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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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三十六話・獣の魔王

 


 明くる日、消した明かりを戻すことになった。

 一晩休んで元気になって、滝裏の小部屋を訪れる。

 しかし、やはり一筋縄ではいかないらしい。


 例の石碑の文言の通りに、露悪的な仕掛けがそこにはあった。


「目には目を。今回は、複雑ではないな」


 部屋を見渡しながらアッシュが言う。

 以前はこぢんまりとした書庫だった部屋だが、様変わりしている。

 がらんどうの倉庫のように無機質な印象に変じていた。

 むき出しのざらついた板が張られた床と、血に汚れた目の粗い荒壁。

 そして周囲の壁には、猿の頭が無数に張り付けてある。

 猿は『火をつける』時に出てくる醜い異形たちで、赤く焼けた針で両目を貫かれて並んでいた。


「…………」


 アッシュの言葉には誰も答えなかった。

 なぜなら、目の前に猿に刺さっているのと同じ……本当に、全く同じ針が置かれているからだ。

 例の塗り潰した本が置かれていた机にだ。

 まるで目を刺せとでも言うように。

 真っ赤に焼けた針が一つだけで。


「……はぁ」


 小さくため息を吐いて、彼は針を握った。

 つい刺さるところを想像してしまい、アリスは背筋が凍りつくような気がした。


「アッシュさん!」


 じろじろと針を観察しているところへ呼びかける。

 まず立ち止まってほしいと思ったのだ。

 すると、彼は針から目を移さずに答えた。


「分かってる。話し合いだろう?」

「…………そうです。分かってるならいいんです」


 もしかすると、最初から刺す気で手に取ったわけではなかったのかもしれない。

 アリスはなぜか泣きたいような気持ちになった。

 別に、悲しいわけでもないと言うのに。


「分かってるならいいんですよ」


 もう一度繰り返す。

 少し後ろでキメラが笑みを漏らした。

 それから、みんなでこの針の使い方を考えることにする。



 ―――



 そして、アリスたちは色々と試した。

 まず単純に、魔獣や召喚獣の目に突き刺してみた。

 議論のかたわら部屋のあちこちにも刺した。

 どこかにまだ刺さっていない猿がいるのではないかと思い、猿の頭を一つ一つ確認もした。

 ついでにキメラがストックしている入れ替え用の眼球にも刺した。


 だが、罪が拭われるには遠いらしい。

 進展もなく、時間だけが過ぎていく。


「俺は、刺してみてもいいと思ってる」


 やがてアッシュが切り出した。

 つまり自分に刺すということだ。

 アリスは言い返そうとしたが、その前にノインが口を開く。


「いえ、あたしにしましょう。どうせ、痛みはないですし……戦いでも、あまり役に立てませんから」


 それも駄目だとアリスは思う。

 しかし何も言えなかった。

 対案もなしに騒ぐのでは『話し合い』にならないと気づいたから。


 頭を悩ませている内に、アッシュがまた口を開く。


「君はだめだ。針に毒があるかもしれない。俺は魔物だから、この中では一番向いている」


 やはり整然と否定をした。

 何を言うにも理屈があるので、彼の自己犠牲には異を唱えにくい。

 アリスも必死に考えているが、いい理屈は思いつかなかった。

 刺した人の痛みを分散する、というのもいいが……根本的な解決にはならない。

 候補として良いのは、魔王に深く感応して答えを引きずり出す方向だろうか。


 けれど、考えている内にキメラの言葉が流れを変える。


「見てください。これならどうです?」


 目を向ける。

 いつの間にか、彼女は腕を触手に入れ替えていたようだった。

 さらにその触手には大量の眼球が埋め込まれている。


「これは、私の体の一部です。私の能力でそうなっています。仮に針を刺す必要があるなら、この触手に刺すのと同じことです」


 アリスは目を瞬かせる。

 そういえば彼女の能力については聞いたことがなかったので、いまいち状況を整理しきれない。


 同じことを思ったのか、サティアが口を開く。


「説明がほしいわ。能力も……込みでね」

「いいでしょう」


