第4話ー④ 前編・最終エピソード
蒸し暑いリビングの中、クーラーのスイッチを入れることもなく、久米香織は手紙を手に湧き上がる苛立ちに震えていた。
請安の問いに、自分が持てる知識を総動員し、辻褄を合わせた答を出そうとしたが、胸にできた大きな穴を埋めることができないまま帰路についた。
そして今。
その穴は、思いもよらない怒りで一気に満たされようとしていた。
嫌味なほどへりくだった丁寧な文面に、忘れもしない屈辱的な過去が蘇る。
テーブルの上には乱暴に開封されたゆうパック。その隣に畳まれた衣類と、久米香織様、久米香月様と書かれた二通の白い封筒。
差出人は言葉に表せないほどの嫌悪感に満ちた、ディアナ・カヴァースの名前があった。
香月が東京で彼女に会い、父親である忠の死を告げられていたことは聞いていた。
その後、教師の縄手によって発見され、保護されたことも聞いていた。
父親について香月に嘘を付いていた罪悪感と、将来を決める高校三年生という大切な時期もあり、認めたくない状況の数々を最大限受け流すように努力し、聞き流した。
しかし、香月は縄手と泊まったはずのビジネスホテルではなく、よりによってディアナ・カヴァース宅に衣類を置き忘れていた。
着替える状況、香月が裸になる状況・・・
元夫の忠だけではなく、息子の香月にまで誘惑の爪を立てたのではないかと、想像したくない映像が恐怖を呼び、髪を逆立てさせた。
「あぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!」
香織はこれまでの人生で出したことのない声で絶叫し、手の中の手紙を微塵に破り撒いた。
ひらひらと手紙の破片は床に落ちる。それを何度も何度も香織は踏みつけた。
それでも消えないディアナ・カヴァースの存在感で溢れかえったリビングルームの中で、今以上に発狂したい衝動を抑え、悪夢の中に自分が迷い込んだのだと言い聞かせ、冷静に落ち着こうとしていた。
愛する息子の畳まれた衣類に手を伸ばす。
嗅ぎなれない柔軟剤の匂いが、わき上がってくる。
香織は途端に吐き気をもよおした。
今にも引きちぎりたい思いに駆られながら、急いで洗濯機に放り込み、荒々しく大量の洗剤と柔軟剤を投入し、スタートボタンを押す。
洗濯機が唸りを上げて回り始める。
のぞき窓の向こうで、白い泡が渦を巻き、衣類を飲み込んでいく。
香織はその様子を、怒りに満ちた目で睨み続けた。
―――――――――――――
宵闇が景色を隠し始めた頃、住宅地は静まり返っていた。
ポーチライトの光を頼りに、駐車場に停められた車を避け、自転車を立てかけた曲川勾太は、玄関のドアを開けた。
北越智たちと別れてから、モヤモヤした気分のまま自転車をこぎ続けた。
ふたりの前では平気なふりをしていたが、突然湧き上がる感情に、無意識のまま引きずられてしまう自分と、これからどう向き合えばいいのか分からなかった。
「ただいま。」
テレビの音が響く中、夕飯の準備が進むキッチンに顔をだす。
「勾太さん、おかえりなさい。」
豆腐をまな板の上で切り分けていた継母が、笑顔で振り向き手を止めた。
「おめでとうございます!今日の試合、本当に大活躍でしたね。」
手を洗い、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出し、勾太に差し出した。
「ありがとうございます。でも、俺はぜんぜん調子悪かったですけど・・」
受け取りながら頭を少し下げ、視線をそらした。
「お帰り!お兄ちゃん!」
「お帰りー!」
テレビを見ていた、まだ幼いふたりの義弟が駆け寄ってくる。
「今日、試合見に行ったで!めっちゃかっこよかった!」
「かっこよかった!」
「なあ!」
ふたりの手には、色違いのプラスチック製のバットが握られていた。
「知ってる!ちゃんと見えてたで!」
「応援ありがとうや!」
「次もめっちゃ、頑張んで!」
ふたりの乳歯が抜けた口を開けながら、屈託のない笑顔に勾太はガッツポーズを見せる。
「おかあさんもありがとうございます。わざわざ暑い中。」
「いいえ。丁度、明日香に用事があったので・・・それに、この子たちも楽しみにしてましたし。」
