DUCTOR ORDINIS ROSA 将校ローズ I
一晩だけ都合が悪いと言っていたダニエルは、その後二日つづけて会えなかった。
痴漢のつづきは明日とか言っていたが、よほど忙しいのか。
軍施設の玄関。
あかりとりと開放的なデザインとを兼ねてはめられている縦長の窓から外をながめ、アレクシスはブレインマシンを起動させるかどうか迷った。
昼すぎの時間帯。
ひと通りの仕事を終え、これから退勤する。
ダニエルをむかえに教会に行きたいが、今日も都合が悪いと言われたらモヤモヤしそうだと思った。
ほかに男ができたとか。
二、三日会えないくらいでこんなことを考えているのは鬱陶しいだろうかと思うが、自身のときですら逢ったその日に家に行きたいと誘ってきたのだ。
まして先日は、女性にも興味がないわけではないと言っていた。
窓から見える官庁街の通り。大股で歩いていく何人かの通行人の女性をながめて、アレクシスは目をすがめた。
どんな女性が好みなのか、こんど会ったら絶対に聞いておこうと思う。せめて警戒する的を絞りたい。
「パガーニ大尉」
甲高い声で呼びかけられる。
ふり向いて声の主をさがす。受付の女性と目が合い、ずっと不審げに様子を見られていたことに気づいた。
「パガーニ大尉、ちょうどよいところに」
両手でタブレットのようなものを持ち、廊下をかけてくる女性隊員がいた。
キルスティン・ヨーク中尉。
フレンドリーな笑顔を見て、アレクシスは聞こえなかったふりをして逃亡しようかと思った。
彼女は決して嫌いではないが、面倒ごとを手伝わせようとするときにわりとあんな表情をする。
「協力要請ならだめだ。私はいそがしい」
アレクシスは、速足で玄関の自動ドアのほうに向かった。
ヨークが行く手に回りこむ。
「デートの約束でもありましたか」
「これから確認するところ……」
言ってから顔をしかめる。あると言えばよかった。
「べつに協力要請ではありません。確認していただきたいものが」
ヨークがあたりを伺うように軽く左右を見る。
「……どうした」
「ローズ少佐はお連れではないですね」
アレクシスは眉をよせた。あの件のあとも隙あらばセクハラをしているとでも思っているのか。
タブレットに目線を落とす。
「オフィスのやつじゃないのか? 勝手に持ちだしてるのか」
「外に持ちださなければ規則違反にはあたらないでしょう?」
「それより」とヨークが続ける。タブレットを両手で持ち、こちらに画面を向けた。
立体画像にもできるはずだが、なぜわざわざ平面画像で見せるのか。
画面を見て理由が分かった。
表示している画像は、軍に所属する人間の個別のプロフィールだ。
遠目からでも見える立体画像では、通りかかる隊員に対して何となく気まずい。
ダニエル・クリス・ローズ 所属、陸軍 階級、少佐。
「えっ……」
画面を見て、アレクシスは軽い目眩を覚えた。
年齢は自身よりも一歳年上。添付されている顔写真はまぎれもなくダニエルのものだ。
彼はチェルカシア軍の人間では。
どういうことだ。
「先日お会いしたクリス・ローズ少佐で間違いないですよね?」
ヨークがタブレット画面を自分のほうに向ける。
「ファーストネームは “ダニエル” なんですね。なんであのとき、ミドルネームだけ名乗ったんでしょう」
不可解そうに辛子色の眉をよせる。
とりあえず彼を庇おうとして、アレクシスは「さあ」と口を動かした。だが動揺して声にならない。
「 “ローズ” はありふれた名字だし……」
意味不明な擁護が口を突いて出る。
「知ってますよ、そんなこと」
ヨークが顔をゆがめた。
「療養中だったんですね。お見かけしたことがなかったのは、そういうことでしょうか」
ハッとアレクシスは目を見開いた。
ローズブレイドが言っていた軍内のウワサ。
引ったくるようにして、タブレットの画面をこちらに向けさせる。
「パガーニ大尉?」
荒いしぐさに驚いたのか、ヨークが目を丸くする。
たしかに勤務実態の欄に「療養中」とある。
ローズブレイドの言うウワサを信じるのであれば、ここに諜報担当が持つIDを書きこめば「活動中」の表示に変わるのか。
軍の名簿に名前と顔写真がありながら、ダニエル・ハミルトンとして教会勤務をしているのだ。
チェルカシア軍ではない。こちら側の諜報担当。
ならばなぜチェルカシア国籍だと説明したのか。
タブレットを同僚に返し、アレクシスはオフィスの方向にきびすを返した。
「パガーニ大尉?」
両手でタブレットを受けとり、ヨークが呼び止める。
「仕事を残してたのを思い出した」
アレクシスはそう言い、急ぎ足でオフィスにもどった。




