30. 本性
――あいつの剣が持つ特能は、自身の能力の強制投射。持ち主の能力が雷ならば、たとえ電磁的な阻害があっても、それすらも突き抜けて何かに直撃するまで突き進む――
つまり、人間族である僕が始祖族に立ち向かうために用意した最終手段すらも無効化する、酷い理不尽にまみれたものだということ。たとえ奴の雷が強力だとして、自然現象の延長に過ぎないそれは天然の雷と同じく避雷針たちに吸引されて然るべきだ。しかしあの女の隠し玉は、それすらも超越するのだというのか。
立っていた場所を、再び光線のような雷撃が通過する。僕が出来るのは、ただ敵が構える十字剣の射線上から逃げるということだけ。体勢を崩しながら横っ飛びで避けたその先で、更に雷光を纏わせてこちらに向けられた霊剣の姿を見て歯噛みする。
――落ち着いて。確かに能力の投射は強力だよ。でもその投射は剣の先にしか行えない。そして投射の瞬間には、剣を銃座として固定しなければならない。だから――
「肉薄すれば、そこが死角になるッ!!」
走り出したその脇を、雷撃を宿した熱線が通過する。髪の毛を焦がさんとするその勢いに決して怯まずに、脳内に聞こえるナインの声だけを頼りにマオを目掛けて突撃する。彼女の言う通り、奴はまるでバリスタのように巨大な十字剣の切っ先をこちらに構えていて、そしてそんな巨大なものは高速で接近する僕の身をどうやったって捉えられるわけがない。
仕掛けが分かれば、あとは単純だ。軌跡の分からない雷よりも、全ての障壁を突き破ろうとも直進しかできない雷撃線の方がよほど対処は容易い。電光を纏い再び能力を投射しようとマオがこちらを捕捉するよりも早く、幾多ものバリスタの矢の柱を縫って、再度黒剣を構えて飛び掛かった。
碌な狙いも付けずに放たれた雷撃線の上で、黒剣の切っ先を標的に向けた。いくら強力無比な威力を誇ろうとも、ここまで近づかれてしまったら牽制の効果すらもない。
「小癪な……人間が!!」
今度は決して打ち負けない自信があった。隠しきれない尊大さと共に苦し紛れで振るわれようとした十字剣の背を、全力を持って黒剣で打ち据える。途端に剣の表面を覆っていた雷光が弾け消え、長大なその刀身を削るかのようにして更に敵の懐への接近を敢行する。
その瞬間、世界の全てがゆっくりと流れだす。火花を散らして十字剣の表面を撫でつける黒剣、それと共にマオの胴体へ目掛けてもう片方の剣を振りかぶる。目を見開く敵将、その首元は全くのがら空き。後ろから追う敵の十字剣が僕を薙ぎ払うよりも先に、その首を穿ち抜くのは簡単なこと。この僕に、出来ない訳がない。スローモーションの世界の中で、ただ一片の容赦もなく縊り殺すことだけを考えて剣を振るい――
「リーフェン様に、手ェ出すな!!」
後方の反乱兵により投てきされた一本の槍が手元を狂わせた。首の皮を薄く切り裂くに留まった直後、即座に槍を弾き落とすために黒剣を振るい――強烈な衝撃が背中を打った。肺から押し出される熱い空気、迫りくる地面の石畳。打ち付けられる寸前に受け身を取ってなければ、間違いなく気を失ったであろう衝撃が次の瞬間に全身へと伝わった。
地面に手をかけて起き上がり、そして振り返ったところで目に入る、雷光を纏わせた霊剣の切っ先。それは寸分の狂いなくこちらへと向けられていて、強烈に瞬いたのとこの場所から飛びのくべく足に力を入れたのは同時。しかし、僅かに動き出すのが遅れた。
「――ヂィッ」
左足の片隅に響く激痛、噛みしめた歯の間から漏れ出るうめき声。それは紛れもなく雷撃線に焼かれたということ。もはや痛覚を通り越して感覚全てが無くなったかのように、己の左足はただ膝から下がぶら下がっているだけ。片足でなんとか体を支え、目の前を見据えた。
