二十六話・愛の毒
続いて、キメラとゴーストのペアが実戦訓練を行うことになった。
相手は『外に出ること』に対応する衛兵である。
なのでアリスたちは、前に幻影の少年が飛び出した扉を目指していた。
「あの、本当にこちらでしょうか? もしかしたら例の袋小路かもしれませんよ」
歩いている途中でキメラが言った。
どうも彼女は気が進まない様子なのだ。
以前『物を盗ること』の部屋で見た感じ、怪談が苦手なのが理由だろう。
扉の向こうの、不気味な闇に入りたくないのだ。
「あ、よく考えると炎の衛兵でも良いのではないでしょうか? ほら、別に何度でも蘇りますし……」
「駄目。偵察も……兼ねているから、これ」
と、いうのはサティアの言である。
まだゴネているキメラを粛々と説き伏せていく。
そうしてしばらく歩いていると、やがて例の扉の前にたどり着く。
最後の抵抗とばかりに、青ざめたキメラが口を開いた。
「……あの、あのっ」
だがサティアはその音を消し、一瞬で組み伏せて扉の向こうに押し込んでしまう。
「いいから行きなさいよ」
手厳しい……と思いながら、アリスは見ていた。
すると、扉の向こうからキメラの絶叫が聞こえてくる。
「!」
無言で、アッシュがすぐに扉の中に入っていった。
慌ててアリスたちも続く。
サティアは最後尾について、扉を開いた状態に保ってくれているようだ。
「うっ……」
そして、扉の中に足を踏み入れて、アリスは思わず口元を覆った。
軽く吐き気がこみ上げてくるほどに、目の前の光景は異常だったのだ。
そこは血のように赤い、果てしなく続く呪詛の世界である。
まさに文字通り血塗られた部屋だ。
隙間ない赤には血液に近い質感があり、時に波紋を描き、時に揺らぐように蠢く。
加えて、その水面には笑みのように歪んだ眼がびっしりと浮かび上がっていた。
「…………」
ノインが怯えて言葉を失っているのが分かる。
この部屋は、たとえキメラでなくても平静を保てるような場所ではないのだ。
特にアリスにとっては、この場に渦巻く情念だけでも吐き気がこみ上げるほどに酷い。
悲しいまでに変質した、腐臭漂う愛憎が満ちているせいだ。
まるで固形じみた濃度の狂気が、汚泥のように流れ込んできて止まらない。
「アリス。お前は出ろ。自分の身を守れ」
前にいたアッシュが、振り向きもせずにそう言った。
なにかを察してくれたのかもしれない。
アリスはそれで、我に返れた気がした。
「…………」
ふらついていた足に力を入れる。
なんとか、魔王の狂気を押しのけて自分を取り戻す。
こんなおぞましい場所に、みんなを置いて出るわけにはいかなかった。
だからきちんと立って、ひと呼吸おいて答えた。
「結構です。……それより、キメラの心配をしたらどうですか?」
言って、キメラを顎で示す。
彼女は腰を抜かして、情けない声で怯えていた。
「ひっ、ひぃ……」
喉が引きつってまともに声も出せないのだろう。
ひぃひぃと言って震えている。
しかし、別に怖がり過ぎだとは思わない。
こんな場所に押し込まれたなら普通の反応だ。
むしろ、泣きもしないノインの肝が据わっていると思えるほどに。
「立て、キメラ。戦え」
ゴーストが腕を取って立たせようとせっついた。
しかしキメラは怯えてどうしようもない。
本当に怪談やらが苦手なのだろう。
「あっ……あぁぁっ……無理ぃ……戻りたいぃ……」
落ち着かせるのはかなり骨が折れそうだ。
困っていると、サティアが扉を閉じて入ってくる。
音の感知やらで、退路が断たれる仕掛けはないと判断したのか。
仕方ない、とでも言いたげな表情でため息を吐く。
「ひっ……!」
直後、キメラが後ろを振り向いたかと思えば、半泣きで走り始める。
赤い部屋の奥へと。
多分サティアがなにかしたので、アリスは彼女を問いただす。
「ちょっと、なにしたんですか?」
「百倍怖い音を……聞かせたわ」
と、言って扉の向こう……書庫の中を指差す。
