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死んでも盗み続ける俺たち  作者: 名無之権兵衛


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第7話

「じ、実は、俺も……知ってました」


 ちほさんが顔をあげる。心なしか、身構えている気がする。


 でも、「そんなことより」とでも言いたげに脳は回転を始める。顔が熱くなる。


「さ、最初はポルノハブに無断転載されてたやつで、それが衝撃的で。浜辺にいる、ちほさんは、表情も声も、動きも全てが完璧で……気づいたら、手を動かしていて……」


 なにを言ってるんだ、俺は。


 彼女を励ましたくて捻り出した言葉の全てが、マルバツ問題の不正解(バツ)を選んでる感覚がする。


 けど、口は止まらない。


「そっから親に内緒でDVDを買って、大学に入ったらバイトも増やして素人もの含めて全作コンプリートさせて、いつかはオフイベにも行きたいと思ってますし……。だから、その、誇っていいというか、なんていうか……」


 火照った顔を上げると彼女と目が合う。虹彩一致率100%。

 ややあって、彼女はクスッと笑った。目尻に涙を浮かべながら。


「そんなこと言われたの、初めてだよ」

「それは……」


 ありがとう、というべきなのか?


 しばらくの間、沈黙が流れる。耳に入ってくるのは風の音と、それに身を委ねる葉の音だけ。


「きみは……」ちほさんが口を開いた。「わたしが加藤フユリだって気づいた時、ヤらせてもらおうとか考えなかったの?」


 唇が歪む。初めて彼女と会った時のことが蘇る。右も左もわからずにあのヤードへ連れてこられた時。全員が敵かもしれないと警戒していた中で、


『下平ちほと言います。関西の方で舞台俳優やってます』


 本物の拳銃でハートを撃ち抜かれた感覚がした。何かの間違いじゃないか。でも、脳は彼女(ちほさん)彼女(加藤フユリ)であることを告げている。憧れてた人が、こんな目の前にいるなんて。


「一瞬、考えました……」俯きながら呟く。初日の鼓動が蘇ってくる。もしかしたらできるかもしれない。誰にも言わないからとユニットバスに誘導すればいけるんじゃないか。


「でも」そんなことして俺は嬉しいのか? 今まで追いかけてきた憧れの人と()()()()()()を望んでるのか?


「俺は、しみけんみたいに上手くないから……」


 いつか彼女がインタビューで言っていた。しみけんの舌使いは高速でありながらこちらの動的なポイントを的確に速射してくれるらしく「安心して体を預けられる」と。俺もそれくらい上手くなりたいけど、今はできない。


 俺の言い訳を聞いてプッとちほさんが吹き出す。それから大声で笑い出した。さっきまでのか弱い少女から一転、気丈な女戦士アマゾネスというよりブラック・ウィドウみたいに見えた。


「……ありがとう」


 ポツリと言われた言葉に顔をあげる。


 薄明かりの下で見る彼女は晴れやかな笑みを浮かべていた。


 それは、「NTR彼女」のドラマパートで投げかけられた笑みだったり、「ハードスプラッシュ」の一番最後で見せた笑み。それら全てを内包している気がした。


 ゴ————ン。


 ヤードの方から鐘の音が聞こえる。


 〝ミッション〟が、始まる。


 これがあと4回鳴るまでにコンテナトレーラーに乗らなければならない。


「そろそろ時間です。行きましょう、ちほさん」


 無意識に手を伸ばすと、ちほさんはその手を握って逆に引っ張ってきた。


「うあっ」地面に倒れ込む。一瞬、ちほさんと目と鼻の距離まで接近したが、スッと避けられて地面とキスしてしまった。落ち葉が唇に吸い付き、土が口の中に入ってペッペと吐き出す。


「ね、このまま一緒にいてくれない?」

「そしたら……」


 脳裏に〝ルール〟がよぎる。

 鐘が鳴り終わるまでにトレーラに入っていないとスナイパーに狙撃される。


「いいの。いま戻るよりも、わたしは少しでも夏目くんと一緒にいたい」

「それは……」


 聞こうとしたところで2回目の鐘が鳴った。高架橋の下にいるみたいに、隣にいる人の声さえ聞き取れない音があたりに響く。


「ねえ、夏目くんはここから自由になれたらどうしたい?」


 鐘が鳴り終わると、間髪入れずにちほさんが聞いてきた。


「俺は…………」いつもの日常が思い浮かぶ。「変わらない毎日を過ごすと思います。学校に行って、つまらない授業を受けて、映研のみんなとどの映画が面白かったって話をして、そして……」


 俺は隣に寝っ転がる彼女をみた。画面越しではない、本物の彼女を。


「夜は、加藤フユリのビデオをみます」

「うん、素直でよろしい」


 ニッと笑うちほさんをみて顔が熱くなる。

 3回目の鐘が鳴った。


「ちほさんは?」

「わたしも変わらずAVやってるかな〜」


 ちほさんは両手を頭の後ろに置いた。張った胸が自重に耐えられなくなり、左右に広がる。


「それ以外にお金の稼ぎ方知らないし。怪しいのばっかなんだよね〜。この前もさ、色黒のムキムキなお兄さんに、渋谷に新しくビルを建てるから出資しないかって持ちかけられて。で、わたしが施設の名前とか施工業者とかを問いただしたらあたふたしちゃって。最後には『一度持ち帰らせていただきます』ってしっぽ巻いちゃって」


「すごいじゃないですか」

「こんなの芸能界にいるとしょっちゅうだよ。


 だから、わたしは稼げなくなるまでこの仕事を続けるんだと思う」


 4回目の鐘が鳴った。いま動き出しても遅いかもしれない。刻一刻と遠ざかっていく生の感触に、心はむしろ落ち着きを取り戻していた。


「あっ、でも……」


 横を向いたまま次の言葉を待つ。


 風が雑木林を通り過ぎていく。いくつもの木々の隙間を縫って、葉と枝のそよぎが喑天をおおい尽くす。


「もし自由になれたら——、

 一度でいいから、()()()()()()()()()()


「えっ!?」


 思わず上体を起こした瞬間、


 5度目の鐘が鳴る。


 バシュッと短い音がしてちほさんの白い顔に穴が開いた。


 単三電池くらいの穴。後頭部を貫通した穴の先には落ち葉の絨毯が見える。絨毯にはピンク色の粘物質が散らばっている。脳漿だと気づくまで時間がかかった。


 そうだ。


 俺たちはまだ自由じゃないんだ。


 ————視界が真っ暗になった。

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