28. 雷光の中へ
「――き、来たぞ!! 全員傾聴、砦の兵だ!!」
真っ正面から小細工抜きでの突撃。そんな無謀とも言える行為が敵に見つからないわけがない。前倒の姿勢のままに動かし続ける脚、そして見る間に縮まる敵の陣との距離。一歩踏み出すごとに、見る間に上がる景色の流れる速度。こんな状況だというのに、自分の体のあまりの軽さに、異様とも言える高揚感が沸き起こる。
敵兵の叫びが伝搬し、僕という闖入者へと向けて彼らが剣先を並べて陣を組み始める。しかしそれは小規模な人数の奇襲ならばまだしも、それよりもずっと素早く接近するたった一人の襲撃者には到底釣り合うものではない。
多勢に無勢、数の差だけはどうやったって覆ることはない。だからこそ、極限まで見極めなければならない。敵兵たちの位置を、そしてその中にあるはずの僅かな隙間を。戻ることは考えずに、ただその陣を突き破り中央に到達することだけを目標とすれば良い。
「たったの一人きり、馬鹿め!! 覚悟ォ――」
そして、狙いを定めた。僕というたった一人で敵陣に突撃する愚か者を下そうと、血で薄汚れた剣を振り上げて突出してきた一人の敵兵。覚悟なんて、していなかったらこんなところに来るわけがないだろう。己を鼓舞するために、僕は敵兵に目掛けて精一杯の笑顔を向けた。
限界まで姿勢を落とし、眼前まで迫る地面の姿。その体の上を敵兵の剣が通過し、風切り音だけを置き去りにする。これでまずは一人を抜いた。これで前後左右が敵だらけ、もう僕の体は敵陣の中にあり、引き返すことはすでに叶わず突破する他はない。
倒れそうになる間際に地面へと黒剣を突き刺してバランスを取り、次なる標的へと目をつけた。心臓を目掛けて繰り出される槍。その切っ先を飛び上がってかわし、槍の柄を足場にしてさらに己の体を前へ前へと突き進ませる。
「速すぎて手に負えん!! リーフェン様を守れ!!」
「か、囲め!! 奴はたったの一人、押し込めば――」
帰還は考えずにただ突き進むだけ。きっと、地獄へと向けた片道の往来だ。この陣をたとえ突破することは叶っても、振り向いたら決して抜け出すことの出来ない堅牢な人の壁があることだろう。
これは、敵を倒すのではなくただその先に行くためだけの捨て身とも言える突撃に過ぎない。それでも、絶対に脚は止めない。敵兵たちが僕の行動を一騎当千の武人の襲撃と思っているうちは、彼らは絶対に僕を止められない。反乱兵たちの顔に浮かぶ理解の出来ないなものを前にした警戒感が彼らの剣先を遅らせて、そしてただ突き進むだけの僕にわずかばかりの猶予を与えるのだ。
「――さぁ、取った!!」
兵士たち、そして未だに陣の奥で動じずに待機をしているであろう始祖族に向けて言い放つ。立ちはだかる最後の兵士たちの横を駆け抜けて、目の前に見えるは高台への石造りの段差。その頂へと手をかけて、一気に飛び上がった。つかの間の浮遊感の中でようやく視界へと入れた、磔にされたカタリナ様の姿。報告の通りの、敗北したその姿のままに両手を木の柱へと括り付けられた、まさに捉えられた敵将といった出で立ちだ。
そしてついに、高台へと両の足を付けた。何人もの兵士を抜き去りたどり着いた目的地。その上に立ちあがり、カタリナ様が磔にされた柱へと一歩近づいた。その背後で、雷の弾ける鋭い音が鳴り響く。僕の動きだけではなく、この身を縊り殺そうと勇む反乱兵たちをも牽制するかのような、威圧というものをそのまま音にしたかのような響き。
「こちらを向きなさい。せっかく拾った命をまた捨てに来るとは、まったく愚かしい」
言われるがままに、背後へと振り向く。巨大な十字剣が吐き出す雷、そしてそれを構えるのは装飾鎧へ身を包んだ一人の始祖族。再び、僕はこの動く理不尽な暴力の権化の前に姿を出したのだ。