背負ったバックを降ろしながら、勾太は微笑みを絶やさない継母に顔を向けた。
「ユニフォーム、洗っておきますので、洗濯機の横に置いておいてください。」
「大丈夫です。風呂入るついでに自分でしますので、乾燥機だけお願いします。」
「今日は勾太さん、疲れてらっしゃるでしょ?私がやりますよ。」
「いや、本当に洗いなれてるし、自分の方が早いと思うので。」
手に持ったペットボトルの滴が制服のズボンに落ちる。
「わかりました。あまり無理をなさらないでくださいね。」
継母の微笑みに勾太は小さく頷いた。
「お風呂の準備はもうできています。」
「ありがとうございます。では先に入ってきます。」
口角を少し上げたまま、頭を下げ一歩踏み出した。
笑顔のままの子どもたちは、それに合わせるように後ずさりをする。
「じゃ、お兄ちゃん先にお風呂入ってくるわ。」
そんな言葉を残し、勾太は扉を閉めた。
―――「なんやこれ・・・・」
笑顔がかき消された曲川は胸に手を当てた。
違和感しかなかった。
慣れてきていたはずの継母たちとの生活が、こんなにもギリギリの境界線の上に立っていると感じたことはなかった。
父親に初めて継母の家族を紹介された時よりも、息苦しさがあった。
交わす言葉はどうしてもぎこちなくなるが、継母が自分に見せ続ける微笑み。
未だに頭も撫でたことがない、ふたりの子どもたちが作り出す距離感。
曲川勾太は吐き気を覚えながら、顔をしかめ咳払いをし、脱衣所の扉を開けた。
―――――――――――――
その夜、久米香月は帰校後、午後の練習のあわただしさもあり、あまり話せていなかった葛城大学の圧巻さや芽生えた入学意欲を縄手章畝とLINEでやり取りをした後、就寝についた。
―――どれくらい時間が流れただろう。
雲のかかる満月と共に、夜明け前の一番深い闇が街を覆いつくしていた頃だった。
暗闇の中から、呻きに似た歌声が久米香月の部屋に続く階段下から聞こえてきた。
―――かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?―――
階段を軋ませながら、裸足の足が一段、また一段と上がってくる。
力なく垂れ下がった両手は小刻みに震え、乾ききらない髪が首筋に張り付いていた。
―――かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?―――
「・・・わたしのあかちゃん・・・わたしのこども・・・」
色を失い、小さくひび割れた口元から言葉が足元へ零れ落ちる。
雲が流れ、天窓から月明かりが廊下に差し込んだ。
足をたどたどしく引きずり、辿り着いた部屋の前に立ったその影は、般若に変わろうとする久米香織の姿だった。
ドアがゆっくりと開かれた。
広々とした玄関の、その先の部屋から見える奈良盆地。
広大な眺めに香月は「うわーすげぇー」と唸り窓に駆け寄り、ベランダに出た。
風が髪を優しく撫でながら通り過ぎて行く。
感無量に太陽に顔を上げ、まぶたを閉じる。
ここから始まる新しい生活は、両手いっぱいの幸せに溢れ、何の障害もなく興奮と楽しさしかないと自信を持てた。
笑顔が絶好調のまま、香月は振り返り大きな声で呼んだ。
「縄手先生!!こっち来てや!すごいで!」
不動産会社の人と話をしていた縄手はこちらを向き、笑顔で近寄ってくる。
縄手先生と一緒に暮らす部屋として最高の立地。
言葉にならない幸福感は香月の目を潤ませた。
微笑む縄手は香月の腰に手を添えて「気にいった?」と呟く。
「はい!最高っす!」
香月はそっと体を預けるように、縄手の胸に顔を埋めて匂いを嗅いだ。
縄手の体がゆっくりと倒れ、香月を押し倒していく。
「あっ・・先生・・・」
ベッドに重なる二人。
いつの間にか変わっていた場面を疑うこともなく、縄手の背中に両手を回そうと、目と目を合わせた。
突然、圧し掛かる縄手の体重が重くなる。
息が段々とできなくなりそうになりながらも我慢をした。
体に触れる縄手の感覚が何故か荒い。
「・・・せんせ・い・・ちょっと苦しい・・」
香月はとぎれとぎれにつぶやいた。
「ちょ・・・せんせい・・」
そしてあまりにも強烈な感覚に、一気に景色が吹っ飛ぶ。
!!!!!!!!
