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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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十四話・賛美節(1)

 


 息を潜めたようだった街が、明るさを取り戻していた。

 夕暮れ、ちょうど帰り着いたアッシュは思う。

 今日は祭りの日だったかと。


 街を歩いていると祭りの前の楽しげな気配が伝わってくる。


 近隣の村や街から人々が集い、再会を喜び合う。

 子どもは走り回り、大人は仕事を休んでゆっくりと語らう。

 パレードのために道は飾られ、広場には祭壇が設けられていた。


 この国では、大きな祭りは皆で準備をし、そのあとは休むのが習わしだ。

 いくらかの商人は出店の支度に忙しいが、ほとんどは夜の祭りまで休んでいる。


 そんな穏やかな空気の街を抜けて、アッシュは宿舎への道を歩き続けた。



 ―――



 宿舎の前では、なぜかグレンデルが待ち構えていた。

 そしてアッシュを拝んで手を合わせる。

 話を聞いてみると、面倒な内容だとすぐに分かった。


「頼むよ、今日は街にいてくれ」


 そんな事を言い、両手を擦り合わせて頭を下げてきた。

 アッシュはすげなく拒絶を返す。


「できない。俺は魔獣を殺しに行く」

「そこをなんとか。今日はいてほしいんだ」

「必要ない。街にはアリスがいる」


 グレンデルの言い分はこうだ。

 今日は祭りだから兵士も休ませたい。

 そこで魔獣の襲撃が心配だからアッシュにいてほしいのだという。

 けれど、そんな場合のためにアリスをここに置いているのだ。

 わざわざ居座る理由など何もなかった。


 しかし、グレンデルはなおも譲らない。


「アリスちゃんが対応しきれない時もある。そういうのには、いつも兵士が対応してるんだ」


 だから、アリスだけだと兵士も働かなければならない場合がある。

 言葉に詰まったアッシュに対し、彼はここぞとばかりに畳みかける。


「それに、せっかくの祭りで戦死者を出したくないんだ」


 祭りだからと魔獣は遠慮しない。

 戦えば戦死者が出ることもある。

 もし、祭りの日に人が死ねば街の人間はどんな気持ちになるだろう。


 ……そういうことをグレンデルは言っているのだった。


「なぁ、頼むよ」


 ずいと体を前に出して頼み込んでくる。

 気圧されたアッシュは半歩下がる。


「頼む、頼む、頼む、なぁ、頼むってば……」

「わ、分かった。今日は街にいる」

「おお、ありがとう! お前なら聞いてくれると思ってたよ、アッシュ」


 仕方なく折れると、彼は小さく拳を掲げる。

 そして、なぜかアッシュの手を引いて、宿舎の中へ歩き始めた。

 どうしてかかなり機嫌がいい。


「よし、そうとなれば渡しておくものがある」


 嫌な予感がした。

 グレンデルはいたずらを考えた子供のように笑う。


「へへへ」


 そうして、宿舎のエントランスに足を踏み入れる。

 グレンデルは軽く手を掲げて、ゴルドに声をかけた。


「やぁゴルドさん、アレできてる?」

「ああ、グレンデル様。アッシュ様。もちろんでございます」


 いつも通り、整然とした印象の老人が立つ。

 自信に満ちた表情でゴルドは拳で胸を叩いた。


「この老骨が、一肌脱がせていただきましたよ」


 そう言って、彼はカウンターの下から何かを取り出す。

 帽子のようなものに見える。

 そしてこれが普通の帽子ではなく、犬の頭を模していることに気がついた。

 しかも恐ろしく本物に似ている。


「…………」


 アッシュは言葉を失う。

 これを手芸で作ったとは信じられない。

 計り知れない技巧だった。


「これは?」


 なにに使うのか分からず、反射的に疑問を口にした。

 そんなアッシュに、グレンデルとゴルドがにじり寄ってくる。


「仮装道具でございます」

「アッシュが被るんだぞ。ぜひパレードを楽しんでほしくてな。……がおーって」


 アッシュはうんざりして肩を落とした。

 街に居座るのは遊ぶためではない。

 わざわざ彼らの言うことを聞くつもりはなかった。


「悪いが……」


 断ろうとする。

 そんな言葉を、グレンデルは実にきらきらした瞳で遮る。


「アッシュ、俺たちは引き下がらないぞ」

「……そうか」


 グレンデルが帽子を受け取り、半歩前に出てくる。

 ゴルドが床に座り込んで、土下座の準備を始めていた。

 それを見て、アッシュは諦めることにする。



 ―――



「あっははははは! し、死ぬ! 死んでしまう……!!」


 ノックに応じてドアを開けた瞬間、アリスは盛大に噴き出した。

 たっぷり十秒間笑い転げた彼女は、ひぃひぃ言いながら口を開く。


 封印のためにグレンデルと別れて、アリスの部屋を訪れたらこれである。


「で、なんですか? 封印ですか? 封印……? あっははは! 死ぬ……! ぐるしい……! ごほっ……ごほっ……」

「最悪だよお前」


