第3話ー④
―――試合終了のサイレンが鳴る。
歓声の中、ホームベースを挟み整列した白輝高校と大和まほろば高校の選手たちと監督が一斉に脱帽し、深く頭を下げた。
調子を取り戻した曲川と戒外のバッテリーは、その後1点を追加されたものの、普段通りの投球でその場を乗り切ることができた。
相手チームの疲労による連続エラーが重なった7回裏の攻撃。
1アウト満塁で戒外興文がバッターボックスへ向かった。
『そこそこ』でいることへのこだわりを失くしてしまっていたわけじゃない。
認めてもらいたかった訳じゃない。
何かを振り切りたかった訳じゃない。
だけど、だけど・・・
湧き上がる悔しさを乗せたフルスイングのバットは、甘めの球をど真ん中に捕らえ、夏空へと高く舞い上がらせた。
そして、その満塁ホームランが決め手となり、気づけば2対10のコールドゲームとなっていた。
両チームがお互いに握手を交わすが、相手チームには他の部と掛け持ちした選手が多いためか、これが最後となる大会に似つかわない雰囲気でお互いを讃えあっているように思えた。
ただ、白輝高校硬式野球部監督だけが、涙を我慢するように最高の笑顔で、最高の拍手を選手たちに送り続けていた。
握手を終えた縄手はベンチにもどる監督と白輝高校の選手たちの背中に、今一度深く頭をさげた。
応援の感謝に再び整列した観客席。
久米の「みなさまの応援のおかげで、勝つことが出来ました!本当にありがとうございました!」張り上げた声の挨拶に、部員の保護者、関係者、それに腐女子たちの歓喜の声が盛り上がる。
一斉に向けられたカメラ女子の一眼レフの数々。宇治頼径のスタンディングオベーションに続き人々が立ち上がる。
数年ぶりの夏大会の1回戦勝利は、まるで優勝を飾ったかのようだった。
駆け足でベンチにもどる中、ふいに戒外の腰に添えられた手の感触があった。
「戒外くん、さすがやな!ホンマに今日はMVPやで。」
ふりかえるそこには感謝を伝える久米の笑顔があった。
その言葉に戒外は少し微笑み、湧き上がる感情を隠すように
「あざっす!」と小さく言葉にした。
その日のSNSは、久米香月や縄手章畝はもちろんのこと、曲川勾太、戒外興文、北越智峯丸ら大和まほろば高校野球部員たちの顔写真が、何の加工も施されないまま次々と投稿されていた。
――――――――――――――
少し時間が戻り、橿原市北部の国道から少し離れた住宅地。
アンティーク家具でレイアウトされたリビングに、違和感なく置かれた五十五インチ画面には、奈良テレビが中継している夏の高校野球選手権奈良県大会の様子が映し出されていた。
怠惰な姿勢で、ソファーに沈み込んだ葛本定茂【くずもと さだしげ】は、舌打ちを繰り返しながらそれを睨みつけていた。
「なにしとんねん!ほんま!おっとろっしい奴らばっかりやで!」
吐き捨てるようにぼやいては、画面から目を逸らし、また視線を画面に戻す動作を繰り返す。
調子が悪そうな曲川に、走り集まるナインの様子がアップになる。
「あと使えるやつは北越智しかおらんやんけ。」
吐き捨てるように独り言を繰り返す姿に、葛本義乃【くずもと よしの】がキッチンから声をかける。
「あんた、明日から学校やろ。」
「おーそうや。」
「課題ちゃんと出したんかいな?」
「出したから解除されたんやろうーが。」
「よーゆうわ!あんたの課題、ほとんど山本さんがやってくれたんやろうに!えっらっそーに!あんたには勿体ない彼女やで!」
コントのような日常が繰り返される。
イチゴのショートケーキとホットコーヒーをトレイに乗せ運んできた義乃は、怠惰な姿勢でソファーに陣取る定茂の前に並べながら「私の座るスペース空けて」と手のひらで催促した。
「なんで俺の横に座んねん!おっとろしいぃーのぉ!」舌打ちをしながら、テレビ画面を凝視したまま座りなおす。
