わからないこと〈3〉
体育祭の種目決めは、光のような速さで進んでいった。
二年生なので、誰がどの競技に向いているかは、大方わかっている。勝つために最強の布陣を考えるまでだ。
ある者は50mのタイムが速いというだけで強制的にリレーに選出され、ある者は重量的に綱引きにエントリーさせられる。適材適所という言葉の使用例を、圭太は実社会で確認した。
そんな感じで淡々と進められたのは前半だけで、一通り人員配置が決まると、残りの種目決めはそれなりに盛り上がりをみせた。
「えー、基本は前に名前書いてもらう感じで。で、かぶったらジャンケンで。一人2回か3回入ってください」
「あ、でも100mと障害物の組み合わせはちょっと可哀想なので、そこは譲り合ってもらったら……。なるべく個人と団体と、両方入ってもらったら嬉しいです」
前に出た体育祭実行委員が、黒板を背に指示を出していく。
黒板には種目名と、その横に括弧が書いてある。自分で出場を希望する種目の横に名前を入れていくスタイルだ。
実行委員の「じゃあお願いしまーす」の声を合図に、ガタガタと椅子を引く音が重なる。
決して早い者勝ちではないが、枠が埋まった後に名前を書くのは気まずいとの思いから、彼らの行動は早かった。大小のチョークはあっという間に手に収まっていく。
(とりあえず台風の目、と)
事前に伸と、これにしとこうぜーという軽い取り決めがあったので、圭太は悩む間もなく名前を書いていく。後ろから伸が「俺のも書いといて」と言うので、大きく書いてやった。
(あとはカップル走か……。あ、やっぱ誰も書いてねー)
このクラスにはリア充はいないか、交際をオープンにしていないようだ。そもそも、どこに需要があるのだろうか。
伸も同じことを思っていたらしく、
「なあ、これ出たい奴、そんなにいると思うか?」
「クラスで4人もいないだろ」
「だよな。誰が考えたんだよリア充め」
おそらく男女関係なく楽しめるものを、との考えから企画されたのだろうが、残念ながら人気は出そうにない。
「なんだけどさ」
「ん?」
「俺出ないといけないんだわ、これ」
「はぁ!?」
伸の声量に、何事かと視線が集まる。
「声でかいって!」
「いやだっておまえ……! いつの間にそんな楽しいことになってんだよ!」
興奮気味の伸を教室の隅に引っ張り、圭太はボリュームを落として昨日の件を説明した。
「だからまあ、なんか成り行きっていうか……全然知らない女子と組むよりかは、みたいな」
「あぁ、まあ確かにそうかもな」
相手が千遥だからというのもあったのだろう。伸は納得したようだった。
「これで俺はノルマ達成。伸はあと1個どうする?」
実行委員の指示に従うならば、個人競技にしておいた方が良いだろう。後で調整するのも面倒だ。
「適当に100mにでもしとこうかと思ってたんだけど……俺も借り物競走にしとくかな」
「え? マジで?」
「圭太が出るなら俺が出てもいいだろ」
「どういう論理だよ」
括弧に次々と名前が書かれていくなか、やはりハードルが高いのか、借り物競走の箇所は空欄のままだ。実行委員だけでなく、大半が微妙な雰囲気になっている。曰く、「誰が出るよ、これ」だ。
ここで二人が颯爽と登場し、スマートに空欄を埋めたなら、本日のMVPを獲得できることは間違いなかった。
「行くか」
伸の合図で黒板に向かう。今度は伸が二人分の名前を書いた。
途端に、感嘆と称賛の声が随所で上がる。よくぞ引き受けてくれた、というやつだ。実行委員は拍手までしている。
二人が名前を書いたことが後押しになったのか、女子の一枠もすぐに埋まった。クラスの中ではどちらかと言うと派手なタイプの女子だ。セクハラになるから誰も言わないようにしているが、スカート丈は短い。
「てことは池内も出るのか」
「池内?」
何で池内の名前が、と疑問に思ったのは一瞬のこと。すぐに伸の発言の意味を理解する。
「え、あの二人と付き合ってんの?」
「知らなかったのか。結構堂々としてるけどな。よく一緒に学食で飯食ってる」
それは確実に付き合っているだろう。 自分の知らないところで、みんな青春を謳歌しているんだな、と圭太は年寄り臭いことを思った。
「あと一枠かー。誰が来るか予想しようぜ」
「いや普通にまだ書いてない女子の誰かだろ。あの辺とか、まだ書いてないっぽい」
圭太の視線の先には、おとなしい系の女子の一団がいる。体育祭にかける情熱は皆無と思われ、残り物でいいです感がひしひしと伝わってくる。
それでも借り物競走は避けたいのだろう。互いに視線を交わしながら、水面下での攻防が繰り広げられていた。
「ありゃ決まりそうにないな。早いとこジャンケンした方がいいんじゃないか? もうすぐLHR終わるし」
「言ってくれば?」
「言えるかよ!」
伸とバカをやりつつ、渦中にいない圭太は気楽な気持ちでその攻防を観察する。
長く膠着状態が続くかと思われたそれは、しかし意外にもあっさりと決着がついた。
「――あ」
誰が発した声だろうか。
間抜けなそれは、落ち着かない教室の中でやけに通った。
ほとんど音を立てずに立ち上がった女子生徒は、真っ直ぐに黒板を目指す。
クラス中の視線を集めていることに気付いているのか、いないのか――どちらにしても大して関心がなさそうな彼女は、寿命の短そうなチョークを手に取り、迷いなく自分の名前を書いた。
「えっと……」
実行委員は何と声を掛けたら良いのか迷った末、なんとか「ありがとう」という単語を絞り出す。どこからか、控えめな拍手が届けられた。
「……なあ圭太」
「あ、あぁ」
各所からの温かい拍手をBGMにして、二人は互いの顔を見ることなく、心の声を共有した。
本日のMVPは、間違いなく白石だった。




