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失われた自分を求め探して彷徨って  作者: 数波周
第二話「要衝の城塞都市ヴァローナ 黒紅色の戦姫」
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23. 強行突破

 黄色い光をまとわせて不安定に揺れる巨大な十字剣。その刀身から稲妻が瞬き、石造りの地面を容易く焦がしヒビを入れた。秘めたエネルギーの大きさを予感させる、今この瞬間も生成し続ける小さな稲妻と雷鳴。その異様な光景に唾をのむ。これが、この始祖族が保有する霊剣なのか。


 思えば、最初から警戒をしておくべきだったのだ。雷にうたれて紫色の火傷が顔に刻まれた死体から漂う、人の肉が焦げるすえた臭い。受付所を出たときに中央広場から感じた焦げ臭さは、この女がもたらしたものなのだ。剣や槍で切り裂くよりも、よほど効率的に敵を殺しそして制圧させるだけの能力。人が密集する空間において、雷の一撃は容易く何人もの命を瞬時に奪うことだろう。


 今更になって気が付いた、周辺の異様な光景がその証拠だ。黒く焦げたいくつかの遺体。全てが剣をその体の脇に転がした、元は逃げる市民を守るために武装蜂起に立ち上がった兵士や傭兵たちなのだろう。そんな武装を施した屈強な存在たちでさえ、始祖族という規格外の暴力の前では枯れた藁のように無力な存在へと成り下がる。


「――アンタたち、援護しなさい!!」


 こんな化け物と戦うだなんて、冗談じゃない。避けることなど不可能な雷を操る始祖族など、到底敵う相手ではないことくらい理解できる。長槍で牽制し、そして一気に退却する。僕らに出来るの最善は、ひたすらに逃げるということ。


 もはや敵に囲まれつつある状況下、逃げる先は始祖族とは正反対の方向。数多くの人々が殺到するヴァローナの城門を先に見据えた。ヨードルと共に多少の反乱兵の壁を突破することは、少なくともこの始祖族を相手取ることよりもよほど現実的な選択肢だろう。


「さぁ、せたこれたく(刺し殺されたく)なきゃ――」


「――やかましい。そのまま逃がすわけがないでしょう」


 ヨードルが槍を振り上げた瞬間、それに呼応するかのごとく鳴り響く爆音。視界の中に伸びた黄金の光筋が細かく裁断されたかのように枝分かれし、そのうちの幾つかが両手に構えていた二振りの剣へと直撃する。途端に全身を駆け抜ける、手を焼くかの如き痛撃。剣を取り落とすには、十分すぎる代物。


「よ……ヨードル、さん――しっかり、してっ!!」


 未だに感覚の残らない足を、気合で持ちこたえる。僕は良い、たかだか雷光の余波を受けただけなのだから。だが僕に向けて走った電光の本体が、構えていた長槍に直撃したヨードルは、絶対に僕よりも酷い状況にあるに違いない。彼の大柄な体が、まるで糸の切れた人形のように膝をつく。頑丈で野太い長槍を形作る木製の柄は、雷光の直撃によって見るも無残に黒ずみ縦に裂け、その先端は焼け落ちて地面に突き立てられいた。


 まるで痙攣するかのように肩を細かく動かすヨードルの元に、足を引きずって何とか近寄る。彼を起こさなきゃ、ヨードルはまだ生きている!!


