第21章 喧嘩
極夜が縁を泣かせてから、2週間が経っていたが、まだ縁の機嫌は直っていなかった。その間、音波は縁の機嫌をとるように努め、極夜は出来る限り口を開かないようにしていた。
「縁、この前寝てからもうずっと起きているのに、まだ眠くならないなんて、成長したなぁ。ずっと、魔空の練習や飛ぶ練習をして、闇を使い続けているのに。」
音波が微笑みかけながら言った。
「そうかなぁ!でも少し眠くなってきたよ。こんなんで人間界に行っても大丈夫かなぁ。」
縁は嬉しそうに笑ったが、少し不安そうに答えた。
「大丈夫さ。極夜が力をくれるようにしてくれるみたいだしな。だが、眠くなったらすぐに極夜か私に言うんだぞ。じゃないと、ただの闇に戻ってしまうからな。」
「わかったよ。でも、極夜と2人になるのかぁ。」
縁は睨みつけるように極夜を見た。それに気づいた極夜は目を合わせないようにしていた。
「縁、私はできるだけ近くにいるから、そう心配するな。極夜だって悪気があったわけじゃない。」
音波は極夜と縁の間を取り持つように言った。
「極夜、もう絶対に変なこと言わないでよ。」
縁は極夜に泣かされて以来、初めて極夜に話しかけた。
「お、おう。気を付ける。」
極夜は悪いことを言ったという気まずさから、縁と目を合わせないまま答えた。音波は微笑ましそうに極夜と縁を見ていた。
「さて、縁。もう少しで人間界に行くぞ。何か聞きたいことはないか?」音波が言った。
「ん~。人間界に行ったら悪魔はやっぱりたくさんいるの?」
縁は少し不安そうに聞いた。
「そうだなぁ。人間界に出るときは場所が決まっているんだ。魔羅様が出る場所をその日によって変えるからな。だいたいは大都市にでる。」
「そうかぁ。じゃあ、一緒に人間界に出た悪魔はずっと同じ場所にいるんだね。」
「いや、そういう訳でもないんだ。出る場所は決まっているが、そこからは自由にどこへでも行っていい。魔羅様はそこは悪魔の自由にさせて下さる。悪魔によって、本当に執着が違うからなぁ。」
「んっ?どういうことなの?」
縁は首をかしげながら音波に聞いた。
「もちろん、大都市のほうが人間は沢山いるし、心に闇を持っている人間も沢山いる。手早く済ませるなら、だいたいの悪魔はそこから動かないな。だけど、小さい村が好きな悪魔もいるんだ。」
「なんで?大都市のほうが闇を集められるのに。」
「それはそうなんだがなぁ。ん~、前に人間界に行く大前提は魔羅様のために闇を集めることだと言っただろう?しかし、我々にはノルマはないんだ。自分が出たいときに魔界を出て、帰りたいときに帰ってくる。魔の部類の者は自分の欲求の赴くままに生きられるんだ。確かに人間を染めれば染めるほど魔羅様の力にはなるんだが、魔羅様は悪魔の本質を分かっておられる。人間に対する執着だ。だから、是が非でも闇を集めてこいとは言わない。しかし、心を染めきって出る闇は魔羅様のもの、我々悪魔は魔羅様の手足であり道具だということは絶対に忘れてはいけない。悪魔は自由に生き、自由に自分の欲求を満たしてもいいが、その根本は魔羅様の為だということを忘れてはいけないんだ。だから、自分の欲求に溺れ、力に溺れ、命令を無視し人間を殺してしまう悪魔には制裁として死魔様がくるのさ。」
「そうなんだ。じゃあ、悪魔は自分の欲求を追い求められるけど、本当の自由はないんだね。」
縁はしみじみと言った。この言葉を聞いた極夜は嬉しそうに縁を見た。
「そうだ、縁!俺たちは自由だと言われているが、全然自由になんか生きていない!皆、魔羅様に操られているだけなんだよ!俺たちはもっと自由になるべきなんだ!」極夜が言った。
このやり取りを聞いていた音波は眉間にしわを寄せ、怒鳴った。
「極夜、いい加減にしろ!それは前にも話しただろう!お前は大人しくしていろ!今はどうにもならないと言っただろう。それに、縁。我々悪魔は魔羅様に絶対の忠誠を誓っている。それは誰かに言われているからではない。生まれた時から、心の中に強くあるものなんだ。この忠誠心は誰に何を言われようとも変わることなく、決して逆らえないものなんだ。」
音波は縁に諭すように言ったが、縁はよくわからないという顔をしていた。
「でもね、音波。僕は魔羅様がわからないよ。なんか、悪魔が可哀想に思えるんだ。」
