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トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON2~ はためく夏の狭間から  作者: 花田秀彦
後編 第5話

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23/26

第5話ー① 後編

 その日の奈良県橿原市の夏空は澄み切り、蒸すような暑さも、刺すような日差しも全く感じられない、穏やかな時間がただ流れていた。


 定刻通りに電車が橿原神宮前駅に到着する。

 開くドアと、それぞれの目的に向かって歩き出す人々。

 青に変わる信号に、動き出す車の列。

 コンビニの自動ドアが開き、夏服の学生たちが笑い合う。

 いつもと同じような一日が始まり、何も変わらない日常が続くはずだった。


 しかしこの日の朝、SNS界隈は誰かが隠し撮りし、編集された動画が拡散され続けていた。

 そこには、久米香月【くめ かずき】と母・香織【かおり】、そして北越智峯丸【きたおち みねまる】に宇治頼径【うじ よりみち】までもが加わった親子喧嘩の一部始終が映しだされていた。


 【BL野球部主将くんの壮絶親子バトル!】と題され、激昂した香織が突然倒れ込み、救急車で搬送されるまでの動画には、根拠のない賛否両論のコメントが多数投稿され騒然となっていた。


 大和まほろば高校も同様で、久米家の話題で持ち切りだった。


 職員室はいつもに増して慌ただしく、部外者からの電話対応に追われ、校長は受話器を置きながら大きく溜息をついていた。

 野球部の朝練にも朝礼にも、久米は姿を現さなかった。

 久米本人ではなく、何故か北越智から欠席の連絡を受けた縄手章畝【なわて あきや】は、胸のざわつきが治まらなかった。


 何度も何度も久米本人に電話をかける。

 昨夜はLINEで、文字が踊りだしそうな勢いで大学の話をしてくれていた。

 久米の文字を打つ楽しそうな顔が簡単に想像できていた。

 しかし今は、呼び出し音が虚しく鳴り続けるだけだった。



 アブラゼミの鳴く声が頂点を極める午後。

 第二試合に向けて野球部の練習が始まる。



 謹慎処分が解けた葛本定茂【くずもと さだしげ】は、日差しに目を細めながら「ホンマにおっとろしいーのぉー!」とスパイクでグラウンドを掻き蹴った。 

「親と喧嘩したぐらいでなんやねん!試合はどーでもええんか!ホンマに女の腐ったようなヤツやで!」

 そうぼやきながら、一年生にボールを運ぶマネージャーの手伝いをするように指示を出す。


「で、なんで北越智もおらんねん!!縄手はどーでもええけどや!」

「あぁあああ!どいつもこいつも、おっとろしすぎなんじゃ!」

 野球再開後に北越智の噂の魔球を受けたかったが、その期待も外れてしまい、つのる苛立ちに大きく舌打ちする。



 準備が整った様子を確認した葛本は、組んでいた腕をほどき、バットを手に取った。



 マネージャーの木之本からボールを受け取りながら、それぞれに向けてノックをしていく。

 爽やかな夏空が広がっている割には、気分が晴れない。

 流れる汗と蝉の鳴き声がイラつきを倍増させる。


 普段なら久米がいるはずのサードを思わず睨んでしまう。


 鼻から胸に溜まる激怒の息を一気に吐き出し、バットを振った。

「うわぁ!」

 思いっきり空振りしてしまった葛本。


 そんな姿を斜めの視線で見ていた木之本は

「そんなに気になんねんやったら、後で、みんなで行く?」

 葛本の心を読むように呟いた。


 足元の土を整わせ、

「あほか!誰が行くねん。きしょいことゆーなや。」

「おとろしんじゃ。」

 気を取り直し、バットを振った。

 ボールがバウンドしながらグラウンドを駆け抜ける。

 1年生部員がキャッチしファーストへ投げる。


「私は行ってくるわ。」

「なんぼかけても、でぇーへんし。」

 ボールを渡しながら木之本はさらに呟いた。


「そうけ。」

 ぶっきらぼうに葛本は返した。


 再びバットを振る。

 激しく回転するボールが、整備しきれないグラウンドに翻弄される。

「こっらぁぁーーあ!ちゃんと体で取れや!」

 そしてトンネルをした1年生に、鬱憤を晴らすように怒鳴った。



 少し離れた位置で、ワンバウンドのブロッキング練習をしていた戒外興文【かいげ おきふみ】は、そんなふたりの会話を耳にしていた。



