指の動きをダニエルは何となく目で追った。

「あんたが蹴ったと話してた大尉が、先日ここに診察に来たが」

 電子カルテに経過を書き加えながら、軍医長が切り出す。

 アレクシスには盗聴コードを仕掛けている。

 肌に転写した小さなコードを人工衛星が読みとり周囲の音を拾うシステムだ。

 医務室に引っぱりこまれたのも知っていたが、ダニエルはとくに答えず軍医長のほうを見た。

痴話喧嘩(ちわげんか)で蹴られたと苦しい言い訳をしていたが」

 軍医長がそう続ける。

 必死でついたウソのようだったが、通じてないぞアレクシスと脳内でからかってみる。

「話を総合すると、あの大尉はあんたをスパイだと思いこみつつ(かば)おうとしたのか?」

 ダニエルは軍医長の顔を見た。

 ややしてから「さあ」ととぼける。

「諜報担当のやつは、ほんと話しにくいのが多いの」

 軍医長が顔をしかめる。

「あんたが抵抗した形跡もなく強姦されとるんだ。関係は察しだが」

 ダニエルは天井に目を移した。表情には出さず、やはりバレてたかと考える。


 銃のケガを負いここに来たときは、夜勤の衛生士官一名と軍医長しかいなかった。


 止血をしつつ夜道を逃げることに集中するあまり、あきらかに残る強姦の跡までは手が回らなかった。

 あのとき、アレクシスとは別れるつもりでいた。

 だらだらと関係を続けてしまっていたが、内部の人間をさぐる任務の真っ最中なのだ。活動に支障が出るかもしれないと思っていた。

 オフィス内にもう一人スパイがいると最後に警告して、あとは二度と会わない。そのつもりだった。

 ハニートラップ目的だったと言えば、さすがに離れて行くだろうと思った。

 頭に血が昇り押し倒してきた険しい表情も、服を剥ぎとりつつ浮かべた切なそうな顔も、愛おしいと思った。

 この任務が終わったら、べつの都市での勤務を願い出て、もう会わない。あのときはそのつもりでいた。

 これが最後だ。そう思って、アレクシスの自棄のような性行為に応じた。

 雪が吹きこむ夜の倉庫内。

 しかもこちらはケガ人だったのだ。

 殺す気かと思ったが、殺してしまうかもしれないほどの熱情と未練と、やるせなさをぶつけられ、恍惚(こうこつ)となった。


 一年間、アレクシスはあまり強い愛情表現をすることがなかったが、ここまで激しく想われていたかと感じた。


 幸せだと思った。




 軍医長が電子カルテをながめる。

「いまの任務は、あとどれくらいで終わる」

 3D透視画像の角度を少しずつ変えながらそう尋ねる。片手でダニエルの軍服を指差し、「服を着ていい」と指示した。

「順調に行けば、もうすぐですかね」

 ダニエルは上半身を起こし、シャツを手にとった。雑に(そで)を通しながら診察用の椅子を降りる。


「内部でひと騒ぎある感じか?」

「言えませんよ、そんなこと」


 ダニエルはくすくすと笑った。

「まえにも言ったが、任務が終わったら傷跡を消す治療をはじめる」

 服を着ながら、ダニエルは「ええ」と返事をした。

「むかしは外科系の手術をしたものだが、いまは合成アミノ酸をふくんだパッドをしばらくの期間はりつけるだけだ。定期的にパッドをとりかえに来てもらうことになるが」

 軍医長が、自身の肩のあたりをつつく。「ええ」とダニエルは返事をした。

 かたわらの(かご)からネクタイをとり出し、首にかける。

 シュル、と衣ずれの音をさせてネクタイを結んだ。

 アレクシスは、今日はこのあとからの出勤だ。鉢合わせしないうちに教会に戻るかと考える。


 顔を合わせないまま、きょうで四日目。


 任務はいま、おおむねの証拠が固まり参謀部が関係書類の手続きで詰めているところだ。

 ジンデル准将に勘づかれてチェルカシア大使館に逃げこまれれば、それこそ厄介になる。「二人で亡命しよう」と色仕掛けでつなぎ止めているところだ。


 もう少しのあいだ、いい子にしててくれ。アレクシス。

 ダニエルは軍服の上着をはおった。





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