第12話
電気屋へ向かう。昨日は店の側方で流血沙汰が発生したはずなのに、血も人が倒れた痕跡も無くなっている。まるで事件なんて起きていなかったかのように。
この〝世界〟の住人は一晩経つと俺たちのことを忘れる。それに建物をどれだけ破壊しても、翌日には元通りになっている。
なぜそうなるのか。その問いを突き詰めていくと、最終的に「ここはどこなのか」という疑問に帰結する。つまり、考えても答えは出てこない、というわけだ。
電気屋の店主は昨夜と同じく店を施錠し裏手へと回っていく。俺たちも黙ってついていく。
作戦は昨日と同じ。増倉さんとちほさん、骨川の3人と俺と文人の二人に分かれて行動する。店主が裏口の鍵を開けたところで増倉さんたちが注意をひき、その隙に俺たちが店内に侵入する。金庫を開いてセキュリティを解除し、高性能PCを奪取する。
今回は寺坂もいないし、成功するはずだが…………
店主が、振り向いた。
場所は路地に入る手前。ちょうど俺たちが分かれようとしていた地点だった。
思考が停止する。
物音を立てた?
いや、誰も布ずれひとつ起こしてなかったはずだ。
なら、寺坂が邪魔してきた?
彼はコンテナで海老反りになってる。あれを解くなんてうずまきナルトでも不可能だ。
じゃあ、いったい——————
店主が振り向いてからコンマ二秒で増倉さんが襲いかかる。店主が斧を振りかぶったところで地面に押し倒す。
「骨川、ちほさん、手伝って!」
二人とも返事する前に体が動いていた。店主の両腕を押さえつける。
「文人、いくよ!」俺は文人の小さな背中をポンと叩いた。
なぜ彼が急に後ろを向いたのかわからない。
ただ確実なのは、俺たちは高性能PCを盗まなければならない、ということ。
文人と一緒に店に向かって走り出す。アスファルトに倒れる店主のそばを通るとき、彼の腰元から鍵を奪う。
「夏目くん!」
後ろからちほさんの声が聞こえる。振り返ると彼女と目があう。
俺は黙って頷いた。それ以上の言葉は必要ない。ちほさんも、なにも言わなかった。
裏口へ回る。
鍵を開けて、事務所の奥にあるダイヤル式金庫へ向かう。
滑り込むように座ると、聴診器を取り出してチェストピースを金属扉に貼り付けた。
イヤーチップで内部の音を聞きながらダイヤルを回していく。
1、2、3、4…………
音に少しでも違和感があれば、その数字が暗証番号だ。
番号は全部で100種類、桁数は4。
途方もない時間がかかる作業だ。これを完遂するためには切らすことのない集中力と、ダイヤルを素早く回せる器用さ、そしてどんな異音も聞き逃さない耳が必要だ。
幸い、とでもいうべきか。俺はその全てを備えていた。
5、6、7、7…………
無言でひたすらダイヤルを回していく。後ろからはいつ首を切られるかもわからない恐怖を感じる。それでも目の前のダイヤルに集中している自分がいる。まるで後ろを警戒する俺とダイヤルを回すことに全霊をかける俺に影分身してしまったみたいだ。
3つ目まで開いたところで事態は動いた。
裏口で物音がする。
金庫破りに必要なスキルは解錠まで切らしてはならない集中力。
いやがおうでも首を動かしてしまう。本当はコンマ一秒でも早く鍵を開けなきゃいけないのに、脳は現状を把握しようとする。
視線の先には————
返り血を浴びた店主が、ちほさんのショートヘアを鷲掴みにしていた。
沈黙したちほさんは腰から下が欠損していて、肺や胃、肝臓と脊椎が見えた。
服はビリビリに破け、画面越しでは何度も見たことがある乳房があらわになっている。乳首が立っている。
けど、こんなの見て興奮なんてできたもんじゃない。もしできるんなら、そいつはGANTZをオカズにできる変態野郎だ。
いやいや、
こんなことを考える暇はないはずだ。
ちほさんが死んでる、骨川と増倉さんもやられたのか?
ここは一度迎撃するか? 俺なら多少ではあるが彼を止めた実績もある。文人に任せれば————
「夏目、あとは頼んだよ」
気づいた時には、文人は走り出していた。手にはサバイバルナイフが握られている。
彼は姿勢を低くし、店主の周囲を走り回る。そして通りざまに手元のナイフで次々と切りつけていく。中年男性はリオレウスのように巨体をゆらりと動かしてあとを追おうとするも、捉えることができない。
心の中で彼の言葉が反復する。
——夏目、あとは頼んだよ。
俺は大きく深呼吸すると、金庫に向き直った。




