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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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十四話・賛美節(1)

 


 息を潜めたようだった街が、明るさを取り戻していた。

 夕暮れ、ちょうど帰り着いたアッシュは思う。

 今日は祭りの日だったかと。


 街を歩いていると祭りの前のうずうずしたような、けれどそれをも楽しむような、そんな人々の気配が伝わってくる。


 祭りだからと近くの村や街から駆けつけた人々が、違う街の友人を見つけては再会を喜び合う。

 棒を持った子どもたちが走り回り、それを見守る母親たちの表情も柔らかだ。

 男たちも今日ばかりは仕事に追われず、のんびりと酒瓶片手にたむろしたりしている。

 パレードのために道は飾りつけられ、広場には大きな布がかけられた祭壇が設置されていた。


 この国では、大がかりな祭りの日には皆が仕事を休み協力して祭りの準備を行う。

 そしてそれが済めば日々の労働をねぎらい合い、人々は体を休める。

 目ざとい商人は出店の準備などで忙しいが、大方の人々はそうして夜の祭りに備えるのだった。


「ああ、その時雷鳴が鳴り響く。勇者のいかづち、神意の体現、悪を切り裂く光の矢」

「つまんねーぞ! ばーーか!」


 祭りの臭いを嗅ぎつけたらしい流れの吟遊詩人が歌の練習をする。

 そしてそれを子どもたちが囲んで茶化していた。

 リュートを振り上げ、子供を追いかけ始める詩人を横目に、アッシュは宿舎への道を歩き続けた。



 ―――


 宿舎の前で待ち構えていたグレンデルが、アッシュを拝んで手を合わせる。

 全く迷惑な話だった。


「頼むよ、今日は街にいてくれ」


 両手を擦り合わせて頭を下げるグレンデルに、アッシュはすげなく拒絶を返す。


「できない。俺は魔獣を殺しに行く」

「そこをなんとか、頼むよ」

「アリスがいるじゃないか」


 グレンデルの言うところによれば、今日は祭りだから兵士も休ませたいとのことだ。

 だが、魔獣の襲撃が心配だからいてほしいのだという。

 しかし、そんな場合のためにアリスをここに置いているのだ。

 わざわざ居座る理由など何もなかった。


「一方からしか来ないならそうだろう。でも、時々は二方面から襲撃が来ることだってある。そういうのにはいつもは兵士が対応してるんだ」


 言葉に詰まったアッシュに、グレンデルは畳みかける。


「それに、せっかくの祭りで戦死者を出したくないんだ」


 祭りだからと魔獣は遠慮しない。

 奴らはいつも全力で殺しに来るし、だからこそ戦えば戦死者が出ることもある。

 そして祭りの日に家族や友人が死ねばどんな気持ちになるだろう、ということをグレンデルは言っているのだった。


「なぁ、頼むよ」


 ずいと体を前に出して頼み込んでくるグレンデルに、気圧されたアッシュは半歩下がる。


「頼む、頼む、頼む、なぁ、頼むってば――――」

「わ、分かった。今日は街にいる……」

「おお、ありがとうアッシュ」


 仕方なく折れると、グレンデルは小さく拳を握る。

 そしてアッシュの手を引いて宿舎の中に歩き始めた。


「よし、そうとなれば渡しておくものがある」

「?」

「へへへ」


 らしくもない下卑た笑みだった。

 嫌な予感しかしなかった。


「やぁゴルドさん、アレできてる?」

「ああ、グレンデル様。アッシュ様。もちろんでございます」


 宿舎に入ってすぐ、いつものようにカウンターに腰掛けていたゴルドが胸を叩く。


「この老骨が、一肌脱がせていただきましたよ」


 そう言ってゴルドがカウンターの下から取り出したのは帽子のようなものだった。

 そしてそれは普通の帽子ではなく、犬の頭を模していて、しかも恐ろしくよく似ていた。


 これを手芸で作ったというのか。

 計り知れない技巧だった。


「これは?」


 反射的にそう口にしたアッシュに、グレンデルが笑い、ゴルドは胸を張る。


「仮装道具でございます」

「アッシュが被るんだぞ。ぜひパレードを楽しんでほしくてな。……がおーって」


 街に居座るのは遊ぶためではない。

 わざわざ言うことを聞くつもりはなかった。


「悪いが……」


 そんな言葉を、グレンデルは実にきらきらした瞳で遮る。


「アッシュ、俺たちは引き下がらないぞ」

「……そうか」


 アッシュは諦めた。


 ―――



「あっははははは! し、死ぬ! 死んでしまう……!!」


 ノックに応じてドアを開けた瞬間、アリスは盛大に噴き出した。

 たっぷり十秒間笑い転げた彼女は、ひぃひぃ言いながら口を開く。