 アッシュは言いつつ帽子を脱ぐ。

 この帽子、悪いことに犬の頭を被るものではなく、アッシュの頭の上に犬の頭が乗る仕様になっている。

 だから滑稽だというのも分からないではないが、笑い過ぎだった。


「いや、すみません。行きましょうか」


 服を脱ぎ、段々雑になってきた詠唱を聞き流した。

 やがて封印が始まる。


「今日は支門見つかりました?」


 アリスの問いに、アッシュは首を横に振る。


「いや、見つからなかった」

「え〜、まだ見つからないんですかぁ? あっはは」

「ああ」


 正直に認めると、アリスは馬鹿にしたように笑った。

 そして、杖の先を背にぐりぐりと押し付けながらアッシュに毒を浴びせかける。


「滞在しても構わないとかちょけてたくせに無様ですね、この犬野郎が」

「すまない」


 全くその通りで、返す言葉もなかった。

 この街に来て十二日、門衛を葬って五日。

 その間アッシュはなんの成果も挙げていないのだから。


「俺も、こんなことになるとは思っていなかった。今回は少しおかしい」


 支門が見つからないのもそうだが、魔獣が減っていないのもおかしい。

 門衛を撃破すれば、非活性状態になって吐き出される魔獣の数が減るはずだった。

 なのにそれを全く感じられないのだ。


 魂まで奪われておいて、まさか門衛が生きているとも思えないが……。


「で、言い訳と。そんなんじゃ二流の勇者ですね。このままでは、あなたは絶対鎮魂節ですよ」

「……鎮魂節すらやってくれるかどうか」

「お、弱気ですか? らしくもない。……終わりましたよ」


 そう言ってアリスはベッドから立ち上がった。

 さらに、アッシュが横に捨て置いた帽子を手に取る。

 動けないのをいいことに、彼女はそれをアッシュの頭に被せた。


「おい」

「最高です。かわいいですよ」


 苦労して頭を振るが、それで取れるものでもない。

 というかむしろアリスはますます楽しそうにしている。


「……?」


 と、そこでアッシュは気がつく。

 いつもアリスが身に着けている、喪服のヴェールがどこにもないのだ。


「君、ヴェールは?」


 別にどうでもいいが、とにかく犬の被り物から意識をそらすために聞く。

 アリスはなぜか誇らしげな顔で答えた。


「おや、いいことに気づきましたね。今日は私も仮装してるんですよ」

「仮装?」


 そんな様子は見られない。

 どういう事かと考えながら目を凝らして……やがて気がつく。


「あ」

「気が付きましたか。犬耳カチューシャです。かわいいでしょう?」

「……楽しそうで何よりだ」


 ふふんと笑って、彼女は頭につけた犬耳を撫でる。

 茶色で、柔らかそうな一品である。

 アトス教において犬は聖なる獣とされているため、マナーに適った格好ではある。

 だがおそらく信仰心からではないだろう。


 体が動くようになったので、着替えながらアリスに声をかける。

 これもなんとなくだが、予定していた出店についての質問を投げた。


「商品は用意できたか?」


 すると、アリスはにっこりと微笑んで答える。


「はい。番犬いらずを試しますか? 二秒で炭になれますよ」

「遠慮しておく」


 しかしそこで気がつく。

 魔道具の販売には教会の認可が必要だったはずだと。

 彼女は一応神官なので分かってはいるだろうが、念のため質問をしておいた。


「そういえば君、認可は取ってるのか?」

「あ……」


 思いの外、しまった……というような反応が返ってくる。

 きっと考慮していなかったのだろう。

 アリスは杖に寄りかかり、がっくりした様子で崩れ落ちた。


「そんなぁ」


 とても悲しそうな顔だった。

 楽しみにしていたのかもしれない。

 アッシュはなんとなく、頭をかいてそれを見ていた。

 しかしやがてため息を吐く。


「これを使え」


 アッシュが渡したのは例の細工だ。

 つまり勇者の証である。

 これなら、そこらの神官の口出し程度はかわせるだろう。


 無論、職権乱用ではあるが、アリスはそれなりの腕を持っている。

 だから売り物にも、想定外の作動をしないという意味での安全性はあるはずだ。

 その上で、余りにもどうしようもない商品は売らせなければいい。


「アッシュさん……」


 目を輝かせて、感じ入ったような声でアリスが言う。

 しかしルールを破る以上、釘を刺すところは刺さねばならない。

 面倒に思いながらもアリスに警告をした。


「ただ、『番犬いらず』は売るな。もし売りたいなら、認可を取ってからにしろ」

「了解です! じゃ、アッシュさん行きましょうか」


 その言葉にアッシュは首を傾げる。


「?」


 けれど彼女は当然のように続けた。


「開店準備ですよ。手伝ってくれますよね?」


 いつもながら全く図々しい申し出だった。

 本来なら鼻で笑って一蹴するべきことである。

 しかし金細工を渡した手前、アッシュには危険物をばら撒かせない義務があった。


 最後にもう一度ため息を吐いて、アッシュは彼女の言葉に頷いた。




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