第3話ー①
短き命をたぎらせろと天晴れな夏空に向かい、はやし立てる蝉たちのアーチをくぐり、【さとやくスタジアム】午前九時、ぞくぞくと集まる【大和まほろば高校】野球部員たちがいた。
スタジアム中から伝わる躍動が大気を揺るがし、届く興奮がそれぞれの胸を駆り立てていく。
照り付ける鋭利な太陽光の下では、すでに一回戦が始まっており、団扇やハンディファンを片手に、応援に駆け付ける人たちも多く、賑わいを見せていた。
「野球の試合って、地方大会でもこんなに観客おるんや。」
オークリーのスポーツサングラスをかけた公式戦ユニフォーム姿の縄手章畝が、到着する選手を迎えながら感心するように呟いた。
「幼い頃から欠かさず見に来ていますけど、二回戦なのに多いですよね。」
近くにいた山本水癒が、その言葉にノートから目を上げ、球場に入る人たちに視線を移した。
一眼レフカメラを持った人や、球場に似つかわない派手な格好の人もちらほら目立つ。
普段にない盛り上がりに、他の部員たちも有名プロ野球選手がお忍びで観戦に来ているのではないかと、そわそわしていた。
そんな中、久米はそれぞれの部員に何気ない言葉で緊張を和らげていた。
特に気になる戒外興文にもそれは同じだった。
「おはよう!戒外くん!今日も普段通りの声出しでよろしくやで!」
その声に真っ黒に日に焼けた戒外の頬が微笑むように歪み、久米に頭を下げる
「久米先輩おはようございます!」
「ちょっとは緊張してますけど。大丈夫です。」
久米の屈託のなさそうな視線に戒外は目を合わせた。
―――あいかわらず・・・この人は・・・
「俺もちょっと緊張してる。」
「でも、俺ら戒外くんのこと信頼してるから、ちゃんと面倒みてや。ついていくから。」
久米の言葉に戒外の視線が外れる。
「責任は俺が全部取るから。」
外した視線の先に縄手の姿が映る。
―――久米と縄手の姿が同じ視界に納まった。
「はい!任せて下さい!葛本先輩がいない分、ちゃんとやってみせますよ。」
―――責任?どーやってとんねん。
―――お前はいっつも無責任やな
―――縄手がおるからってはしゃぐなや
「じゃあ!今日はよろしくやで!」
「はい!もちろんっす!」
久米は真っ白な歯を見せて立ち去って行った。
―――がんばれって、握手とか肩を叩くとかあるやろ
―――なんやねん。おまえ。ひとりで興奮しよって
戒外は聞こえないように舌打ちをして、縄手に鋭い視線を投げた。
「よ!今日も頼むで!バッテリーマン!」
不意に曲川勾太が睨む戒外の肩を掴んで揉んだ。
「おお!!!びっくりしたーーー!!」
「おはようございます!先輩!」
驚き振り向くそこに、曲川と北越智の笑顔があった。
「ちょ!聞いてぇーや!・・・・・・」
昨夜は、気付けば風呂で寝てしまっていて、危なく死にかけるところだったと。
曲川が手を叩きながら笑い話し出す。
自転車も乗って帰ったつもりが、学校に置いたままだったと、漫才ネタのようにまくし立てた。
北越智峯丸はそんな斜め前でおどける曲川と戒外の様子を、会話に合わすように表情を変えながらうかがっていた。
間違いなく、曲川勾太【まがりかわ こうた】の中に手研耳【たぎしみみ】がいる。
魂は乗っ取られるんやなくて、ゆっくり混じりあっていく。
俺たちがそうやったように、完全に混じるまで本人も気づかん。
曲川先輩は曲川先輩のままなんは間違いない。けど、
もう融合は始まっとるやろな。
邪神ってケースもあるから、気ぃ付けとかんと・・・・
今のところ曲川に何の変化も見られない。普段の調子でご機嫌な笑顔を振りまいている。
曲川に「んな、あほな!」と戒外が突っ込みを入れているノリに、北越智は腹を抱えて笑う姿を振る舞っていた。
気持ち良さそうな高い打球音と共に歓声が巻き起こる。
誰かがホームランを放ったのだろう。
気になった部員がスタジアムを覗きに走った。
祝うように湿った南風がそよぐが、熱を余計に運び暑さを倍増させる。
縄手は散らばりそうになる部員に声をかけながら、久米の姿を探した。
先程まで、部員たちひとりひとりに声をかけていた。
昨夜のストーカーまがいの事もあり、不安がよぎる。
「久米、どこ行った?」
隣にいる山本に声をかける。
「あそこに・・あれ?いない・・」
山本もノートを閉じ、辺りを見渡した。
視線の遠くを、木之本が慌てて走る姿が横切った。
縄手が走り行く先へ目を向ける。
―――人だかりができている。
「え?アイドルのライブでもあるんか?」
そこには推し活グッズを手にした派手な集団が、誰かを取り囲んでいた。
「いや、ないでしょ・・。」
山本も太陽を手で隠しながらそちらへ目をやる。
全速力の木之本がその集団に突進した。
何が起こっているのか全く理解できないまま、その光景を眺める。
木之本の姿が集団の隙間から見えたと思った瞬間、その中から久米が手を引っ張られながら姿を見せた。
「ええええーーーファンクラブ??そうなん???」
山本が驚いて声を出す。
縄手はそんな状況に、昨夜の男が話した「・・・こっちの業界はすでにお二人に目をつけてますよ。」の言葉が蘇った。
「あぁぁぁぁぁ・・・SNSのこのパターンかぁ・・・」
縄手は唖然となりながらも、久米を助けようと走り出そうとした。
「アカン!先生そっち行ったら余計にややこしなるから!」
「とりあえず隠れて!」
山本は慌てて縄手を止めて、スタジアムの影に隠れるように体を押した。
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