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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
289/304

三十五話・バカじゃない

 


 熱した針が目の前にあった。


 血の汚れがこびりついた針だ。

 赤く光る無骨な凶器が、その熱で周囲を歪ませている。

 しかし目を閉じることはない。

 怯むこともない。


 針を握った獣が囁く。

 自分だけを愛するようにと。

 あんな愚かな男は捨ててしまえと。


 私は、決して首を縦には振らなかった。

 どれだけ堕ちようと、汚れようと、獣を愛することなどできない。


 それに、彼もまた同じ苦痛に耐えている。


 だからあの人を愛していると告げる。

 微笑む。

 この愛のためであれば、どんな責め苦も恐ろしくはない。

 私は、突き出された針を受け入れた。

 しかし。

 右目が灼ける痛みの中、私は獣の声を聞いた。

 聞いてしまった。


「✕✕✕✕✕✕っ! ✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕、✕✕✕✕✕っっ!!」


 裸で、手足の腱を断たれ。

 全身の皮膚と、口を大きく引き裂かれ。

 道化の化粧を施された顔で、股から血を流す何かが言った。

 左目に映る。

 哀れに痩せた獣が、一匹。

 泣きながら、震える声で私をなじった。


「全部お前のせいだ」



 ―

 ――

 ―――


「っ……!」


 目を覚ますのと同時。

 アリスは激しく嗚咽した。

 そして右目を押さえて転げ回る。


 なぜなら、熱した針が目に刺さっている。


「あ……あああ……! ああああああああ!! 痛い痛い痛いっ!! 痛いいいい!! た、助けてくださぁっっ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 目がぁぁぁぁ!!!」


