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兄弟と婚約と転入と

しばらくすると母さんに連れられて暗い顔でうつむいたままのエミリが姿を見せた。


もう少し部屋に閉じこもっているかと思ったが、意外だ。


「おう、エミリちゃん、久しぶり‼」


「あっ、ライトハルト伯爵、ご無沙汰しています……」


 オジさんの軽い挨拶に対し、丁寧にお辞儀をするエミリ。


さすがこちらで育っただけあって礼儀作法はしっかりしている様だ。


しかし目が赤く泣きはらした後がある。初対面とはいえ俺はエミリの兄貴だ、何か俺にできることがあれば……


「エミリ、もう元気になったか?」


 相変わらず父さんは無神経な一言を放つ、若い頃はモテモテだったらしいが俺が女だったらこんな男は絶対に嫌だ。


「そんな訳無いじゃない、ライトハルト伯爵……


リサ姉のお父様が来ているのに顔を出さない訳にはいかないでしょ、だから来たのよ」


 父親を睨みつけながら敵意のある言葉で返すエミリ、いいぞ、もっと言ってやれ。


「お互い年頃の娘を持つと難しいですな」


「全くですよ、父親なんて虚しいモノです、はっはっは」


 ダメだ、この人達には全然効いていない、田沼のオジさんも悪い人では無いのだけれど……


 エミリはそそくさとリサの横に座るが、すぐリサの様子がおかしい事に気づいた。


「どうかしたの、リサ姉?」


 エミリの問いかけにも全然反応しないリサ。完全に心ここにあらずといった様子だ。


「ねえ、ママ、リサ姉どうしたのよ⁉」


 自分も傷心のはずなのにリサの事を気遣い、心配そうに母さんに問いかけるエミリ。本当は優しい子なのだな。


「う~ん、リサちゃん少し前からこうなっちゃったのよ


。リサちゃんには実は弟がいるって話を聞いてからね、普通は喜ぶところよね?」


アンタらの普通は全然普通じゃないといい加減理解しろよ。


「リサ姉にも弟が⁉……いきなり弟がいるとか聞かされたら普通の人は戸惑うわよ‼


でもリサ姉には本当の兄弟がいるんだ……」


何処か寂しそうな顔を見せるエミリ。リサとエミリは本当の姉妹のように育ったと聞いている


だからエミリにとっても純平の存在は少なからずショックなのだろう。


でも安心して欲しい、お前にも本当のお兄ちゃんがいるのだから……


「なあ、母さん、エミリとリサってそんなに仲が良かったのか?」


「うん、リサちゃんは幼いころから魔法の素質を買われて私の所に習いに来ていたから


エミリちゃんが物心つくころには仲が良かったわ。


二人とも一人っ子の様に育ったから、実の姉妹みたいだった。ちょうど正樹ちゃんと純平君みたいな感じよ」


 成程、俺達は兄弟みたいに育った者同士という訳か……アレ?この流れはまさか⁉


 俺の嫌な予感は的中した。終始上機嫌の父さんはエミリに向かってサラリと告げた。


「ちなみにリサちゃんの弟、純平君はエミリの婚約者だぞ」


 父さんの何気なく言った一言に今度はエミリが固まった、三人目の被害者である。


純平を入れれば四人目か、この人達は無自覚で人を傷つけるから質が悪いな。


「ちょっと待って、私に婚約者とかどういう事⁉聞いていないわよ‼」


 エミリは勢い良く立ち上がると猛抗議するように言った。


しかし父さんは〈どうしたんだ急に?〉とでも言わんばかりの態度で答えた。


「そりゃあそうだろう、今初めて言ったのだから。リサちゃんと正樹の婚約のついでに丁度いいかなって」


 そういう問題じゃないだろう。人の一生を左右するパートナーの決定を〈ちょうどいいから〉で済まされては堪らない。


この人達は親としてどうこうというより人間として何か大切なモノが欠落していると言わざるを得ないな。


「私、嫌よ、そんなどこの馬の骨ともわからない男と結婚とか‼」


「どこの馬の骨とか……何を言っている、ライトハルト伯爵家のご子息だぞ?」


「うっ、家柄は申し分ないけれど……その、私自分より弱い男は嫌よ」


「それなら大丈夫だ、純平君は正樹とほぼ同じくらいの強さを持っている


エミリと模擬戦をやればさっきと同じ結果になるだろう」


「うぐっ、そ、それに私は凄い面食いなのよ、カッコいい男じゃ無ければ認めないわ」


「純平君は凄いイケメンだぞ、そうだな……見た目的には正樹の十倍はいい男だ、なあ正樹」


 そこで俺に同意を求めてくるところが実に父さんらしい。


俺に〈うん、そうだよ、純平は俺の十倍カッコいいぜ〉とか言わせたいのか?アンタは息子を何だと思っているのだ。


 ヤレヤレ、父さんに任せておいても埒があかない。仕方がないから俺が純平の事を話してやるか……