目を開けたその瞳に映ったのは、幽霊、妖怪、化け物、エイリアンどの言葉にも当てはまらない、ただの最恐でしかなかった。
自分の体の上にまたがり、揺れるその者の髪は乱れ、垂れ下がる髪の隙間から覗く顔は真っ赤に染まり、額からは角のようなものが見え隠れしていた。
「!!!!!!!!!!!!!!!」
声が出ない。
「かごめかごめ・・・籠の中の鳥は いついつ出やる・・・夜明けの晩に・・・鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?・・・」
「・・・わたしのあかちゃん・・・わたしのこども・・・」
つぶやくように歌うその者の声は細く絶望に満ちていたが、圧し掛かり体を揺らす力は執念の強靭さだった。
「・・・・・・・」
叫びたい、だけど全く声が出せない。
指先ひとつ動かせない。
香月の恐怖に慄く目と、その者の目が合う。
ふと揺らしていた体がとまる。
その者の血走った眼が香月の顔を凝視した。
少し首をかしげ、その者は顔を近づける
「・・・あなたは、だぁーれ?」
それまで香月の股間にあった手が頬を撫でる。
尖りながら伸びようとする爪が香月の唇を通り過ぎていく。
「・・・これは夢・・・きっと夢や・・・」
すべての感覚が現実を証明している状況で、香月は震えながらその者の視線から逃げようと目を閉じた。
それでも、体に圧し掛かる重みは消えず、息のかかる距離で歌は続いた。
「かごめかごめ・・・籠の中の鳥は いついつ出やる・・・夜明けの晩に・・・鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?・・・」
「・・・わたしのあかちゃん・・・わたしのこども・・・」
悲しみに満ちた目が微かに揺れる。
「・・・あなたは、だぁーれ?」
鼻をつんざく鉄の焦げた臭いが漂う。
耐えられない恐怖と、SOSが誰かに届くように、全身全霊で叫び出そうとするがやはり声を出すことが出来ない。
再び体を揺らし始めたその者は、香月の股間へ手を伸ばした。
「かごめかごめ・・・籠の中の鳥は いついつ出やる・・・夜明けの晩に・・・鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?・・・」
「・・・わたしのあかちゃん・・・わたしのこども・・・」
どうすることもできない状況に、死を意識し始めた香月は、乱れた髪を振り乱すその者が母親の香織に似ていることに気づいた。
「・・・あなたは、だぁーれ?」
再び香月の顔を覗き込むその顔は、原形をとどめないほど歪んでいたが、やはり見覚えがあった。
「・・お・・お母さん・・?」
香月はつぶやいた。
声が出せたことに気付かないまま、「なんで?」「嘘やろ?」と驚愕の表情で顔を横に振る。
「どねんしたんや!」
「なんでや!やめてや!」
「俺!香月や!」
少しずつ動けるようになった香月は、声を張り上げた。
「かごめかごめ・・・籠の中の鳥は いついつ出やる・・・夜明けの晩に・・・鶴と亀と滑った 後ろの正面だあれ?・・・」
「・・・わたしのあかちゃん・・・わたしのこども・・・」
それでも、歌は止まらない。
「ホンマにどねんしてん!!」
声だけが出せる状況に必死に抵抗するが、凄まじい力で抑え込まれ身動きが取れない。
―――次の瞬間、その者は突然後ろを振り返り
「・・・あなたは、だぁーれ?」
と首をかしげた。
「・・あ・・・・・・」
香月もその者が向いた方向に視線を動かした。
そこには、やわらかい光で白く輝く半透明の人物がたたずんでいた。
微かな記憶に残る姿に香月はつぶやいた。
「・・・お父さん・・・」
その言葉が呪文のように、今まで抑え込まれていた力がスッと消える。
ゆっくりと香月の体から離れたその者は、くねるように立ち上がり半透明の人物に歩み寄った。
それまでおどろおどろしかった姿が、ゆっくりと元の姿へ変化していく。
「香織さん。本当に自分が悪かったです。」
「誠意を見せられず深く傷をつけてしまったこと、ずっと悔やんでいました。」
半透明の人物は、近づく香織に頭を深く下げた。
「本当に心よりお詫びいたします。」
「弁解の余地は一切ありません。」
「だから、息子の香月をこれ以上責めないでやってください。」
その言葉に香織の表情が緩む。
ゆっくりと体を起こした香月は、母と父の姿がどんな成り行きでも、目の前にあることに、恐怖は少し薄れていた。
