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ロストキルレシオ  作者: 湿った座布団
一章・偽りの英雄
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十話・祝杯(1)

 

 アッシュは夕暮れの中を走っていた。


「しかしそれにしてもめでたいな。お前がいてくれてほんとに良かった! すごいよアッシュは」


 さっきからずっと笑いっぱなしのグレンデルに手を引かれ、街を走っていた。

 とはいえ手を引く方が義足なので大した速さではないが。


「あら、グレンデル様。どうしたんですか。嬉しそうですね」

「ん? ああ、おばちゃん、また今度話す!」

「あまり急ぐと転んでしまいますよ!」


 グレンデルは街の人々によく話しかけられる。

 そしてそうやって話している間は、街の人々にはアッシュのこともあまり見えてないようだった。


 先ほど迂回うかいして行ったばかりの広間を横切りながら、そう思う。


「アッシュ、今日はお祝いだ。なんでも好きなもの食べてもいいぞ。超高級料理店に連れて行ってやる」


 走りながら振り向き笑顔で言って、転びそうになって慌てて姿勢を整える。

 こうまでまっすぐに笑顔を向けられるのはほとんどない経験だった。


「夜も忙しいから、あまり遅くなるのは困る」


 しかしその言葉は聞こえなかったようで、相変わらずグレンデルは足を急がせていた。


「…………」


 しばらくそうやって移動していると、なにやら大衆居酒屋らしき建物にたどり着く。


 そこは宿も兼ねているらしく三階建て程度の高さがあり、伸びた煙突からはもくもくと煙が立ち上っている。

 造りは木造と荒壁の混合で、入り口の上の壁には神への感謝の言葉と『犬のしっぽ亭』との屋号が大きく書かれた薄汚い看板が掲げられている。

 あとは、壁が薄汚れていた。


「ここか?」


 アッシュが聞くと、グレンデルは真面目くさって頷く。


「そうだ」


 超高級料理店?



