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【書籍化&コミカライズ連載中】娯楽革命〜歌と踊りが禁止の異世界で、彼女は舞台の上に立つ〜【完結済】  作者: 藤田 麓
六年生の章 ミュージカル

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ディアナが得たもの


 パクパクと開いた口が塞がらない。

 

 今なんて言った? 王政をやめる⁉

 

「そ、ええ? ……アルスラン様の代で王政をやめるってどういうことですか?」

「そのままの意味だ。まだどのような形になるかは決まっておらぬが、私が在位している間に環境を整えて王政から民主政に移し、私はそのまま退位する」

「それって世襲制を廃止するってことですよね? 世継ぎが生まれてもその子に継がせないということですか?」

「そうなるな。そもそも私は魔法陣の中でしか生きられなかった故、世継ぎを作ることは不可能だった。そのため最初からその道は考えていない」

「そ、そうなんですか……」

 

 言われて見ればそうだ。だからこそアルスラン様が外に出られるようになるまで婚姻の話は出なかったのだから。

 

 でも今は婚姻も世継ぎも可能だと思うけど……そっちは考えてないのかな。

 

 アルスラン様はそれからどのように政治システムを変えていくか話し出す。

 

「まず貴族たちだけで政治が動くような制度を作り、同時に優秀なものは低い身分であっても重職に就けるようにする。そうすれば優れた者たちが社会を動かせるようになるであろう」

「……でもそうなれば今まで身分だけで上にいた人たちから反発が起こるのではありませんか?」

「その者たちからも不満が出ぬようには心掛けるが、そもそも能力もないのに重職についていることが間違いなのだ。今回私が倒れている間にもそういった者たちが裏でコソコソと動いていたようだからな。そのような無能は今後もっと立場がなくなるが、そこからの反発も学院で学んだ者に代替わりすれば少なくなると考えている。そのための教育だからな」

「な、なるほど……学院を作ったことがそこに役立つんですね」

「どれだけ身分が低い者でも世の中をよくしようと動けばそれが叶う。そういった制度を浸透させ、その価値観を共有させる。その時代を経ればいずれ来る魔石使いの終わりの日にも対応出来るのではないかと考えたのだ。少なくとも今のままでいきなり魔石使いがいなくなるより、価値観の変動や衝突は少なくなるであろう」

「その制度を浸透させたあとに……王位を退くのですか?」

「私が王を辞めるのはその前の段階だ。新しい価値観と制度を実行するにはまず、一番上に君臨している私が邪魔だ。だがまあ、そこまでもかなり時間のかかることであろうから、生涯をかけて王政の廃止まで持っていこうと思っていた。それくらい時間を掛ければ十分に実行出来ることだからな」

 

 アルスラン様はそう言って「ただ、その生涯が思いの外延びてしまったが」と口の端を上げる。彼の言っていることはかなり衝撃的で、世の中に大きな影響を与えることなのに、なぜかその顔は楽しげだった。

 

「私は体が弱くいつ死ぬかわからなかった故、この計画も実行出来るかわからず、焦りがあった。だが今はそれに余裕が出来た。其方と寿命を分け合ったからだ」

 

 彼は微笑んだまま私の頭に手を乗せる。

 

「アルスラン様……」

「私には私の思惑があったのだ。それ故其方が気に病むことはない。私は今の状況に満足している」

 

 どうやらそれを伝えるために、今まで誰にも言っていないことを私に話してくれたらしい。

 彼の優しさが頭に乗せられた手から伝わり、私は目を閉じる。

 

 アルスラン様が目指すもの。この先の未来。魔石使いがいなくなる日に衝突をなくし、犠牲になる人を減らすこと。そんなこと考えていたなんて……本当になんて人だろう。

 

