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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
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32. この手で抱いた殺意

「――いくよ、スイッチ!!」


 最後の仕上げと言わんばかりに鉾槍を大きく振るい、それと同時にカタリナ様が視界から消えて失せた。敵将の十字剣の軌跡から離れた彼女が反乱兵に切りかかると同時に、マオの血走った目ととうとう視線が重なる。途端に霊剣の表面で波打つ雷撃の密度が濃く、そして明るく移り変わった。


――魔素を用いた瞬間的な身体強化、その感覚は取り戻した。後は、それをツカサの意思のままに操るだけ――


 再び力を込めた足そのものが、まるで得体の知れない何かに覆われたかのような不思議な違和感。ただ足を動かして飛び出すのではなく、その何かと連動させるのだ。それがコンマ一秒の最中で頭に刻み込まれた確かな感覚。


 標的を見据え、全身を覆う不可思議な何かを解放した。今度は、自分自身の動きを己の頭が掌握下に置く。飛び出すと共に構えた黒剣の狙う先は、封じられているはずの雷撃を無作為に散らして暴れる巨大な霊剣。あれをどうにかしなければ、懐に潜り込むことはかなわない。理不尽な暴威を形にしたようなそれに、しかし今度は打ち負けることは無いという確信を胸に駆ける。


「死ね、人間。あなたには命乞いすらも許さない!!」


 吐き捨てられた罵りと共に、押し寄せるは黄金色の荘厳な霊剣。重厚な盾をも紙のように切り裂くであろうそれに、全身全霊をもって黒剣を打ち付けた。両手から伝う、異様なほどの衝撃。黒剣どころかそれを握りしめる手ごと吹き飛ばさんばかりのそれを前にして、しかし一歩たりとも後退などしない。


 重く、そして堅牢。一度は城塞の壁のように僕と黒剣を押し退けたそれに、二度も負けてやる道義はない。ただ力を込めるのではなく、全身を包み込む不可視の膜にも自分の意思を伝えこむ。この重厚な霊剣を打破するだけの力を、今ここに示せ――


「なっ、あなたのどこに、そんな力がっ……!!」


 心臓を中心に響く息苦しさにも通じる鈍痛、その直後にまるで爆風に煽られたかのように全身が押された。均衡はその瞬間に破られて、十字剣の刀身が一面に雷光を散らしながら押し戻されていく。今この瞬間だけは単純な力比べでも相手に対して優勢、だがいくらその巨大な盾と化した霊剣を押し込もうが本体たる始祖族には一片たりとも刃は届かない。ならば、自身のこの力が維持できなくなるその前に盾をこじ開けるだけ。


 まるで霊剣そのものを削り取るかのように、黒剣の刃を接合面に走らせた。巨大な十字剣の表面から舞い上がる金色に煌く粉塵と細かな雷撃。マオが苦悶の声をあげると同時に、十字剣そのものをもたった一本だけの黒剣がだんだんと横へと押しのけていく。


「人間、がっ……この私の尊厳を砕くなど、認めは――」

「――尊厳を砕く? 自惚れるなよ。僕はただ、自分にとっての障壁を排除するだけだ!!」


 きっともう限界が近いのだ。無視できなくなった左足の痛み、そして黒剣を握る手でさえも震える。だから不可視の膜が消えて失せるその前に、ようやく見えた最終標的を穿たなくてはならない。片手一本でマオの十字剣を退け、相手の目を真正面から見据える。憤怒と驚愕、今に至ってようやくそこに恐怖という感情が付け加えられた。ふと気を抜けば黒剣を握る腕ごと十字剣に両断されるその最中で、右手に持った黒剣で止めを刺すために構える。


 障壁もなにも存在しない敵の首筋に目掛けて黒剣を突き出したのと、押さえつけていた十字剣から辺り構わず雷撃が飛び散ったのはほとんど同時。雷撃は指向性を持たず、周囲のバリスタや石畳、それどころかマオ自身の体さえも焼きながら無差別に広がる。突き出した腕、そして黒剣を握る右手もその雷撃に飲み込まれ――しかし僅かに残った不可視の膜が無理やりにその手の中に黒剣を固定した。


「……にんげ――ん……わたしは、どうし、て――」


 そして切っ先は、標的を穿ち抜いた。胸部を覆い隠す鎧のその上、喉の中央へ突き立てられた黒剣。異様な動きの代償か、それとも直前に走った雷撃のためか、黒剣を握り締める右腕にはもはや力は入らない。精々後に出来ることは、首に突き立てた黒剣を引き抜くという行為だけ。


 黒剣で穿ち抜いた裂傷からとめどなく鮮血を吹き散らし、焦点の定まらない目でマオは僕を見据えている。その光景を捉えていた視界が一気に暗くなり、そして両足からふっと力が抜けた。これが、無理やりに体を自分の能力以上に動かし続けた代償なのだろう。倒れるその間際に、気が付けば僕の体は横薙ぎに吹き飛ばされていた。地面にぶつかる寸前に、それは首から血をまき散らすマオが薙ぎ払った霊剣に黒剣ごと弾き飛ばされたのだと知る。


 もはや両手には黒剣は握られておらず、たとえ残っていたとしてもこれ以上戦うだけの体力はない。ようやく全身に刻み込まれた雷撃の火傷による痛みが走り出し、しかし這って逃げるだけの余力も残されていない。苦悶の声もあげられず、目の前には幽鬼のように首と口から血を垂れ流しながら霊剣を振り上げる敵将の姿。弱弱しく静電気のような小さい雷を漏らすだけにまで堕ちようと、ただ振り下ろしただけで動くことすら出来ない僕を引き裂くには十分すぎる。


