第11話
「そうだな」増倉さんはいった。
「骨川は、あいつはひとまず大丈夫だと思う。俺は仕事柄いろんな人間を知ってるが、あいつは右をむけといったら左を向きたくても右を向く人間だ。
問題は、寺坂だな……」
増倉さんは難しそうな顔をして腕組みをした。
彼のせいで昨日の作戦は失敗してしまった。今夜も同じことをされるといよいよあとがない。
なんとか止める手立てを考えないと……。
今持ってる手札、世界のルール、そして勝利条件。頭の中で一つずつ整理していく。
彼は俺たちの邪魔ができれば勝利。
俺たちは彼を止めることができれば勝利。
止めることができれば……。
これまで盗んできたモノ。
このゲームの仕組み。
そして、昨夜の出来事。
——まるでパズルの最終盤みたいにピースが一気にハマっていく。
「増倉さん……」
全員が顔を上げる。視線を向けられる。誰かに見つめられるなんて得意ではないが、今は悪い気分ではない。
「もしかしたら、いけるかもしれません」
* * *
4回目の鐘。
外では増倉さんと寺坂が立っている。増倉さんがコンテナの入り口の前で立ちはだかり、寺坂の行く手を阻んでいた。二人以外は全員、コンテナの中にいる。
二人とも肩で息をしている。かれこれ三十分近くこんな感じだ。コンテナに入ろうとする寺坂を増倉さんが止める。ときには拳や蹴りが飛び出して少しでも寺坂を入り口から遠ざけようとする。
三十分も続く喧嘩。もはや型なんてものは存在せず、さながら「シン・仮面ライダー」で本郷猛と緑川イチローの戦闘シーンくらい、互いが本能のままに体をぶつけ合っていた。
周囲は真っ暗で、プレハブ小屋とトレーラーの明かりだけが二人を照らす。ここに雨が降れば完璧だな、なんて映画オタク脳は考えている。
「ヤクザさんヨォ、こんなもんか、『楽しい時間』ってのは」
寺坂は口から血痰を吐きながら叫んだ。完全にハイになっている。
「そうだなぁ、もっと遊んでやりたいところだが……」
増倉さんは胸を張り、背筋を伸ばした。
5回目の——鐘が鳴る。
「みんな!」増倉さんが叫ぶ。
「あとは、た————」
それ以上、言葉が続くことはなかった。
弾丸が彼の頭部を左から右へと通過していった。
ほぼ同時に、コンマ一秒も経たないうちに寺坂も頭部を狙撃される。
二人が倒れるのと同じ速度でコンテナの扉が閉じられる。錆びた蝶番がきしむ音を立てて蓋がバタンと閉じられる。
あたりは真っ暗でなにも見えなくなった。
(ここからが本番だ)
深呼吸する。
手にはこのゲームが始まった序盤に盗んだ粘着テープ。この頃はみんなどうしたらいいかわからなくて手当たり次第目に入ったものを盗んでいた。ほとんど(寺坂をのぞいて)全員が良心との呵責に苛まれていた。でも、鍵開けの奥深さだったり、侵入経路を考えたり、各々がこの狂った世界に適応していった1週間だった。
そして、新しい1週間。その最後の1日。
明かりがつく。
一瞬目を細めるも、首はすでに対象を探している。
床で寝ている寺坂を見つける。
先ほどまでの激闘が嘘のように怪我は治ってる。こめかみに銃痕はない。
無傷な寺坂毅は喧嘩なんて言葉を知らないかのように、その表情筋は緩み、優雅に寝息を立てていた。
そんな夢の時間もここまでだ。
俺とちほさん、文人の3人。
彼を取り囲むように立っていた俺たちは、一斉に襲いかかった。
出発時にコンテナにいなかった人はスナイパーによって射殺される。
その後、彼らはコンテナの中で目覚めるが、目覚めるまでタイムラグが生じる。もちろん、俺たち撃たれなかった人たちとだ。俺たちはコンテナの中でずっと意識を保っていられる。
〝覚醒のタイムラグ〟
粘着テープを寺坂の腕に巻き付ける。
綺麗さとか丁寧さとか気にしてる場合じゃない。後ろ手にして、服も肌も関係なくグルグル巻きにする。
寺坂が起きた。覚醒した彼はすぐに異変に気づき、目を大きく見開く。
けど、もう遅い。彼が動き出そうとする頃には、俺と文人によって胴と足に粘着テープが巻かれていた。
「二人とも、足をこっちに持ってきて」
ちほさんの指示に従って俺たちは寺坂の足先を背中側から頭部へ向かって無理やり引き寄せた。彼女は持っていた縄で肩甲骨のあたりまで到達した足首を固定すると、縛った縄の余りを彼の首に巻きつけた。
寺坂が苦悶の声を漏らす。エビのように極限まで反らされた彼の体は、わずかでも抵抗を試みると気道を締め上げられる。SMには詳しくないが、確か「あの日からずっと……」で義娘役のちほさんが同じ格好をされていた気がする。
「よくできましたね……」思わず呟く。
「うん。まえ、縄師の人にしてもらって。いけるかな、と思ったらいけちゃった」
ちほさんは「もしかして、わたしってSの才能あるのかも」と呟くと、
「ねえ、どう思う?」
と、こちらをマジマジとみてきた。
一歩離れた場所からちほさんを見つめる。
下から見るちほさん。双峰の隙間から覗く挑戦的な瞳————。
あれ、悪くない……かも?
「テメェら、なにしやがんだよ……」
寺坂のしゃがれた声に我にかえる。気道を半分締められている彼は、顔を真っ赤にして血走った目をこちらに向けてきていた。
「お前になにもさせないためだよ」
むくりと増倉さんが上体を起こす。彼は立ち上がると、寺坂の頭を跨ぐように立った。
「俺たちはこれからパソコンを盗みに行く。お前はそこで頭でも冷やしてろ」




