十五話・賛美節(2)
その後、アリスに連れられて街に出た。
行き先は祭りの中心となる広場である。
日が傾き始めた街をゆっくりと歩く。
「あの、犬の被り物つけてもらっていいですか?」
おもむろにアリスがそんなことを言った。
アッシュの方を見もせずに、通りで遊ぶ子供たちを目で追いながら。
「なぜ?」
「素のあなたがいると、客が寄りつかないでしょ」
結局、押し問答を経て被り物を受け入れた。
客が寄りつかなくなるという言い分には正当性があるからだ。
「まぁ。そうしていれば、少しは見れますね」
彼女はそう言って、小馬鹿にした顔でアッシュを眺めていた。
なにも答えずに歩いていく。
「…………」
やがて、目的の広場にたどり着く。
すぐそばに大きな聖堂がある、なかなかの広さの催事場であった。
そこでは多くの人々が店の準備をしている。
とはいえ、場所が足りないということはないだろう。
周囲の道にも出店許可が出ているようなので、まだまだ場所には余裕がある。
良し悪しを気にしないなら、アリスの店もどこかに構えられるはずだ。
「さて、やりますか」
アリスが言った。
興味はなかったが、手伝うと言った手前必要なことは聞いておく。
「どこでやる?」
「いい場所取らないとですね」
いい場所、とはどこかを少し考える。
よく目立つので、広場の中央付近が良いのだろうか。
「真ん中か?」
そう聞くと、アリスは鼻で笑う。
さらにやや早口で否定を返してきた。
「いや、混雑しますでしょう。食べ物ならともかく、魔道具のような奥深いものは見てもらえませんよ」
「なるほど」
アッシュは納得する。
あのように混む場所では、ゆっくり手に取ってもらうことはできないはずだった。
次を考えていると、アリスはさらに言葉を重ねた。
「それに、私の店ははっきり言ってブルジョア向けですからね。小市民に用はありません」
どうもそういうものらしい。
アッシュに商売は分からない。
面倒になって適当な答えを返す。
「なら隅に行くのか?」
「五十点……ですね」
「分かった。ならどうする?」
神経を逆撫でするような言い方にうんざりしていた。
ため息をこらえて尋ねると、彼女は得意げに頷いた。
「ずばり、角ですね」
「角?」
「そう、角。……まずお客さんはどこから来ますか?」
「家」
「その通りです」
アリスは大聖堂を指差す。
「あそこからお客さんが来ますか?」
「来ないだろうな」
あそこから来るのはアッシュの苦手な憲兵と聖職者だけだ。
その答えに彼女は頷く。
「では道はどうですか? この広場に繋がる道は四つありますね?」
「すまない、面倒だから結論を言ってくれ」
白けた顔をするアリスには悪いが、道だの客だの場所だのに全く興味がない。
長々とそんな話を聞くのは御免だった。
「……あそこに行くってことですよ」
不機嫌にそう言ったアリスが示したのは、大聖堂を北と見た時、北西にあたる道の入り口だった。
ちょうど住宅街からの道が、広場に合流するその場所である。
「なら早いところ行こう。場所を取られてもかなわないからな」
そう言ってさっさと歩き出した。
アリスはなぜか呆れた様子で、ため息を吐きながらついてくる。
―――
石畳の床に敷物を敷いた。
その上で、アッシュたちは商品を並べていく。
「これはなんだ?」
それは出品のためというより、一つ一つ危険物でないかを確かめるためだ。
目新しいものがあれば、アッシュは必ず用途を確かめる。
いま手に取っているのは、親指二本分ほどの太さの木製の筒だった。
「魔力を込めると、氷の矢が飛び出して害虫を殺します」
ゴなんとか……みたいな不快な虫が死にます。
と、アリスは言った。
アッシュは軽く頷いて、その魔道具をまじまじと見つめる。
筒の横についたボタンが起動装置らしいとあたりをつけた。
「害虫駆除、か」
地面に筒を向けてボタンを押す。
軽く魔力を込めてみた。
すると氷の矢が飛び出し、土が軽く抉れた。
「これは駄目だ」
「何故ですか?」
魔道具は既にルーンが組み込まれているため、魔力さえ流せば一律の効果を発揮する。
原動力は魔石であったり本人の魔力であったりするが……いずれにせよ、魔術の知識がなくても扱えてしまう。
それを思えばこれはあまりに危険だった。
「君の作るものは目的と手段が離れすぎてる。馬鹿なのか?」
「くそぅ……こいつ連れてくるんじゃなかった……」
心底悔しそうに言って、アリスは筒を地面に叩きつけた。
おまけに踏みつけて粉々に砕く。
その姿からはどこか哀愁が漂っていた。
「…………」
こうして品出しと確認を進めていくと、店に並ぶ商品はわずか八つとなる。
