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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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三十二話・悪魔狩り

 


「……『杖折り(クロード)』」


 それは、文字通りの致命的な一手だった。

 魔術を破壊する力により、アッシュの封印は根幹から砕かれる。

 一瞬たりとも自我を保つことはできない。


 本来ならば。


『アッシュさん、聞こえますか?』


 意識が復元される。

 アリスの声が聞こえた。

 狂気は完全に沈静している。

 精神にはいささかの影響もない。

 黒い火に燃え落ちていく痛みを呑んで、アッシュは呼びかけに答えた。


『聞こえる』


 溢れ出す黒炎により、肩の蟲は焼かれて消えた。

 しかしまだ感応が切れてはいない。

 アリスが語りかけてくる。


『それは良かった。役に立ったでしょう、私は?』


 伝わった言葉はどこか誇らしげな印象だった。

 アッシュはそれを素直に認める。

 火の粉でミケリセンを狙いながら。


『ああ、助かった。……キメラにも、伝えておいてくれ』


 今回、アッシュを救ったのは彼女だけではない。

 キメラの協力によるところも大きいのだ。

 というのも、アリスでは暴走した魔物を押さえられない。

 そこで彼女の『感応能力の強化』という魔術……つまり強化魔術・・・・を、今回はキメラが使ったのだ。

 これによりアリスは、一時的に魔物の狂気すらねじ伏せる力を得た。


『五分はもたせます。それまでに救援を……』

『分かった』


 言葉を遮る。

 時間がないので会話を打ち切った。

 こうなった以上、もう救援を期待せずに短期決戦を狙うべきだ。

 長引けば長引くほど魔物化は致命的に悪化する。

 五分という期限すら気休めでしかない。


 と、考えていたところで。

 ちょうどミケリセンが異変に気づいた。


「なぁ。暴走してないだろ〜、お前?」


 アッシュは答えない。

 話す意味を感じなかった。

 ただ、じっと敵を見据えながら戦闘の準備を始める。


「…………」


 氾濫する黒炎を、少しずつ制御下に収めた。

 やはりこの炎はアッシュの意思に背くことはない。

 狂気に耐えられるだけの、器があればよかったが。


 そこで、またミケリセンが口を開いた。


「気のせいかな? いや、どうだろうな〜」


 にやにやと笑ってアッシュを観察している。

 ただ見返すだけに留めて、さらに黒炎の制御を強めた。

 すると色々と分かってくる。


 いまの右腕の状態は、おそらく罪科の塔での暴走時に近い。

 使える能力は全体の二割強といったところだろう。

 それだけの力を、狂わずに使うことができる。

 しかも前回とは違い、まだ瀕死ではない状態で。


「ちっとは楽しめそうだと思ったが。買いかぶりだったかい?」


 減らず口を聞き流す。

 ちょうど、黒炎を完全に掌握できた。

 即座に戦闘を開始する。


「…………」


 まず、無言で『偽証』を使う。

 右手に剣を握った。

 左手には鎖を。

 それを見ていたミケリセンは、にたりと口角を吊り上げる。


「ほらな、やっぱり」


 アッシュは地を蹴る。

 その一歩目が爆ぜるような音を立てた。

 命を燃やす黒炎の効果である。

 生命力の揮発きはつは、肉の身に一時的な強化をもたらす。


 そして、さらに足に炎を纏わせ、その推力で距離を殺した。

 剣を振り上げる。


「『拒止たる片影(フラグメント・サード)』」


 その障壁を布のように引き裂く。

 ミケリセンは下がる。

 二の太刀をかわして跳躍した。


「まぁ、こうなるか」


 とぼけたような声。

 高く跳んだ敵を目で追う。

 強化を重ねただけはあり、まだ相手の方が格段に速い。

 だが黒炎を使えば十分に覆せる。


「……『焼尽イグゾースト』」


 さらに右腕の力を引き出す。

 揺らめく炎が両足に纏わりつく。

 さらに上昇した速度により、空中でミケリセンに食らいついた。


「っ! 速いな……!」


 初めて、動揺したように目を見開く。

 斬りかかった。

 数合で銃剣を破壊する。

 しかし、そこで敵の姿が消える。


「『位相変換ヴァルキュリア』」


 アッシュは動じない。

 覚えのある名前と能力だ。

 これは急加速ではなく、位置自体の書き換えと知っている。


「…………」


 着地し、冷静に魔力の反応を探る。

 すぐに居場所は割れた。

 目を向けると、ミケリセンはゆっくりと歩み寄って来ている。


「認めてやるよ、魔物。お前は危険だ」


 言いながら魔法を使った。

 攻撃の魔法ではない。

 黒結晶が手元に集まり、銃剣に代わる武器となった。

 人の身の丈ほどもあるメイスだ。

 やはり、銃は本来の得物ではなかったか。

 練度が高くとも、余興じみた印象はあったので。


「さぁ、害獣駆除といこうか?」


 続いて、全身が黒い結晶で覆われていく。

 硬質の鎧で肉体を防護するためだ。

 顔も隠れ、どこか爬虫類じみたフォルムに変わる。

 アッシュは小さく鼻を鳴らし、何も答えず戦闘を再開した。


「『覇者たる真影(ラザフォード)』」


 その能力が発動したのは、敵に肉薄したのと同時だ。

 メイスと甲殻が黒い、禍々しいオーラを纏う。

 溢れ出す力により、周囲にドス黒いスパークが走った。


「!」


 結晶の仮面の裏で、ミケリセンが笑う。

 笑ってメイスを構えた。

 腰を落とすとかすかに地が揺れる。

 踏みしめる床に亀裂が走った。


 底知れぬほどに力が膨らむのを感じる。


「ほら、ブッ壊れな」


 即座に離脱を選ぶ。

 全速で黒炎を使い、ミケリセンから距離を取った。

 メイスが叩きつけられる。

 すると、その地点を中心に全てが液体のように()()()()()

