↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
35/51

35. 使うのか、使われるのか

 全てを見透かそうとするようにこちらを見つめるカタリナ様に、初めて警戒感を抱く。彼女がそれを明かして何をするつもりなのかは分からない。しかし仮にも始祖族へ対抗できる手段、つまりはこの国の秩序を崩しうる存在であるナインのことを、始祖族であり王族でもあるカタリナ様が放っておくわけがない。


 おそらく露骨に警戒心が顔に出たのだろう。カタリナ様は「なにもとって食うつもりはないよ」と言いながら少しだけ表情を柔げたが、それでも彼女の本心への疑惑は拭えない。


「……始祖族の霊剣とまともに打ち合える代物なんてそう多くは無いさ。武器になんて到底ならないような堅牢な城壁とかを除けば、神器と呼ばれる古代のアーティファクト、それか同じ始祖族の霊剣くらいしかない」


 淡々と、しかしよどみなく彼女は言い切った。剣や斧と言った普通の人が手で運び扱えるような武器は、始祖族の霊剣に打ち勝つことはまず出来ない。幾多もの反乱兵たちがカタリナ様に各々の剣で挑みかかり、剣ごと両断されたのは、カタリナ様が卓越した戦闘能力を持っている以上にそれだけ霊剣と普通の武器には隔絶した差があるということだ。


 その逆立ちしてもひっくり返らないような理論は、前々から僕も知ってはいた。クアルスで暮らしていた頃、ことあるごとに始祖族には逆らってはいけないとアンナさんやフィンに聞かされていた。彼らの扱う霊剣の堅強さは、その理由の一つでもある。


 時折言われた、相当に腕の立つ剣の達人でも無ければ始祖族に対抗すらできないという話。その真実とは、単純な打ち合いになったらまず霊剣に対しては勝ち目がないということ。剣を極力打ち合わすことなく仕留めるような化け物染みた腕前でもない限り、勝負にもならないのだ。


「じゃあ、君の扱っていたあの黒い双剣は何だ。恐らくは古代の神器と考えるのが妥当――君と背中合わせで戦ってた時はそう思っていた」

「しん、き……?」


 その不思議な単語に思わず聞き返す。さっきも彼女が言っていた神器、それ自身に全く聞き覚えが無かったわけでは無いが、何故今この場で話に上るのかは分からなかった。曰く、忘れ去られた古の時代の遺産として出土する物品。文献にすらも残らない古代文明の存在を証明する、数少ない証拠品。しかし実物は当然見たことは無いし、それどころか神器というものの実態すらも良くは知らない。


「神器なんて君たち人間にとってみればただの遺産か何かだろうがね、そいつらの正体はボクたちの霊剣に対抗できるような強力な兵器だよ。そしてその情報は、一部を除けば隠匿された話さ」


 さも当然のことのようにカタリナ様が言った内容は、僕にとってみれば目を見張るようなものだった。ただの古代の遺産だと思っていたものが霊剣に対抗できるような代物だということも、そしてそれが敢えて一般市民には広まってはいないということも。そしてそれを平然と知ってしまった僕は、どうすればいいのか。


「でもボクは考えを改めた。君の扱っていたあれは神器でも、ましてや見た目通りのただの剣ですらない」

「……その根拠は何ですか?」


 正直、僕はナインの正体を全く知らない。そしてその正体について、今この瞬間まで何の違和感を抱かずに過ごしてきた。


 冷静になって考えれば変な話だ。始祖族の霊剣に対して打ち合えるというだけでも異常だというのに、その正体は僕と変わらないくらいの歳と思われる少女。どちらか一つを取っただけでも、到底普通とは思えないはずのことを、表層意識ではおかしなことと考えてはいたけど、それを受け入れている自分もいた。


「君も気が付いているくせに。神器は、言ってしまえば素材から製作者すらも不明な、それでもただの兵器だ。決してその子のように人の形なんて取りはしないんだ」


 あきれたような笑いと共に、彼女はナインへと視線を流した。やはりこの人は見ていたのだ。気を失った僕を護るために、無理やり剣から人の形へと変化したナインを。


「流石に王族のボクでも、人が剣に変身するなんて御伽噺でも無ければ知らないさ。でも、それによく似たものならば心当たりがある」


 軽く振ったカタリナ様の手には、次の瞬間に大きなハルバートが握られていた。黒紅色にゆらめく陽炎をまとい、彼女の身の丈に合わないほどの長さを誇る存在。何もない空間に突如顕現したそれは、カタリナ様が指を打ち鳴らした途端に再び蜃気楼のように消えて失せる。


「有機的なヒトの体と無機的な剣、どうしても重ならないはずの二つを橋渡しする存在、それが霊剣だ。ここ数日色々と考えたけど、この子の本質は霊剣であるという結論に達したよ」


 僕たちの会話などつゆも知らずにこうこうと眠り続けるナインを見た。確かにカタリナ様の言い分は分からなくもない。霊剣に対抗でき、そして人の身と剣を行き来する存在。それが霊剣に通じるというならばそうかもしれない。


「……でも、彼女は始祖族ではないですよ。そしてそれを扱った僕も、ただの人間です。霊剣が始祖族の魂の具現化した存在である以上、殿下の言うことは矛盾があります」


 いつの間にか、ナインのことをなんとかひた隠しにしようという意思は薄くなり、僕は自分が抱いた疑念をそのままに口へと出していた。


 霊剣はその成り立ちから考えて当然始祖族にしか扱えず、僕たち人間にとっては縁もゆかりもないはずのものに違いない。だからナインの正体が霊剣だと考えたら、その前提から崩れてしまう。