 ―――――――――――――



 通行人もいない静かな住宅地の片隅で、縄手はここから先に進むべきか、引き返すべきか迷い立ちすくんでいた。


 学校からの連絡にも出ない状態が続き、家庭訪問の形をとって久米の家の近くまでやってきた。

 しかし、久米家の前にたむろする数人の人影に、嫌な予感を縄手は全身に感じてしまっていた。


 ジリジリ照り付ける太陽を避けるように日陰に入った縄手は、再度スマホを手に取り、久米に直電を入れてみる。

 ・・・・・・・やはり、しばらく呼び出し音が鳴ったあと、留守番電話に切り替わった。



 額に浮かぶ汗を拭いながら大きく溜息をついた縄手は、意を決したようにバッグからサングラスとマスクを取り出し、日陰から一歩踏み出した。



 集まった人の手には、さとやくスタジアムで目にした応援グッズが輝き、久米の家をバックに記念写真を撮っているようだった。

「モザイクかかってても、住所がバレたんか・・・。」


 マナーの悪さに注意しようとマスクに手をかけるが、自分が縄手だとバレると更にややこしくなるだろうと諦め、立ち止まらずにゆっくりと前を通り過ぎる。


 ここから見える久米家のすべての窓に目をやるが、電気は消されている。


 ―――いないのだろうか、家の中に閉じこもっているのだろうか。


 ふと一人が、こちらに視線を送る。

 慌てて目をそらし、前を向く。


 ―――確かにこんな状態では、外に出られないのはわかる。

 やけど、電話には出れるやろ。

 どねんしてん、久米。なにがあったんや。


 縄手は無関係を気取り、さらに久米の家から離れようと足を進めた。



 その先の門扉から、「近所のおばちゃん」という言葉がこれ以上ないほど似合う女性が顔をのぞかせ、集まる人々の様子に眉をひそめている。


 ふと縄手とサングラス越しに視線が合う。


 途端に形相を変え

「うわぁー。こわっ!」

「気持ち悪いわぁーーー」

「警察に言わな・・」

 激しく身震いしながら、玄関の奥へ逃げ込んだ。


「ちょ・・・ちゃう・・・・って。」

 縄手の声は虚しく足元に零れ落ちた。



 突然、背後が騒がしくなる。

 もう警察が来たのかと縄手は振り返った。


 今、まさに久米家の前にタクシーが止まり、ドアが開かれるところだった。


 太陽に熱されたアスファルトから陽炎が揺れのぼる。

 誰かが降りたのはわかるが、ここからでは見えない。

 縄手は踵を返し、そちらへ近づいた。


「き、北越智?」

 見覚えのある横顔に、呟きも終わらないまま、もう一人の姿が見えた。


 初めて見るガタイのデカい男性。

「だれや?」


 北越智とその人が周りに群がってきた人々を追い払うように手をかざしている中、タクシーの後部座席から久米が姿をゆっくりと現した。


 ざわつきが一気に増した。

「久米くん!元気出して!」

「私たちがついてるから大丈夫!!」

「香月くん!笑顔!笑顔!」

 かけられる声の中、疲れ果てたように俯きうなだれたまま、久米は玄関へ向かう。


 ひとりがエビフライのぬいぐるみらしきモノを差し出す。

 北越智とその男に守られながら歩く久米へ、スマホが一斉に向けられていた。


 久米は力なく玄関のドアを開ける。

 敷地内に誰も立ち入らせないように、北越智たちが後ろ向きで確認しながらその後を歩く。


 縄手は、雨の日の新宿で彷徨い歩いていた久米の姿が、その力なさに重なり「久米!」と思わず叫び、駆け出した。


 その声に久米はピクっと反応し、ゆっくりと振り返った。


「だめです!入らないで下さい!!」

 宇治に行く手を塞がれた縄手はかまわずに叫ぶ

「久米!久米!」

「やめてください!不法侵入ですよ!」

 宇治は、力づくに近付こうとする縄手に腕を伸ばした。


「俺や!縄手や!」

 サングラスとマスクを剥ぎ取る。

 まわりは驚きスマホを縄手に向けた。

「よっちゃん!先生や!」

 北越智は咄嗟に宇治の伸ばす腕を止めた。


 眉を上げ納得したように宇治は縄手を解放する。


 縄手はこちらを見ながら立ち尽くし、今にも泣き出しそうに顔をしかめる久米に素早く近寄った。


 その様子を隠すように宇治は、飛び交うファンの声を無視し、玄関のドアに鍵をかけた。


 ・

 ・

 ・

 ・

 壁にかけられた時計の音を遮るように、スマホからヴァンヘイレンの5150を小さく流しながら、北越智は張り合わせた手紙をながめ、大きく溜息をついた。