「早く逃げて、ツカサっ!!」

「ここまで来てっ、この人を置いては――行けるわけが無いだろう!!」


 しかし同じくナイフを取り落としたナインが僕の袖を掴んだ。懇願するかのような彼女の視線。ナインだって、雷光の余波を見に受けて満足に動けないはずだ。それでも何とか僕を連れていこうと、その袖口を引いて城門へ向かおうとする。


 にじり寄る反乱兵たち。もはやその剣先は警戒して構えられることもせずに、ただ手負いの獣に止めを刺すがごとく淡々とした雰囲気すらも感じさせる。でも、後ろ楯のなかった僕らに働き場所をくれて、高々知り合って数日の僕たちを見捨てずにここまで一緒に来た彼を、このまま殺させるわけにはいかない。


「……あん、た……馬鹿、よ。アタシ、なんて……放って、おきなさいよ」


 引き攣った口を辛うじて動かして、ヨードルが怒ったように、そして呆れたように馬鹿だと続けた。彼の手の皮は黒く炭化し、肉の焦げる臭いに彼自身が顔を顰める。その肩の下へ腕を差し込み、なんとか持ち上げようと踏ん張ると、ほとんど彼の体全身が麻痺しているのか想像以上の負荷が全身を襲った。置いて行けだなんて、そんなことは出来ない。その一心で、ようやく感覚がまともになってきた両の足へ力を込め、再び前を見据える。


「皆、剣を下げなさい。身の丈に合わない蛮勇を扱う哀れな存在。ですがその意志に免じて、直接私が手を下してあげましょう」


 霊剣の切っ先が、こちらに向けられた。雷光と雷鳴、黄金色にほとばしるそれがところ狭しと巨大な刃の表面を駆け巡り、この身を焼くのをまるで今か今かと待ちあぐねているかのよう。


「フラントニア帝国軍中佐、閃雷のマオ・リーフェン。私の剣をもって、あなた方を裁断します」


 それは旧北部諸国のどの国の名前でもなく、このアストランテと双璧を成す大国の名前。ヨードルが話していた北部人蜂起のきっかけに関する違和感が、今になってほどけつつある。


 ああ、そういうことだったのか。積年のわだかまりを抱えた北部人たちを立ち上がらせて、今日という瞬間に膨れ上がったその恨みを投じるように差し向けた存在。その彼らの扇動者は、北部人ではなくフラントニア帝国の命を受けた者。このアストランテ王国と長年対立を続けてきたというフラントニア帝国にとって、要衝の地ヴァローナを陥落させることはそれがたとえどんな形であろうと間違いなく戦略的な意味合いは高い。


 霊剣に集結する雷の密度が上がった。満足に動けない僕たちをまとめて消し去るには十分すぎるだけのそれに、あの始祖族に率いられていた反乱者たちすらも距離を置き始める。それは大気を震わし、離れたここまでもその小さな衝撃が届く。


「さあ。覚悟なさい――」


 処刑を待つ罪人かのような有様。もはや僕たちに対抗するような意思や方法がないことを分かり切った、下界を見下ろすかのごとき視線が向けられる。ああ、確かにここまで追い込まれてしまったのならば、今までの自分ならば生きることを諦めていただろうさ。しかし、今はせめて足掻くだけの最後の力は残っている。


「――ナイン!!」


 叫ぶよりも早く、彼女は僕の手を握りしめていた。ナインが顕現した黒剣は、僕自身でもよく分からないほどに戦うための能力を最大限引き出し、そして始祖族の霊剣に打ち合えるほどの堅牢さをもつ。この女を倒すまではいかなくても、この状況を打ち破るだけで良い。ヨードルを連れて、この包囲網から抜け出すその一瞬さえ得られれば。そのために僕はまた剣をとる。


 きつく握りしめた彼女の手が熱くなる。無力な人間たちを前に自分の優位を確信して疑わない始祖族、その慢心を利用させていただこうじゃないか。クアルスの路地で見た白い光が再び眼前で瞬き始め――その頭上からナインの剣とすらも比較にならない熱量を感じ取った。



 その爆炎はまるで、空に浮くもう一つの太陽。いや、太陽は決して大地に降り注ぎはしないし、ましてや黒と紅が入り乱れたような色合いなどではない。その火炎は寸分の狂いなくこの広場を目指して降り注ごうと紅蓮の尾を引き――