 承諾し、説明を始める。

 彼女の力は、人の肉を泥に変える力であるという。

 そして、この泥は様々な器官の移植の受け皿となる性質があるらしい。

 あるべき拒絶反応や侵食が抑えられ、どんな器官でも神経が通り、自分の体として扱えるようになる。


 ただ他人には効果が落ちるようで、ゴーストなどは魔獣の侵食に苦しんでいる。


「なるほど。その触手も君の肉体か?」


 アッシュが言った。

 キメラは自慢げに頷く。

 さらに質問が続く。


「痛みはあるのか?」

「いえ、ありません。泥にした部分は痛みを感じませんので……」


 つまり、泥にした部分に移植する都合上、そこで痛覚は遮断されるということだ。

 こうなると腕を落とすような行為に抵抗がなかった理由も、何となく理解できてくる。

 きっと周囲の肉を泥にした上でやっていたのだろう。


「なら、まず君の目に刺してみよう」


 言われて、キメラはにこりと微笑んだ。


「ええ、構いませんわ」


 触手をアッシュの目の前に差し出す。

 彼は目の一つに狙いを定め、ゆっくりと針を刺した。

 そして肉の焼けるような音がする。

 眼球が潰れた様子の生々しさに、思わず目を逸らした。


「…………」


 数秒、沈黙が続いた。

 アッシュが針を動かす。

 もう一つ目を刺した。

 そこで唐突に暗転する。


 つまり、明かりを消した時と同じ現象が始まったのだ。



 ―――



 今度は、幻を見るようなことはなかった。

 書庫の入り口に戻されて、目を開けたアリスはまぶたを細める。

 周囲の明るさに目がくらんだのだ。

 手でひさしを作りながら状況を確認する。

 書庫は完全に来た時と同じ状態に戻っている。


 明るく、日が差し込んだ美しい書庫に。


「……おお」


 上手くいったのだと分かり、思わず声が漏れる。

 ゆっくりと立ち上がった。

 お礼を言おうと思いキメラの姿を探すと、アッシュと話している姿が目に入る。


「ほら、相談をすれば丸く収まったでしょう?」


 キメラが微笑んでいる。

 アッシュは迷うような間をあけて頭を下げた。


「そうだな。…………ありがとう」


 そこにサティアが歩み寄って、なにか茶々を入れたらしい。

 楽しげにはしゃいでいるキメラたちを見ていると、なんだか気が緩んでため息がこぼれる。

 アッシュが目を刺さずに済んだことが素直に嬉しかった。


「アリス様、よかったですね」


 いつの間にか横に来ていたノインが言う。

 深く頷いた。

 そのままなんとなく握手を交わしていると、彼女はまた穏やかな様子で言葉を重ねる。


「あたしも、なんだか安心しました」


 その言葉を聞いた時、アリスはふと不思議な気分になる。

 温かな充足感と、刃のような焦燥が入り交じった感覚だ。


「…………」


 ひと呼吸おいて気が付く。

 自分はこの旅が気に入ってしまっていたのだと。

 そして、失いたくないと思っている。

 アッシュがいて、ノインもいて、サティアや他の仲間も一緒にいる旅が楽しい。


 けれどそれは、これから簡単に消えてしまう可能性がある。

 魔王に挑んだら無事でいられる保証はない。

 それを初めて、泣きたいくらい怖いと感じた。


「……ノインちゃん」


 深く呼吸をして、アリスは気持ちを落ち着かせる。

 ノインの手を両手で包むように握った。

 でも中々言葉が出てこなくて、べそをかいてそのままでいる。


「……?」


 ノインは戸惑ったように目を瞬かせた。

 でもそのまま寄り添って、優しく背中をさすってくれた。


「私、ノインちゃんに会えてよかったです」


 かすかに震える声で伝える。

 今くらいしか言えないと思ったのだ。

 すると、少し湿った声が返ってくる。


「あたしも、アリス様に会えてよかったです」


 だめだ、とアリスは直感する。

 次を聞いたら泣いてしまう確信があった。

 身構えたところで、同じように震えた声で言葉が続いた。


「いつも、悩んでいる時……お話を聞いてくれて、嬉しかったです。本当に、感謝しています」


 それで、二人とも泣いてしまった。

 ひそひそと泣きながら抱き合っていると、ふらりと近寄ってきたシドが笑い始める。


「おい、なんか泣いてるぞこいつら。ハハハハハ……」


 聞きつけて、周りにみんなが集まってきた。

 ノインとアリスはくっついたまま、しばらくサティアやシドの玩具にされていた。



