お似合いの二人
ジュエリーショップ「蒼彩堂」。
そこに勤めるベテランスタッフの三木小百合は、今までたくさんのカップルを見てきた。
結婚に際しての婚約指輪、結婚指輪、付き合いたての二人が選ぶペアリングなど。
蒼彩堂には店の中、奥まったところに職人がアトリエを構えており、そこでサイズの調整などがその場で出来る店だ。
三木はこの店のあり方に惹かれて、新卒入社して現在は店長補佐という肩書を持つに至るまでになった。
そして、様々なカップルの人生の節目に触れて、この仕事に対する誇りを強く持っている。
硬い音色のドアベルが鳴って、来店の予約のあったお客様の来店を知らせる。
いつもは腕時計などの購入に来たり、家族へのお祝いの品を注文されるお客さまだ。
そんな九条秀一の隣には、小柄だけれど品の良さそうな可愛らしい女性が並んでいた。
こういう場所への来店が初めてなのか、少し居心地が悪そうに見える。
「いらっしゃいませ、九条様」
三木は上得意とも言うべき、九条へ真っ先に声をかける。
慣れた様子の九条に比べ、一緒に来ていた女性は反応が鈍い。
「今日はよろしくお願いします。彼女に似合う指輪を選びたくて」
九条は笑顔で三木へと話しかける。
いつも穏やかな印象の九条だが、彼女と一緒だからだろうか、いつも以上に柔らかい空気をまとっていた。
「かしこまりました。では、指のサイズとご希望の商品について詳しくお伺いいたしますので、こちらへどうぞ」
カウンター席へ二人を案内しながら、三木は九条に希望する商品について詳しく聞き出そうとする。
慣れた反応の九条が、石についてかなりのこだわりがあるように語ってきた。
「和名『瓶覗』と呼ばれる色に近い石があれば、それを使いたいんですが……」
「瓶覗色ですね。詳しいものがおりますので、選びやすいようにいくつか選定を頼んでおきます。さきに、土台のリングの種類をご覧くださいませ」
「ありがとうございます。あ、彼女は西園寺翠さん。僕の婚約者です」
家族へのプレゼントを購入するだけだった九条に、婚約者ができたというそれだけで、幸せのおすそ分けを受けた気持ちになり、三木は態度には出さないものの、浮かれた気分になった。
カウンター席に座った西園寺の左手を取って、丁寧にサイズを計測する。
「金属アレルギーはありますか?」
サイズの計測の途中、三木は思い出したように翠へ問いかけた。
少し思案したあと、西園寺は『たぶん、ない』と答える。
「かしこまりました。では、今から一通りの土台のリングを並べますので、少しお待ちくださいませ」
三木は西園寺の目の前に置かれたトレーに、デザインの異なるシンプルな指輪を並べていく。
そのデザインの多さに驚きが混ざり、彼女の視線が泳いでいる。慣れていない感じが初々しくて、三木は自分の心が温かくなるのを感じた。
指輪を並べ終えると、九条が西園寺の後ろから覗き込む。
「翠さんは肌が白いので、シルバーかプラチナが映えると思います」
彼の審美眼は流石だ。
三木はため息が漏れそうになるのをこらえる。
「石は……玉髄はありますか?」
「少々お待ちください」
三木はお辞儀をして、後輩に選定してもらっておいた石の乗ったトレーを取りに、店の奥へと移動した。
トレーの上には、淡い青緑色の石がこれでもかと並べられている。
「ちょっと多くない? 西園寺様が迷われるわ」
「じゃあ、二~三個減らしますか?」
「そうね。これは色が濃すぎるから除外して。あと、これとこれも外しましょ」
「はい」
最終的に三木の独断も入ってはいたものの、彼女に似合いそうな優しい色合いの石だけがトレーには残った。
トレーを持って、三木がカウンターへ戻る。トレーを彼女の前に置くと、その視線は驚きの色に染まった。
「ああ、いい色ですね。翠さんはどれが良いですか?」
「え? どれが……?」
トレーの上の石に釘付けになっていた彼女が、九条の問いかけに一瞬遅れて反応する。
三木はその様子から、まだ石が多かっただろうかと心配になった。
しかし、それは杞憂に終わる。
迷うかと思っていた西園寺の視線が、一瞬で彼女にもっとも似合いそうな『瓶覗』へと吸い寄せられた。
「これですか?」
「あ……」
九条も彼女の視線に気付いて、同じ石へ視線を向けてその石を指さす。
その石は透明感のある、済んだ青色だった。
三木は彼女の審美眼に、素直に心の底から驚く。
この石は、トレーに並べた中で一番、純度の高い玉髄だった。
「シーブルーですね。きれいな色だ。翠さんはセンスが良いですね」
「え? あ、はい。……ありがとうございます?」
九条が褒めたが、彼女は動揺して少しだけおかしな反応になっていた。
なんとも言えない、温かな感覚を覚えた三木に、九条は石の加工の指示と土台のリングを告げる。
続けてペアリングを希望してきたので、いくつかのペアリングをトレーに乗せて、彼らの前に置いた。
九条が数回、視線を動かす。彼のお眼鏡にかなうリングが見つかったのだろう、九条はひとつのリングを手にして西園寺のそばにひざまずいた。
なんて美しい所作でプロポーズを再現しているのだろう。
三木は思わず、溜息を零していた。
「うん、これがいい。では、このペアリングの購入手続きをお願いできますか?」
「かしこまりました」
感極まってしまって、返事の声が上ずっていないかと、三木は不安になるが、二人はその事に気付いた様子はなかった。
差し出されたカードで精算処理を進め、二人が退店していく……。
「すごかったですね~!」
「ほんとに」
二人が店を出て、止まっていた店内の時間が動き出した感じがした。
他のスタッフもすっかり浮かれて、はしゃいでいる。
三木は勤続年数二十数年のこの店で、とんでもなく心の温まるようなやり取りを見せてもらったと感じた。
きっと、今日のこの日を、三木は一生忘れないだろうと思ったのだった……。
第三者視点から見た二人の様子を書いてみました。




