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トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル SEASON2~ はためく夏の狭間から  作者: 花田秀彦
前編 第4話

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第4話ー③

 大阪府と奈良県を隔てるように存在する葛城山。

 その東側に広がる奈良盆地に【国立大学法人 葛城大学】は、広大なキャンパスを広げていた。

 橿原市・御所市・葛城市の中間に位置するその大学は、全国でも唯一無二の「民俗学・文化人類学の拠点」として名を馳せていた。


 京奈和道路が南北に走り、南阪奈道路が東西に横切る、そしてJR・近鉄の主要駅からはバスの運行もあった。

 しかし広大なキャンパスに見合わない募集定員数の少なさと、大半が総合型選抜による入試方式であったため、国立の中でも難関として有名でもあった。


 街路種の深緑が夏の太陽光を反射させる大学の敷地内を、後部座席に久米香月を乗せた車が移動していた。


 クラス担任が運転する車内は、フル稼働するエアコンの音だけが満ち、久米は初めて見る大学の広さと、校舎の立派さに口を閉じることを忘れ、ゆっくりと流れる風景を必死に目で追っていた。


 大学は夏休みに入っているのか、歩く人影はなく、それが余計に別世界に来た感覚にさせた。

 さらにパンフレットでしか見たことがない、太古と現代を掛け合わせた大社造の大講堂が見えた時は思わずスマホのシャッターを連発していた。



 野球部の朝練を済ませた後、呼び出された職員室で、午後に葛城大学を訪問することを、返事を返す暇もなく告げられた。


 もちろん拒否する理由もなく、昨夜、母に相談した時も驚きの笑顔で喜んでくれていたし、今朝も縄手先生からの強い推薦もあった。

 何よりも、近場だけど一人暮らしできるチャンスだと思えた。


 さらに賀茂小角教授はかなりの学識経験者だったらしく、これを機に「葛城大学との縁を大切にしたい」という空気が職員室に漂っていた。

 久米自身も今まで学校に迷惑をかけてきた負い目もあったのも事実だった。



 スピードを落とし、駐車場に入った車はバック音と共に木陰に停まった。


 ドアを開けると襲い掛かる強烈な日差しと蝉の大合唱。

「暑っつ・・」と呟く久米に

「賀茂教授に挨拶をしますから、私も行きます。」

 クラス担任は日傘を広げた。


 ほとんど何も話さないまま、案内板にしたがって入試広報課へ進んでゆく。

 触れたことのない大学の空気に、何故か背筋が伸びる。


 出来るだけ日陰を選びながら歩く、陽炎揺れる誰もいないアスファルトに映しだされた二つの影に

「縄手先生とだったら、デート気分やのに・・・」

 と久米はよこしまな気持ちで、前を歩くクラス担任の日傘に視線を送ってしまった。




 冷房が程よく効いた廊下の奥に、賀茂小角教授の研究室はあった。

 クラス担任が丁寧にドアを三回ノックする。

 中からこもった声が聞こえ、そしてゆっくりとドアは開かれた。



 ―――――――――――――――


 蝉の鳴き声が、真夏の午後の時間に色を添える明日香村。

 日光を遮っている竹林から、開け放った部屋にそよ風が流れ込んだ。

「そういった過去が、御有りなのですね。」

 合わせるように揺れる風鈴の音が、涼しさを運ぶ。


「私は臨床心理士ではありませんし、まして性的少数者の専門家でもありません。」

 花梨の一枚板で作られた座卓の上、冷茶のグラスの縁を水滴が伝わり落ちる。


「しかし、あなたは頑張り過ぎるくらい、頑張って来られた。」

「そのことは、昨日と今日お伺いしたことだけでも、お察しいたします。」

 請安【しょうあん】の言葉に合わせるように、久米香織は目頭を押さえながら何度も小さく頷いた。


「香月さんも、お母様のお気持ちは十分感じ取っておられるように思います。」

 寄り添うような声に、香織は沈み込むようにゆっくりと頭を深く下げた。

「久米香織さん、あなたは香月さんの未来をどう願ってらっしゃいますか。」

 迷うような香織の沈黙に、請安は微動だにせず続けた。


 深く俯いたまま、しばらくハンカチで目頭を押さえていた香織は、短く息を吐きゆっくり顔を上げた。

「今のあの子は・・・香月ではないです。」

「全くの赤の他人です。」


 突然の否定的な言葉に眉を少し動かした請安は

「そう感じてらっしゃるのですね?」

 と、ただつぶやいた。


「そうなんです。話をしていても誰と会話しているのかわからなくなって・・・」

「私はあの子にとって、この世でひとりしかいない母親のはずなのに・・・」

「あの子が私に何を求めているのかわからなくて・・・」

「だからと言って、母親をやめることなんてできなくて・・・」

「私はもうどうしたらいいか・・・。」

「何も考えられなくて、今朝も笑顔で見送りましたが、誰の笑顔で見送ったかわからないままです。」

 今まで誰にも相談できなかった事を吐露できた安堵感で、香織の目から次々と涙が零れ落ちる。


 そして、請安の顔をぼやけた視界で真っ直ぐ見た香織は

「あの子は・・・私の生きた証なのです。」

「あの子は私なのです・・・」

「このままだと、私はあの子をこの手で壊してしまうかもしれない・・・」


 香織の訴える瞳の激しい揺れに、請安は深く息を吐いた。


「孔子の教え【君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず】が心に響いたとおっしゃった。」

