DUCTOR ORDINIS ROSA 将校ローズ II
自動ドアが開くが早いか、つかつかと自身のデスクに向かうアレクシスの様子を一、二名の同僚が怪訝そうに見た。
あわただしくPCの起動パネルにふれながら、椅子に座る。
起動とほとんど同時に検索エンジンにダニエルのDNAデータを書きこんだ。
機密になっているのも道理だ。
こちらの諜報担当に所属しながら、チェルカシア軍将校としての活動も行っている。
DNAデータに入りこめなくなっているのは、特定の場所かIDから検索した場合、偽のデータが出るよう細工されているからか。
一見ダニエルがどちら側なのか判別がつかないが、少なくともこちらの軍はダニエルを守るための手回しをしている。
上層部は彼がチェルカシア軍少佐として動いているのも承知ということだ。
となると思いつくことは。
本人に直接確認したいところだが、捕まえてもいまは話しはしないだろう。
アレクシスはひたすらキーボードを操作した。
DNAのデータを検索エンジンにコピペする。“該当するデータなし” の表示が出たら、上から自身のIDを書き込む。
ひたすら同じことをくりかえした。
「パガーニ大尉」
午後から勤務のローズブレイドが、コーヒーを口にしながら通りかかる。
不可解そうに空中の画面をながめた。
「……パガーニ大尉、発熱でもしてます?」
「諜報担当を呼びだす」
「は……?」
横からこちらの顔を覗きこんだローズブレイドが、額に手をあててくる。
「……何してる」
アレクシスは眉間にしわをよせた。
「諜報担当にケンカでも売るつもりですか?」
言いつつ自身の額に、もう片方の手をあてる。ずいぶんと原始的な方法だが、検温しているのか。
「話をするだけだ」
そう答えてローズブレイドの手を軽くふり払う。
その間にも片手はおなじ動きをくりかえして空中のキーボードを操作する。
「操作のいきおいがケンカを売りに行くみたいなんですけど。やってることの意味は分かりませんけど」
ローズブレイドがもういちど空中の画面をながめる。しばらくして、思い出したようにアレクシスのデスクに置いたコーヒーを手にした。
背後で、ずず、とコーヒーをすする音が聞こえる。
この行儀の悪い飲み方。
こいつは幼等部で直せとは言われなかったのだろうか。アレクシスはつい関係のないことを考えた。
自身が幼等部にいたころは、世話係のシスターたちがかなり行儀にうるさかったような。
「初恋の女の子、見つかりました?」
ローズブレイドが尋ねる。ふたたびコーヒーをすする音がした。
「……まだだ」
アレクシスは短くそう答えた。
ローズブレイドはしばらく黙って画面を見ていたが、不意に「ああ!」と声を上げる。
「……何だ」
「その子を呼び出すための作戦とか?」
コーヒーのカップを持った手で空中のPC画面を指さす。
アレクシスは思わずぴたりと手を止めて眉をよせた。
「……何でだ」
「いやほら、諜報担当になってる可能性大だから」
あらためてキーボードを操作しようとして、アレクシスはダニエルのDNAデータを見つめた。
「いくら諜報担当でも名簿上で見つからないってのはおかしいだろう。何かが……」
指先を動かす。
そういえば、コールドウェル大尉があの子を知ってるようなことを言っていたが。
「大尉、俺ちょっと思ったんですけど」
ローズブレイドが切り出す。
「その女の子って、会ったの何歳のころって言いましたっけ」
「私が六歳で、むこうが七歳」
頬杖をつきつつ、キーボードの操作を続ける。
「特徴は? とくに背丈というか身体つき」
「小柄で華奢でかわいかった」
「裸になったところとか見たことは?」
「ない。同じ教育機関にいたのは冬のあいだだけだったし」
いつまでいるんだろうかこいつはとアレクシスは思った。
こちらはもう退勤時間をすぎているが、こいつはまだ勤務時間内のはずだ。
何をしているのか。
「そのくらいの年ごろって、女の子のほうが背が高くてしっかりした身体つきしてたりしません?」
ふとアレクシスは手を止めた。
「単純に発想の転換なんですけど。たとえば男の子だったのを間違えてたとか」
「男の子……?」
その発想はなかった。
アレクシスは操作パネルの上に置いた手を少し上げたまま、固まった。
「だとしたら、名簿のなかの女性だけ抜きだしても見つからないのは当然でしょ? 男性隊員をさがしたら、もしかしているかも」
そんな単純なことだったのだろうか。
確認しないことには分からないが、それでもしあっさりと見つかったら拍子抜けする。
何の作業をしてたんだっけと思いながら、アレクシスは惚けて画面を見つめた。
「大尉どっちもいけるし万事オッケーじゃないですか」
ローズブレイドが声を上げて笑う。
「だとしたら、今はセクシーメイトのお姉さんじゃないのか。ビシー? サライ? トゥウィンク?」
ローズブレイドがつぶやく。
どれも「美少年」のスラングでは。アレクシスは眉根をよせた。
ローズブレイドがコーヒーを口にしながら「あ」と小さく声を上げる。
「浮気したら殺すとか言う人とつき合ってるんでしたっけ」
アレクシスは額に手をあてた。
「おまえ……自分の仕事は?」
「ジンデル准将の電子サイン待ちなんです」
准将か。
アレクシスはがっちりとした筋肉質の中年男性を思い浮かべた。
先日呼び出されてから二、三回雑用を頼まれたが、急に何なのか。
威圧的な感はあるが、とくに気にさわる言動をされたわけでもない。
だが何となく本能的な敵対心を覚えるのは気のせいか。
「電子サインなんか一分もあれば充分だろう。おまえのPCにもう来てるんじゃないか?」
「大尉、書類の内容読む時間入れてないでしょ」
ローズブレイドが、ずず、と飲む音を立てる。少し間を置いてから、身体を屈めてアレクシスの顔の横で声をひそめた。
「……まあ、お気に入りの隊員つれこんで、奥の私室でくんずほぐれつやっててサインが遅くなるってふしはあるんですけどね」
アレクシスは目を左右に泳がせた。
「ここ数ヵ月は、金髪の華奢な男性隊員がやたら長いあいだ執務室から出てこなかったり」
佐官をすっ飛ばして大尉のローズブレイドにたびたび直接指示してるのは、そういうことなんだろうか。
やはりあるところにはあるんだなと思う。
「んでこれ、何のデータですか?」
ローズブレイドが空中の画面を見る。
複雑な数字と記号の羅列のせいか、すぐには思いあたらないようだった。
「……DNAのデータ?」
ややして怪訝そうな声音でローズブレイドが問う。
「どなたの」
アレクシスは無言でキーボードを操作していた。
「例のスパイの」と言いそうになったが、何がダニエルの足を引っぱるのか自分には分からない。
ここは、聞こえないふりしているのが無難だろうと思った。
データを入れるたびに出る “該当するデータなし” の表示でローズブレイドは気づいたような表情をしたが、黙ってコーヒーをすすりながめていた。