 泣き叫びながら右目を押さえた。

 しかし、すぐに熱くはないことに気が付く。

 実は痛くもない。

 針もない。

 こうなると、冷静に戻ってしまうもので。


「!?」


 転がった勢いで仰向けになって、アリスは天井を見上げる。

 薄暗い書庫の天井が見えた。

 どうも暗くなっているようだ。

 しかも、おそらく書庫の入り口辺りに戻ってきている。


「…………?」


 それはともかく、アリスは状況を把握した。

 右目の件は、魔王に感応して勘違いしたのだと。

 恥ずかしさに頬が熱くなるのが分かる。


「……ごほん」


 だらだらと涙をこぼしながら。

 小さく咳払いをする。

 弁解をする間もなく、心配そうな表情でノインが駆け寄ってきた。

 本当に切羽詰まった顔だ。

 動揺にか、激しく口ごもりながら呼びかける。


「だ、だだだっ……大丈夫ですか、アリス様?!」

「いえ……」


 なんとなく右目を押さえたまま、小さな声で答えようとする。

 そうしているとノインに抱かれた。

 上半身を起こされて支えられる。


「目ですか? 目が痛いんですか?! 誰かっ! キメラ様! アリス様の目がぁ!!」


 大声で騒ぎ立てる姿にアリスは慌てる。

 彼女は、今にも泣きそうな顔で人を呼んでいる。

 左目でちらりと周囲を伺うと、みんなぎょっとしたようにアリスたちを見ていた。

 なんだか非常に言い出しにくくなってくる。


「あ〜〜……あの、その、その、実は、えっと…………」


 やがて、キメラも心配そうに近寄ってくる。

 アッシュは目を細めて、じっとアリスの顔を見ているようだ。

 しかしどちらかと言うと怪訝に思っている感じだ。

 夜目が利くから、薄暗くても傷がないと分かるのだろう。

 目のあたりを見て、不思議そうに首を傾げている。


「…………」

「…………」


 六秒ほど、左目でアッシュと見つめ合った。

 恥ずかしさに耐えられずに逸らす。

 観念して、アリスは顔を覆って謝罪した。


「ごっ、ごめんなさーい……気のせいでしたぁ……」



 ―――



 カチリ、と音がした。



 ―――



 しばらくして。

 色々と落ち着いてからアリスは事情を聞かれた。

 一通り話し終えたところで、サティアが口を開く。


「つまり、アリスは……魔王の目が、針で潰されるのを、見たってこと?」

「はい。そうです」


 まだ恥ずかしくて、そっぽを向きながら答えた。

 そして向いた先、左の隣にはノインがいる。

 みんなで輪になって座り込んでいるのだ。

 右隣でアッシュが口を開く。


「気にするな。別に、恥ずかしいことではない」


 むしろ、何事もなくてよかった。


 彼はそう言った。

 しかし気を遣っているのがありありと伝わる。

 アリスはまたかなり恥ずかしくなってきた。


「あ、あなたに何が分かるんです……!」

「いや、ほんと……そこまで気にしてないわよ、みんな」


 恥ずかし紛れの八つ当たりに対し、冷静にサティアが切って捨てる。

 それを向かいで見ていたシドが、とてつもなく馬鹿にした表情で右目を押さえた。


「っ……!」


 声にならない怒りを噛み殺していると、左でノインが噴き出した。

 アリスとしては、完全に予想外の出来事である。


「え? ちょっと! あ、あなた……味方だと思ってたのに……」

「で、でも……だって……シド様が……」


 そうやってじゃれ合っていると、やがてゴーストがため息を吐いた。


「そのあたりにしろ。ひとまず、状況を整理したい」


 それにアリスは口をつぐむ。

 周りの空気が変わったから。

 でも、ノインだけは少し残念そうにしていた。

 まだはしゃいでいたかったのかもしれない。

 目が合うとくすりと笑った。


「…………」


 なんだか、何か分からないが。

 彼女からは吹っ切れたような印象を受ける。

 まぁ楽しめていたのなら良かったと思い、アリスは少し気持ちが落ち着いてきた。

 恥をかいた甲斐もあったというものである。


「書庫に変化が起きた。おそらく、俺たちは『明かりを消した』のだろう」


 ゴーストが言う。

 あからさまに周囲が暗くなっているので、彼は多分正しい。

 キメラがそれに口を挟む。


「推測するより、確かめてみては? ちょうど入り口に戻ってきています」

「……まぁ、そうだな。お前の言う通りだ」


 要は例の石碑である。

 文字が赤くなっていれば、またアリスたちは書庫の禁忌を犯したということだ。