 もはや超常的なまでの破壊力だ。

 粉砕の音はもはや音とは呼べない。

 単なる衝撃となって部屋を揺るがす。

 石の床が波打つように壊れ、震え、付近の柱は根元から崩れて小石の山となる。


「……どうなってる」


 痺れるような感覚を覚えながら、アッシュは戦慄する。

 あまりにも強すぎる能力に。

 たった一撃で、石室はもはや瓦礫の山だ。

 玉座も消し飛んで小さな突起のようにしか見えない。

 もはや崩落していないのが不自然なほどで。


「え? ビビってんの?」


 地に埋まったメイスをゆっくりと上げて、ミケリセンはそう言った。

 アッシュはさらに炎を燃やし、ひと言だけ言葉を返す。


「さっさと死ね」

「殺しに来いよ」


 ミケリセンが消えた。

 そしてまた現れる。

 転移能力である。

 アッシュの前に立ち、メイスを振りかざした。

 それにアッシュは『偽証』で対抗する。

 黒鉄の柱を生み出し、武器を振る手を阻害した。


「……へぇ」


 ミケリセンは低く声を漏らす。

 止まったところを斬撃で狙う。

 メイスによって弾かれた。

 黒炎により大きく欠けるも、槌はすぐに修復される。

 そのまま、何度も同じことを繰り返す。

 破壊の化身のような暴力を阻害し続けた。


「小細工は得意か。オーケー、やり方を変えよう」


 それから、さらに動きを変えてくる。

 ベースは銃剣でも見せた変則体術だ。

 目まぐるしく跳ね、走り、空間全体を活用して動き続ける。

 蹴って跳ぶ柱は瓦礫となったが、転移を織り交ぜることで補って余りある。

 極限に達した奇襲性は、霧の中でゲリラ戦を挑まれているのにも等しい。


 致死のメイスが、あらゆる方向から襲い来る。


「……『詠唱圧縮シド』、『幻鐘サティア』」


 さらに能力が足される。

 ミケリセンの周囲でおびただしい()が詠唱を開始した。

 すぐに数え切れぬほどの魔術が連鎖発動していく。


「『至大強化セイクリッド』」

「『夜光装ルミナス』」

「『永極星ミレニアム』」

「『不壊オリハルコン』」

「『浄炎印スティグマ』」


 大小無数、ありったけの強化魔術を重複させていく。

 身体強化、防御強化、持続回復、装備強化、攻撃強化……とにかく全てだ。

 これまで使ってきた能力も合わせれば、もはや無敵にも等しい。

 どうあがこうが殴り合いでは勝てないだろう。


「すぐ死ぬなよ」


 ミケリセンは嘲るように言い放った。

 もはや彼の動きはアッシュには追えない。

 素早い影が横切っているようにしか感じられない。


 だが、すでに見る必要はなくなっていたのだ。


「……っ」


 ミケリセンが目を見開く。

 素早く退避した。

 原因は、言わずもがな黒炎だ。

 アッシュの優位はそれだけなのだから。

 そして、体積を増した炎は今や石室を覆い尽くすほどになった。


「なるほど、ずっと溜めてたってワケ」


 理解して、立ち止まった敵が語る。

 その推測は当たっていたが、答えることはしない。


「…………」


 アッシュはあえて力を使わず、炎を圧縮し貯蓄し続けた。

 実力差が埋まっていないのに、右腕を使える時間に制限があったからだ。

 なので炎を溜めて、短時間でも限界以上の性能を引き出せるようにした。

 まだ二割ほどしか能力を引き出せないせいで、溜めるのにも時間がかかったが。


 これだけあれば、ミケリセンを殺すことができる。


「…………」


 無言で動いた。