縁は音波の顔色を見ながらも、きっぱりと言った。それを聞いた音波は驚き、そして一瞬で頭の中が怒りで溢れた。音波は怒りで目を見開き、唇を固く噛みしめ、拳を強く握りしめていた。
そのまま長い沈黙が部屋を包み込んだ。誰も口を開くことができなかった。
長い長い沈黙が続き、最初に縁が話し出した。
「僕は、僕は、魔羅様を裏切ろうとか、命令を無視したいとか、そう思っている訳じゃないんだ。ただ、悪魔がすごく可哀想に思えて・・・。ごめんね、音波。魔羅様を侮辱したい訳じゃないんだ。」
縁は本当に申し訳なさそうに音波に言った。音波はまだ怒りの表情をしていたが、少し体の力を抜いた様だった。
「僕は魔羅様に逆らいたいんじゃないからね。これは本当だよ。」
縁がまた静かに言った。しかし、音波はまだ何も言わなかった。縁の言葉を理解しようとしているようだったが、しばらくして口を開いた。
「そうか。縁にも魔羅様に対する忠誠はないのか。」
音波はとても悲しそうに言った。
「僕に忠誠があるのかないのかは自分でもよくわからないんだ。でも、ただ、その、極夜みたいに自由に生きたいとは思っていないよ。僕の事というより、悪魔みんなの事が可哀想に思えたんだ。」
「じゃあ、縁は私のことも可哀想だと思っているのか?」
「そう言われるとなんて言っていいのかわからないよ。ただ、さっきの話を聞いていて、そう思ったんだ。」
縁の言葉を聞いても音波にはまったく理解できなかった。ため息をつきながら音波が言った。
「私には縁が言っていることも、極夜が言っていることも理解することができない。」
「おい、待てよ。俺だって縁の言ってることはわかんないよ。俺たちが可哀想なんて、悪魔を馬鹿にしてるようなもんじゃねぇか!」極夜が言った。
「別に馬鹿になんかしてないよ!僕だって極夜が言ってることわかんないんだから!音波に魔羅様の命令を無視するなって言われたって平気な顔してるじゃないか!音波が極夜のこと心配して言ってるのに!」
「なんだと?自分だって音波を怒らせたくせによく言うよ。」
「極夜と一緒にしないでよ!僕は極夜と違って音波に心配なんかかけさせてないもん!」
これを聞いた極夜は頭に血が上り縁につかみかかったが、縁も負けじと極夜に飛びかかった。その様子を見ていた音波は今まで極夜も縁も聞いたことがないくらいの大声で怒鳴った。
「やめろ!!!」
その声に驚いた極夜と縁は取っ組み合ったまま動きを止めた。
「もう、わかった。2人ともやめろ。」
音波はため息をつき、言った。極夜と縁は音波の様子を見て、しぶしぶお互いに睨み合ったまま手を放した。
「極夜と縁が喧嘩をしてどうするんだ。まったく。」
そう言った音波の顔には、もうさっきまでの怒りは消えていた。
「極夜の考え方でさえ理解できないのに、縁までだとは思わなかったよ。とりあえず2人とも座れ。」
呆れたように音波に言われ、極夜と縁は一番近くにあった極夜の台に腰かけた。音波は2人の前に仁王立ちになった。
「いいか、まず極夜!お前は死魔様に消されないためにも、絶対に魔羅様の命令を守るんだ。今お前が自由になりたいなどと言ってもどうにもならない。そのことをもう一度よく考えろ。そして、縁!お前の考え方も私は理解できない。しかし、極夜同様、魔羅様を裏切る考え方だ。我々は魔羅様に疑問を感じてはいけない。私は魔羅様に忠誠を誓い、魔羅様にお仕えできることを誇りを持っている。しかし、忠誠のない者には何を言ってもわからないだろう。それは極夜を見ていてはっきりわかる。だから縁にはもう忠誠を誓えとは言わない。でも、絶対に外では言うな。わかったか?」
音波は言い終わると、自分を落ち着かせようと深呼吸をした。そして、座っている2人を改めて見ると、極夜はふてぶてしい態度のままだったが、縁はしゅんとしていた。
「まぁ、あれだな。変わった者同士、仲良くやろう。それが友達、だもんな?」
そう言うと、音波は縁の頭に優しく手を置いた。縁は音波を見て、パッと笑顔になり言った。
「僕は音波に心配なんてかけさせないよ!極夜とは違うから!」
「おい、お前まだ言うのか?」
極夜がそう言いながら縁を睨んだが、縁も極夜に舌を出していた。
そんな極夜と縁を見て音波が笑い出すと、縁も笑い、極夜は少し微笑んだ。
しかし、運命はもう動き出していた。極夜はそれを知る由も無かった。