「……せめ、て……みち、づれに――」


 だがその霊剣は、僕の体を最期に引き裂くことは無かった。突如としてわき腹を蹴り飛ばされ、抵抗も何も出来ずに石畳の上に投げ出された、圧倒的な蛮力を振るっていた始祖族の戦士。それを成し遂げたのは、黒紅の髪を揺らす戦姫だった。


「往生際が悪い奴は嫌いだよ。ここがお前の、運の尽きだ――まさか、本当に始祖族を打ち倒すだなんてね」


 彼女に頭を抱き起されながら、地面へと倒れ伏したマオへと目を向ける。うつろな目はもう何も映してはおらず、穿たれた首元には黒ずんだ血と共にくすんだ黄色に光る小さな結晶が付着していた。アリアスと同じだ。その裂傷を中心として結晶が広がり、霊剣さえもが巨大な結晶の集合体へと変化を遂げ始めている。開きかけた口が何かを話すよりも前に、そこから流れ出す血に混じる結晶がマオの口内から顔全体へと広がっていく。


「……敵の将はこれで死んだ。でも、ちょっとヤバイかもしれない」


 強気な笑いの中で、カタリナ様が周囲を見渡しながら言った。もう何人もの仲間や首領すらも倒されたというのに、反乱兵たちは未だに剣を構えて虎視眈々とこちらを狙っている。彼女が縊り殺した幾つかの死体を乗り越え、そして燃え盛る黒紅色の炎を剣でかき散らす男たちの闘志は、こんな状況にも関わらず消えてなどいない。


 もはや僕の体は満足には動かず、それどころか極度の貧血のような頭痛が響き立ち上がることすらも叶わない。そしてカタリナ様も疲弊しているということは重々に分かっていたことだ。強力な始祖族を打ち倒したところで、僕たちはとうとう万策尽きたのだ。反乱兵たちが己の犠牲を考慮せずに押し寄せれば、たとえ霊剣で相手をしようが限界はすぐに訪れる。


「……敵将が倒された今、兵たちが砦に籠る理由は無くなった。分かるだろう、お前たちの数倍の兵が押し寄せてくるんだ。なあ、ここらが潮時だろう?」


 反乱兵たちの先頭に立つ男へそう諭すように言いながらも、彼女は顕現させたままの霊剣を決して下げてはいない。きっと、それは彼が言おうとしている答えを既に理解をしているからなのだろう。


「俺(おい)たちは、もう後が無いんだ。砦を攻め落とすことが叶わなくなった今、せめて貴様(きさん)らを冥途の土産にしよう」


 せめてもの抵抗、脇に転がったままの黒剣へと手を伸ばす。しかしもうまともに動きやしない体を引きずったところで、どうしようもないのは明白だ。彼らは己の命すらも投げうって、僕たちを道連れにするだろう。


「この砦を落とすという甘言に乗るなど、さぞ俺(おい)たちは愚かに見えるだろうな。だが貴様(きさん)のような百年を優に超える命の始祖族に、何十年の間抱え続けてきた祖父母の無念を晴らさんと命を捨てる俺(おい)たちのことなど理解も出来んだろう」

「……ああ、愚かしい。あの間諜風情もそんな始祖族の一人。お前ら北部人のことなんて理解していなかっただろうに。結局お前たちは、あいつや帝国にいい様に使い捨てられただけなんだよ」


 何人もの反乱兵たちが、黒紅色の炎を割って僕たちへと剣を向けた。その先頭を行く男は、挑発とも受け取れそうなカタリナ様の言葉に激昂することも無く、ただ淡々と首を振った。彼の足が、ただの乱雑な黄色い結晶の集合体と化したマオの死骸を何の感慨も無しに踏みつける。パキパキと音を立てて潰れる結晶片を蹴散らして、男の視線が僕を射抜く。


「俺(おい)たちには、君のような力はない。だから何かを成し遂げるためには平然と命を捨てる。悪くは思うな――」


 今まさに先陣を切りだそうとした間際、彼の腹を尖った刃が穿ち抜いた。僅かに飛び散った血が目の前へと降り注ぎ、強制的に言葉を中断された男が倒れ伏しながらも後ろへ振り返り――口元から血を流しながら達観したように笑った。


「――ああ、ちょっとばかしか遅(おせ)かった、か」


 その呟くような一言が彼の断末魔となった。ピクリとも動かなくなった男、そして彼に突き立てられた槍が投げられた場所へ向けて、ここにいる全員が視線を向ける。


 朦朧とした意識を繋ぎ止めて見た視線の先、そこはこの中央広場の入り口。砦から駆け付けたであろう何人もの兵士の姿が、そこにはあった。幾多もの死体が転がり、そしてバリスタの矢が突き立てられた広場の前で、逃げ場所を塞ぐように彼らは陣形を取る。その先陣に立ち、両腕を包帯で巻きながらも今しがた長槍を投げた大男が、距離をとったここでもはっきりと聞こえるほどの大声で吠えた。


「貴様(きさん)らの好き放題(しほで)は終いじゃ――全軍突撃!!」


 あの人は病み上がりの癖をして、まるで砦の兵の隊長かのように真っ先に突撃をしていく。無茶苦茶を通り過ぎで無鉄砲にすらも見えたヨードルを先頭にしてすべての兵が駆け出した瞬間を見届けて、限界に達した意識がぷっつりと途絶えた。

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