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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
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29. 下剋上の歯車

「――総員広場奥へと退避、頭上を護りなさい!!」


 やはりこの女は気が付いたようだ。頭上から迫りくる、幾多もの刃たちに。即座にその指示に従って一斉に引いていく反乱兵たちとは異なり、僕とマオは互いに向かい合ったまま高台から一歩も動かない。そして直近までに訪れる、幾つもの巨大な矢が空気を切り裂いて降り注ぐ音。僕たちは互いに黒剣と十字剣を構えた。


「あなたごとバリスタの標的にするなど、正気ですか!?」


 正気だとも。僕のような人間族の青二才が始祖族の戦士に挑もうだなんて、むしろこんな手を使わなければ可能性すらもその手に得ることは決してない。


 中央広場へと突入してくる矢の姿が、とうとう澄みわたった空を背景にして姿を現す。街の外に向けられていたバリスタを用いた、中央広場に向けての一斉射。通常の矢とは比較にならない破壊力のそれが、この広場に目掛けて一気に弾着し始めた。


 高台を構成する石畳すらも砕きながら地面へと突き立てられる巨大な槍のような大きさの矢。幾つかは広場を囲う建物の屋根に遮られるが、それでも砕かれた屋根の破片までもが広場へと飛び散り、死角であるはずの広場の端へと転がった。武装蜂起で虐殺された市民の死体、打ち捨てられた屋台の残骸、そして逃げ遅れた反乱兵。その全てに分け隔てなく、飛来した鋼鉄の長槍は容赦なく穿ち、堅牢なはずの石が敷き詰められた地面へと深々と突き刺さる。


――ツカサ、来るよ!!――


 バリスタの矢の雨は、無差別にこの広場を蹂躙するように降り注ぐ。それは決して僕に対しても例外ではなく、青々とした空を突き進み矢じりをこちらに向けて一直線で迫りくる鋼鉄の矢じりを見据える。未だ倒れ伏したまま動く様子のないカタリナ様の体を護るために砦の方角に向けて立ちふさがり、黒剣をその矢に向けて構えた。


「ああ、落とす。ナインだけが頼りだ!!」


 普通だったら目で捉えることも困難なほどの速度で突き進むバリスタの矢、その先端がこの体を穿ち抜くその瞬間に、黒剣を薙ぎ払った。まるで細かなずれをナインが修正してくれたのかと思うほどに刀身がこれ以上ない瞬間に矢の先端へと打ち合わされ、その直後に伝わる異常とも言える重厚な衝撃。ただ打ち合わせただけなのに腕そのものを持っていかれそうな重さに耐えて、黒剣を振り抜く。


 瞬きする間もなく、反らしたバリスタの矢が背後の地面へと突き立った爆音が響き、それと共にはじけ飛んだ幾つもの地面の破片が背中にぶつかった。しかし安心している暇はなく、続く二本目の槍の姿を目の当たりにする。


 次なる槍を落とすために黒剣を振りかぶり、その傍らでこの計画の詳細を思い起こした。


『砦にあるバリスタの矢の半分を、マオと僕だけが高台にて向かい合う状況を作った直後に中央広場へ一気に撃ち込む』


 それこそが、雷を操り腕一つ動かすことなく周囲の敵を攻撃するという始祖族の能力を封じるための唯一の手段。再度弾き飛ばしたのは、威力を極限まで高めるために矢じりから胴体までの全てが鋼鉄によって作られた、砦を護る敵陣殲滅用の重バリスタで運用される巨大な矢だ。高所から落着するそれは容易く石の地面を穿ち、そのたびに広場へと鋼鉄の柱を打ち立てていく。


 撃ち込む矢の数は、砦へ大量に蓄えられたそれの半数にも上る。その一部は周囲の建物に阻まれたり着弾地点が大きく逸れてしまうが、多数は中央広場の高台付近に突き刺さる。僕と始祖族の双方が自身に降り注ぐ矢を迎撃をする最中、周辺の状況は大きく変化をしていた。幾多もの鋼鉄の矢がハリネズミのように地面から生え、それぞれが日の光を鈍く反射する。



「……これで撃ち止めですか。ヴァローナの敵将も、使者ごとバリスタで撃とうとは驚きですよ」


 辺り一面には地面に撃ち込まれた大量のバリスタの矢が散在し、そして空から更なる矢が降り注ぐことも無い。砦にある残弾の半分というのは伊達ではなく、変わり果てた光景の中央広場がそこには広がっていた。矢が何本か直撃したのだろうか、カタリナ様が縛り付けられていた柱は中ほどから微塵に砕かれ、そして広場だけではなくその外周の建物にも穿たれた跡が生々しく刻み込まれている。