「あれだけやってまだ動けるだなんて、活きのいいことですね」


 頭上から迫る赤黒い炎と地上から放たれる金色の雷撃。その二つがぶつかり合うと同時に、まるで顔を焼くかのような熱波が飛散した。ナインの剣を顕現させるという行為を中断するほどの、命の危機すらも感させる強烈な衝撃。


 黒剣を顕現をさせる寸前だったナインが、自身の体と共に僕を突き飛ばした。あの始祖族に直撃するかと思われた炎は、彼女の放った雷の直撃を受け流して僕らの目の前にと着弾した。地面に倒れ伏したその頭上を通過する、爆風と熱気。その奔流が通り過ぎた後に爆心地へ目を向けると、大地へと降り立った炎塊が割れ、その中から声が響き渡った。


「――やっと見つけた。殺してやる」

「処分しそこなったと思ったらそちらから来ていただくとは、手間が省けますね。感謝します」


 始祖族の注意は完全に僕たちから逸れ、雷を纏わせる十字剣の切っ先はこの場に表れた黒い炎へと向けられていた。まるで蛇のようにうねる火炎を割り、纏わせる炎よりも更に深い黒紅色の鉾槍が姿を現す。長大なその武器を手に反乱兵の始祖族と向き合うその人に、僕は心当たりがある。


「剣姫カタリナ・フォン・アストランテ。今度は外しはしません」

「間諜風情が、偉そうにすんなよ」


 赤黒い髪を熱波の中に揺らし、その手には自身の髪色を写したかのように深い紅色へ染まるハルバードを構える、剣姫カタリナ・フォン・アストランテ。背中を覆う黒いマントはところどころが焼け、そして鎧にも黒ずんだ傷が幾多も走る。しかしそれでも、身にまとう闘志は欠片もくすんではいない。


 昨日の夜に見た彼女の本質は、あのマオと名乗った始祖族と対峙する姿に現れている。あれは、死に瀕しそうな僕たちを助けるために表れたようなくちではない。むしろ市民の存在など頭の片隅からも外し、ただ敵を打ち倒そうとする凶暴な力の具現とすらも言えてしまう。


 果たして彼女が何故この広場に駆け付けたのか、そんなことは分からない。しかし、そのおかげで僕たちへの注目は確実に無くなった。だからこそ、この場からは早急に逃げ出さなければならない。手負いのヨードルを連れ出せるタイミングは今だけで、それに下手にここへ留まっていたら二人の始祖族の殺しあいに巻き込まれて命を落としかねない。


「皆、離れなさい。私の戦いを邪魔することは許しません」


 戦いの火蓋が切って落とされる間際、反乱兵たちが一斉に蜘蛛の子を散らすように距離を取る。それが、僕たちにとっても千載一遇の好機となる。


「ヨードルさん!! 痛いかもしれませんが我慢を――」

「舌を噛みたくなければ黙ってなさい!!」


 ヨードルの肩を支えようとした次の瞬間、逆に胴が抱きかかえられていた。両脇に僕とナインの二人ともを抱えた彼は、そのまま雷にうたれた後とは思えないほどに全速力で走り出した。下手に喋れば、彼の言う通りに舌を噛みかねないほどの揺れ。彼の巨体が全力で走り出したというのに、向かい合う二人の始祖族は視線すらも寄越さない。


 向かうは元来た道。反乱兵が集結しつつある城門は、武器すらも失った手負いの獣同然の状態ではまず突破は敵わない。ならば、せめて敵のいないところへと向かうのは必然だ。路地裏の入り口を目指してひた走る僕たちを更に追おうとするものなど一人たりとも存在せず、僕たちは抱き抱えられたままその一画へと飛び込んだ。


 揺れる視界の中で最後に見たのは、ぶつかり合う金色の十字剣と赤黒色の鉾槍、そしてカタリナ様の体を蝕まんと包み込む幾多もの雷撃の姿だった。

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