あそこでなにか霊的な音を出すことで、キメラを怯えさせて走らせたということだろう。
以前した北風と太陽、という話に微妙に似ているな……と、思いながらアリスは頷いた。
「なるほど」
爆走するキメラをある程度でアッシュが止めた。
でもまた別の方向に走ろうとするので、どうにか捕まえているのが見える。
なんだか気が抜けてきて、アリスは笑っていた。
そうして、二人に近づいた頃には少しキメラも落ち着いている。
「うっ……うううっ……ウォルター……」
彼女はべそをかいて、アッシュの右腕に抱きついている。
でも諦めたのかもう走ろうとはしなかった。
そこで、示し合わせたように目の前の壁が崩れていく。
「…………?」
こびりついた泥が雪がれるように。
徐々に赤い壁が溶け落ちていく。
前方の視界が大きく開けた。
そうして広がった先には、黒い人影が確認できる。
今まで戦ってきた衛兵と同じだ。
しかしすでにその影は何かと戦っている。
醜い……獣のような何かが、衛兵と刃を交えているのだ。
黒いウサギの頭に、騎士人形を継ぎ合わせた姿をした異形だ。
ただ、かろうじて騎士と言い表せるだけで、その姿の汚れ果てたさまといったらない。
片目は濁り、病んだ毛皮も膿にまみれ、口の周りには別の獣の血や肉片、裂けた毛皮が付着している。
身につけた鎧もみすぼらしいもので、錆びて欠けた残骸じみた板金に、緩んだ留金の酷い品だ。
ことに纏っているマントに至っては、乞食の衣服を剥いで繋いだと言われても疑うまい。
おまけに剣は折れ、廃品同然の装備のそこかしこには騎士を嘲笑う罵倒が書き込まれている。
黒ウサギの騎士は、まるで世の侮蔑を全て背負ったような……そんな惨めな姿を晒していた。
「……っ」
そこで、アリスは立ちくらんで膝をつく。
あの獣を見た瞬間に、魔王の記憶……いや、記憶ですらない。
濁流のような狂気と、妄執が生んだ支離滅裂な光景が流れ込んできたからだ。
『裏切り者』
これらをただ一言で表すなら、そうなるだろう。
魔王はそんな憎しみを黒ウサギの騎士に抱いているようだった。
何度殺しても足りないくらい憎んで、愛していたのかもしれない。
だからこそ衛兵と騎士が相争うのだ。
「大丈夫ですか?」
ノインが駆け寄ってきて支えてくれる。
アリスは会釈して、なんとか杖を頼って立ち上がる。
「ええ、もちろん。ありがとうございます」
それから、少し急いで詠唱を始めた。
精神防護のためである。
心の機能を強化する魔術を使った。
「……見えざるものよ。影さえ差さぬ淵より滲み、沈みし波を掬いたまえ」
魔術が発動し、アリスは随分落ち着きを取り戻した。
精神を強化したことで、魔王の狂気を跳ね除けられるようになったのだ。
「これは、『光』の魔術ですね?」
深呼吸をしていると、キメラが問いかけてきた。
場の雰囲気に慣れたのか、もうかなり落ち着いている。
アリスはそれに少々安堵しつつも頷いた。
「はい。強化魔術の一種ではあります。これは精神を強化する魔術ですから」
しかし詠唱は、一般的な聖典とは大分異なる。
光の系譜らしく祈りを含むが、ロスタリアに由来するせいか純粋な聖句ではない。
祈る対象など、色々とちぐはぐな印象だったので、キメラとしても疑問だったのか。
まぁ、それでも彼女が使う禁術ほどに歪みはないはずだが。
「なるほど」
「一応言うと、あなたが使ったところで意味ないですよ。これは私だけの魔術です」
言い添えておいた。
たとえ強化したとしても、アリスのように感応能力がある人間でないと意味がないから。
「そうでしょうか? しかし……」
また何かを答えようとしたところで、アッシュが唐突に口を開いた。
全員に語りかけるような調子で。
「気づかれた。話は後にしよう」
気づかれたというのは、もちろん敵に見つかったということだ。
黒ウサギの騎士と、衛兵のいずれもアリスたちに気づいたらしい。
彼らはぴたりと戦いをやめて、他には目もくれずに近づいてくる……と、いうこともなかった。