 ひとまず確認をする流れになって、全員で立って石碑の文字を確認した。


 そして、やはり赤くなっていた文字をサティアが読み上げる。


「……ふむ、『目には目を』とね」


 現在の石碑の文言はこうだ。


 許されないこと。

 ・嘘を返して。

 ・火を放つこと。

 ・外に出ること。

 ・目には目を。どうか全てを元通りに。


 それを読んで、じっくり色々と考える。

 明かりを消すこと、に対応するのが『目には目を』だ。

 隣でアッシュも不可解そうに声を上げた。


「目か。明かりと何の関係がある?」


 アリスが思い出すのは、右目が潰される光景だった。

 まず間違いなく、あの記憶は書庫のルールと関係している。

 これまでの有様を思うなら、書庫の禁忌が魔王の心的外傷に根ざしていることは明らかだったから。


 となると、目には目をという言葉の意味は見えてくる。

 同じことに思い至ったか、サティアが語りかけてくる。


「アリス。あなた、右目を……潰されたと、言ったわね」

「ええ。()()したんですよ、サティア」


 右目で、ぱちりとウインクを返す。

 サティアは少し呆れたような表情を浮かべた。

 だがすぐに真面目な顔に戻って語り始める。


「なるほど。例の本との関係は分からないけど……方向性は、見えたんじゃない?」


 みんなが頷く。

 この場合、明かりを消すのは失明の比喩なのだろうと納得して。

 けれどキメラだけは浮かない表情だ。

 やや戸惑ったように口を開く。


「これ、アリスさんがいないと分からなかったですよね? 普通にやって、攻略できるものなのでしょうか……?」


 何かと思えば、魔王の領域に対しての物言いである。

 今になって不安になったのかもしれない。

 アリスは小さくため息を吐いて答えた。


「魔王だって、攻略させるために作ったわけではないですから」


 彼女はただ嘘の思い出に浸っていたいだけだ。

 それから、さらにシドも言葉を重ねる。

 もしかすると罪科の塔を思い出したのかもしれない。


「まぁ、どこもこんなもんだろ。そもそも『勇者』がいれば……手っ取り早く倒せるしな」


 しかし残念ながら勇者はいない。

 凡人は必死こいて魔王の弱点をつつき回る必要がある。

 要は、わざわざ入り組んだ裏道を通ろうとしているのがアリスたちなのだ。


「……そうですか。すみません」


 キメラがぺこりと頭を下げる。

 今の話で納得できたのかは知らない。

 けれど話題は先に進む。

 すなわち、次にどうするかという話が始まる。

 まず一度魔王の状態を確認するのは確定として、その次はどう動くか。


「俺は、一度全てのルールに違反すべきだと思う」


 ゴーストが言う

 すると、次はアッシュが声を上げた。


「それは衛兵の選別が目的か?」


 彼の問いかけに、ゴーストはゆっくりと頷いた。

 つまり全ての衛兵を書庫に出現させ、どれを残すのかを考えたいのだ。

 それぞれの性質を観察し、引き換えの魔王の強化と天秤にかけて。


「なるほど」


 確認を経て、アッシュは小さく頷いた。

 そして改めて口を開く。


「では、一度全て戻さないか? 倒した衛兵によって強化点が変わる可能性もある。前提から検証したほうが手間がないだろう」


 もう少し詳しく話を聞く。

 彼は一度全てのルールをもとに戻し、一つずつ個別にルール違反をすべきだと言っていた。

 それなら特定のルールを破った時、魔王がどう強化されるかまで観察できるからだ。


 そこまで話したところで、サティアがアッシュに賛成を示した。


「それがいい。でも、提案を追加するわ」


 次に出たのは、特定の衛兵を消したり出したりを繰り返すという案だ。

 どうも、衛兵の再出現に関する仕様を知りたいらしい。

 そしてその後も続々と細かい作戦が出続ける。

 会話を回しているのは主にゴーストとアッシュ、そしてサティアだ。

 彼らは本当に卑劣である。

 素晴らしい卑劣三賢者だ。


「なんだかもう、逆に感心しちゃいますね」


 呟きながら左を見る。

 ノインは日記帳を取り出して、何かを書いているようだった。


「おや、こんな時に日記ですか?」


 アリスは何の気もなく問いかけた。

 すると、彼女は胸を張って手記の内容を見せてくれる。

 ページには、話し合いの内容をまとめようと試みた形跡がある。


「……書記ですね、なるほど」


 そう言うとノインはまたメモに戻る。

 一生懸命手を動かして書いている。