定茂の言葉など耳に入らない様子で、ドシッと腰を下ろした義乃は
「すごいやん!勝ってるやん!」
テレビ画面が映し出す様子に目を丸くしながら、
「え?曲川くん、調子悪そうやん。」
ショートケーキにフォークを入れた。
皿ごと手に持った定茂は、フィルムをめくりながら
「こいつあかんわ。使えん。」
素手でケーキを掴み、口に突っ込んだ。
「まった、えっらっそーに!一年の時、同じクラスで仲良ぉーしっとったやんか。」
行儀悪いことやめなさい。と手のひらを振り注意する。
「こいつ、ホンマにあかんて、別人やんか、ぜんぜんなってへん!あかんわ。北越智と交代せーや。」
口の中にケーキを含みながら、顎でテレビを指す。
「曲川くんもここまでよぉ頑張りやったやんか、褒めたらなぁー。」
義乃はショートケーキを口にした。
「でもまーぁ!これは久しぶりに勝ちよるなぁ!」
定茂は口角を上げながら、残りのケーキを口に押し込み座りなおした。
不意に画面に久米と観客席の久米の応ファンと思われる人が映される。
「久米くんも頑張ってるし。勝てるって!」
義乃がコーヒーを一口飲み、つぶやく。
「こんな調子にのったオカマ、どーでもええわ。」
「またそんなこと言う!!あんたら昔はめっちゃ仲良ぉーしとったやんか。」
ぶっきらぼうに吐き捨て、指先を舐める定茂に義乃は口をすぼめた。
「こいつも、ホンマに別人や。」
「あんだけ張りあえたのに、他に気ぃ取られてスカスカやんけ。」
顎で画面を指す。
「そーなん??」
義乃は、ばらけて守備位置へ戻る様子を伝える画面に視線を戻した。
「おっとろしーぃのぉーー!続投かよ!」
汗を拭い帽子をかぶりなおす曲川が映される。
「北越智の必殺技見たかったのによ。」
舌打ちをした定茂は、歯茎に挟まるスポンジの欠片に指を伸ばす。
「もぉ!汚いことやめなさい!いつまでたっても小学生やんか!」
義乃は定茂の太腿を叩きながら、テッシュを差し出す。
放送局もSNSを知ってか知らずか、再びサードを守る久米がテレビ画面に映る。
「でも、まあ、あんたの言ってることもわかるわ。」
「前、久しぶりに会った時、雰囲気、全然ちゃうかったわ・・・。」
「フン!」
定茂が鼻をならす。
「でもそれは、大人になったんやと思うで。」
そんな義乃の呟きに
「んなわけ!俺があそこまでやって、白黒つけて戻ってこられるようにしたったのによぉ!」
定茂はコーヒーカップを口へ運んだ。
「せや!」
思い出したように義乃が向き直る。
「あんたが絶対あきらめて行よらへんって、言ったから名刺見せたのに。」
「久米くん二丁目に行きやったやんか!」
「私、香織に謝んに行かなあかんやん!」
定茂はニヤリと読み違いを誤魔化しながら
「まあ、無事やったからええやんか。あの親も悪いわ。」
「まさか縄手が行きよるとは思わんかったけど。」
視線を合わすことなくテーブルにカップを戻した。
「香織なぁー・・・・まあ、あそこもいろいろあるからなぁ。」
「あんたの言った通り、ホンマに久米くん訪ねてきたんはビックリしたけど。」
「一歩間違えたらえらい怒られるで。」
義乃はショートケーキの残りを口にし、ブツブツ文句を言いながらテレビを見続ける定茂の横顔を、気付かれないように見つめた。
テレビ画面では一点を追加されながらも、ゲッツーを取った様子が映し出されていた。
定茂は腕組をしたまま、また鼻を鳴らす。
「でもあんた・・・・」
「やっぱり久米くんのこと好きやねやんかー。」
ぶっきらぼうだけど、真剣に視線で試合を見続ける定茂の頬を、義乃は指先で突いた。
「あほか!なにぬかすんや!おっとろしーんじゃ!」
「きしょいんじゃ!ぼけ!」
定茂は驚愕の表情で目を大きく見開き、慌ててその指先を払いのけた。
義乃はただ笑い続けた。
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