完全な肩透かしである。
「え?」
アリスは目を疑う。
手を止めたのはほんの一瞬のこと。
彼らはまた殺し合いを再開する。
騎士は刃を振り、衛兵は光の魔法を操っていた。
互いの血をすすり合うような壮絶さで、重鉄と閃光が交錯し続ける。
「……なんなのでしょう、これは」
やがて、衛兵が死んだ。
黒ウサギの騎士も無傷ではなかったが、瞬く間にその傷は癒えていく。
恐ろしいまでの治癒速度だった。
四の魔王に迫るほどの速さで傷を塞いでいく。
おそらくは、この再生能力が衛兵との勝敗を分けたか。
「来るぞ。今度こそ」
アッシュが言って、アリスとノインの前に庇うように立った。
そして確かに、黒ウサギの騎士は駆けてきている。
衛兵を打倒した今、残った敵を始末しようと。
狂ったように吠えながら。
「キメラ、援護は任せるぞ」
ゴーストが言った。
そして気負いのない構えで前に出る。
すると間もなく騎士と激突し、折れた大剣が音を立てて叩きつけられた。
まるで断頭台の刃が落ちたように、鈍く不吉な鉄塊の音が響く。
「…………」
しかし、ゴーストはすでにそこにいない。
彼に剣で挑んだことは、きっと失敗だっただろう。
紙一重、半歩動いて刃をかわした。
次の瞬間、騎士の両腕が輪切りされている。
左右それぞれを三つに寸断し、ゴーストはなおも剣と槍を振るう。
「――――ッッ!!」
騎士が悲痛な叫びを上げた。
刹那の斬撃で鎧は破れ、無数の切創から血と臓物が溢れ出す。
だがそれでも、黒ウサギの再生速度は異常なのだ。
即座に両腕を戻し、剣を握ってゴーストに迫る。
「……っ」
数秒間、ゴーストは黒ウサギに圧された。
あまりにも圧倒的な、嵐の具現のような暴力を前に怯んだのだ。
こうして一度暴れ始めると、身体能力の格差はどうしようもなく立ちはだかる。
「驚いた。あいつ、ミケリセンよりも……速いわね」
サティアが言った。
例の騎士はそんなにも強いらしい。
さしものウォーロードも後手に回るが、すぐにキメラのフォローが入る。
ゴーストを触手で宙吊りにして、物理的に敵の手が届かない範囲に避難させたのだ。
「強化をかける前に出るとは、死にたいのですか?」
キメラが言った。
前に出て、アリスに背を向けているため表情は分からない。
だが少し怒ったような声である。
ともかく、ゴーストが答える。
「死ぬとは思っていなかった。お前がいるからな」
「いえ、死ぬ時は死にます。まぁ、死んでも戦わせて差し上げますがね」
キメラは鼻を鳴らして答える。
少しだけ、ウォーロードとして冷徹に振る舞っていた頃の面影を感じさせる様子だった。
対して、ゴーストは肩をすくめただけだ。
「……『至大強化』」
やがて、詠唱を経てキメラが魔術を使った。
触手がゴーストを離す。
そして戦闘を再開した。
黒ウサギと渡り合えるようになっている。
しかしそれで終わりではない。
そのまま、触手は攻防の合間を縫ってゴーストに触れた。
強力な加護をこれでもかと加えていく。
「信ずる者に災いなし。御名をもって盾となし、陰りし夜の闇を退けん。『夜光装』」
まずは防護強化だ。
一瞬、清浄な輝きがゴーストを包む。
そして魔術の効果により、装備から肉体まで飛躍的に靭性が増しただろう。
キメラの腕でこれをかけたのだから、ほぼ即死はなくなるはずだ。
そのように、立て続けに最高レベルの支援魔術が重ねられていった。
「ゴースト、そろそろ決めます。畳み掛けましょう」
キメラが言った。
同時に、背後の扉を開けて魔獣たちが押し寄せてくる。
「!」
アリスは思わず身構える。
しかしアッシュは落ち着き払って首を横に振った。
「あれはキメラの死体だ」
と、いうことである。
死体の軍勢を招き入れて、キメラはいよいよケリをつけるつもりのようだ。
亡骸たちはじりじりと、黒ウサギを囲むように展開していく。
「…………」
キメラは無言で、触手を操り死体たちに支援魔術をかけていた。
これにより一体一体の戦力が飛躍的に増す。