「では何故、あなたの心に響いたのでしょう?」


「・・・・・わたしは・・」

 突然の請安の問いに、答を言葉にできない香織は戸惑い、視線をそらした。


 南風に揺れた風鈴がひとつ鳴り、一羽のオオムラサキが竹林の間をひらひらと舞っていた。



 ――――――――――――――――



 賀茂小角の案内で久米香月は大学構内を散歩のように案内されていた。

 大学側が久米を学校に送り届けるとの話になり、クラス担任は帰って行った。


 広すぎるキャンパスは徒歩で見られる箇所は限られていたが、それでも何もかもが香月にとって初めて受ける衝撃ばかりで、興奮を隠せないままでいた。


「この大和の地というのは非常に興味深いことが多くあって、多様な人々が古代から共存し、多様な文化が混在していた場所なんだよ。」

 どこか見慣れない綯い方をした巨大なしめ縄をただ茫然と見上げている香月に小角は微笑んだ。


「ここはコンベンションセンターで、年に一度国立大学の主要人物が集まって学会を開いたり、展示場になったりする場所なんだよ。まあ、結局大宴会のような感じになるんだけどね。」

「・・そうなんですか・・・・このしめ縄もガチデカいっすね。」

 ほとんど頭が動かない状態の香月は、口を閉じることを忘れたままだった。

「普通の神社とは逆の綯い方なんだよ」

 と小角は次に行きましょうと、手を次の方向へ差し出した。


「へぇーそーなんや」と、その後をひょこひょこついていくだけの香月は、まるで遊園地に連れてこられた子どものようだった。


「話を戻すと、この地では多様な文化や価値観が交錯し、ときに混沌を生んだんだよ。」

「そしてその混沌を一つの秩序へまとめようとする動きも、幾度となく起きて。」

「神武東征の物語も、大化の改新も、壬申の乱も、私はその繰り返しの一部として見ている。」

 香月に歩調を合わせるように歩く小角は、手を後ろに組んだまま優しい眼差しを向けた。


「しかしある人物が登場し、別世界をこの地に築きあげてしまう。」

「それが、役行者【えんのぎょうじゃ】と呼ばれた人物で、多様性や規律からも距離を置き、この世に存在するたったひとりの自分自身と向き合って生きていく世界を、山という場所に求めようとしたんだよ。」


 ふと立ち止まった小角は香月に体を向けた。

 不意に見つめられた香月は驚き姿勢を正し向き合った。


 真っ黒に日焼けした、まだあどけなさの残る顔。その真っ直ぐな視線を受け、小角は再び微笑んだ。

「今の君に、似ていると思わないか?」


 あまりにも唐突な問いに、香月は目を覚ますようにまばたきを繰り返した後、視線をそらした。


 そう言えば昨夜、小角教授に出会った時のように威圧感のようなものも感じないし、金縛りみたいにならない。


 少しだけ冷静になれた香月は苦笑いをしながら俯いた。

「僕は何も考えていないですよ・・・。」

「自分は自分のままで生きたいだけです。」

 そう呟きながら、あの日の状況が脳裏に蘇って来ていた。



 大和八木駅近くファーマーズカフェ&グリル【奈良食堂リーヴズ】のテラス席で、夕暮れにそよぐ風に髪を横に流す斎部優耳。

「時代と共にそのルールも変化する。未来の社会の方向性を決める人々全体の気分や雰囲気ってやつだ。」

「いいか。確かに君はまだ十七歳で、個人の持つ権利なんてものはほんの少しだ。そのルールをどうかできるだけの力なんてない。」

「だけどね、人々全体の持つ気分や雰囲気を導く力はあるんだよ。」

「今の君には力があるんだよ。本気で私に挑んで来いよ!そうすれば君の望む未来以上の明日が手に入るかもしれない。」

「一度きりで、一瞬の青春を無駄にするなよ!」

 全てを包み込むような、優しくて厳しいオーラを纏った斎部が右手を差し伸ばす。



 香月は小さく頭を横に振りながら、

「僕じゃなくてもいいじゃないですか・・・。」

 小さくつぶやいた。


 俯いたままの香月を見て、小角は少し意地悪が過ぎたかと笑った。


「なにも役行者になって欲しいってわけじゃないよ。」

 香月の肩を軽く叩き

「温故知新って知っているよね。」

 わかりやすい話題に変えた。


「はい。それはわかります。」

 落ち着かない戸惑いのまま、香月は顔を上げた。


「この場所で古きを知って、君なりの新しい問いを学んで欲しいんだよ。」

「それが、学問だよ。」

 小角は香月の肩から手を離し、後ろに組んだ。


「はい・・・でも、なんで僕なんですか?」

 上目遣いに視線を上げた香月に

「嫌かい?」

 と間を入れずに小角は言葉を返した。

「いえいえ。そんなことないです。」

「この大学で学びたいだろう?」

「はい。それは・・ガチで。」

「だったら決まりやね。ただ・・・」


 言葉を止めた小角に、香月は表情を曇らせた。

「ただ・・・久米くん。成績を見せてもらったけど、もう少し基礎学力を付けてもらいたいかな。」


 何か面倒な交換条件があるのかと思っていた香月は、

「あ・・・あぁぁぁぁぁ・・・はい。」

 痛い事実を突きつけられ、大きな溜息と共にガックリ頭をうな垂れた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『トゥルーカラーズ=僕らの家族スタイル』シリーズとして連載しています。


★感想・評価・ブックマークをいただけると、とても励みになります。


また、本作の世界観をもとにしたAIドラマやイメージソングも制作しています。

ご興味のある方は、タイトル名や作者名で検索してみてください。


それでは、次回もお楽しみいただければ幸いです。

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