 ひと気のなくなった久米家のリビングで、ゴミ箱の中に荒く破り捨てられた手紙を見つけてしまった。

 後ろめたい気持ちを抑え、ジグソーパズルのように張り合わせたその便箋には、久米家の激しい過去が推察できる内容が書かれていた。


 久米が東京へ父親に会いに行ったことは知っていた。

 母親はその父親との再会を望んでいないことも知っていた。


「噂以上やなぁ・・・これは・・・。」

 北越智は手紙を机に置きながら、腕組をする。

「そりゃ、お母さんにはキツイわなぁー」

 天井を見上げ、母の香織が抱え続ける孤独を感じ、目を閉じた。


「いつの時代も、スタンダードが人を潰してしまうことが多いけど・・・まだ先輩に言ってないことあるんかいな・・・」

 そして今、ディアナ・カヴァースの存在を知ってしまった北越智は、再び溜息をつき、ゆっくり目をあけながら手のひらを額に置いた。


「に、しても・・・真蛇は行き過ぎやろ・・」

 そうつぶやきながら、白き光にかき消されていく大蛇の姿を思い出していた。

 消される寸前の悲しみに満ちた母親の視線が忘れられない。

 走り寄る久米香月をただ一心に見つめていた。


 そして、視界の端に映っていた、同じ光に砕け散ったオオムラサキの影。


「なんやってん、あれ。」

 喉の渇きもあり、キッチンへ歩き出す。


 と同時に玄関の鍵が開き、冷えた飲み物が大量に詰められたスーパーの袋を両手に宇治が戻ってきた。

「あ、よっちゃんお帰り。」


「ただいま!」

「めっちゃ、外暑いわ。」

「歩くの、しんどいって。」

 一目散にクーラーの元に駆け寄り、涼みながら北越智に歪んだ笑顔を見せる。


「ご苦労さまです!」

「喉乾いてたから、助かるわぁー」

「さすがよっちゃん!」

 宇治からスーパーの袋を受け取り、北越智はペットボトルを冷蔵庫へ並べた。


「だいたいこの家中心に、半径300メートルの範囲を、蛇綱【じゃずな】に頼んで結界張ってもらってきたから。」

「余計な人は近づけんようになった。」

 宇治はTシャツの襟を広げ、冷風を注ぎ込みながら息を整えた。


「確かに。さっきのファンみたいなのとかストーカーとか、人間が一番怖いからなぁ。」

 北越智はコーラのキャップを開け、一口飲んだ。


「よっちゃんはアールグレイ?」

 頷いた宇治に、北越智はリビングテーブルに置いた手紙を指差した。


「これからどぉーする?先輩のお母さん、2・3日、目覚めんやろうし。」

「まあ、よっちゃん絡みの病院やから余計な事にはならんやろーけど・・」

 宇治は手紙に目を通しながら、北越智からペットボトルを受け取った。


「吉平【きひら】医療センターは、そういったことに精通してるしなぁ。任して大丈夫や。」

 手紙を机におきなおし、ペットボトルを開けた。


「同封してあるって書いてる久米くん宛のお父さんの遺書は?」

 真顔になった宇治は、コーラを飲みながら椅子に座る北越智に目をやった。


「わからん。」

 北越智はただ首を横に振った。



 と、二階から降りてくる足音に慌てた北越智は手紙を急いで畳み、ポケットに押し込んだ。


 リビングの扉が開き、縄手が顔を出す。

「先生、先輩の様子、どう?」

 振り返り北越智はつぶやいた。


 その言葉に縄手は小さく溜息をつきながら

「寝た。よっぽど疲れとったんやろ。」

 テーブルに寄りかかった。


 玄関のドアが閉まるなり、自分につかまりながら泣き出した久米を、そのまま部屋まで連れていった。

 辿り着いた部屋で、力なく崩れ落ちる久米を支え、そのままベッドに横になった。

 自分の胸の中で、徐々に落ち着き安心していく様子にただ頭を撫でることしかできなかった。


 あの日、小会議室で息子を狂わされたと叫び、睨みつける母親の顔が浮かび上がる。

 全員を笑顔にして見せると心に決めつつも、何もできていない自分に「ホンマにごめんやで」と寝息をたてる久米へ謝るしかなかった。



「先生はお茶でええ?」

 立ち上がった北越智の声に我に返った縄手は

「お茶で!」

 と答えた。


「あ!せや!はじめまして。ですよね。」

 テーブルを挟み立つ宇治に頭を下げる。

「はい。はじめまして。宇治といいます。」

 ペコリと小さく頷いた。


「宇治さん・・・・北越智くんの親戚の方とか?」

 冷蔵庫の中からペットボトルを取り出した北越智に顔を向ける。