 魔物としての能力を全て駆使し、ミケリセンを攻め立てる。

 まず、追い込むのは黒炎だ。

 一分の隙間もなく敷き詰めて飽和攻撃を仕掛ける。

 逃げるには転移を使うしかないが、転移先は魔力探知で把握している。

 さらに『偽証』で物体を乱造して、転移不可能な座標を増やしていく。

 既に物がある場所には転移できないことは確認済みだったので。


 だから、ミケリセンはじわじわと逃げ場を失っていく。


「ちょこざいな」


 左足で一度、軽い動作で地面を踏み抜いた。

 それだけで床はたゆみ、『偽証』のオブジェクトが粉砕される。

 けれど焼け石に水だ。

 彼の急所は、どこまでいっても黒炎を防御できないということ、その一点なのだ。

 この密室で、炎の蓄積を許した時点で勝敗は決した。

 尋常ならざる熱気が渦巻き、部屋を灼熱で塗り潰していく。


「……仕方ない」


 唐突に、逃げるのをやめて敵が立ち止まる。

 その左手が赤く光り……歪んだ。

 腕を覆う結晶が弾け飛ぶ。

 中から、赤く光り肥大化した腕が現れる。

 まるで獣爪のような鋭さ、危うさの。


「出すか、奥の手。……『拒止たる真影(スカーレット)』」


 歪んだ腕が振るわれた。

 何かがひび割れて削れるような音がする。

 しかしそれも、すぐに黒炎の渦に飲み込まれた。

 真っ黒に。

 ただひたすらに黒く塗り潰される。


「…………」


 そして、その炎の裏から、ミケリセンが飛び出してきた。


「どうした、殺れてないぞ」

「ああ」


 答えながら観察をする。

 鎧にした結晶が砕け、礼服の裾周りは焼け崩れていた。

 無傷とはいかず、ある程度ダメージは通せたらしい。

 しかしそれも、持続治癒と再生能力の前には無意味だ。


 至近で斬り合いを始める。


「…………」


 もはや互いに言葉もない。

 アッシュはただひたすらに炎を燃やす。

 増大した黒炎が身体能力を強制的に引き上げていく。

 それでかろうじて渡り合う。

 あとはあたう限りの熱を撒き散らすだけだ。

 剣技で、鎖の投擲で、一挙手一投足で黒い炎が氾濫する。


「…………」


 対してミケリセンは、全てを駆使して黒炎を凌ぐ。

 転移や煤化で上手く逃れ、炎の狙いを絞らせない。

 常軌を逸した身体能力で振り切ることもある。

 追い詰められても、深紅の左腕で火を削った。

 赤い波動で空間ごと炎を消失させていく。


「…………」


 アッシュは、自分が押し負けていくのが分かった。

 黒炎の強化があるとはいえ、基礎スペックが違いすぎる。

 あの過剰なまでの強化には追いつけない。

 能力で設置した障害物さえ、平然と捻じ伏せながら武器を振るような相手なのだ。


 さらに手数も違う。

 敵は多数の能力と魔法、魔術すらをも活用し、ありとあらゆる攻撃を繰り出してくる。

 そうなると、どうしても攻めきることができなかった。


「…………」


 ミケリセンの影が伸び、枝分かれし、数十もの刃となって追いすがる。

 自律的に攻撃し、魔法を放つ蟲の氷像を群れで呼び出した。

 雷の弓を構え、極大の矢を解き放つ。


 敵がいくら能力を使っても焦ることはない。

 影を振り切り、氷像を砕く。

 雷の矢を焼き捨てた。

 常に最適と思える判断を下す。

 しかし、それでも負け始めた現状を、どこか客観視している自分がいた。


「…………」


 やはり、こんなものだと。

 その自分がのたまう。

 こんな相手に、弱い魔物が挑むのは無駄だったと。