「アルスラン様はやっぱり……民のために手を尽くすのですね。私利私欲に走る私とは正反対です」

「私はそうは思わぬ。結局私の考えも誰かにとっては迷惑でしかないであろう。その者たちのことは切り捨てるのだ。私の考えも立派な私利私欲だ」

「そうですか? 自分以外の人のためのことを思って動いている時点ですごいと思いますけど。私利私欲というのはもっと自分勝手で……私みたいに好きなことして興奮してる人のことをいうんですよ。アルスラン様は自分の考えが叶うことを想像して飛び跳ねて喜んだりしないでしょう?」

「そのようになるのは其方だけだと思うが、喜んでいないわけではない」

 

 ちょっと失礼なことを言いながらアルスラン様は表情を少し緩める。飛び跳ねはしないが嬉しいことではあるらしい。

 

「確かにその話をしているアルスラン様は結構楽しそうですが……あ、じゃあその計画を実行するのがアルスラン様の夢ということですか?」

「夢? これが?」

「だって考えたらワクワクするのでしょう? 実行できたら嬉しいのですよね?」

「……そうだな。そのような世界が実現出来れば嬉しいとは思う」

「だったら夢で間違い無いではないですか。ふふ……そっか。アルスラン様にも夢があるんだ。私と一緒ですね」

 

 私がそう言ってにへっと笑うと、アルスラン様は私の頭から手を下ろして不可解な顔をする。

 

「これが、夢だというのか? 考えたこともなかったが」

「実行したい願いなのですから夢ですよ。私、アルスラン様の夢を応援します! 私になにが出来るかわかりませんが、協力出来ることがあったら全力でします」

「なぜそんなに嬉しそうなのだ」

「私、人の夢とかやりたいことを聞くのが好きなんですよ。挑戦している人を見るのが好きなんです。だからエンタメのプロデュースをしたいと思ったんですから」

 

 自分で挑戦するのもいいが、夢を追いかけて努力している人を見ると元気をもらえる。そして応援したいと思う。プロデュースはそんな人の背中を押す職業だと思っているのだ。なにかを伝えたい人と、受け取る人。その間を繋ぐ仕事。

 今はまだ私がやりたいことを中心に進んでいるが、そのうちエンタメに携わる人材が増えたらそれぞれの人にやりたいことが出来るだろう。それを広める仕事もしたいのである。

 そんなことを興奮気味に語ると、アルスラン様が呆れたように笑う。

 

「本当に其方はそういったことばかり考えているのだな」

「はっすみません……勝手に興奮してしまいました。アルスラン様のお話だったのに」

「……では私の夢もこれから応援してくれるのか」

「もちろんです! 政治の難しいことはわかりませんが、アルスラン様が目指す世界は民が犠牲にならないで済む世界なのでしょう? そんなの応援しないわけありません。全力で応援しますし、アルスラン様の健康を支えます!」

「健康のことはもう良い……」

「いいえ、まだまだこれからですよ」

 

 私が拳を握って鼻息荒く言うと、アルスラン様が片眉を上げた。

 

「では今回の件については納得したということでいいか?」

「ん? 今回の件ですか?」

「寿命が同じになった件だ」

「は! そうでした!」

 

 夢の話で興奮して一瞬飛んでいた。アルスラン様の呆れた視線を受けながら私はううん、と腕を組む。

 アルスラン様はアルスラン様の思惑があってウヌアに寿命を分け合う提案をしたのだという。彼の夢を叶えるには確かに寿命は長い方がいい。

 

 あれ、でもその夢が叶ったあとはどうするんだろ?

