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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
五章・獣の魔王
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二十九話・共に戦う

 


「お願い……『十式インフェルノ』」


 呼応するように、寄生型の魔獣が動き始めた。

 同時にその魂を感じ取れるようになる。

 視覚でも聴覚でも触覚でもない、ゆらぎのような第六感の道が開く。


「治して」


 掌握した死骸に命令を下す。

 潰れた蟲のような体がぎこちなく動き、ゴーストの肉体へと滑り込んでいく。


「……魔術は使えなくても、魔法なら」


 祈るようにつぶやく。

 宿主をつくろう力を持つ寄生体は、治癒魔法を使っているのだという。

 ならば、魔術阻害をすり抜けてゴーストを治せるかもしれない。


 無論、賭けでしかないのは分かっていた。

 だがなにもしないよりはずっとマシだ。


 そして、続けざまに刻印を使用する。


「『十式インフェルノ』」


 対象はそこら中に積まれた魔獣の死体だ。

 それらをノインは一つずつ掌握し、体内の爆弾の有無を調べていく。


「やっぱり。あった」


 すぐに血の魔術でマーキングを施した。

 そして肩についた蟲の影に思考を流す。


『爆弾が入った死体があります。サティア様……他にも見つけられますか?』


 彼女の音探知なら、気を張れば見つけられるはずだった。


『できる。一つずつ、腕を踏んでいくから……確かめなさい』


 すぐに答えが返る。

 彼女は、ミケリセンと戦いながら軽やかな足で魔獣を踏んでいく。

 その個体にノインは血を貼り付けていく。


『ノイン、頼りにしているわ』


 見えてはいないだろうがノインは深く頷いた。


『あたしも、サティア様を信じています』


 答えてゴーストの様子を伺う。

 少しずつ治っているのが分かる。

 しかしまだ足りない。確実に勝つための方法を考える。


「そうだ、中位魔獣」


 ふと気が付く。

 中位寄生体を使えばさらに治療を進められると。

 ミケリセンの手駒に中位魔獣はいたはずなので、調達は可能だ。


「…………」


 すぐに死体を探す。

 血の魔術で寄生体を抜き、掌握してゴーストの身体に押し込む。

 すると目に見えて治癒が加速し、ゴーストが息を吹き返した。

 小さく笑みを浮かべる。


「…………存外、無茶苦茶をする」


 呆れたような声だった。

 でも血に濁った瞳は強い意志を取り戻している。

 とんでもないことをしている自覚はあったので、どう反応していいのか分からずにいると……影の蟲から声が聞こえた。


『猿を仕留めました。すぐに衛兵も消えます』


 アリスである。

 そして数秒後には衛兵が消え、猿の死体が立ち上がった。

 さらに血を流して池に水を戻し始める。

 急速に火の手が弱まっていく。


「おやおや……」


 それを見て、ミケリセンが小馬鹿にしたような表情を浮かべる。


「で? だからなんだ?」


 池に流れ込んでいた血が止まる。

 かと思えば猿たちは炎に包まれた。

 それらが灰になって消えた直後、書庫は再び燃え盛る火に包まれた。


「思うんだが。この庭ってさぁ……ルールを破る方が圧倒的に簡単だよね」


 にたにたと笑いながらそんなことを言う。

 つまり、ミケリセンは何らかの手段で即座に囚人たちを再解放したのだ。

 爆炎と共に衛兵が再出現する。


「さぁ、泣きっ面に蜂だ。おいで……わたくしの、とっておきのおもちゃたち」


 勝ち誇るような言葉と同時。

 夜空の向こうからひときわ強い気配を持つ魔獣たちが降り立ってくる。


 つまりそれは、五体もの上位魔獣である。


「大盤振る舞いだな、ミケリセン」


 アッシュが言った。

 即座に黒炎を放ち、空中で一体を撃ち殺す。

 しかしそこまでだった。

 再出現した衛兵に絡まれ、これ以上の追撃はできない。


 降り立った上位魔獣たちがサティアを取り囲み、戦闘を開始する。


「まぁこれ、もういらない兵器だからな……」


 ぼそりと、ミケリセンがつぶやいた気がした。

 気のせいだったのかもしれない。

 しかしそんなことを気にかける余裕はなかった。