そして下準備の時間も十分にあるはずだ。
魔獣は、たとえ死体だとしても魔獣を狙わないので、黒ウサギの騎士は死体に注意を向けないからだ。
しかしアリスの予想は、またしても裏切られることになる。
「えっ……」
キメラが声を上げた。
黒ウサギの騎士は、ゴーストから狙いを変えて魔獣たちに突っ込んでいく。
強化が済んでいない死体たちはあえなく叩き潰され、瞬きの内に半分が肉塊と化した。
それを見て、アッシュが何かに気がついたかのように呟く。
「……そうか、こいつ」
おそらくはアリスも彼と同じ結論に達していた。
黒ウサギは他の魔獣たちと敵対している。
でも今は語らず、目の前の戦闘に集中する。
「…………」
黒ウサギの騎士は、なおも狂ったような勢いで魔獣たちを襲い続けた。
折れた剣は暴虐の限りを尽くし、死体の兵を血煙に変えていく。
だがそこで、戦場にさらなる乱入者が現れる。
一際強く、黒ウサギの騎士が怨敵への憎悪を吐くように吠えた。
「――――――――ッッ!!」
序盤に撃破された衛兵が再出現したのだ。
天に散る星のように、無数の光の槍を展開して黒ウサギに突っ込んでいく。
騎士は全身を貫かれるが、まろび出た内臓を引きちぎって、傷を再生しながら突っ込んでいく。
「もうめちゃくちゃです……」
アリスは言った。
衛兵と黒ウサギ、あとは運悪く間に挟まったゴーストは熾烈な戦いを繰り広げていた。
これを見て、おもむろにサティアが歩み出てくる。
「仕方ない、収拾をつけるわ。……キメラ、支援を」
サティアも加わったことで戦闘は激しさを増していく。
でもその戦いが終わることはなかった。
衛兵も黒ウサギも、何度殺しても蘇るのだ。
特に黒ウサギの方は、たとえミンチにしても再生してくる始末で。
「……俺も加勢するか」
やがて、しばらくしてアッシュが歩き始める。
泥沼化した戦いを見かねてのことだろう。
しかし、すぐに気がついたように振り向いて足を止めた。
「…………」
数秒躊躇って、彼は結局行くのをやめたようだ。
アリスもノインも普通の人間なので、ここに護衛が必要だと判断したのか。
そして、そんなことを考えていると、アリスはあることを思い出した。
「……裏切り者」
さっき聞いた魔王の声である。
黒ウサギを見た瞬間に流れ込んできた情念だ。
同じように、石碑の赤文字においても裏切り者への言及があった。
『裏切り者の首をはねよ』
つまり、そういうことだろう。
あの黒ウサギは『外に出た』裏切り者だ。
だから他の魔獣と敵対している。
そして、首をはねない限りは死なないのだ。
「……アッシュさん。あいつ、首を斬り落とすまでは死にませんよ」
だからそう伝えた。
しかし彼が何か答える前にそれは起こった。
部屋が真っ白に染まって……気づけば、書庫の中に戻っている。
「これは……?」
呆然としたような表情でノインが言う。
周囲を見ると、書庫の中には貴族の幻影たちが現れていた。
とはいえやはり物は盗られたままで、火を放ってもいる。
幻たちも恐慌状態に陥っている様子だったが。
「ゴースト、何かしましたか?」
アリスがぼんやりと、逃げ惑う貴族たちを見ていた時だ。
キメラの声がした。
すぐに答えが返る。
「俺は何も」
その横で、今度はサティアが口を開いた。
「私が……首をはねたわ。ちょうど、会話が聞こえたから。首をはねたら、いいってね……」
アリスを見ながら言った。
こちらの会話を聞きつつ戦っていたということだろう。
「それにしても、今回は……シンプルだったわね」
彼女はそんな言葉を続けた。
そして、確かにシンプルだったとアリスも思う。
黒ウサギは他の魔獣と敵対しているため、時間さえかければみんな『裏切り者』に気づけたはずだから。
そうなればあとは首をはねておしまいである。
今までで一番、簡単な謎解きだったかもしれない。
「…………」
ふとノインに目を向ける。
すると、彼女はある本棚をじっと見つめていた。
