27. 突撃
ヴァローナを南北に縦断する巨大な大通りを、僕は一人きりで歩いている。こんな街の中心部だというのに、前後左右何処にも通行人の姿など見えやしない。否、人だったら、この目的地に掃いて捨てるほどにいるのだ。皆が捉えた敵将の前で陣を張り、そして砦からの使者を待ちその陥落に向けて始祖族の元で士気を高めていることだろう。
目的地は、その敵の最中。街の中心部に広がる市民の憩いの場であり、今はその市民たちの多数の遺体が転がっているであろう中央広場。大通りの中頃まで歩いて来れば、もうその光景は嫌でも目に入る。ところどころが赤く染まった石畳の広場に、何人もの武装をした北部人たちが集結をしている。広場の中心にて彼らが囲う高台の上に、その人は見せしめのようにつるし上げられていた。
「……見つけた。広場中心の高台にカタリナ様、その西方に反乱兵」
連れ添っている誰かに伝えるわけでもなく、ただ淡々と事実を述べる。広場を囲う建物の高さ、標的のいる場所、そして彼らの配置。その全てが、幸いに今のところは計画から外れるものではない。
反乱兵たちはその全てが寄せ集めの集団には見えないほどに整然と並び、一人の首領がその前で立っていた。この遠く離れたところからでも分かる、金色に光る十字剣。磔にされたまま死体のように身動きひとつしないカタリナ様とは対照的に、あの始祖族の女は時折その霊剣をふるわせながら反乱兵の前に立っている。
彼らは待っている。人質として捕らえたカタリナ様と、砦の無血開城。その二つを天秤にかけさせて、どちらを選ぶのかという問いに対する答えを。そんなもの、砦の将官ならば選択肢など無いも同然だというのに、彼らは律儀に今まで待っている。
それはきっと、カタリナ様を護るべき街にすらも切り捨てられた哀れな始祖族の戦士に仕立てあげて、そしてこの場で殺すため。アストランテの兵士たちの中で英雄視されている存在を無様に辱しめて殺すということが、一体彼ら北部人にどれほどの意味があるのかはわからない。でも、そんなことのために、抵抗の一切ない彼女はその視線たちの先で縛り上げられて無理矢理に立たせられている。
「敵の始祖族は、カタリナ様のすぐ前にいる。ああ、これならば――行けるッ」
僕のような人間族が強力な始祖族を打ち倒すためには、その戦場を端から自分にとって有利な場へとするのが鉄則だ。もう僕は、その鉄則の下で始祖族を一人打ち倒している。だから今度もそれに乗ろうじゃないか。この中央広場において、カタリナ様を公に殺す場を作るというその慢心を、利用させてもらおうか。
地面を捲りあげるほどの力で蹴りだし、敵兵に満たされたその場に向けて走り出した。決して一人きりなんかではない。僕の両手にはナインという名前の黒剣が、懐にはイーリスの霊剣の欠片が、そしてずっと背後には――虎視眈々と中央広場を見据える彼らがいるのだから。
* * *
「……それが、君たちが推測する敵の弱点か」
イーリスは古ぼけた机に手をつき、探るような視線を向けてきた。
あの始祖族は決して無敵なんかじゃない。縦横無尽に走る雷には、必ず弱点と対抗策があるはずだ。僕の主張は良く言えば希望に満ちていて、悪く言えば絶対的な根拠にかける机上の空論。それを受け入れてもらうのは、簡単なことではないだろう。
「仮にそれが本当だとしよう。奴の雷を打ち破ったとして、そのあとはどうなる。敵は巨大な霊剣を保有している。それに君たちが太刀打ちできるとでも?」
霊剣は、それ自身が強靭でとてつもなく鋭利な特性を持つ強力な兵器だ。そして始祖族たちの振るう霊剣には、それ単独でも特異な能力が備わっている。例えばクアルスで対峙したアリアスならば、彼自身が扱う強力な火炎の他に、霊剣を複数生み出して投てき武器として扱う錬成という能力。きっと、あの始祖族も雷撃の他に何らかの特殊な能力が備わっているのだろう。
こればっかりは、実際に自分の目で確かめなければ分からない。もしかしたら、雷撃など比ではないとんでもない隠し玉を抱えている可能性だってある。だからこそあの始祖族を打ち倒すにあたって未だ未知の能力の正体次第では最大の障壁になるのだ。そして、僕はその不測の事態に備えた考えも保有している。
「……詳細はお話しできませんが、霊剣と打ち合うだけなら不可能ではありません。それに、まだこちらには切り札があります」
イーリスが放った兵を通して聞いた中央広場の状況が、僕たちが最後に切ることが出来るカードの存在を伝えてくれた。剣姫カタリナ・フォン・アストランテは、一人の護衛もつけずに単騎で突撃した結果マオと名乗った始祖族に再び敗北し、現在敵の手に落ちて中央広場にて磔にされている。
ただ、彼女は殺されてはおらず、まだ生きているのだ。全身を雷にうたれたために意識はなく、肌には幾つもの火傷が走り、赤黒い髪や鎧の各部は黒く焦げ付いた無惨な姿。果たして交渉のカードに使おうとしているのか、それとも公の場で処刑をするために生かしているのかはわからない。それでも、彼女は五体満足でそこにいる。
仮にその身柄を解放して意識を取り戻させることが出来たのならば、非常に心強い戦力となるだろう。彼女がマオに負けたのは、ひとえにあの敵を理解しないままに無謀な突撃を行ったからだ。これから僕たちが行う戦い方を彼女が徹底をするのならば、少なくとも一方的にむざむざと敗北を喫することは無いと信じたい。