 

「アルスラン様……王位を廃止するまでどのくらい時間を掛けるつもりなのですか?」

「具体的にはわからぬ。数十年かかるだろうが、五十年以内に達成したいとは思っている」

「ではそのあとはどうするのですか? 寿命はまだまだ残っているでしょうし、そもそも老けないアルスラン様のことを周りは不思議に思うのではないですか?」

「だから出来るだけ早く計画を遂行して王位から退き、人の前から去るのだ。それまでは見た目は手を加えればなんとかなるであろう。人前に出るのを制限することも出来る。それからそれが叶えられたあとについては……」

 

 窓の外を見ながらそこまで言ったアルスラン様は、私をチラリと見て言葉を止める。

 

「アルスラン様?」

「……其方はどうするつもりなのだ? これから劇団を運営して広めていくのであろうが、その先は?」

「へ? いえ、まだ具体的には決まっていませんが、やりたいことは他にもたくさんあるのでそっちに手を広げていきたいとは思ってます。劇団を平民にも広めたいですし、映画も作りたいですし……アルスラン様が許可してくだされば、ですけど……」

「其方の欲には果てがないな」

「すみません、私利私欲まみれで」

「では、そんな其方のやることを見守ることにしよう」

「え?」

 

 それが当然というように頷くアルスラン様に私は目を瞬く。

 

「み、見守る?」

「それだけやりたいことがあるのなら退屈せぬであろうな。其方を見ていれば案外あっという間に寿命が尽きるのではないか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。私のことなんてどうでもいいですから、もっと他にやりたいことを探してくださいよ」

 

 私が焦ってそう言うと、アルスラン様はコテンと首を傾げた。

 

「なぜだ?」

「なぜって……アルスラン様の人生ですよ?」

「私は其方と約束したではないか。ずっと側にいる。一人にはせぬ、と」

「……!」

「前に約束した時は自然と『私の命が尽きるまで』という条件になったが、今回でそれが取り払われたであろう? ならば私は其方とずっと一緒にいるのではないのか?」

「……っアルスラン様……」

「一緒にいるのなら其方のやることを見守るのは当然のことではないか。違うか?」

 

 その真っ直ぐな問いに、私は言葉を失う。

 確かに約束を、した。「ずっと一緒にいる」「ずっと歌を歌う」と。もう一人になりたくなくて、置いていかないでと泣いた。ウヌアにも言われた。私はみんなと一緒に生きて死にたいという望みがあると。

 それをこの人は当然のように叶えようとしてくれているのだ。

 

「どうして……そこまでしてくれるんですか……」

「約束を守るのは普通のことではないか」

「守るには大きすぎる約束ですよ……。私、アルスラン様から与えてもらってばかりなのに、それ以上のものをお返しすることが出来ません」

 

 私が耳を下げてそう言うと、アルスラン様は片眉を上げて顔を傾げる。

 

「本気でそう思っているのか? どう考えても其方が私に与えたものの方が多いと思うが」

「え?」

「これまで私の命を繋いでくれたのは誰だ。食事を与え、運動の重要性を説き、私を健康にしたのは? よく眠れるようにと歌を歌ってくれたのは? そして私の命を救うために魔女の元にまで行ったのは誰だ? どう考えても其方が私に与えたものの方が多いではないか」

「それは……それが当然というか。私が、そうしたかったからしたのです。健康になって欲しかったから、助かって欲しかったから……」

「ならば私が望むことを応援するのも?」

「もちろん、したいからするのです」

「では私たちが考えていることは同じだということだ。私も其方の望みを応援したい、見守っていきたい。それは当然のことだ」

「……」

 

 私がアルスラン様にしたいと思ったことを、アルスラン様も私にしたいのだという。その言葉に目の奥がジンと熱くなってくるのがわかった。

 

「アルスラン様は……私を……そこまで大事に思ってくれているのですか?」

 

 私がアルスラン様を大事に思うように?

