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わからないこと〈4〉


 男女混合借り物競走のペアを決定するために出場者が集められたのは、一通り試験の結果が返ってきた頃だった。

 ちなみに圭太の、いつものことながら中の下(科目によっては中の上に食い込むものもあるが)といった成績は、現状を何とかしようというモチベーションには繋がりにくく、答案は自宅の机にただ収納されただけだった。


「全然知り合いいないな。そっちは?」

「一応何人かは知ってるけど……なーんか相手決まってそうなんだよな。あの辺とかあの辺とか」


 伸が視線で促した先には、いわゆるスクールカーストでいうところの上位に入りそうな女子達。雰囲気からして、残り物を引かされてしまった感はない。


「――あ、やっぱ決まってるわ」

「だよな。だと思った」


 後から教室に入ってきた男子生徒と早速いちゃつく光景を見て、二人は確信する。


「圭太は相手がいるからいいよなー」

「借り物競走の相手な、一応言っとくけど。あといなかったら、そもそも出てないから」

「あ、そか」


 その辺りは伸とは違うのかもしれないと、圭太は考えた。

 伸はおそらく、圭太が出ようが出まいが、誰も手を挙げる男子がいなければ、立候補していたのではと思う。誰もやりたがらない役をスマートに引き受けられるのが伸の長所だ。


「とりあえず、白石は相手がいそうにないな」


 まだ教室の観察をしていたらしい伸は、窓際の席から校庭を眺めている白石をターゲットにしたようだった。


「先越される前に言ってくるか。圭太どう思う?」

「まあいいんじゃね? オッケーしてくれるかどうかは知らんが」


 伸は「ひどっ!」と言いながら早速白石に近付いて行った。

 ひと言二言で終わるかと思われたが、意外にも会話が続いている。遂に伸は、その流れで自然に白石の隣に座るという偉業を成し遂げた。


(さすがはコミュ力おばけ)


 もちろん褒め言葉である。圭太も男女関係なく話せる方だが、伸には及ばない。

 結局伸は圭太の隣には戻って来ず、そうこうしているうちに千遥が来たり池内が来たりして、開始予定時刻よりやや遅れて打ち合わせが始まった。

 事前にペアが決まっているところはその通りに、そうでないところは適当にくじ引きで決まっていく。


「6番だったら、前の人のが結構見れるね」


 これまたくじ引きで出場の順番が決められ、圭太らは運よく中盤を獲得した。最初の組を見ておけば、何となく様子がわかるだろう。

 ちなみに伸たちは1番の組だったようで、窓際から「うぁぁぁしくったぁー」との叫びが聞こえてきた。ドンマイ頑張れ、と圭太は心の中でエールを送る。


「白石さんも出るんだね。最初から岩見くんと出ようって言ってたの?」

「いや全然。あれは即席ペア。ついさっき結成されたばっかだよ」

「そうなんだぁ。――あ、白石さん気付いた」


 千遥が右手を振ると、白石もワンテンポ遅れてではあるが、右手を振り返す。ごくありふれたやり取りだったが、圭太にはそれが珍しいものに映った。


(白石が手を振ってる)


 これは、圭太の知る限り4月の頃には見られなかった光景だ。あの頃に白石に手を振ったとしても、不思議そうな顔をされるだけだっただろう。そう考えると、彼女は随分と対人スキルを上げているように思えた。


 千遥はそのまま白石のところへ行き、何やらテンション高めに話しかけている。手を振り返してもらったのが相当嬉しかったのだろうと、圭太は思った。

 何となく取り残されたような気分になって、圭太も立ち上がる。教室では、生徒会役員が最終確認に入っている。もうすぐ解散となるはずだ。

 一応待機中のため、あまり音を立てずに移動すると、伸が気付いて顔だけを向けた。


「――なぁ。あれグッジョブだったよな」


 いきなり話を振られたため、圭太は一瞬考えてから「ああ」と言った。雰囲気からして白石のことだと判断したからだ。


「あれほんとさ、絶対決まらないだろこれみたいな流れだったじゃん? あのまま延長戦に入るかと思ったら、白石さんがこう、颯爽と登場したんだよな。で、黒板に行って……こんな感じで名前書いて」


 伸は身振り手振りを交えながら説明する。


「へぇ〜、そうなんだ! 凄いね、白石さん! みんなから見られて緊張しなかった?」


 白石は頷くと、視線を斜上にした。

 何かコメントを期待されている気がして、圭太は急いで言葉を探す。


「そーいや、クラスの女子も助かったーとか言って感謝してたよ。白石のこと心配してる奴もいたけど……」

「心配……? どうして?」

「あ、いや、なんか本当は嫌だったんじゃないかって、そういうあれ」


 上手く伝わっただろうかと心配になったが、白石は首を横に振った。


「嫌じゃないよ。全然」

「ねぇ、白石さんは最初からこれに出ようと思ってたの?」

「何も決めてなかったから……余ったのにしようと思ってた。みんな、借り物競争には出たくなさそうだったから……」

「おぉ、空気読んだわけだ。偉いな白石!」


 言いながら、これまた珍しい言動だと思った。これまでの彼女であれば、周りのことなど気付いていないか、気付いたとしても我関せずだったはずだ――少なくとも、圭太の認識では。


(なんか白石……変わった?)


 そういえば、以前に伸が白石のことを「普通になった」とを言っていた。あれば花火大会の時だったか。それを聞いた時は、まあそうかなぐらいにしか思わなかったが、今改めて一連の言動を振り返ると、なるほど正鵠を射ている。


 誉め言葉が嬉しかったのか、白石は控えめに口元を緩めた。

 初秋の日差しが、彼女の横顔を薄く照らす。眩しそうに向きを変えた白石の表情は、心なしか満ち足りているように見えた。

 その表情の変化は、思いがけず圭太を落ち着かなくさせた。このタイミングでそんな顔をされると、自分の発言によるものだと勘違いしてしまいそうだ。


「ん? あれ、なんか俺、ここにいていいのか不安になってきたわ」

「いきなりどうした伸?」

「いやいやいやいや……だってさ、ほら。な?」


 同意を求められても、圭太には何がなんだかわからない。

 伸は不必要に周りを見回したり、千遥とアイコンタクトを取ろうとしていたりと、やけにそわそわしている。普段は比較的はっきりした物言いが多い彼だが、この時ばかりはなかなか要領を得ない態度だった。


「あーなんか用事あるの思い出したな?」

「ちげーよ!」


 二人のやり取りに千遥が声を出して笑う。


「まあもうすぐ終わりそうだから」

「いやだから俺の話じゃなくって」


 相変わらずきょろきょろしながら、伸が声のボリュームを落として圭太の方へ顔を近付ける。周りに聞かれたくない話なのだろうか――即席で心の準備をすると、伸は「今の」と切り出した。

 しかし、


「すいませーん。確認終わりました。今日はこれで解散です。ありがとうございましたー」


 生徒会役員のゆるい号令により、伸の言葉はすぱっと切られた。

 教室内は椅子を引く音が重なり、途端に慌ただしい空気になる。放課後の高校生は忙しいのだ。


「結構長かったねー。これから部活?」

「ん。まあ、これからだとあんま出来ないだろうけど」


 着替えてアップをしていたら、基礎練習をやるだけで終わってしまいそうだが、良彰には「ちょっと遅れる」と言ってある。このまま帰るという選択肢はなかった。


「で、伸。さっき言おうとしてたのって――」

「いや、今日はもういいわ。俺もこれから部活出るし」

「そか。じゃあまた明日にでも」


 圭太がそう言うと、伸は少し微妙な顔をしてから曖昧に笑った。


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