「香織さん。本当に今まで多大なる苦労と苦痛を与えてしまったこと、深く反省しています。申し訳ありませんでした。」
「そして、息子の香月をここまで育ててもらえたことに、心より感謝いたします。」
やわらかな光に包まれている父は、再び頭を下げた。
「お父さん。」
香月はベッドから立ち上がった。
父はこちらに視線を向け、優しく微笑んだ。
「大切なお母さんを守ってやってくれよな。」
繰り広げられる状況に麻痺してしまった頭の中に父の声が届く。
香月はただ「はい。」と声に出し、頷いた。
その時だった。
「誰がお前の息子や!」
「謝ったからってなんじゃ!」
「お前の罪がなくなると思うな!」
落雷のような声が響き、香織の爪が弧を描く。
「幽世【かくりよ】の者が言う事か!」
「男の誠意なんかは豚も食わんわ!」
追い打ちをかけるように、爪が一文字に流れる。
机の中に大切に納められていた父の遺骨が砕け散った。
裂かれた父の姿が静止画のように硬直する。
香織のその爪は鋭く伸び、鎌のように湾曲していた。
あまりにも突然で一瞬の出来事に、大きく目を見開いた父は徐々に拡散して消えていく。
「えっ!」
驚いた香月は母へ視線を移した。
そこには先ほどよりはっきりと角が伸び、口が大きく裂けた般若の母の姿があった。
「うわあああああああああああああ!!!」
香月は史上最大の叫び声をあげた。
ゆっくりと般若が振り返る。
「お前はだれや!わたしの子どもかぁ?」
大きく開かれた口から放たれる強烈な悪臭と共に、かすれた声が香月の体に圧をかける。
「お・・母さん・・」
つぶやく香月に、瞬間移動したかのように距離を詰めた般若は顔を近づけた。
般若の目から一筋の涙が零れ落ちる。
「ヤバい・・殺される・・・」
香月は目を閉じ、母に殺されるなら、と覚悟を決めた。
その瞬間だった。
心の奥底で、誰かが小さく笑った気がした。
ピンポーーーーーーン
不意に玄関のチャイムがなった。
般若の動きが一瞬固まった。
香月はその瞬間を見逃さずに脇をすり抜け、一気に玄関へと階段を駆け下りた。
ピンポーーーーーーン
再びチャイムが響く。
「だれか!だれか!!!」
「お母さんが!!!」
香月は素早く鍵を外し、玄関を必死に開けようとするが、ドアはびくともしない。
「だれか!お母さんを助けてや!」
開かない玄関を何度も叩きつけ、レバーハンドルを力一杯に回す。
不意に背後から熱のこもった息がかかった。
急いで取り出したイヤフォンを耳に突っ込んだ。
セットしたスマホから雅楽が流れ出す。
「真蛇【しんじゃ】にはさせんで!!まずは外の結界を壊す!林邑八楽【りんゆうはちがく】陪臚破陣楽【ばいろはじんらく】!」
制服のズボンを膝下までたくし上げた姿の北越智峯丸は、舞いながら手に持った太刀を、玄関の前の空間に振り下ろした。
「まずひとつ!貪【とん】!」
寺の鐘が唸るような音が辺り一面に響き渡る。
次の瞬間、玄関のドアが勢いよく開かれ、必死の形相の久米が飛び出した。
足がもつれ倒れそうになった久米を、北越智の背後から現れた宇治頼径がしっかりと受け止めた。
「お母さん!お母さんが!!!」
誰を相手に話しているか理解できていない勢いで、久米は声を張り上げる。
「わかってる。まかせて。」
決死の思いですがる久米を背後に隠すように、宇治は腕を回した。
久米の後を追うように玄関の暗闇から、ゆっくりと般若が顔をのぞかせた。
怒りが極限に達したかのように、角は大きく伸び、耳まで大きく裂けた口から鋭い牙がむき出しになっていた。
それでも怒りの裏に悲しみを秘めた表情のままで、宇治の後に立つ香月を見つめる。
その姿に北越智は凛と舞いながら、太刀を身構えた。
「ふたーーーつ!瞋【じん】!」
すぐさま気合を上げ、飛び上がった北越智は般若の頭上に太刀を叩き下ろした。
銅鐸の鋭い音が、深夜の住宅街に弾ける。
般若は北越智の刃を角で払い流し、鉤爪を薙ぎ払った。
盾でそれを防御した北越智は軽く飛ばされる。
「あぶな!」
「てか、硬っ!」
距離を開けるように北越智はさらに後方の玄関アプローチへ飛んだ。
般若はこちらを怨めしそうに深闇から見つめる。
「待ってや!お母さんを傷つけたらあかん!」
不意に宇治をすり抜けた久米は、舞う北越智の制服を掴む。
「そんな刀やったら死んでまうやろ!」
「やめろや!」
般若と対峙して目を離せない北越智はそんな言葉に、少し驚き久米を一瞥した。
「え・・・・・先輩・・・見えるん?」
北越智の呟きを無視しながら久米は
「それはあかんって!」
「頼む!殺さんといて!」