「つまり、カタリナ様を解放すると。それこそ夢物語だ。中央広場には始祖族だけではなく武装蜂起した反乱者たちが集結している。よしんば君がその壁を突破してカタリナ様の元にたどり着いたとして、そこは数多くの敵に囲まれた修羅の巷だ。どうやってそこで戦う?」
普通に考えれば、敵が密集している中に飛び込んでその将へ戦いを挑むだなんて、非現実的にも程がある無理な話だ。ただでさえ強力な始祖族に加えて何人もの反乱兵を相手取るのは、どう考えたって量と質の双方で圧倒をされている。
しかし相手取ろうとしているのは、ただの戦力に長けた始祖族などではない。雷の使い手にして、巨大な十字剣型の霊剣を武器とする強大な敵。だがそれは言い換えれば、変哲のない人間族の反乱兵たちと連携を取ることを不得意とするということも意味する。
「……あの始祖族は、恐らく自分の戦いに反乱兵たちを介入させないでしょう。ただ彼らが剣を片手に存在するというだけで雷撃という能力は事実上封じられる。だからきっと、カタリナ様を解放した僕に対峙しているのは、あの女一人だけです」
その光景を幻視する。幾多もの兵士たちの前で、意識が戻らず動く様子のないカタリナ様とただの人間族である僕、それと向かい合うは十字剣を構えたマオ。それはきっと絶望的な光景。でも、何人もの兵士の相手を一度にするよりもよほどマシだ。
「そしてその瞬間に――ええ、これは分の悪い賭けに過ぎません。でも仮にこの作戦が失敗したところで、僕とナイン、そしてもう捕らわれの身となったカタリナ様の三名しか失われない。ベットするには、ちょうどいい塩梅だとは思いませんか」
無論、僕はあの始祖族の打倒に失敗するつもりなんてない。無策でイーリスがマオに戦いを挑むよりも、ナインの黒剣という隠し玉を持った僕の方が単騎での勝率はまだ高いだろう。でもこの作戦にはイーリスの同意が不可欠で、そして彼の協力が無ければ終始反乱兵たちの土俵で戦いを挑むことになる。
だからイーリスをどうにかして頷かせる必要がある。リスクというものを考えれば、実質的に初手で動くことになるのが僕とナインだけというこの計画は、元々の作戦から考えればよほど良いものだろう。確かに確実性は薄いかもしれないが、それと同時にイーリスにとって失うものも少ない。
さあ、その頭を縦に振れ。僕の願いが通じたのか、目を瞑って数秒間の沈黙を保っていたイーリスは、諦めたようにその口を重々しく開いた。
「……ああ、私もその計画に乗ってやろうじゃないか。だからこそ、それには掛け金が必要だ」
イーリスは、自身の霊剣を顕現させていた。刃の一部が不自然に欠けたレイピアのような細長い短剣といった出で立ちのそれを机の上に置き、イーリスはその霊剣の柄へと力を込めた。それはまるで精密に組み合わさった積み木を崩すかの如く、霊剣の柄の半分近くが本体から分離を果たした。分離した柄の一部は当然霊剣の輝きを失ってはおらず、そして彼自身の体にも何ら異変は起きていない。
彼のいきなりの行動に唖然としか出来ない僕をしり目に、彼はその淡く輝く破片をこちらへと差し出してきた。精巧に作りこまれた小物のような、不可思議な紋様を表面に走らせて白く淡い光を発するその破片が、僕の手のひらへと乗せられる。
「君の言う計画とは、こちらとの連携が必須だろう。私の霊剣の破片は、君の聴覚を通して私自身へと音を伝える。これを君に預けよう。なに、心配は無用だ。たとえ君が殺されてその破片が砕かれたところで、私の残ったもう一本の腕が霧散するだけのことだ。」
それは、彼の最大限の協力を引き出したということだろう。彼の霊剣の破片を握り締め、そしてそれを懐へと仕舞い込む。このおかげで、僕は砦の方に適切なタイミングで支援を要請することが出来る。何の感慨もなく淡々とした表情を続けるイーリスが、とても心強く感じた。
「しょ、将官殿!! 敵の反乱兵から要求が!!」
その話の切れ間を狙ったようなタイミングで小さな部屋と通路を隔てる扉が音を立てて乱雑に開かた。その直後に飛び込んできた一人の砦の兵士。彼の発したその一言を聞いて、驚きよりもとうとう来たかという感慨が先に浮かんだ。この膠着状態において、絶好の人質を取った敵がとるような行動など一つしか存在しない。
「案外敵の動きは素早いじゃないか。内容を伝えよ」
「え、ええ――剣姫カタリナ様の命とヴァローナの砦、そのどちらかを選べ――です」
シンプルでありながら彼らの狙いを端的に伝えるその文言、それは端からこちらが出すであろう答えを知っての上で送りつけてきたとしか思えないもの。明け渡してしまったら二国間の要衝としての役割を失うほどのこの砦と、アストランテの王族とはいえどもたった一人の剣姫。真っ当な将ならば、天秤にかけることすらもすないような状況だ。しかしイーリスは、その兵士の言葉を聞いて、むしろその顔に深い笑みを浮かべた。
「……我々の答えを直接教えてやろうじゃないか――ヴァローナ正規軍将官イーリス・ディ・ヴィンターが命じる。ツカサ、そしてナイン。私の命の元、敵将マオ・リーフェンを打倒せよ」