 

 信じられない気持ちでそう問うと、アルスラン様はフッと目元を緩める。

 

「それが当然だと思うくらいにはな」

 

 それから「そもそもそう思える相手でなければ、あんな約束はせぬ」と笑い、私の頬を指の背で撫でた。その途端、私たちを白い光が包み込み、繋がった先から温かなものが流れてくる。どんな感情なのかはわからないが、安心する優しい温もりだ。

 私はアルスラン様のその手に自分の手を添えて目を閉じる。その拍子に雫が一粒こぼれ落ちた。

 

「……こんな時だけ感情を流すのは反則ですよ」

 

 彼が私のことを大事に思ってることや、これから先もずっと一緒にいるという言葉が本当のことだと伝わってきて、どうしようもなく嬉しくて、胸が熱くなる。

 

「……私に感情というものを思い出させたのは、其方だ」

「え?」

「病を乗り越えるためにとうの昔に忘れたもの。その閉じていた扉を開けたのは其方の歌だ。……思えば私は初めて目覚め唄を聴いたあの時から、其方の歌を求めていた。もっといろんな感情を思い出したいと体が言っていたのかも知れぬ。まあいざ思い出すと、それに翻弄される日もあったが」

 

 少し眉を顰めたアルスラン様から少し苦い感情が伝わってきた。彼は再び私を見つめて言う。

 

「それでもやはり、私は其方の歌を聴きたいのだ。その感情は抑えないことにした」

「アルスラン様……」

「私との約束も守ってくれるのであろう?」

「……もちろんですよ。アルスラン様のために歌います。これからもずっと」

 

 そう言って微笑みながら彼の手に頬を預けると、私は彼に今の自分の感情を全て流した。アルスラン様を大事に思う気持ち、喜び、感謝、安心感……それらを遠慮なく流していると、不意に視界が暗くなった。

 私のことをぎゅっと抱きしめたアルスラン様は少し笑いながら言う。

 

「もうよい……流し過ぎだ」

「これくらいでなに言ってるんですか。アルスラン様は感情を受け止めるのも抑えないようにしないといけませんよ」

「まだ慣れておらぬのだ。手加減してくれ」

「ふふ、ではこれからもたくさん感情をお届けしないといけないですね」

 

 そこも鍛えないと、と言うと、今度は「ゆっくりでよい。時間はたっぷりあるのだからな」と返ってきた。それがまた嬉しくて、私はアルスラン様の体に手を回してぎゅっと力を入れた。

 彼には彼の思惑があったこと、そして私を大事に思い、一緒にいたいと思ってくれたこと。それがわかって寿命についての不安は解消された。

 

 ずっと一緒にいてくれるんだって……本当に、何百年も先まで。

 

 自分がもう一人ぼっちになることはない。一千年前みたいに、置いていかれることもない。ずっと一緒だ。

 そう思うだけで涙が溢れて止まらない。その感情の昂りを抑えることなく、私はアルスラン様の胸に顔を押し付けて静かに泣いた。

 

 

 それから私が落ち着いたところで、アルスラン様が私の涙を拭いながら意外なことを言う。

 

「一つお願いがあるのだが、いいか」

「お願いですか?」

 

 彼の口からお願いなどという可愛らしい言葉が出てくるとは思わず、私は体を離して目を瞬く。するとアルスラン様は自分の腰袋からシャラリとひとつのネックレスを取り出した。美しく細かな鎖の先には透明の魔石がくっ付いている。

 

「それは……アルスラン様の透明の魔石? アティラ様の形見の。ネックレスにしたんですか」

「そうだ。一つ思い付いたことがあってな」

 

 アルスラン様はそう言うと私にそのネックレスをスッと差し出した。

 

「これを、受け取ってくれないか?」

「え、でもそれは前に……」

「もちろん我々との繋がりが消えそうだから嫌だと言っていたのは覚えている。それ故、今回は透明の魔石の……交換を提案する」

「交換? えっと、それは私のと?」

「ああ。其方が持っている透明の魔石と、この魔石を交換してくれないか? もし良ければだが……」

 

 そう言われ、私は差し出された透明の魔石のネックレスと自分の胸元を交互に見る。つまり二人の持っている魔石を交換したいということらしい。そこになんの意味があるのだろうか。

 