「……ここまで私を追い詰めた人間は、あなたが初めてです。その点だけは敬意を表しましょう。ですがその蛮行、もはや生かしておくことはかないません」
薄く切り裂いた首筋から血を流しながらも、始祖族の女はこちらに霊剣の先端を向けていた。そして今この瞬間、僕と対峙をしているのはマオ一人だけではなくなっていた。周囲を護るかのように集結する反乱兵たち、その全員がこちらに向けて剣先を並べている。四面楚歌、この状況に堪らず舌打ちを鳴らす。
ただの荷物となり下がった左足を引きずってマオと戦おうにも、その周囲にいる兵士たちが必ず介入をしてくる。彼らが退避していたのはこの始祖族の扱う雷撃能力を阻害しないためであり、その能力が地面に突き立てられたバリスタの矢で封じられた今、彼らが律儀にそれを見守る理由は無くなった。彼らに現状を把握させないままに敵将を葬り去るという戦法は、ここにして潰えたのだ。
「さあ、幕引きと行きましょう。ここまで粘ったのは結構。しかし死に際までも無様に足掻くのは、これまでの自身の行動に泥を塗りますよ。この状況、あなたにもはや微塵も勝ち目は無い」
首から垂れる血を手で拭ったマオは、初めてその眼に嘲りを宿した。この女の本質は、戦いの中で既に見え隠れをしていた。一見すれば、蜂起する機会を伺っていた北部人を導いた、ある意味では人間たちを導く理想的な始祖族としての在り方。しかしその本性は真逆。こいつは人間というものを見下し、そして自分には決して害をなすことも出来ない矮小な存在と信じて疑わないのだ。
「あんたの本質は、指導者ではなく独裁者だ。いつまでそうやって、自分を無駄に飾り立てる? あなた方北部人は、何故そうまでしてこの始祖族に付き従う?」
「……何を話そうが、あなたはここで私が殺す。私に挑んだその瞬間から、それは決まっていたことだ。最期に言い残すことはありますか」
確かにこの女の言う通り、この状況では僕が敗北する未来しか待っていないだろう。敵将を打ち倒すどころか、ここから離脱をすることすらも叶わないだろう。敵はマオだけではなく、その周囲に付き従う何人もの反乱兵たちを含めた全てなのだから。
しかし僕は再び顔に笑みを浮かべる。この女は、そして反乱兵たちは、まだ何も分かってはいない。自分たちがこの広場に何を呼び込んでしまったのかを。それは果たして、黒剣というイレギュラーを抱えた僕か、それとも砦からのバリスタの矢の一斉射か。いや、そんな生易しいものではない。そもそもヴァローナの将官にその決断をさせたのは、僕たちにまだもう一つのカードが残っていたからだ。
「――最期に言い残すこと? そんなの、お前が言えよ」
不意に聞こえた、不遜な響きの声。これこそが、僕が切れる最後のカード。
瞬間的に沸き起こる、とてつもない熱波。視界の中で急激に沸き起こる、黒と紅の二色で彩られた荒縄のような炎。反乱兵たちを飲み込むようにして突き進むそれは、バリスタの矢が突き立てられた空間を瞬時に包囲した。
周辺の光景が、一瞬の間でまるで煉獄のような様相へと変化を遂げる。今やこの赤黒い炎で包まれた中には、体の各部を炎に蝕まれてのたうち回る反乱兵の他に、たったの三人しか地に足をつけて立ってはいない。再び黒剣を構えて、無理やりにその場へと立つ僕。こちらへと向けていた十字剣を帯電させ、即座に後ろへと振りかぶるマオ・リーフェン。
「ほら、雷はどうしたんだよ。散々ボクの身を焦がしたアレは。ああそうか、使えないのか」
そしてその霊剣は、重厚な音を響かせて十字剣の大きさに勝るとも劣らない巨大さの鉾槍に阻まれた。赤黒い炎をその刀身に纏わせる一層の深い紅色に染まったハルバートは、圧倒的な破壊力を宿していたはずの十字剣を打ち据えてなお押し返さんばかり。
これ以上ないタイミングで意識を戻した戦姫カタリナ・フォン・アストランテが、赤黒い炎の中で獰猛な笑顔を浮かべていた。




