第1話ー②
・久米香月くめ かずき【17・男】・・・・大和まほろば高校3年2組・野球部主将
・縄手章畝なわて あきや【30・男】・・・久米香月のクラス副担任
・斎部優耳いんべ ゆさと【40・女】・・縄手章畝の婚約者
・木之本沢奈きのもと さわな【17・女】・久米香月の彼女
・葛本定茂くずもと さだしげ【17・男】・久米香月の幼馴染で野球部
・山本水癒やまもと みゆ【16・女】・野球部マネージャー
・戒外興文かいげ おきふみ【16・男】野球部2年生
・曲川勾太まがりかわ こうた【18・男】野球部3年生
・久米香織くめ かおり【47・女】・・・・久米香月の母
・葛本義乃くずもと よしの【48・女】・・葛本定茂の母
・小槻スガルおうづく すがる【31・女】・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・雲梯曽我うなて そうが【25・男】・・・・・・・・・斎部優耳と同じ社内チーム
・北越智峯丸きたおち みねまる【15・男】・・・・・・・野球部1年生
・宇治頼径うじ よりみち【24・男】・・・・・・・・・・北越智のパートナー
・新口忠にのくち ただし【49・男】・・・・・・・・・・久米香月の父親
・ディアナ・カヴァース【年齢不詳・DQ】・・・・・・・・新口忠のパートナー
「この子は一時的に混乱しているだけなんです!!!!!」
空気が一瞬にして凍てつき、久米香織に全員の視線が集中する。
「ちゃんと治療して治しますので!どうか許してやってください!」
母が机に両手をつき頭をこすりつける。
「え・・・・・・・・。」
隣に座る母のまさかの行動に体が動けない。
動けなかったのは久米香月だけじゃなかった。その場にいた全員が言葉さえ見失ってしまった。
・・・・・・・
「・・・・・お母さん、許すもなにも、久米くんは何も・・・。」
「この子のせいで、本当にみなさんにご迷惑をかけてしまって。」
カウンセラーが意を決して発した言葉を遮り、母は声を震わせながら何度も謝った。
東京から戻ってきた時の、関心の薄い説教に、認めてもらえたとまではいかないまでも、てっきり諦めてもらえているものと思っていた。
「お、俺は病気なんかとちゃうわ!」
カウンセラーの発言のおかげで、声を出せた。
「あなたは病気なのよ!」
こちらを見る目が潤んでいる。
「はあ?」
母に体を向ける。
「ええ加減にしてや!ホンマに!」
久米は母を睨んだ。
「ちゃんといい病院見つけてあるから!お母さんも一緒に行くから、行きましょ。」
久米の腕に母の手が添えられる。
「本当にすいません。」また頭を対面の席に下げる。
「いやいや!お母さん!久米くんは病気でなんかないですよ!」
慌てて香織に手を伸ばすカウンセラーに
「そんなことはないです!」
「病気なんです!血のつながった私が言うので、間違いはないんです!!」
興奮気味に言い放った。
「お母さん!見つけたって、どこの病院ですか?」
誰しもが予想もしなかった展開に焦り始める。
「きちんと同性愛を治してくれる先生のいる病院です!」
「転向療法の権威ある先生がいらっしゃる病院なんです!」
前のめりに訴える香織の姿にどよめきが巻き起こる。
「・・・・・・転向療法???」
知らない教員はお互いに顔を見合わせる、スマホを取り出し検索する姿もある。
不安になった久米は、母の手をずらし縄手を見る。
縄手も久米を見ながら首を横に振っている。
息子の同性愛に否定的だとは聞いていたがここまでとは。
息を吐くことを忘れて、目を見開いたままのカウンセラーは、立場を忘れて声を張り上げた。
「転向療法!あれは絶対ダメです!間違ってます!」
「そんな病院、本当にあるんですか?」
「あるんです!見つけました!」
「すごく有名なドクターがいらっしゃるんです!」
「あなたよりずっとわかってる先生です!」
香織の、治療にすがる意思を示した目に、大きく首を振り否定する。
「あれは人権を無視し、人を傷つけてきた治療です!」
「世界中で問題視されているんですよ!」
「お母さん、本気で言っておられるのですか?」
「あなたはなにもわかっていない!」
食い下がるカウンセラーに香織は目を閉じながら逆に首を振り返し、肩を落とす。
「先生・・ちょっと・・」
カウンセラーの隣に座る教員が、手を差し出し制止を促した。
「・・・・ごめんなさい。驚いてしまって。」
ハッとなったカウンセラーは大きく溜息をつき、落ち着きを取り戻すように頷いた。
「ごめんなさい。久米くんと縄手先生、席を外してもらえませんか。」
カウンセラーのつぶやきに、久米と縄手はお互いを見て、腰を上げた。
「香月!」
母の手が伸びるが、久米はそれをかわし小会議室のドアを開ける。
「そもそも、なんであの先生がここにいるんですか!」
「あいつが香月を狂わせたんじゃないんですか!?」
部屋を出る際に、久米の母親に指を指され大声で怒鳴られた縄手は、深く頭を下げながらドアを閉めた。
鬼女のように、とてつもなく見開いた目から、怒りと恨みを感じてしまった。
久米を救いたい一心でいたことが、母親にとっては道を迷わせ、悪となる方へ導いてしまっているように映っていたことに、縄手はショックを隠し切れなかった。
「俺のせいやな・・・」
廊下を歩きながらポツリとこぼした言葉に、
「先生のせいとちゃうから、あんな親、ほっといてええって。絶対俺のこと嫌いやで。」
「はぁーーーーホンマに勘弁してほしいわ」