「其方の透明の魔石はエルフの母君からもらったもので、大事なものであろう。それ故、無理にとは言わぬ」

「ええと、なぜそこまでして透明の魔石を?」

「私の透明の魔石はやはり其方に持っていて欲しいと思ったのだ。これは砂の部族が一千年も守ってきたものだ。再び目覚めた其方に渡すために、大事に受け継いできた。その砂の部族の悲願を叶えてやりたい。きっとそれを願って母上も私に託したのだと思う」

「あ……」

 

 その言葉にアティラ様の残した言葉や、ヒマヤのことが思い出される。この透明の魔石にはその歴史と思いが刻まれているのだ。それを思えば、この魔石を受け取ることはその彼らの思いに報いることになる。

 

 そうだね……ヒマヤたちの思い、ちゃんと受け取らなくちゃ。

 

「わかりました。交換ということなら大丈夫です」

「本当にいいのか?」

「はい。私が持ってる透明の魔石は、繋がりの魔石術を教えてもらう時にかあさまから貰った私専用のものなんです。だからお渡しするのは全然構いません。それにアルスラン様の透明の魔石は多分かあさまが使っていたものなので、どちらかというとそっちの方が私にとっては思い入れがあるんです」

 

 私はそう言いながら胸元から透明の魔石を取り出し、血の契約を解除して自分の首からネックレスを外す。

 

「じゃあこちらを……」

「ああ。其方も」

「はい、確かに受け取りました。ありがとうございます」

 

 自分の魔石を差し出し、アルスラン様の魔石を受け取ると、私はそのネックレスの金具部分を指で摘んで早速首に付けた。

 

 ヒマヤ、守ってくれてありがと。アティラ様、繋げてくれてありがとうございます。かあさま、確かに受け取りました。

 

「どうですか?」

「まあ見た目は変わらぬが……似合っていると思う」

「えへへ。良かった。あ、アルスラン様も付けられますか? それとも今まで通り腰袋に入れます?」

 

 私がそう問い掛けると、アルスラン様はしばらく考えてから「では頼む」と私にネックレスを渡す。私が少し屈んで欲しいとお願いすると、彼は腰を屈めて王の布と髪を手で纏めて前へ流した。

 

「よいしょ……と。ん、付きました」

 

 付け終えて前へ戻ると、アルスラン様は髪を戻して首に掛かった透明の魔石を摘んで満足気な顔をした。

 

「私サイズの鎖なのでアルスラン様にはちょっと短いですね」

「別に構わぬ。どうせ服の下に仕舞うのだから気にする者もいまい」

「私が気になるんですけど……」

 

 相変わらず自分の身なりに頓着しない人だ。

 

「気になるのならソヤリに新しい鎖を頼めばよかろう」

「え、それはちょっと……」

 

 ソヤリさんがこれを見れば私のネックレスだと気付くのではないだろうか。二人で魔石の交換をしたことを知られるのはなんだかわからないが、ものすごく恥ずかしい。

 

「わ、私が用意しますので! ソヤリさんには頼まなくて大丈夫ですっ」

「そうなのか? まあどちらでもよいが」

 

 そう答えるアルスラン様の視線は魔石に注がれたままだ。

 

 そんなに嬉しいのかな?

 

 少々首を傾げながら私も自分の首にかかっている魔石を手のひらに乗せて窓の光に当てた。陽の光を反射してキラキラと輝く透明の魔石を見ながら、目を細める。

 

「この魔石もこれからずっと一緒ですね」

「ああ、そうだな。ずっと一緒だ」

「アルスラン様、お願いがあるのですが」

「なんだ?」

「もう一回ぎゅってして今の感情をぶつけてもいいですか?」

「……もうよい。さっきので十分だ」

「ええ! まだまだ伝え足りないんですけどっ」

「それなら一つ歌を歌ってくれ」

「えっいいんですか? わかりました!」

 

 パッと顔を輝かせて私はなにを歌おうか考え始める。なにかこの喜びを伝えられる歌はないか。

 

「あ、じゃあ、あの歌はどうかな」

 