 ―――



 店の中の様子は中々に混沌としていた。


 気の利いたインテリアと言えば入ってすぐの場所に置いてある十字架を前におすわりをする犬の木像くらいだ。

 後は六卓ほどの円卓が狭い感覚で並べられ、さらにその横のスペースに四卓の長机が配置されているのみ。

 そしてその机とカウンターも大入りで、ほとんどが男たちに占領されていて非常に暑苦しい。

 おまけに窓が少なく、いくつかランプが下げられているがそれでも薄暗い。

 加えて店内には葉巻やら酒やら汗やらの臭いが充満していた。


 いや、悪臭に関してはこちらにとやかく言う権利はないはずだ。

 むしろアッシュは、本当なら各テーブルに謝って回る必要があった。


「ここはこんなだけど飯がすごく美味しいんだ。……嫌か?」


 その言葉にアッシュは首を横に振る。

 食べ物に好き嫌いなどなかった。


「気にしなくていい」


 実際畏まった料理店などよりはよほどこちらのほうがよかったのもあるが。


「そうか、良かったよ」


 安堵したように言ってグレンデルはカウンターに向けて歩きだす。

 そこは比較的空いていたので、アッシュへの配慮で選んだのだろう。


 途中肉体労働者と思しき男の一団に声をかけられたりしつつも、グレンデルは席につく。

 アッシュもそれにならった。


「あら、いらっしゃいませ。グレンデルさん」


 給仕の少女が酒を載せたお盆を片手に、微笑みながらグレンデルにピースサインを送る。

 グレンデルもそれに笑い、水を持ってきてくれるよう頼む。


「ああ、後でいいから水を二つ頼む」

「ここは居酒屋ですけど?」

「お酒も飲むよ」


 ぱたぱたと立ち去った少女を尻目に、アッシュはグレンデルに問いを投げる。


「しかし、君はずいぶんこの街で慕われてるようだな」

「ああ……。街の連中に言わせれば、英雄らしいよ」


 照れくさそうにしてグレンデルは続ける。


「昔、軍勢がかなり出払ってる時に。中位魔獣が二体攻め寄せてきてな。俺がその時ちょっとばかり前に出て戦ったから……それでみんなそんな風に言ってくれるんだ」

「すごいな、本当に」


 中位魔獣は、世界でも最高の力を持つ人間がようやく倒せるような敵だ。

 それほどの存在なのだ。

 現に、アッシュが人間の頃はまったく歯が立たなかった。

 それを軍勢の支援があるとは言っても寡兵で、しかも群れごと二体同時に相手にするとは並の戦士ではない。

 人の中では最強にも近い武勲ぶくんを誇ると言えるだろう。


「よせよ。それで足を失ったし、お前ほどじゃないってね。……そうだ、これメニューな」

「ありがとう」


 グレンデルの手から紙を一枚受け取る。

 そこにはいくつの料理が書かれている他は全て酒で埋め尽くされていた。


 存外少ない料理の数に肩透かしを食らったような気がした。

 しかし何も言わずメニューを見ていると、グレンデルが横から声をかけてくる。


「ああ、メニューは少ないけど書いてないのでも言えば大体作ってくれる。手に入るもの、手に入らないもの。最近は色々だからメニューには書かない」

「なるほど」


 つまりは食べたいものを勝手に言えということか。

 しかし、食べ物の好き嫌いが薄いアッシュにとっては唐突になにか好きなものを言えと言われても困る。


 だからメニューの中から選ぼうと考えていると、グレンデルがまた横から口を出す。


「今日は俺に任せてみるか?」

「助かる」

「ああ、気にするな」


 申し出を素直に受け入れて、メニューをグレンデルに返す。

 ちょうど水を持ってきた給仕の少女と言葉をかわす彼の横で、アッシュはぬるい水が入った木のコップを傾ける。


「なぁアッシュ、アッシュは剣が好きなのか?」

「好きではないけど、昔からよく使っていた」


 彼はまた例のやたらきらきらした気配をかもち出し始めた。

 矢継ぎ早に質問が続いた。


「それ一本だけか?」

「ああ」

「折れないのか?」

「『不壊オリハルコン』が刻んである」


 その『不壊』とは魔術だ。

 この剣の刃は『不壊』の魔術を発動するためのルーンを刻まれた魔道具なのだ。

 それを作るのはかなり難しい仕事だが、最も優秀な鍛冶屋はそれなりに優秀な魔術師でもある。

 いつの世も歴史に名を残す鍛冶職人は、物質の性質を変化させることに長けた『土』の基礎ルーンの扱いに優れている。


 そしてそういった職人が剣の機能を損なわぬほどに小さく……しかしあらゆる線の深さ、比率、寸分違えることなく、無数のルーンを刻んでくれた。

 これにより剣は『不壊』の意味を得て、アッシュが持つ限り、つまり膨大な魔力を注ぎ続ける限りはほぼ折れることのない魔剣となったのだ。


 もちろん燃費は壮絶に悪いが、魔物の魔力なら問題なく使えるので重宝している。


 というようような説明を受けて、グレンデルは納得したように頷いてみせた。


「へぇ……。『不壊』ねぇ……。血糊ちのりはどうしてんの?」

「燃えてるからつかない」

「なるほど」


 ふふっと笑って、彼はまた目を輝かせる。


「なぁ、もっとすごい装備ないのか?」

「すごい装備?」

「『雷鳴の勇者は、無双の剣士であった。蒼き雷を纏いしその剣は、ただ一撃にて四の魔王を討ち果たせり』、みたいな」


 雷鳴の勇者の伝記を引用した言葉だった。

 アッシュは思わず鼻を鳴らす。


 それは武器ではなく、神に選ばれた勇者にのみ与えられる聖典魔術……『固有聖剣術式』についての記述だからだ。

 当たり前だがアッシュにはそんな力はない。

 ただのちっぽけな魔物だ。


「期待させて悪いが、俺の手持ちはこれだけだ」


 そう言って卓上にポーチを投げ出す。

 興味津々で見つめてくる姿を尻目にアッシュは中からメダルを取り出す。


「基礎ルーンのメダルだ。これを触媒にして魔術を使う。手持ちは『炎』と『器』と……後は『光』だ」


 『炎』は言わずもがなだが、『器』は属性を持たない基礎ルーンで、一部の特殊な上位ルーンと共に魔術に用いられる。

 そして『光』は身体強化や治癒魔術を扱う際に使用する。


「『光』? アッシュは強化が使えるのか?」


 驚いたようにそう聞いてきたグレンデル。

 その問いをアッシュは否定した。


「いや、まさか」


 身体強化魔術は稀有な才能だ。

 凡骨ぼんこつのアッシュが適正を持ち合わせているはずもない。


「治癒の方だ。……あまり使ったことはないし、才能もないけど」

「なるほど」


 アッシュの下手くそな治癒魔術でも、長々とかければ応急処置程度にはなる。

 魔力はいくらでもあるのだから、持っていても損はないだろう。

 あとは、手遅れで死ぬ人間にかけると痛みを緩和してやれる。


「……あとは紙束と鎖だけだ。紙は、血を使えば即席の触媒にはなる。鎖は色々役に立つ」

「じゃあ……」


 根掘り葉掘り聞いてくるのに若干困っていると、給仕の少女が料理を持ってきた。


「どうぞ、こちら白パンともちもちと特製スープの各二人前大盛りです!」


 歯切れよく口にしたその少女は、さらに滑らかに言葉を続ける。


「白パンの小麦は五度も惜しみなくふるいにかけたものしか使用してません! もちもちのお芋は同じ重さの金と交換できる最高級のもので……」


 切れ目なく快活に言葉を重ねる。

 それを半笑いのグレンデルが遮った。


「待て、それはどこまで本当だ?」

「全部嘘です」


 そう言ってぶいとピースした少女に、グレンデルはにやりと笑う。

 そしてアッシュの方に向き直って口を開いた。


「この嘘つきなんだよ」

「そんな、実の妹に向かって酷い……」

「ほらな?」


 今度は微笑ましい様子で笑うグレンデルに、反応に困ったアッシュは頭をかいた。


「…………」


 仲がいいのは結構だがこちらに振られても困る。

 なんと言えばいいのかわからない。


「じゃ、あたしはこれで失礼しますね。またご用があればなんなりと」


 彼女は給仕服のスカートをはらりと舞わせて踵を返した。

 その背を見送りつつ、アッシュはカウンターの上の料理に目を向ける。



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