 力を失ってから、こんな時は居場所がなさそうにしていることが多かったのだが。

 前向きになったな、とアリスは思う。

 この分ではきっと、書きながら思いついたら発言もするだろう。


「はぁ」


 なんだか置いていかれたような気分でため息を吐く。

 こうも真面目にやられると、絡む相手がいなくなってしまう。

 仕方がないので、アリスは自分でも作戦を考え始めた。



 ―――



 話し合いの後、さしあたっては破ったルールをもとに戻すことになった。

 せっかく入り口まで戻ってきたので、まずは『物を盗ること』の方から手を付ける。


「嘘を返して、ね」


 例の荒れ果てた部屋で、中を物色しながらアリスは言う。

 元から部屋の内は夜だったが、最低限の月明かりすら消えてしまっている。

 なのでシドが『灯光』の魔術で照らす中、返す嘘を探しているような状況だ。


「…………」


 そしてこれをよそに、思い思いの場所で休んでいる者もいる。

 キメラとシドだ。

 シドだけは魔術を使っているが、キメラはベッドに腰掛けている。

 二人は色々と疲れているので、休ませてやろうという判断である。


 ちなみに、休むならアッシュやゴーストも対象な気はするものの、彼らは元気に家探やさがしをしていた。


「例の本はあったか?」


 ゴーストが聞く。

 空っぽの戸棚の前で、なにかベキベキと引き剥がすような音をさせながら。

 強引なことをしていそうだな、と考えながらアリスは答える。


「いいえ、ありません」


 いま話に出た本というのは、鏡の中に入った本である。

 目の前で盗まれるのを見ていたから、返すというならアレしか思いつかなかった。

 よって探しているわけだが、中々見つかりはしない。


「う〜ん」


 またしばらく探して、アリスは感応すべきかと考える。

 でも右目が焼かれた幻影を思い身がすくむ。

 たとえ本当は痛みがないとしても、あんな経験はもう御免だ。

 もっと酷い目を見る可能性さえあるのに。


「……やるしかないか」


 小さくつぶやく。

 それしか方法がないなら、今のアリスはやりたいと思う。

 みんなに褒められたり、頼りにされるのは悪い気分ではないのだ。


「…………」


 なんとなく、ちらりとアッシュの方を見る。

 彼は割れた姿見の前にあぐらで座り込んでいた。

 破片を手に取って、鏡にはめ込んでいるらしい。


「それなんです?」


 問いかけると振り向いた。

 アリスを見ながら、また床に落ちた破片を拾う。


「前は鏡の中で本が消えた。だから、修復して確認をする」


 答えるとすぐに前を向く。

 真剣な表情で枠に破片をはめ込んでいく。

 不思議と、はめ込んだ破片が落ちるようなことはない。

 鏡は少しずつ形を取り戻しつつある。


「……なるほど」


 いい視点だと思い、アリスは経過を見守ることにする。

 近くに座り込んで、鏡の修復を見届けようとした。

 けれどアッシュから制止がかかる。


「破片がある。危ないよ」


 なんの気もなしにかけられた言葉に聞こえた。

 アリスは腰を上げて、少し位置をずらして座り直す。

 横座りでお行儀よく見物しながら話しかけた。


「私のことが心配ですか?」

「…………」


 返事がない。

 ふくれてみせても相手にされない。

 無視して淡々と鏡を修復している。

 そうしていると、近くにノインもやってきた。


「なにをしているんですか?」


 アッシュが答える。


「鏡を治してる」


 それから、おおむねアリスに語ったのと同じような説明を繰り返す。

 流れでノインも修復を手伝ってくれることになる。

 アリスは見ているだけだが、ノインのために作業用の手袋を出してやった。

 手が切れるとかわいそうなので。


「あっ……」


 少しして、ノインが声を上げる。

 手に持っていた鏡の破片を落としたのだ。

 あまり器用ではないのか、手袋がすべりやすいのか。

 もしかすると両方か。

 とにかく、破片はさらに細かくなった。

 恥ずかしそうにするノインを見て、アリスはけらけらと笑う。


「まぁ、気にしなくていいですよ。面倒になったら全部アッシュさんに任せちゃいましょう」


 そうやってからかうと、ご本人がじとりとした視線を向けてきた。

 でもにやにや笑っている内に、ため息を吐いて作業に戻る。

 相手にしても無駄だと察したらしい。


「…………」


 少しして、アリスはノインが手を止めていることに気が付く。