 私はそこで前世にあった歌を歌い出した。大事な人とこれから歩んでいくという、とても明るくて前向きな曲だ。

 空に広がっていくように王の塔の先端に私の歌声が響き渡る。いつまでも歌っていたいと思えるほどいい響き具合で、私はそこで夢中になって歌ったのだった。

 

 

 

 その後、アルスラン様と昼食をとった私はソヤリさんと入れ替わるように王の間から下がり、寮へと戻った。そこでファリシュタと合流し、ガラーブに別れの挨拶をして校舎へと向かう。

 

「ごめんねファリシュタ、時間ギリギリになっちゃって」

「いいよ。その間に他の友達とも話せたから。ハンカルやラクスも見送ったよ」

「そっか。次に会う日が楽しみだねぇ」

「私はその前にディアナのお家でお世話になるから緊張しちゃうな」

「もうファリシュタはうちの常連なんだから大丈夫だよ。ヤティリもいるし……ってヤティリじゃ頼りにならないか」

 

 そんなことを言いながら歩いていると、正面玄関に着いた。そこを抜けて外へ出ると、ロータリーにはちらほらと馬車が停まっている。乗合馬車もアリム家の馬車もすでに到着しているようだ。

 

「思ったより馬車がいるね」

「今日の午前からすごい混みようだったらしいから、まだ移動する学生が残ってるんだろうね」

 

 ロータリー前までやってきた私は、ふと立ち止まって後ろを振り返る。

 そこには学院の校舎がそびえ立っていた。その荘厳さは初めてここに来た時と全く変わっていない。

 

「ディアナ?」

「……なんか本当にこれで卒業なんだなって思って」

 

 私がそう言うと、ファリシュタも横に並んで校舎を見上げる。

 

「本当にあっという間だったね」

「うん。ファリシュタと出会ったのもついこの間だった気がするくらい」

「あれからいろいろあったね……」

「うん……」

 

 知識を詰め込んで試験を受けた日、正体を隠して入学した日、テルヴァに攫われた日、エルフと公表した日、演劇クラブを作った日……それからも、いろんなことがあった。

 

「入学した時は私……なにも持ってなかったんだよね。正式な家族もお父様だけで」

 

 それでも自分の野望を叶えようと張り切っていた。あの時の自分を思い出すとなんて無謀なことを考えていたんだろうと思うが、その道を私はずっと歩いてきたのだ。

 

「向かい風ばかりでも進めばどうにかなるもんだね……」

「ふふ、それはディアナだから出来たことなんだと思うよ?」

「そうかなぁ。私みんながいなかったらきっとなにも出来なかったよ?」

「その人たちと繋がることが出来たのはディアナだったからでしょう? 私たちはディアナが伸ばした糸にくっ付いてきただけだもん」

 

 ファリシュタはそう言って嬉しそうに笑う。

 

「それで、ディアナはこれからさらにその糸を伸ばしていくんでしょう?」

「うーん、そうだね。そうなるかも」

「楽しみだなぁ。今度はどんな世界が広がっていくのかな」

「大変だと思うけど、楽しい場所に繋がってるといいね」

「そうだね」

 

 二人でそう言いながらもう一度校舎を見上げる。

 その四階建ての建物とその上に広がる青空を眺めて、私は服の上からそっと透明の魔石に触れた。

 

 私がここで得たものって……たくさんあるよね。

 

 その一つ一つを思い描きながら、フッと笑う。

 

 でもまだまだこれから。この先に続いている道を歩いていくんだ。

 

「じゃあ行こうか」

「うん」

 

 私は校舎に背を向けて歩き始める。その時春の風が吹いて、私の髪とマントをふわりと揺らしていった。

 

 

 

 

マギアコアを分け合い、

命を分けあったディアナとアルスラン。

二人はずっと一緒にいることを約束しました。

そしてファリシュタとともに学院を出たディアナ。

この物語の本編はここでおしまい。


次は エピローグ、です。

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