 封印のためグレンデルと別れて、アリスの部屋を訪れたらこれだった。


「で、なんですか? 封印ですか? 封印……? あっははは! 死ぬ……! ぐるしい……! ごほっ……ごほっ……」

「最悪だよお前」


 アッシュは言いつつ帽子を脱ぐ。

 この帽子、悪いことに犬の頭を被るものではなく、アッシュの頭の上に犬の頭が乗る仕様になっている。

 だから滑稽だというのも分からないではないが、笑い過ぎだった。


「いや、すみません。行きましょうか」


 服を脱ぎ、段々なおざりになってきた詠唱を聞き流して封印が始まる。


「今日は支門見つかりました?」


 アリスの問いに、アッシュは首を横に振る。


「いや、見つからなかった」

「え〜、まだ見つからないんですかぁ? あっはは」

「ああ」


 正直に認めると、アリスは馬鹿にしたように笑った。

 そして、杖の先を背にぐりぐりと押し付けつつアッシュに毒を浴びせかける。


「滞在しても構わないとかちょけてたくせに無様ですねこの犬野郎が」

「すまない」


 全くその通りで、返す言葉もなかった。

 この街に来て十二日、門衛を葬って五日。

 その間アッシュはなんの成果も挙げていないのだから。


「俺もこんなことになるとは思っていなかった。この街は少しおかしい」


 支門が見つからないのもそうだが、門衛を撃破すれば非活性状態になって吐き出される魔獣の数が減るはずだった。

 なのにそれを全く感じられないのだ。


 魂まで奪われておいて、まさか門衛が生きているとも思えないが……。


「で、街のせいにするんです? そんな言い訳してるようじゃ二流勇者ですね。このままじゃあなたは絶対鎮魂節ですよ」

「……鎮魂節すらやってくれるかどうか」

「お、弱気ですか? らしくもない。……終わりましたよ」


 そう言ってベッドから立ち上がったアリスは、アッシュが横に捨て置いた帽子を手に取る。

 そして、動けないのをいいことにアリスはそれをアッシュの頭に被せた。


「おい」

「最高です。かわいいですよ」


 苦労して頭を振るが、それで取れるものでもない。

 というかむしろアリスはますます楽しそうにしている。


「……?」


 と、そこでアッシュは気がつく。


「君、ヴェールは?」


 いつも身につけているヴェールが今日はないのだ。

 アッシュの問いにアリスは胸を張る。


「ええ、今日は私も仮装してまして」

「仮装?」


 そんな様子は見られないがどういう事だろうか。


「あ」

「気が付きましたか。犬耳カチューシャです。かわいいでしょう?」

「楽しそうで何よりだな」


 ふふんと笑って、彼女は頭につけた柔らかそうな茶色の犬耳を撫でる。


 アトス教において犬は聖なる獣、神の従者として扱われているので犬に仮装するのはむしろマナーに適っている。

 だがおそらく信仰心からではないだろう。


 体が動くようになったので、着替えながらアリスに声をかける。


「商品は用意できたのか?」

「あ、はい。番犬いらず試します? 二秒で炭になれますよ」

「遠慮しておく」


 しかし魔道具の販売には教会の認可が必要だったはずだが、そのあたりはどうしているのだろうか。

 ふと気になったので問いを言葉にする。


「君、認可は取ってるのか?」

「あ……」


 その反応を見るに恐らく忘れていたのだろうし、そもそも五日前に思い立って認可してもらえるものでもない。


「そんなぁ」


 杖に寄りかかってよよと声を上げるアリス。

 アッシュはそれに頭をかき、ため息を吐いた。


「これを使うといい」


 アッシュが渡したのは金細工だ。

 例の、勇者の証。

 これでそこらの神官の口出しくらいなら容易くかわせるだろう。


 それは職権乱用ではあるが、そのあたりの神官よりずっとアリスの腕があてになるのは分かっている。

 だから売り物にも、少なくとも想定外の作動をしないという意味での安全性はあるだろう。

 余りにもどうしようもない商品は売らせなければいい。


「アッシュさん……」

「ただ、『番犬いらず』は売るな。認可を取っていないのに危険物は売るべきじゃない」

「了解です! じゃ、アッシュさん行きましょうか」

「?」


 その言葉にアッシュは首を傾げる。

 が、彼女は当然のように続けた。


「開店準備ですよ。手伝ってくれますよね?」


 いつもながら全く図々しい申し出で、本来なら鼻で笑って一蹴するべきことだった。

 しかしアッシュも金細工を渡した手前、危険物をばら撒かないよう監督する義務はあった。


 だから、またため息を吐いて、アッシュはそれに頷いた。


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