半泣きに叫んだ。
そんな久米にゆっくり近づいた宇治が
「大丈夫。本当に斬る訳やない。」
「いや!でも!」
抵抗する久米を強引に抱え上げた。
「やっぱり・・・・久米先輩、見えてるんや・・・」
「ってか、そんなことゆーてる場合ちゃう。」
北越智は再び流れ出した雅楽に合わせて太刀と盾を空中へ消し、矛を両手に持ちかえた。
「お母さん!お母さん!」
宇治の強靭な力に押さえ込まれ、身動きが取れない久米が叫び続ける。
般若は、北越智に歪んだ表情を向けたまま熱の籠る息を大きく吐いた。
「くっさ!・・・」
北越智の顔が濁る。
「お前らも、私の願いを消そうとするのか・・・。」
幾重にも重なるかすれた声が空間に響く。
北越智が振るう矛の先が、般若の正面で光る。
「女の幸せに男などいらぬわ!」
「この世からすべての男を消し去ってやる!」
地鳴りのごとく叫ぶ。
「北越智!あかん!!!お母さんを殺すんやったら、先に俺を殺せや!!!!」
般若の叫び声をかき消す叫びを、宇治の腕の中で久米は上げた。
瞬間、般若の表情が緩んだ。
「瞋【じん】!」
北越智はその隙を見逃さない。
一気に踏み込んだ北越智の矛が般若の額を貫いた。
再び梵鐘の打ち鳴らされる音が響き渡る。
不意を突かれた般若は、さらに怒りを露わにした。
「ああああああああああああああ!!」
突き刺さる矛を力一杯引き抜き、猛り狂う叫び声を上げる。
怒りを越えた般若は自身の髪の毛を次々とむしり取っていく。
みるみる肌が鱗と化し、長く垂れ下がった舌は二股に分かれて裂けていった。
空間を無視するかのように、その体はうねりながら巨大な大蛇へと変わっていく。
理性を見失った蛇体は情動のまま、炎を纏った牙を振り乱した。
しかし、そこには北越智はいない。
入れ替わるように、宇治頼径が真蛇へ変わろうとするその者の前に立ちはだかった。
「そうですか。あなたはこの家に縛られているんですね。」
その者の前で二回礼をした宇治は小さく息を吐きながら、三輪明神と書かれた五角包みの封を破り、中の砂を左、右、左と順にその足元に撒いた。
襲い来る真蛇の業火にひるむことなく
「耳を落としきれなかったあなたは、まだ大丈夫です。」
「さあ、終わりにしましょう。」
「忌まわしき記憶と共に、あなたの中心に居座る癡【ち】を祓い清めます。」
宇治は手のひらを合わせた。
「中臣【なかとみ】の名を持って願う。この者の穢れを祓い給え、清め給え!」
「大神【おおみわ】の白蛇神――顕現!」
全霊を込め、宇治は大きく二度、その手を打ち鳴らした。
「やめろーーー!!」
制止する北越智の腕を、力一杯払いのけ久米は母に向かって走り出す。
「お母さーーーーーーーーーん」
砂が撒かれたその者の足元から一筋の光が立ち昇る。
その光は瞬く間に周囲へ広がった。
深闇を祓うように、辺り一面が真っ白な光に包まれる。
あまりにも強すぎる白さに街の全てが解けていく。
一羽のオオムラサキが光に砕け散った。
―――静寂が訪れるまで、どのくらい時が流れたのだろう。
久米家の騒動に起こされた近所の人々が、心配そうに姿を見せていた。
ふと、鳥のさえずりが聞こえ始める。
そして、七月の夜明けが、東の空をうっすらと彩り始めていた。
トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON2~はためく夏の狭間から 前編・完
前編を最後までお読みいただき、本当にありがとうございます。
なかなかニッチな人物の登場やテーマが重すぎるため、皆さんの想像していたBLとはかけ離れた作品となっているかもしれません。
それでも、それぞれが抱える【家族】の思いを皆さんと共に考えていけたらと思っております。
後編はさらに哲学に踏み込んだ内容になっておりますが、なるべく負担を軽減できるように、転生系、チート系を散りばめていきますので、今後とも【トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル】シリーズの応援、何卒宜しくお願い致します。
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また、本作の世界観をもとにしたAIドラマやイメージソングも制作しています。
ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。
それでは、後編もお楽しみいただければ幸いです。