闖入者を排除しようと徒党を組んでいた反乱兵たちは高台にて向かい合う僕たちを遠巻きに眺めている。彼らの前に広がっている光景とは、臨戦態勢の始祖族を前にする、縛り付けられたまま意識のない敵将とその前に立ち尽くす愚かしい一人の人間の青二才という構図だ。彼らが手を下さずとも、始祖族の首領はこの闖入者に碌な抵抗も許さぬままに殺すだろう。だからこその、敵陣のど真ん中に一対一という歪な状況が出来上がったのだろう。
「僕は、ヴァローナの砦の将、イーリス・ディ・ヴィンター将官閣下の使いだ。殺すのは、閣下の言を伝えてからにして貰おうか」
黒剣を構えたまま、そう高らかに宣言する。こんな異様とも言える派手な登場をしておいて砦の使いを自称するなど、無理のある話だ。当然のように押さえきれない嘲笑を漏らす反乱兵たち。そして始祖族の女も、愚かしい物を見つめるような呆れと失望を混ぜた視線をこちらに向けた。
「……ヴァローナでは使者は敵陣の中に飛び込むのが慣例なのか、それともあなたの気が違えたのかは問いません。ただ使者を名乗るのならばその伝言とやらを教えていただきましょうか」
しかしこの女は食いついた。その一言を聞いて、いつの間にか浮かんでいた笑みを深くする。これでようやく、舞台は最後の仕上げを除いて全て組み上がった。あとはその仕上げを行うだけ。黒剣を逆手に持ち替えてカタリナ様が縛り付けられた柱の前に立ち、始祖族の金色の瞳を睨みつけた。
「――剣姫カタリナ様の命とヴァローナの砦、我々はそのどちらをも取る。街を蹂躙した貴様たち反乱兵、そしてその愚か者どもを焚きつけた帝国の間諜、ここでその全てを処断する」
砦を出る間際に言い渡されたその言を一字一句違わずに言い切ると同時に、黒剣を持った両手を後ろへと突き出した。確かな手ごたえ、それはカタリナ様を柱へと縛り付ける縄のもの。縄を切り裂かれて体を支えるものが無くなった彼女の体が力なく高台の上に転がり、その直後に前後左右全ての方から響くあらんばかりの罵声。
マオという始祖族が居なければ、彼らはその手に持った剣や槍で僕の体を原型を留めないほどに蹂躙するだろう。貴様ら壁の中の人間に生きる価値はない、その男を殺せ、見せしめに首を砦に放り込め。口々に彼らが吐き捨てたそれは、聞き取れたものだけでもこれだけある。一気に燃え上がった彼らの怒りとは裏腹に、マオが十字剣の切っ先を僕に向けた。
「言いたいことはそれだけですね。ならば、彼らの願いを叶えることとしましょう。もう邪魔が入ることはありません。あなたと剣姫、その双方を我らが処断します」
「……ええ、これで全て"準備は整った"」
彼女の剣が雷光で光り出す。今だ止まない罵声に混じる、雷光の弾ける乾いた音。それを目の前にしながらも、はっきりと僕は宣言した。それは目の前で処刑の執行のために雷光を集約させている彼女に向けてだけではなく、懐にしまっているイーリスの霊剣の破片にも向けている。
これで、イーリスは僕たちの状況を把握したはずだ。全ては計画通り。カタリナ様が捕まっていた高台の上で、解放された彼女と僕は敵の始祖族と向かい合い、今まさに雷光によって僕たちを処刑しようとしている。あとは、彼が最後の仕上げのための引き金を引くだけ――いや、もう彼はその引き金を引いたはずだ。
「終わりです。せめてもの慈悲として、苦痛もなく死なせてあげま――」
「――終わりではなく、ここからが始まりだ!!」
――ツカサ。計画通り、全部この場所に目掛けて降ってきている!!――
一度は下げた二振りの黒剣を再び構えると同時に、耳にその音が届く。目の前で威圧的に光る雷の鳴き声に混じり、幾多もの獰猛な風切り音が頭上から聞こえてきた。