 敵が決めに来ていることが分かったからだ。


「どうか、お願いします…………」


 祈るようにゴーストを見る。

 すると彼は、よろめきながらも立ち上がっていた。

 ノインは目を見開く。

 生まれて初めて、祈りが通じたような気持ちになった。


「仕掛けるぞ、ノイン」


 何も言わず頷くと、ゴーストは剣を拾い駆け出した。

 その動きにはいささかの陰りもない。

 何体もの寄生体たちが彼の動きを支え、その力を増強しているからだ。


「……『十式インフェルノ』」


 ミケリセンのそばにいる、爆弾入りの魔獣を掌握する。

 動かして、不意打ちで背後から組み付かせた。


「は? なんだ、こいつら……」


 振りほどくより前に起爆させた。

 爆風でミケリセンが吹き飛ぶ。

 致命的に体勢を崩したタイミングに、彼の前にはゴーストが現れていた。


拒止たる(フラグメント)……!」

「遅い、と言ったはずだ」


 ミケリセンの左手が落ちる。

 首が半分ちぎれ、一瞬で全身が刻まれた。

 上位魔獣を呼び寄せて身を守ろうとするが、動いた魔獣をサティアの剛槍が屠る。

 そこから先は一方的だった。


 ゴーストが再生を許さず斬り刻み、サティアが暴れ回り、アッシュが上位魔獣を黒炎で射殺する。


「因果だな。貴様が失敗作と呼んだ者が……こうして貴様を追い詰めたぞ」


 ゴーストの言葉に、一瞬だけミケリセンが感情を見せた。

 憎らしげにノインを睨んだものの、その隙に左目を裂かれる。


「あの子が失敗作ならば、貴様はさしずめ出来損ないか?」


 そこで、ミケリセンの瞳がギラリと熱を帯びる。

 続いてその姿が消失した。

 黒い煤に変わり、風に散るようにして間合いから離れていく。


「……驚くなよ、ゴースト。君の能力だろ」


 虚空から声が聞こえた。

 声がした場所に、ゆっくりと煤が集まっていく。

 やがてミケリセンは形を取り戻し、無表情でシドへと命令を下す。


「シド=テンペスト。ギフトを使え。脳が焼き切れるまでな」


 この間にも一体、また一体と上位魔獣が倒れていく。

 アッシュが衛兵を抑え込みながら、隙を見て黒炎を打ち込んでいるからだ。

 ミケリセンが崩れ、銃撃を止めたことでその余裕ができた。


「悪あがきを」


 最後の上位魔獣を殺し、サティアが声で吐き捨てる。

 ミケリセンの優位は繊細なバランスの上で成り立っていたものに過ぎない。

 今さら何をしても悪あがきでしかないはずだった。


 しかし、シドの魔術はそんな考えを塗り潰して余りあるものだった。


「二層魔術」


 シドが言った。

 弾かれたように視線を向ける。

 声に、というよりも濃密な死の気配に振り向かざるを得なかった。


「『崩剣カリバー』」


 そして、虚ろな声で魔術を唱えた。

 高く掲げた杖の先に雷が宿る。

 長く鋭い雷光の刃だ。

 それは、出力だけならかつての『薄氷』には及ばないだろう。

 しかし壊れたような激しさ、危うさに背が凍る。


 シドは杖をゆっくりと動かし、その剣を躊躇なく振り抜いた。


「!」


 標的はサティアである。

 届くはずもない間合いへ、連鎖増殖する落雷が押し寄せる。

 避けられない規模の魔術だったが、キメラの触手が辛くもサティアを救い出す。


「いいね、もっとだ」


 ミケリセンがにやつく。

 そこで、アッシュがキメラに目配せをした。

 まるで反撃は許さないというように。


「シドが出てきたぞ。……例の作戦だ。やろう」


 何のことなのかノインには分からない。

 だがキメラは頷き、触手を地面の中に潜らせた。


「ええ。きっと失望させませんわ」


 不敵な笑みを浮かべている。

 同様に、サティアも承知しているらしい。

 槍を回して魔術を仕込み始める。

 周囲に冷たい風が巻き上がった。

 さらに、別の声でアリスとノインに指示を出す。


「先にシドを無力化する。アッシュが前に出るから……援護して」


 シンプルな要望だ。

 すぐに全員が動く。

 サティアの氷の杭が衛兵の動きを止めた。

 アリスは影の兵士や巨大な蠅の群れを出し、シドの魔術を妨害する。

 ノインは魔獣の死体を操って、銃剣の射撃への盾にした。


 鬱陶しげに、ミケリセンが顔を歪める。


「面倒だけど、まぁ、いいよ。直接やろう。……覇者たる(フラグメント)