内訳は光るコート、妙な音のする枕、握ると温かくなる貯金箱……などなどよく分からないもので占められていた。
「こんなはずじゃなかったのに……」
がらんとした敷物の上で、アリスはひたすらに嘆き続けていた。
三角座りをして、膝に顔を突っ伏して恨み言を吐く。
無駄に広く取った場所が、さらに虚しさを煽っていた。
「…………」
アッシュは頭をかく。
少しだけ悩んでいた。
せっかく作ったのなら売れた方がいいと思う。
だが、危険物を売らせるわけにはいかなかった。
「……今なら間に合いますよ?」
アリスが言った。
三角座りのまま、じろりと視線を上げて。
しかし、考えは変わらない。
アッシュは黙って首を横に振った。
すると、また顔を突っ伏して呻き始める。
「あんまりだあんまりだ……。犬野郎め、呪ってやる……」
流石にそこまで言われては困る。
何しろ彼女に根に持たれてはかなわないのだ。
どうするべきかと考えて、アッシュの脳裏に一つだけ考えが浮かんだ。
―――
やがて日が落ちて祭りが始まった頃。
アリスは満足した様子で敷物の上に寝そべっていた。
実に嬉しそうな笑みを浮かべて腕を伸ばす。
「売れたぁぁぁ……嬉しいなぁ……」
そう、アリスの魔道具は即完売だった。
凄まじい速さで売れた。
アリスはごろりと寝返りをした。
弾みで犬耳が外れる。
なんとなくカチューシャを眺めながら、彼女に言葉をかけた。
「良かったな」
「いやぁ、私やっぱり才能あるみたいですね?」
珍しく機嫌よく話しかけてくる。
アッシュの方は特に態度は変えずに答えた。
「ああ、そうだな」
アリスからすっと目を逸らす。
彼女はやはり楽しげに話を続けていた。
「全く、話せば分かるじゃないですか。突然、全部売ってもいいだなんて……」
「良いものだったからな」
「分かってますねぇ、あなたも」
このこの、と言いつつ杖の石突で脇腹を突いてきた。
適当にいなして腰を上げる。
歩き出そうとしたところで、アリスが行き先を尋ねてきた。
「どこに行くんですか?」
「小用だ」
「うわ、ばっちぃ」
冷たい笑みを浮かべ、彼女はゆっくりと身を起こした。
落ちていた犬耳をつけ直し、アッシュにまた語りかける。
「まぁ、待っててあげますよ。せっかくのお祭りですからね」
別に待っていてほしいとは思わなかった。
だが、今日のアッシュは街に残って戦う必要がある。
いざという時に連携しやすくなるので、行動を共にすることには異論はない。
「ああ、分かった」
だから短く答えて歩き出した。
しばらく進み、通りを背にして、路地裏へと滑り込む。
―――
「すまないな。それで、商品はあるか?」
行き先の、路地裏には兵士たちが集まっていた。
またも勇者の立場を悪用し、頼み事をしていたのだ。
それで彼らはわざわざ来てくれている。
「…………」
緊張した面持ちで黙り込むのは九人だ。
それだけの兵士に手伝ってもらった。
彼らにはアリスの店の商品を買ってもらったのだ。
手持ちの金を渡して頭を下げ、一人につき一つから三つほどの魔道具を引き受けてもらった。
これで十八個もの売り物を完全消滅させたのだ。
「こ、殺さないでください……!」
一人が、青い顔で意味不明なことを言う。
アッシュはそれを無視した。
無害な八つ以外……要は番犬いらずなどの危険物を回収してしまう。
「助かった、ありがとう。これは礼だ」
最後に、兵士たちに金貨で礼を渡そうとした。
しかし全員が敬礼と共にそれを断った。
「ぜ、絶対に、誰にも言いません!」
「口止めは必要ありません!!」
「わ、我々は凶悪な兵器など見ていません!!」
「命さえ……命さえあれば……もう……」
なるほど、とアッシュは思う。
どうもそういう解釈になるらしい。
深く納得したアッシュはもう一度頭を下げる。
「申し訳ない」
「も、もう行っても?」
「ああ。時間を取らせてしまった」
帰っていいと伝えた瞬間、兵士たちは我先に路地裏から飛び出していく。
アッシュのことがかなり怖かったようだ。
「…………」
そして、ここからが気分の悪いところになる。
これから、アリスが作った魔道具を全て壊してしまわなければならない。
しかし、すんでのところで思いとどまる。
『家族の団らんを守る正義の魔道具ですよ』
誇らしげな言葉を思い出し、少しだけ壊すのが忍びなくなったのだ。
「……はぁ」
ため息を吐く。
アッシュは上着を脱ぎ、風呂敷の要領でがらくたを包む。
小物が中心なので収まりきったが、限界近くまで膨らんでしまった。
その荷物をさげて、アッシュは急いで走り出す。