 僕と同じく自身に迫ったバリスタの矢を全て払い落とした敵将が、霊剣を天高く掲げた。迸る雷光と雷鳴。それは僕の黒剣へと目掛けて雷を落とす合図。十字剣の全体を覆った金色の雷光を見せつけるかのように掲げた女が、ゆっくりと切っ先をこちらへと下ろした。


「でもそれもお終いのようですね。あなたを差し出した愚かしい敵将は、私が後ほど始末をしてあげましょう。だから、あなたはここで眠りなさ――っ!?」


 霊剣から雷が放たれ、視界が金色の染まる寸前に目を瞑る。真昼の太陽からさえも光を奪わんとする、凄まじい雷光と耳を劈く爆音。しかしそれに続くはずの命を奪う雷撃はこの身へとは伝わらない。それはもう予想をしていたこと。まだ雷鳴の残り香がピリピリと肌を刺激する中で、再び瞼を開けた。


 僕は、ようやくこの女の鼻をあかしたのだ。蓄えた雷撃が対象に直撃するどころか霧散したことに目を見開くマオの姿を正面に捉える。今やここは、避雷針としての役割を与えられた幾つものバリスタの矢によって強固な耐雷防御に覆われた空間と化した。圧倒的優位にいるという誇示を崩さぬままにあくまで僕を処断する対象としか認識していなかったこの始祖族は、初めてその優位さがもはや維持されていないと知ったのだ。


 両手の黒剣を構えなおし、そして足へと力を込めた。周囲に突き立てられた幾多もの鋼鉄のバリスタの矢、それらを縫うようにして標的に接近する最短経路を思い浮かべ――地面を蹴り出した。


「くっ、雷が!! ですが、あなたなどそんなものが無くとも――」

「言えよ、"無くとも"何だっていうんだ!?」


 確かにただの武器で挑めば、この女の霊剣とやりあうなど不可能だろう。でもナインならば、この黒剣ならばそれに追いすがることができる。再び電光を纏おうと光りだす十字剣を前にして、僕は背中を向けるどころか一抹の迷いもなく黒剣を打ち付けた。


 返ってきたのは、まるで堅牢な岩を切りつけたかのような手応えの無さ。しかしその衝撃と共に蓄えられていたであろう雷が再度周囲へと弾け、それらはこの身を蝕むことはせずに全てが突き立てられたバリスタの矢の胴体へと吸い込まれるようにして消えた。


 霊剣を押し留めるべく、二本の黒剣へ全身の力を込める。押し込むたびにほとばしる雷撃、そして敵の顔に浮かぶ驚きの表情。それはすぐに憤怒へと染まり、この膠着状態すらも長続きはしなかった。


「……鋼鉄の矢。それで私の全ての力を封じた気ですか――うぬぼれるな、人間族が!!」


 まるで動く壁を前にしているがごとく、押し留めていた十字剣が万力のような威力と共に押し出された。到底押さえきれないそれにたたらを踏み、姿勢が完全に崩れ散るよりも前に後方へと飛び上がる間際、振り抜かれた十字は電光を再び纏い始めていた。


 地面に足が着き、もう一度突撃をしようとしたその鼻先に雷の火花が瞬く。マオの構えた十字剣は無作為に周辺へと雷を飛ばし、その切っ先が寸分の狂いなくこちらへと向けられる。


「確かにただの雷は周辺の鉄で阻害されます。ですが――」


 十字剣の切っ先から幾度となく周囲のバリスタの矢に向けて細かな雷が伝う。完全に敵の制御下から外れた動きのそれは、絶対にこの身を狙って焼くことはない。だというのに、冷や汗がほほを伝う。


――逃げて!! 奴のもう一つの能力、それは、――


 視界を焼くほどにまで明るさを持ったその剣先が僅かに震えるその間際、頭の中にナインの叫び声が響いた。逃げろ、それは一体何処へだ。いや、そもそも何から逃げれば良い。そんなことは、まるで巨大な弩のように構えられた始祖族の霊剣を見た瞬間に、本能で理解を強制させられた。銃身を成す十字剣の先端が眩く輝き――


「――紫電一閃、消し飛びなさい!!」


 それはまさに、雷光そのもの。雷を吸引するはずの鉄柱の全てを無視した、十字剣の先端から一直線に放たれる雷撃と熱線。体の僅か右を通過したそれは、直撃を避けたというのに火傷をしたのかと錯覚するほどの強烈な電熱を空気を通して伝えた。穿たれた建物の壁を中心に、異様な焦げ臭さが立ち込める。その雷撃線を放った十字剣は、再び雷光が集結していた。


 それは、この戦いが始まる前から危惧していた、雷撃の他に霊剣自身が保有しているこの女のもう一つの能力。片方の能力が事実上封じられたために、次なるそれが姿を現したのだ。

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