 あの時の力だ、とノインは直感する。

 警告をしようとしたところで、気づく。

 白い霧が駆け抜け、ミケリセンの前で像を結んだ。

 霧が集まり、そこにはゴーストが現れている。

 移動の勢いをそのままに、剣を振って斬撃を飛ばした。


「!」


 その隙にアッシュが駆け抜ける。

 黒炎で加速し、シドのもとへと一瞬で辿り着いた。

 しかしシドは動じず、杖の先に無数の氷の矢を展開する。

 その全てが雷を纏って揺らめいていた。


「アッシュ様!」


 呼びかける。

 だがアッシュは逃げようともしない。

 武器すら握っていない。

 あくまで彼の目的は救出なのだ。


「二層魔術『天弓フェイルノート』」


 矢の群れが殺到する。

 しかし、彼らの間にキメラの触手が現れた瞬間、シドは弾かれたように魔術を止めた。

 杖を取り落とす。


「なんで」


 ノインは呆気にとられてつぶやく。

 それから視線を巡らせて……ある事実に気が付く。


「あれは……人間?」


 現れた数十本もの触手は、全て先端に人に似た怪物を吊るしていた。

 生白い、人間の出来損ないのような……毛の一つもなく、顔もドロドロに溶けた異形だ。

 頭から腕が生えていたり、頭が二つあったりする。

 まるで生きているかのように蠢いている。


 ほんのわずかに、異形にはミケリセンの面影がある。

 これまでの戦闘で切り離していたものを、キメラが集めて増殖と復元を行ったのか。


「ぐぅぅ……あっ……ううう……!」


 唐突に、うずくまって苦しむシドを見ながら。

 触手をかき分けてアッシュが進む。

 杖を奪おうとするが、寸前で立ち直ったシドが抗う。

 氷の刃を生成し、杖でもって斬り払った。


「く、来るなぁ!!」


 あとずさってシドが叫ぶ。

 しかし、刃は命中することはない。

 振られる前にはすでに折れていたのだ。

 黒炎の弾丸で撃ち抜いたのであろう。


 アッシュはゆっくりと歩み寄りながら、淡々と種を明かし始める。


「ミケリセン、お前はシドを監視していただろう」


 たとえば、自分が撃たれぬように。

 もしくはシドが逃げたり自殺したりしないように。


「寄生体を使った安全装置を用意していた」


 シドではない、別の存在が見張る必要がある。

 そして不都合な事象を検知し、止める仕組みを用意していたはずだった。

 でなければこんなに長期間の支配はできない。


 ……というようなことを語って、アッシュはシドの肩に手を置いた。

 杖を向けるも、すでに肉を吊るした触手が周囲を取り巻いている。

 攻撃ができない状態だ。


 アッシュは冷たい視線をミケリセンに向けた。


「だが魔獣は魔力で物を見る。そのせいで、こんなクズ肉でも勘違いをする」


 そして、ミケリセンは歯ぎしりをして後ずさった。

 それを誰も追わない。

 シドの救出を優先するため、状況を突きつけて引かせようとしているのだ。


「クソッ…………!」


 固唾を呑んで見守る。

 ミケリセンはついに背を見せた。

 そして最後に顔だけで振り向いて叫ぶ。


「シド=テンペスト!」


 その声を聞き、アリスがはっとしたように叫ぶ。

 サティアへの呼びかけだ。


「音を消してください!」


 しかしサティアは苦々しい顔でかぶりを振る。

 ミケリセンが魔王の眷属である以上、声を消されても寄生体に命令できる。

 なら聞くことができる分、声を使わせた方が幾分マシだ。


「近いヤツから全員殺し尽くせ!! わたくしも殺していいぞ! ただ! この庭からは出るなっ!!」


