第20章 魔空
極夜が深い眠りについてからも、縁は音波に悪魔についての教育をしてもらっていた。
「あぁ~、もうダメ!もうできないよ。」
縁が情けない声を出しながら力なく床に座り込んだ。
「ほら、もう一回!諦めないで頑張るんだ。まだ闇は尽きていないだろう?」
音波は縁の前に立ち、早く立てとばかりに両手を叩きながら言った。
「だってもう、できないんだもん!何回やったって同じだよ!ずっとこればっかりやってるのに全然うまくならないもん。やっぱり僕は皆と違うんだ。」
そう言い、縁は自分の膝を抱き丸まってしまった。その様子を見た音波はため息をついた。
縁は今、魔空の練習をしていた。魔空とはすべての悪魔が使えるもので、空気の中に自分の闇を混ぜて人間の体の中に入る方法をいう。自分の体から闇を伸ばし、人間の体に入る。闇が人間の体に入ると悪魔と人間を1本の闇の糸でつなげたようになる。こうやって、悪魔は人間の心に入り込むのだ。
しかし、縁は自分の闇を糸のように伸ばすことができなかった。もう1か月は練習しているのに全然上達しない。これには音波も困り果てていた。
(魔空を使えないとなると困るのは縁だ。魔空を使えないと話にならない。まずは人間とつながらなければ心に囁くこともできないし、自分の力をつけることもできないからな。さて、どうしたもんかな。)
「ほら、縁、頑張れ。まずは魔空で人間の中に入らなければどうにもならないんだ。」
音波は縁に優しく言ったが、縁は頑なに丸まったままだった。
「まったく。そんなだったら極夜にバカにされるぞ。」
すると、縁は顔を上げ、恨めしい目で音波を見た。
「これじゃあ、人間界に連れて行ってもらえるかどうか。」
そう音波が言うと、縁は仏頂面でしぶしぶ立ち上がった。
「よし。じゃあ、もう一度、自分の闇に集中するんだ。自分の闇を空気に混ぜる。」
縁の闇が体から滲み出てきた。
「そうだ。そうだぞ。そしたら、その闇を1本の糸にするように私に向かって伸ばすんだ。」
しかし、縁の闇は体の回りを漂うだけで、一向に1本の糸にはならなかった。その状態から縁も30分は頑張った。でも、糸になることはなかった。
「ほら、やっぱりできないよ!もう嫌だ!僕もう絶対にやらないからね!」
そう言うと、縁は自分の腕を枕にするように台にうつ伏せになり、もう音波が何を言ってもピクリとも動かなくなった。音波もついに諦め、縁の台の角に腰を下ろし、ため息をついた。
(これはもう、どうにもならないな。極夜ならどうやって教えるだろう。)
そう思っていると、極夜が目を開けた。深い眠りから目覚めたのだ。
「う~ん・・・。」
極夜はゆっくりと起き上がった。まだ少しボーっとしていた。
「極夜、もう起きたのか。まだ1か月くらいしか経っていないのに。」音波が言った。
「あぁ。」
極夜は不機嫌そうに頭をかき、返事をした。前に無理矢理起こされていたから、いつもより更に機嫌が悪かった。音波もそれに気づき、縁のことを言うのは後にしようと思った。
「なんだ。縁、寝てんのか?」極夜が言った。
「いや、寝てはいないんだが、ちょっと色々あってな。」
「なんだよ、色々って。全部教え終わったのか?」
この言葉で縁がピクッと動いたのを感じた音波は極夜に何と答えようか迷った。
「いやぁ、終わったというかなんというか。まぁ、まだ途中だな。」
「それなら寝てる場合じゃないだろ。」
「いや、まぁ休憩中だ。」
「ふぅ~ん。で、どこまでやったんだ?もう魔空は覚えたのか?」
もう誤魔化せないと思った音波は今までの縁の話を極夜にした。縁はうつぶせになった腕の隙間から極夜の反応を覗き見ていた。
「はっ?1か月も魔空の練習?それも、まだできないのか?」極夜が言った。
「あぁ、そうなんだ。私の教え方が悪いのか全然上達しなくてな。極夜ならどう教えるかと思って。」
「教えるも何も。縁、お前本当に悪魔か?」
縁がこっちを見ているのに気付いた極夜が、縁を見て言った。
「極夜そんな言い方をするな。縁だってずっと頑張っていたんだ。なっ、縁?」
音波は慌ててフォローしたが縁はもう顔を上げず、さっきよりも固く腕に顔を埋めていた。
「極夜、いくら機嫌が悪いからってもう少し言い方を考えろ!もう縁が魔空の練習をしなくなったらどうするんだ!」
「音波が教えてるのにできないって事はきっとできないんだよ。普通なら1日と掛からずにできるもんだしな。おい、縁、聞いてるか?」
縁はガバッと起き上がり、泣きそうな顔で立ち上がった。
「なんでそんな言い方するのっ?!僕だって一生懸命やったんだ!それなのに、なんで、悪魔じゃない、なんて・・・。」
縁はとうとう泣き出してしまった。それを見た極夜と音波は驚きのあまり、言葉を失った。悪魔が泣く?一体どういうことだ?どうやったら悪魔の目から涙が出てくる。極夜と音波はただただ驚くばかりで、泣いている縁を見つめることしかできなかった。
しばらく泣き続けた縁は、極夜と音波が目を点にして自分を見ているのに気づいた。急に恥ずかしくなった縁は、急いで涙を拭き、台に腰かけ下を向いた。
「いや、悪魔って泣くのか?」極夜が言った。
「さあ、私も初めて見たよ。一体どうやったら出るんだろうな。」音波は縁から目を離せず、ずっと見つめていた。
「本当に不思議な奴だなぁ。」
極夜はそう言いながらも、少し言い過ぎたかと思った。
「なぁ、縁。できなかったらできなかったで、違う方法があるぞ。」極夜が言った。
「違う方法って何かあるのか?」音波は驚き、極夜を見た。
「あぁ。成功するかどうかはわからないが、やり方はある。」
そう極夜が言うと、縁は少し顔を上げた。
「どうやるんだ?」音波が聞いた。
「いや、もしかしたら縁の力が弱すぎて魔空ができないのかもしれないだろ?だから、縁の力を強くしてやるんだ。」
「力を強くするにも魔空ができないんじゃ、しょうがないじゃないか。」
「だから、俺が人間の中に入って糸を作るだろ?そして、その糸の間に縁を入れたら縁にも力が貰えるんじゃないかと思って。」
「そんなことができるのか!?」
「だから、成功するかはわからないって言ったろ?俺は夢の中に入れるからな。縁が糸に入ることによって、例え縁の意識が人間の中に入ったとしても気づかれないんじゃないかと思っただけだ。」
「あぁ、確かに。普通の悪魔だったらきっと人間に気づかれてしまうだろうな。でも、極夜にだったらできるかもしれない。ほら、縁、このまま魔空ができなかったとしても何とかなるかもしれないぞ。」
音波はまだいじけていた縁のほうを向き声を掛けたが、ずっと下を向いたまま顔を上げなかった。