 ―――



 それから一週間、アリスは書庫の攻略に熱が入った。

 色んな検証に熱心に力を貸した。

 負けて失うものの重さを知り、怖くなったからだ。


 その恐怖は時間が経っても目減りすることはなかった。

 むしろ日を追うごとに増していく。


 特に、今回のような場合は顕著だった。


「……これが、完全体ですか」


 小さくつぶやく。

 アリスたちは今、全てのルールを破った状態で魔王の力を測っている。

 ルール違反により衛兵は消え、魔王は今ひとりだったが、その圧倒的な力は身震いがするようなもので。


「…………」


 影の蟲を通じて観測を行う。

 偵察に出したのは、五体ほどの中位魔獣の死体である。

 そしてこの魔獣の群れは一瞬で殲滅された。

 荒れ狂う火に覆われた獣……すなわち魔王が、肥大化した両腕を振るって暴れ狂っているのだ。


『空間削り、よね?』


 サティアの声がした。

 影の蟲を通じて感応し聞いた声だ。

 その言葉にゴーストが同意した。


『ああ、そうだな』


 魔王の凶爪により、魔獣たちの体は無惨にも削り取られていた。

 これは魔王の能力……『空間削り』によるものだ。

 観察の成果や、同じ能力をコピーしていたミケリセンに関する証言から特定した事実だ。


 そして、実験の結果を見たキメラが感心したように声を上げる。


『……ああ、やはり残っていますね』


 魔王の爪はあらゆる物を削り取る。

 しかしその能力には対象外もある。

 それは、彼女の書庫そのものである。


 これが分かったのは、爪で庭の壁や扉を破壊させ、外からの攻撃を可能にしようと試みた時だ。

 爪が地形を破壊しないのを不審に思い、改めて調査したことで判明した。


 今回は完全体にも同じ理屈が通るのかを調べた形だ。

 殲滅された中位魔獣たちには書庫の椅子などをくくりつけてある。

 そして、結果としてそれらは消えずに残っていた。

 大成功である。


『頑張って運んでよかったですね』


 ノインが言った。

 運んだ、というのは検証に使った品のことだ。

『物を盗る』罪によりあらかた物は消えていたので、例の入り口が変わる隠し部屋からわざわざ運んできたのである。


『……まぁ、でも、これに挑む気はしないわね』


 そうサティアが言った。

 それくらい、この形態の魔王は強すぎるのだ。

 まず空間削りの範囲が尋常ではない。

 腕の一振りで、魔王の正面十メートルはほとんど消滅する勢いだ。

 書庫の物品を削らないという抜け道があれど、正直、対抗策はほとんどない。


 そのまま何回か魔王の戦闘を見た後で、アッシュが口を開く。


『整理させてくれ。まず、明かりを消す以外では、ルールごとの強化内容の差異はない』


 すでに次の戦闘は始まっている。

 アリスが送り込んだ影の兵士が蹴散らされる中、淡々と言葉を続けた。


『最初は炎の魔法と、空間の固定・・……そして魔眼を使用する状態だ』


 これは少女人形の状態についての言及だ。

 剣の少年傀儡も含めれば、無限に蘇る仲間を四体も従えて……空間の固定と厄介な魔眼を使ってくる。


『一つ破る度に獣化が進み、身体能力が上がっていく』


 それから、彼は丁寧にこれまで確認した事象を口にした。


 ルールを一つ破った時点で空間固定が空間削りに変わること。

 二つ破ると両腕から空間削りが可能になること。

 三つ破ると自己再生能力を獲得すること。

 四つ破ると体に火の魔法を纏うこと。


 最後に、明かりを消すと失明し、魔眼が消失する。

 だが空間削りの範囲が数倍に跳ね上がるということ。


『ありがとう。……そうね、おおむねそんな感じ』


 やがて、語り終えたところでサティアが答えた。

 さらに彼女はアリスへと語りかけてくる。


『アリス、もう戻らない? 一度話し合いがしたいわ』

『いいですよ』

『ありがとう。みんなも、もういいかしら?』


 特に異論はなかった。

 なので実験は終わりだ。

 アリスは全員の感応を切る。


 そして魔王に勝つ作戦の話し合いに参加した。

 ずいぶん遅くまで続いて、作戦が決まるころには何時間も経っている。


 その上で準備を進めたりもしたので、アリスはくたくたになって眠りについた。





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