「…………」


 サティアたちでさえ勝てるとは限らない。

 敵はそれほどに強い。

 だったら何も考えず、さっさと自爆しておくべきだった。


「…………」


 自分が。

 いつも負けて、諦めてしまって。

 うずくまっている自分が、心の隅で喚いている。


 それを無視して、ただ黙って戦い続けた。


『アッシュさん』


 声が聞こえた。

 アリスの声だ。

 彼女は何故か泣いているようだった。


『負けないでください』


 答えずに戦う。

 その余裕がなかったし、アリスが意味の分からないことで泣くのには慣れていたからだ。

 そうしていると、また彼女は言葉を重ねる。


『まだ……あなたには、生きていてほしいです。お願いですから、今までのこと……謝りますから、どうかちゃんと帰ってきてください』


 祈るような、縋るような声だ。

 他にどうすることもできなくて、親に泣きつく子供のような。

 これまでで一番情けない泣き方だと感じる。


「…………はぁ」


 アッシュはため息を吐く。

 足を止め、鎖を捨てた。

 両手で剣を構える。


 それに何を思ったか、ミケリセンも止まった。


「……おや、なんのつもり?」


 答えない。

 黒炎の制御に集中する。

 残った全てを剣に纏わせた。


「…………」


 次の攻撃に全てを賭けると決めた。

 最適・・では勝てないことが明らかなので、少しでも勝率のある博打に敵を引きずり込む。

 これは、たとえ泥を啜ってでも勝つための選択だ。


「え? そんなの、付き合うわけないだろ」


 ミケリセンの姿がかき消える。

 高速移動の軌道に沿い、あらゆる方向から魔術と魔法がばらまかれた。

 アッシュも()()で対抗する。

 百近い炎の杭を放ち、なんとか凌ぎつつ『偽証』を使う。

 すると黒炎を纏う刃が分裂し、周囲に墓標のように突き立った。

 その炎をまた集め、敵の元へと駆け抜ける。


「…………」


 主観的に時間が引き延ばされていた。

 随分と久しい感覚だった。

 心臓が痛む。

 停滞した時の中、痛みが強くアッシュを蝕む。

 しかしいささかも足が乱れることはない。

 複製した黒炎により加速強化した動きで、能力の嵐をくぐり肉薄した。


「『位相変換ヴァルキュリア』」


 転移だ。

 背後で声が聞こえた。


「――――――――」


 だが内容を聞き取れなかった。

 音操作のせいだ。

 声を当てにせず、魔力探知を頼りに振り向く。

 するとミケリセンが自らの腹部を結晶で貫いていた。

 刺された腹部が赤く光っている。

 両足が動かなくなった。


『左目、左足、耳、右腕、八秒』


 記憶が蘇る。

 間違いなく同じ現象だが、致命的に理解が遅れる。

 音を消されたせいで。


「二層魔術『滅却槍グリッター』」


 すぐに魔術が放たれる。

 無数の雷の『砲火』が集まり、収束して一つになる。

 足が動かないまま、黒炎の噴射で回避を試みた。

 が、避けきれない。

 極大の閃光が左半身を削る。


「追い込むよ」


 瞬く間に腹の傷を完治させて。

 ミケリセンが駆ける。

 迎え撃とうとするも、上手く走ることができない。

 足は残っているが、骨盤の一部が消失したか。

 ついでに、左腕はどこかに落としたと気が付く。


「…………」


 片腕とはいえ、まだ剣に黒炎は残っている。

 そして敵は先ほど転移を使った。

 さらに、迂闊にもアッシュに近寄ってきている。