肩を並べて歩く久米が大きく溜息をついた。
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体育館脇に並んだ自動販売機。その横に置かれたベンチに座り、試合に向けて熱が入る野球部の練習風景を眺めていた。
「俺、どうしたらええんやろ。」
久米は透明にどこまでも広がる空を見上げた。
産まれて初めて、こんなにも好きな人の傍に居れるのに、幸せを目一杯感じれるはずなのに、
「あー上手くいかん。オカンとは全然上手くいかん…。」
腕を大きく伸ばして、頭の後で組み、ぶっきらぼうに吐いた。
「俺が言える立場とちゃうけど、ゆっくりやってくしかないんちゃうかな。」
考えるように、膝に両肘をつき前のめりになっている縄手は、閉じていた目をゆっくり開けながら久米を見た。
その言葉に「んんんん…。」小さく唸り
「もう、ようわからんっす。」
腕を頭で組んだまま縄手に視線を投げた。
話せる言葉に詰まった二人の背中を撫でるように、南風がそよぐ。
「あ!せや!」
縄手は突然声を出し、座りなおした。
「なに?」
と驚き顔になった久米。
「懇談会の前に、突然言われたんやけど、野球部の顧問の先生、体調良くなくて、一学期で辞めるらしいで。」
「あーぁ。そぉみたいっすね、話は聞いてます。」
「後任の先生探してるみたいですけど。」
「いやー。その後任に俺がって。」
「へ?????」
久米は慌てて腕をほどき縄手の顔を覗く。
「ガチで?」
「うん。」
頷いた縄手に。
「うあぁああーーー!すげぇーーーー。ガチで?」
一気に調子を取り戻した久米は、目と口を大きく開け、手足をこれでもかと動かしはしゃぎ始めた。
落ち込みからの、急上昇した嬉しさに勢い余り、ベンチから腰を浮かして縄手に抱きついた。
「やったぁぁああああ!大好き!先生大好きや!」
「おいおいおいおい!ここではあかんって!」
慌てて久米の体を離す。
チェッと残念そうな目を縄手に向けながら離れた久米に
「試合出るのに、大人が誰かおらなあかんみたいやからなあ。」
「でも俺、野球全くわからんで。」
縄手は眉を下げた。
「俺が教える!めっちゃ教えるっす!」
「試合には間に合わんで。とりあえずおるだけでええって聞いたから。」
「俺らが何とかします!任せて下さい!」
若干不安そうな縄手の顔に、ガッツポーズを久米は見せた。
「とはいえ、ちょっとは知っとかなあかんやろうし。」
顎をこすり考える縄手に
「監督の役割は知っといて欲しいですから、教えます!」
「ありがとう!助かる。」
「まあ、陸上部はもう一人の先生が見てくれるみたいやし、そっちの心配はないやろうけど。」
「え!じゃあ!ずっと監督してくれるってことっすか?」
ベンチに座りなおし、縄手に上半身をこれでもかと近づけながら久米は聞く。
「いや・・わからん。臨時ちゃうかな。」
「え、え、え、え。じゃあ試合に勝ち続けたら先生と一緒に部活できるってことっすか?」
「かな?」
「おっしゃ!絶対勝ち続けるで!早よ練習しやな!」
両手を握りしめて、膝を叩く。
「なんか、興奮したら喉乾いたわ。先生なんか飲みますか?新幹線代とか借りあるからおごりますよ。」
上機嫌の久米は、ズボンの後ポケットから財布を出した。
「お!財布買ったんや!」
縄手の言葉に
「そうなっすよ!お母さんが買ってくれて、小遣い・も・・・くれて・・・。」
勢いのまま話し始めた久米の言葉が失速し、停止した。
そのまま深いため息をつき、力なく俯いた。
「せやな・・・。」
何げなく目に留まった、新しい財布の話題を振った縄手も久米の母親の思いに気付き、固まる久米に近づいた。
縄手はそのまま財布を戻させ、自分のスマホを自販機にあてた。
「アイスコーヒーでええか?」と聞く縄手に、久米はポケットから新しいスマホを取り出し「これもっすよ…」と見せた。
・・・・・・・・・
「いつも俺のこと考えて、思っていてくれることは正直、わかってるし、感謝もしてます。」
「でも・・・でも、これは一度しかない俺の人生っすから。親は関係ないっす。」
俯いたままの久米にアイスコーヒーの缶を渡した縄手は、自分と出会わなければ、久米も母親もこんなに苦しまずに済んだんじゃないかと、黙り込んでしまった。
意気消沈してしまった縄手を察して久米は
「絶対に先生のせいやないで!俺は先生と出会えたから、今を生きているって実感できているんっすよ!」
「俺は縄手先生じゃないと駄目なんっすよ!」
そう言いながら、
「ごちっす!」
笑顔で缶のプルタブを引き上げた。
コーヒーを一口飲む久米の笑みに「ありがとう」と頷き、オレンジジュースのボタンを押した。
「先生、LINE交換しましょうよ。」
「おおおお・・・うん・・。本当はあかんねんぞ・・・。」
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リゾートモダンスタイルな自宅のトイレルームで斎部は大きく溜息をつき、肩を落としていた。
「マジか・・・。」
髪をかき上げ天井を見上げる。
動揺している視線は、一点を見ることができずに泳ぐ。
ずれ始めたスケジュールに、ため息が止まらない唇は、閉じることを忘れているようだった。
「ああーーーー。このタイミングでか。」
右手に持った妊娠検査薬の判定窓には、濃い縦の線がくっきり浮かび上がっていた。
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