 なにやら、落として砕けた破片を熱心に見ているようなのだ。


「どうかしました?」


 気になって問いかける。

 彼女は目を輝かせて答えた。


「見てください。裏が赤いです」

「そうですねぇ」


 アリスはのんびりと応じる。

 鏡の裏は赤かった。

 加工に銅が使われているのかもしれない。

 ノインは初めて見たから驚いているのだろう。


 と、思っていると興奮気味に言葉を重ねた。


「あの、これ……『真っ赤な嘘』ってことじゃないでしょうか?」


 アリスは目を瞬かせる。

 受け取った情報を頭のなかで整理する。

 そして噴き出した。


「中々上手いことを言いますね、あなた」

「冗談じゃないですよ!」


 真面目な顔で不服を唱えてくる。

 くすくす笑っていると、アッシュも少し考えて口を挟んだ。


「石碑には嘘を返す、と書いていた。()()()のが答えでも不自然ではない」

「なるほど?」


 言われてみれば、なくはないと思えてきた。

 裏面の赤が『嘘』で、裏返すこと自体が『返す』ということだ。

 ちょっとわくわくしつつ見守ることにすると、ノインたちは一度修復しかけた鏡を剥がしてしまう。

 続いて、ペタペタと裏向きで復元し始めた。


「にしても、ノインちゃんはよく思いつきましたね」


 作業を見守りながら雑談を続ける。

 ノインは胸を張って答えた。


「最近知ったので、よく覚えてました」

「『真っ赤な嘘』を?」

「そうです」


 話しながら、アリスは少し座り方を崩した。

 手を後ろについて、きっちり揃えていた足をほどく。


「なるほどねぇ。もうアッシュさんより物知りなんじゃないですか〜?」

「いえ、そんな……あたしなんかバカですよ」


 慌てたように否定して、鏡を戻す手を止めた。

 アリスは不思議に思って首を傾げる。

 ノインが馬鹿だと思ったことなんてなかったので。


「なんでそう思うんです?」


 そう聞くと俯いてしまう。

 ぽつりと、少し悲しげに言葉を漏らす。


「実は、街で小さい子たちの授業を見たんです。……でも、全然分からなくて」


 小さい子たちに負けたと思って、それで落ち込んでいる様子だった。

 アリスは色々と考えて、いくつか質問をする。

 その子たちの年齢とか、教わっていた内容を。

 聞いた感じでは九歳から十歳くらいの教室に迷い込んだように思えた。


「なんだ、なら全然バカじゃないですよ」


 やがて、話を聞き終えてアリスが言う。

 ノインは顔を上げて、驚いたように目を丸くした。


「向こうは何年も勉強してるのに、追いつく勢いじゃないですか。立派ですよ、ノインちゃん」

「そ、そうでしょうか……?」


 少しだけ、嬉しそうに唇がもぞもぞと動く。

 一定の速度で鏡を裏向きにはめ込みながら、アッシュも口を開いた。


「君は覚えが早い。多分、日記を書いたりしているのがいいんだろう」

「あっ、ええ……そっか……あたし、バカじゃないんだ…………」


 よほど嬉しかったのか、あるいは安心したのか。

 ノインの言葉から敬語が外れた。

 そしてまた俯く。

 今度は褒め言葉を噛みしめるように。


「あと、そのガキンチョたち、絶対に『真っ赤な嘘』なんてインテリ言葉は知りませんよね〜」

「えへへっ……」


 なんて言ってがやがやと駄弁っている内に、アッシュがほぼ一人で鏡をはめ込んでしまった。

 やはり器用だ……と、綺麗に仕上がった裏返しの姿見を見て思う。


「ああっ、本がありました。見てください!」


 そこで、背後から声が聞こえた。

 机の上に現れた本を、ちょうどキメラが見つけたらしい。

 お手柄気分なのか、本を掲げて誇らしげな姿を鼻で笑う。


「はぁ。まったく、誰のおかげかも知らずに……」


 すると、アッシュが呆れたような言葉を漏らした。

 ほんの小さな声ではあったが。


「何もしてないだろ、お前」

「なんですって?」


 これみよがしに睨みつけると、ノインがくすくすと笑う。

 そして、ややあって部屋から盗られていた物が戻り始める。

 時が逆向きに流れるように、荒れ果てた様すらも整った内装に置き換えて。


「嘘は返せたようね。じゃあ次は……今日はもう、休みましょうか」


 ピカピカになった部屋を見回しながらサティアが言った。

 アリスは立ち上がり、スカートについたホコリを払う。


「はーい」


 そう答えて、部屋の出口へと歩き始めた。



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