「単純な話さ。その子が霊剣であると仮定したほうが、そうでないとした時よりも矛盾が少ない。そしてその鍵は、ツカサだ」


 しかしその始祖族たる彼女自身が、その致命的な矛盾にすらも是と答える。何かを含ませるような笑顔を浮かべた彼女が、その細い指先を僕の額の前へと伸ばした。触れてすらいないのに、まるで押さえつけられたように動けない。カタリナ様の笑顔には、ただそれだけで否定をすることを禁じられたかのような強制さがあった。


「君の戦いかた、あれは見事なものだよ。敵を速度で翻弄し、そして隙を見つけたら力で一気に押しきる――でもそれは、決して天性のものだけじゃない。あの女に致命傷を負わせた時、君は常人の体ではおおよそ出来ない動きをしていた」


 見透かすような視線に耐えられず、だからと言ってそれを否定することも出来ず、彼女の視線から少しだけ目を背ける。今思い直しても、あの時の自分が普通ではなかったのは明白だ。足が動かないほどの傷を負いながら、世界が止まったかのように体が軽くなるなど、それは常人からは程遠い。


 あの瞬間に感じ取ったこと、それは自分自身を覆う不可視の膜のようなもの。ただ体を動かすのではなく、自身を構成する全てを連動させるという異様な感覚。


「おそらく魔素を用いた身体能力の強化。わかっちゃいるだろうけど、君たち人間には逆立ちしたって不可能なはずの、立派な魔術の行使だ」

「……は、はは。何を、言ってるんですか。僕が魔術だなんて――」


 乾いた声でそう返そうとしていた頭の中に何かが過る。それは、マオとの殺しあいの中で頭の中に聞こえたナインの囁き。僕の体に訪れた異変のことを魔素を用いた瞬間的な身体能力強化、確かに彼女はそう言っていた。あの時はそんなイレギュラーも切り抜けるための一要素でしか無かったけど、全力を投じて敵を打倒することにだけ専念できていた時とは違って冷静な頭でその言葉を反芻したら捉え方も大きく変わる。


「仮にこの子が霊剣そのものだとしたら、彼女が人としての体を持つことも、そして君が魔術を行使できることも無理やりにだけど説明は出来る。彼女は人の身でありながら霊剣を顕現させ、しかしそれは己の手では扱えず。そして霊剣として秘めた能力が、使用者に簡易的な魔術を使わせるというものかもしれない」


 それは結局のところ、カタリナ様が思いついた机上の空論でしかない。だというのにその口からすらすらと出てくる文言は、どこか僕の心をつかんで離してくれないような代物だ。妙な説得力、少なくとも彼女の話のなかには一本真っ直ぐ通った理論がある。


 ふと、心のなかにとある落胆が過った。もしかしたら、始祖族とも渡り合えた僕の能力は、その全てが自分のものではなくナインによって与えられた借り物に過ぎないのかもしれない。この黒い剣を手放したら、また僕はただの反射神経が良いだけの一般人に逆戻り。その未来を空見し、湿っぽいため息が漏れだす。


 一度その方向に考えが向いてしまえば、後に待っているのは終わりのない思考の迷路だ。結局今こうやって旅に出た自分を構成しているのは、その意思は無くしたはずの過去の記憶に引きずられ、そして力はきっと自分のものではない借りてきた物。


 今の自分自身を突き動かす過去を取り戻すという行動のなかに、どこまで今現在の自分の意思があるのだろうか?


「……とまあ好き勝手話してきたけど、どのみち彼女がイレギュラーな存在なのは変わりない。そしてボクも、そんな話を揚々と他人にバラす気はない。その上で、ツカサに忠告しておくよ」


 その迷路に僕が引き込まれるように促したのも、そして頭を引き上げさせたのも、この彼女だった。考えがまとまらないぼんやりとした頭を上げたその前で、真剣な顔を浮かべたカタリナ様が目に入る。


「自分自身について、一度よく考えるといいさ。普通ならば扱えない魔術を使えることの意味と、そして君と彼女のあり方を。君は果たしていつまで彼女を使い、そして――」


 言葉を一度切ったカタリナ様は、こうこうと寝息をたてて起きる様子のないナインを一瞥した。彼女が初めてその目に宿す、明確な懸念の眼差し。


「――いつまで彼女に使われ続けるのかな」


 露になった自分の脆弱性に、彼女の言葉は容赦なく突き立つ。高々顔を見知って一日の、それも立場としてかけ離れた王族にして始祖族である彼女に、何がわかるというんだ。そんな見透かしたような視線で、知ったような口を叩くな。そう声高に叫ぼうとする心のなかで、でも僅かなれど綻びは存在をしている。


 確かにこの僕には失われた記憶がある。そしてきっと、ナインはその過去の僕に面識がある。でも言えるのはそこまでだ。僕は、ナインが過去を取り戻すことに協力してくれているものだと信じている。どこか違和感を抱えた日常を捨てて、本当の自分を探す旅路に身を投げたのも、全ては彼女の存在ありきのこと。


「彼女の本心なんて全く知らない。でもボクは、君がいつの日か霊剣擬きに使い潰されないことを願ってるよ。せっかく見つけた面白い人間を、そんな不条理に潰されるのは面白くないからね」


 でももしナインが、彼女自身の別の目的のために僕を使っているのだとしたらどうなる。果たして今ここに、ナインを全面的に信じるに足る証拠はあるのか。


 僕はこの少女のことを、これからもずっと盲目的に信頼して良いのだろうか?


 「また明日も来るよ」と言い残してカタリナ様が部屋から去っていった後もそんな疑問がゆっくりと頭のなかを回り続けていた。部屋に聞こえるのは、ナインの小さな寝息と、時折窓の外から来る訓練している兵士たちの掛け声だけ。当然僕の疑問に答えてくれる人など、存在はしなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。