ROSA INDECENS 淫らな薔薇 I
執務室奥にあるモーガン・ジンデル准将の私室。
照明が落とされ、ディスプレイの横に設置された背の高いデザインランプのみが仄かに室内を照らしている。
部屋の正面奥には濃紺の装飾カーテンが垂らされ、上部には陸軍の紋章が掲げられていた。
いくつかの武器が飾られた奥の壁の一角。すぐ下にある造りのしっかりとした棚には、勲章のレプリカと、要人と握手をする画像が表示された電子フォトフレームがならんでいる。
執務室よりもやや広く、豪華というほどではないが軍の施設としては装飾に凝った部屋。
中央にあるベッドは大きく、三人ほどがゆうゆうと寝られそうなサイズだ。
シックなデザインの天蓋は、入口側のほうだけ引かれている。
ベッドの上で、ダニエルは全裸で横たわり微笑した。
かたわらに座ったモーガン・ジンデル准将に甘い目つきを向ける。
天蓋のなかにただよういかがわしいムスクの香り。
「好きだよ、モーガン」
准将の筋肉質の腕に手をのばす。
「あのパガーニとかいう男は何だ」
准将が煙草に火をつけて問う。
「おつかい用の犬だよ。言ったでしょ?」
「どうせあの男ともやってるんだろう?」
准将が苦笑する。
「餌をあたえてるだけだよ」
ダニエルはゆっくりと起き上がった。准将の肩に寄りそい、頬に口づける。
准将がダニエルの腰をなで回した。
「だめだって……」
ダニエルはそう咎めて顎を反らした。
「あの男も体で誑しこんだのか」
「さすがの軍の教育で、はじめは寝返るのを頑固に拒否してたけどね」
ダニエルはクスクスと笑った。
「全裸で迫ったら、あっという間だったよ」
「性悪が」
准将が苦笑いする。ダニエルは甘えた声を上げた。
「パガーニか。変わった名字だな」
准将が煙草を灰皿に置く。あおむけに寝転がった。
「遺伝子提供者は、イタリア子爵家の末裔だ。現フィレンツェ市長ジュリアーノ・オルダーニの実家と代々懇意の家だとか」
「調べたのか」
准将が鼻で笑う。
「犬を飼うんだもの。血統もちゃんと確認しないと」
ダニエルは、横たわった准将の胸元に頬をよせた。
「忠実でかわいらしい軍用犬だ」
「ダニエル・クリス・ローズ少佐」
准将がそうつぶやく。
呼びかけとも独り言ともつかない口調だ。
「こちらの軍を裏切って、チェルカシア側のスパイになった理由は何だ」
ダニエルは顔を上げて准将と目を合わせた。ややしてからほほえむ。
「生まれるまえに自国の軍属になることがすでに決まってるなんて、本人の意思をまったく無視だ。ふざけてる」
ダニエルは裸の肩をすくめた。
「しかも危険のおおい諜報担当というのも、試験管のなかにいる時点で決定している。選択の自由は本人にはない」
唇の端を上げる。
「だれでも逃げ出すでしょ?」
准将はこちらの目をじっと見ていた。
疑っているのだろうか。ムリもないが。
生まれたときすでに国家により一生を保証されている恵まれた人間と捉える人もいる。
なんどか政府に問題提起がされているのも知っている。
ジンデル准将は、将校クラスが遺伝子提供を受け軍で生まれるシステムになる前の時代の人間だ。
反発や戸惑いはあるだろう。
叩き上げは叩き上げで、我慢を重ねてのし上がっているだけに金と性への誘惑に弱くなりがちな傾向がある。
ある程度の地位に登りつめたとたんに、我慢していたものの箍が外れる人間が一定数いるらしい。
ジンデル准将は数年前から自国を裏切り、金と性交の相手と引きかえに敵国側に軍事情報を流していた。
明るみになれば軍事法廷で有罪、極刑はほぼ確実だろう。
チェルカシア大使館とのつなぎの役割をするダニエルまでをも警戒したとして、べつにおかしなことではない。
「いまはAFC側のふりして教会の潜入を続けてるけど、おりを見て亡命する」
ダニエルは准将と目を合わせた。
「いっしょに来てくれる? モーガン」
「おまえは性悪すぎて」
准将が鼻で笑う。
「ひどいな」
「おまえの飼い犬はどうする。連れていくのか?」
「ああ……」
ダニエルはあおむけになった。
天蓋を見上げて前髪をかき上げる。
「あれは棄てていこうかな。顔と体はいいけど、おつかい以外は使えないし」
「ほんとうに性悪だな」
准将が苦笑する。
「まあ、誘惑されればすぐに靡く犬なんてのは、他人の誘惑にもかんたんに靡く。使いすてのほうが安全だが」
「でしょ」
ダニエルは相づちを打った。
「軍にいるあいだは、せいぜいかわいがってるふりしてあげて。そうすれば、おつかいだけは完璧にやってくれる」
ダニエルは准将の骨太の腕に寄りそい、甘えるように額をあてた。
「亡命するときは、モーガンと二人だ」