 勝機が消えたわけではないはずだった。


「いや、望みはない。諦めろ」


 思考を先回りしたような言葉。

 刹那の内にミケリセンが眼前に現れる。

 敵の左腕が動いた。

 唸る風を纏った一撃で、剣が二つにへし折れる。


「…………」


 そのまま、すれ違いざまにメイスが振るわれる。

 かすっただけで鎧が剥がれ、血と肉が混ざった液体が胸の辺りで弾けた。


「トドメだ」


 そして、流れるような動きでメイスが襲い来る。

 一撃で息の根を止められるはずだった。


「!」


 しかしミケリセンが退いた。

 ゴーストの力で煤となり散じる。

 その退避の原因は、先ほどの残り火だ。

 折れた刃の破片から黒炎が溢れたのだ。

 巻き添えを避けて下がったのだろう。

 やはり敵はいい目を持っていて、判断にも隙がない。


 制御を失った炎が爆発した。


「ふふ……命拾いしたね。でも残念。次こそ終わりだ」


 立ち込める煙の向こう。

 敵が勝ち誇って笑う。

 アッシュは深く呼吸し、残された炎を全て……移動に使うと決める。


「……『焼尽イグゾースト』」


 前へ。

 より速く。

 もっと速く動くことだけを考えた。

 空気の膜が破れて乾いたような音が響く。

 景色が一瞬で霞んで流れた。

 止まることは一切考えない。

 一秒を百に刻んだような時間で煙の向こうに出る。


 そのまま、ミケリセンの前で指から黒炎の弾を放った。

 移動の勢いを弾速に加算し、最後の一撃を解き放つ。


 確かに、貫いた手応えがあった。


「……え?」


 信じられない、とでも言うような声が聞こえた。

 ミケリセンの声だ。

 限界まで加速し、近寄った上での加速撃ちは見えなかったか。


 命中を確信しつつ、アッシュはその場に止まろうとした。

 だが左足を負傷したから勢いを殺せない。

 敵を追い抜いて十メートルほど転がる。


「…………」


 無言で、ミケリセンが振り向いた。


 その彼の黒い結晶の仮面が割れる。

 額に大穴が空いていた。

 結晶の破片にまみれた右手を傷口にあてがい、呆けたような表情で血を止めようとしている。


「……あれ?」


 崩れ落ち、その場にへたり込む。

 クロードとは違い彼は人間の体だった。

 寄生体が出るようなこともない。

 左足を引きずりながら。

 ゆっくりと歩み寄ると、焦点の合わない目でアッシュを見上げる。


 そしてその手には、何故かメイスではなく銃剣が握られていた。


「…………」


 わざわざ銃に持ち替えた理由は不明だ。

 ただ、間違いなく言えることがある。

 もし彼がメイスを構えていたら、あの攻撃は当たっていなかった。

 確実に、近づく前に未来視により対応されている。


 けれど武器を変え、狙撃などする間に反応が遅れた。


「ああ」


 ミケリセンが声を漏らす。

 黒い結晶の鎧が崩れていく。

 アッシュは『偽証』で剣を作り、彼の首に当てた。


「……ああ。負けちゃったのか」


 消え入るように言って目を閉じた。

 アッシュは右手で剣を振り上げる。


 躊躇なく刃を入れると、虚しいほどに軽い感触で首が飛んだ。



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ただの人類の肉体でそこまでの強化魔法を耐えることができるのか?
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