 言った直後、敵の姿は煤に変わる。

 つま先から煤になってどこかへ消えていく。

 完膚なきまでの敗走だ。


 しかし。


「……うわぁぁぁぁっ!!」


 布を裂くようにシドが叫んだ。

 皮下に寄生体の触手が浮き上がり、どんどん浸食が広がる。

 彼は悲痛な声で叫び、癇癪のように杖を振り回した。


「胸糞の悪い……!」


 アリスが言った。


「『魔術師』を保護する! ミケリセンは、捨て置きなさい!」


 サティアが指示を出す。

 だがシドはもう、全てを殺すまで止まらない。

 魔術が無秩序に周囲を焼いていく。

 さらに周囲の魔獣を経由し、寄生体が次々と追加注入され、魔力が補給され続けた。

 魔力が切れない『魔術師』など、もはや手を付けられない。


「……どうしよう」


 ノインは考える。

 自分に何ができるのかを。

 そして、以前シドと交わした言葉を思い出す。


『シド様は、怖いんですか?』


 かつての、自分自身の問いかけだ。

 シドはそれを否定した。

 けれど怯えていた。

 抱きしめた時、小さな体が震えていたことを覚えている。


「…………」


 それから、迷ったのは一瞬だった。

 ノインはすべきことを決めて、アリスのもとに歩み寄る。


「アリス様」


 振り向いた。

 その彼女にノインは頭を下げる。


「……シド様とお話をさせてください」


 アリスが目を見開く。

 意図は伝わったようだ。


「なんのために?」


 彼女の疑問はもっともだった。

 魔獣の意思に呑まれたツヴァイとは違う。

 シドはただ寄生体に操られているだけだ。

 心に呼びかけても意味がない。


 しかしそれでも、ノインはもう一度頭を下げた。


「シド様と一緒に、戦いたいんです」


 今、敵はシドではない。

 彼自身も恐ろしい敵に囚われている。

 だからノインは、その敵と戦いに行く。

 一人ではないと伝えに行く。


 そんな意思を告げると、アリスは頷いた。


「いいでしょう。あのお子様に、あなたの勇気を分けてあげてください」


 アリスは手袋を外した。

 ノインの手を握り、感応強化の魔術を使う。

 それからまた、空からスライムを落としてシドの身体に付着させる。


「すぐに心に飛ばせます。……準備はいいですか?」


 ノインは一度だけ深呼吸して、それに答える。


「はい」


 そう答えたところで、意識は薄れていく。

 抗わずにゆっくりと地面に座る。

 倒れ込んだところで、アリスが心配そうに顔をのぞき込んできた。


 だから、一つ思い出してノインは口を開く。


「……そういえば、もう一つお願いがあります」


 意識の消失が止まった。

 アリスが一時的に止めているのだろう。


「あの子の痛みを……どうか。あたしに流してください」


 ノインは痛みを感じない。

 しかしそれは肉体の機能がないというだけのこと。

 シドの痛みを共有してしまえばどうなるのかは分かりきっていた。


「…………」


 だから、アリスは目を伏せて逡巡しゅんじゅんを見せる。

 しかし首を横に振り、誇らしげに笑ってくれた。


「分かりました。頑張ってくださいね、ノインちゃん」


 すぐに意識が薄れ始める。

 ノインは感謝を伝えようとしたが、それはできなかった。


「いってらっしゃい」


 アリスの声が聞こえる。

 目覚めたらきっと、ただいまと言うだろう。


 そう決めて、ノインは自分で目を閉じた。



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