「何を見てるんですか、ノインちゃん」
声をかけると、はっとしたようにアリスの方を向く。
それから、どこか悲しそうな顔で話し始める。
「……この場所は、魔王の心なんですよね?」
「ええ。私はそう思っています」
答えると、ノインは少しうなだれた。
うなだれて、また本棚を見て、アリスに問いを投げかける。
「では、どうしてこんなに悲しいんですか?」
彼女は書庫を悲しいと捉えたようだ。
アリスは少し虚を突かれたが、確かにそうかも知れないと思い直す。
「…………」
この書庫は、とても悲しい場所だ。
自分の過去も、痛みも、人の醜さも、受け入れられず。
かといって目を逸らすこともできず。
楽園のような書庫を築いてみても、ささいなことでそれは崩れて。
こんなことが起きるたびに狂っては泣いて。
……ここは堂々巡りで、血を流しながら夢を見る針の褥だ。
それをどこかで分かっているから、ノインは悲しいと感じるのだ。
「それは、世の中がクソだからです」
ややあって、アリスはそのように答えた。
なぜこんなに悲しくなるのかと問われれば、それしか答えが思いつかなかった。
正義の末路は絶望で、愛のなれ果ては狂気となる。
そんな世界だから、みんな狂ってしまうのだ。
「多分、色々と期待しすぎると……こうなるんですよ。私たちは、自分で満足できる道を選びましょうね」
誰かを待ったり、報いを望めば裏切られる。
世の中は決して応えてはくれない。
ならば祈らない道を選ぶのが、アリスには一番安全に思える。
「…………」
だからそう伝えると、ノインは目を伏せて曖昧に頷いた。
―――
書庫の最奥、隠し部屋にて。
暗く、書が散乱した室内で、またミケリセンとシドが訓練を行っていた。
何度も雷鳴と銃声が響き、部屋の一部が消し飛ばされていく。
そんな熾烈な戦いのあと、倒れ込んだシドの前でミケリセンが語る。
「……うん。まぁ、合格だね」
君も、言い足す。
目の前には、無表情で、左足を折られたシドが転がっている。
もう彼は、ほとんど感情を見せることすらなくなっていた。
散々に痛めつけられても反応を示すことすらしない。
だが構わずミケリセンは言葉を重ねる。
「やればできるじゃないか。流石は『魔術師』。伊達じゃないね〜」
軽やかにそう言って。
壊れた銃剣を手放す。
彼の左手は黒く焼け焦げていた。
シドがようやく、一矢報いた証である。
「……ふふふ、決めたよ。仕掛けるのは明日だ。そろそろ、皆殺しにしてしまおう」
なおもミケリセンは一人語りを続けた。
シドは一切の反応を示さなかったが、皆殺し、という言葉で怯え始める。
「あいつらを……殺すのか?」
か細い、弱りきった声でそう問いかけた。
ミケリセンはかがんで、シドの顔をのぞき込みながら答える。
「そうだよ。時間もあったし、もう準備は済んでいるからね」
言いながらミケリセンはにこにこと笑っている。
シドは、より絶望を深めたように目を見開いて泣き始める。
「も、もう……うんざりだ……殺せよ。僕なんか、どうせ……役に立たない……」
悲痛な言葉だった。
だがミケリセンはどこ吹く風と穏やかに笑う。
「そう思うなら、自分で死ねばよかったじゃないか。君だって、自分を撃ち抜くくらい、簡単にできただろう?」
シドにとり、それは正しく思えた。
訓練と称した戦いの間、彼はいつも自由に魔術を使えた。
実際、自分で死ぬことも何度も考えた。
でもそれをできる勇気がなかったのだ。
「うっ……ううぅ……」
やがて、自分の無力を悟ったシドは言葉もなく泣き始める。
ミケリセンはため息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。
「まぁ、そう泣かないでよ。人間って慣れるから。……ほんとに、慣れちゃうからさ」
だって君は、これから何百人も殺すんだしね。
そう言って悪魔が笑う。
シドは絶望して、心の底から絶望して……もう何かを考えることをやめてしまった。