 少し白目をむいて面倒くさく思った北越智は

「まあ、そんな感じです。」

 と嘘をついた。


「あ・・・あぁーなるほど。」

 訳がわからないまま、何も言葉が見つからない縄手はわかった様に二人に視線を流した。


「師匠なんですよ。武芸というか、そういった日本古来からあるものの。」

「え!あ、そうなんや。そんなんしてたんや。」

 少し驚きながら縄手はペットボトルを受け取った。


「やってるんですよ。」

 薄い笑顔の北越智。

「そうなんです。昨日も夜間修行の帰りにたまたまここの近く通ったら、えらい怒鳴り声聞こえてるから、なんや?と思ったら、北越智くんの先輩が大変なことになってたという。」

「そうそう。めっちゃビックリしたって。」

 宇治と北越智は口元を歪ませながら、口裏を合わせた。


「そうかぁ。でも深夜って、北越智まだ15歳やろ。」

「いくら師匠がおっても、それはアカンぞ。」

 縄手は椅子を引き、お茶を一口飲みながら、北越智を見た。


「はい、ごめんなさい。ホンマにいろいろあったんで、遅なってもーたんですよ。」

 北越智の目が死んだ魚のようになる。

「マジで補導とかされたらヤバいからな。」

「はい。以後気を付けます。」

 頭を下げ見えないように舌を出す北越智に、大きく頷く縄手。


「で、師匠の宇治くんは何歳なんですか?」

「24歳です。」

「え?!」

 そんな北越智から宇治に向き直った縄手は驚いた。


「もっと年上やと思った。若いし、体も凄いし、その貫禄というか……なんか言い表せんもん感じるで。」

「やっぱ凄いなぁ!君。さすが師匠やなぁ。」

 感心した眼差しで見つめられた宇治は苦笑いをしながら

「ありがとうございます。」

 少し頭を下げた。


「まあ、今後は気ぃつけて行動してや。」

 縄手は腕を組み、椅子にもたれながら、

「それはそうと、どねんなったんや。」

 キッチンへ逃げようとする北越智の背中に言った。


 その言葉に宇治が縄手の対面の椅子に座り、

「正直、私たちもよーわからん状況でして。」

 手に持ったペットボトルを机に置いた。

「着いたころには、お母さんが怒り狂ってまして。」

「説得してたら、突然倒れたってわけですよ。」


 縄手は小さく息を吐きながら目を閉じ、聞いていた。

「まぁ、あのお母さんやったら、いつかそうなるかもって思っとったけど。」

「動画、見た感じでも、まあまあキレとったしなぁ。」

 そう言った縄手は大きく息を吐き、テーブルに両手をつき

「とりあえず、今日は宇治くん、北越智くん、本当にありがとうな。久米のそばにおってくれて。」

「ホンマにホンマにありがとう。」

 頭を深く下げた。


「いや、私たちは本当に大丈夫なんで、気になさらないで下さい。」

 宇治が頭を下げ続ける縄手に手を伸ばした。



 ピンポーーーーーーン


 不意に玄関のチャイムがなった。


 その音に驚いた宇治はハッと顔を上げ

「なんで!」

 誰かが結界を突破してきたと、立ち上がった。


 ピンポーーーーーーン


 再びチャイムが響く。

 眉を寄せた北越智と宇治は顔を見合わせた。


 と、

「香月――っ!大丈夫?」

 誰かの声が届いた。


「あぁーぁ」と一気に力が抜けた北越智は、大きく安心した溜息をつき玄関に向かった。


 鍵が外され、ドアが開く。


 そこには、学校帰りの木之本沢奈、戒外興文、山本水癒とその隣に不貞腐れた様子の葛本定茂が立っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズとして連載しています。


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また、本作の世界観をもとにしたAIドラマやイメージソングも制作しています。

ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。


それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
シーズン2後半スタート、ありがとうございます。 壮絶な歴史絵巻から、一挙に現実に戻ってからの、香月と縄手先生、そして、まほろば高校野球部のみんなとの間で。どんな実態を知り、どう歩み出して行くのかが、ハ…
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