「純平は頭もいいし、運動神経も抜群、剣の腕も確かだし、兄弟だけあって顔はリサを男にした感じの超イケメンだ。


ただしモテすぎて女嫌いという欠点がある」


 俺の説明を聞いたエミリは急に下を向いて何やら考え込んでいた。


「リサ姉似のイケメンか……強くて頭が良くてストイック、何よりリサ姉と本当の姉妹になれるという事だし……」


 どうやら我が妹はかなり心が動いている様子である。


男が美人好きなように、女だってイケメンが好きなのは同じだろう


ましてや純平は俺から見ても最優良物件だ。


 その時、突然父さんが立ち上がり、何かを発表する様に語り始めた。


「実は今日ここに集まってもらったのは結納の為ではない。実はみんなに重大発表がある」


 まるで今までの事が重大発表ではないと言いたいのだろうか、今度は何だ?


「リサちゃんと正樹にはそれぞれの世界でファントムと魔族を撃退するという役目を負ってもらうのは理解しているな。


それに従い私達と同じように正樹とリサちゃんにはこちらの世界とあちらの世界の二重生活をしてもらう。


それはエミリと純平君も同じだ、異論はないな?」


 〈異論はないな?〉って、そんな提案には異論しかないだろ‼


「ちょっと待ってくれ父さん、こっちとあっちの二重生活とはどういうことだよ⁉」


「言葉の通りだ。俺と母さんが毎日夜出かけて朝帰宅するのは知っているだろ?


それと同じだ。夜の十時にアナザーゲートを通ってこちらの世界に来る。


向こうの世界の夜十時はこちらの世界の朝六時だから、同じように朝六時から夜の十時までこちらの世界で過ごし


そして向こうの世界に帰れば朝の六時にあちらの世界に着くという仕組みさ。


どうしてそんな時間の誤差が埋まるのかはわからないがそういうモノだと理解してくれ」


「訳がわからないよ。大体それじゃあ俺達はいつ寝るんだ⁉」


「寝ないわよ」


 今度は母さんが口を挟んできた。


「アナザーゲートを通過すると何故か睡眠を取らなくても大丈夫なの。


どういう仕組みなのかわからないけれどね、だから私はもう十五年は寝ていないわ、お得でしょ⁉」


 ものすごいカミングアウトだな、それが本当ならばギネスものだ。


 それにしても両方の世界で朝の六時から夜の十時まで活動できるという事は


十六時間プラス十六時間で一日合計三十二時間稼働できるという事になる。


その八時間の誤差はどうなっているのかはさっぱりわからないが


考えたところでどうせ答えは出るはずもないのでわからないモノは考えない事にした。


睡眠を取らなくても良いというのも不思議だが確かに時間を有効的に活用できるという意味では


これ以上ない〈お得〉と言えなくもない。


「で、具体的に俺達は何をすればいいんだ?」


「簡単な話だ。まずはお前ら全員こちらとあちら、それぞれの世界で学校に通ってもらう」


 なんじゃそりゃああああ、異世界の学校に通うだと、益々意味が分からないぞ⁉


「どういうことか説明してくれ父さん‼」


「説明も何も言葉の通りだ。幸いにも正樹と純平君は同じ高校に通っているし


リサちゃんとエミリも同じ学校に通っている。だから全部一緒にしてしまおうという訳さ」


「説明になっていないよ、じゃあ俺達は一日で二度も学校に通う事になるのかよ⁉」


「有り体に言えばそうだ、何か問題でもあるか?」


「問題って……まずはどうしてそんな事をしなければいけないか説明してくれ」


 俺の必死の問いかけに対し、再びヤレヤレとばかりに面倒臭そうな表情を浮かべる父さん


おいおい何度も言うが今のは俺が悪いのか?


「お前達はそれぞれ別の世界で育った。それ故にそれぞれの世界での常識や生活習慣


礼儀作法、教養、コミュニケーションの取り方などを学んでもらう


世界観というか文化や価値観の違いは生活していくうえで重要だからな。


そういった事を学ぶには学校が一番だ、だからお互いがお互いをフォローする形でそれぞれの学校に通ってもらう事にしたという訳だ」


 言いたい事の趣旨は分かった。なるほど、その理屈はわからなくはない。


だが一つ気に入らないのは父さんがまるで〈自分達は常識人だ〉と思っている事である。


こんな大人にならない様に常識を学ぶことは大切かもしれないな。


「さしあたり明日の朝から正樹の学校にリサちゃんとエミリは登校してくれ。手続きはやっておいたから」


「えっ⁉」


「は?」


 父さんの言葉に再び絶句する二人。無理も無いこんな展開についてこられる人間はどちらの世界にも居ないだろう。


「手続きって、高校に途中入学するのがそんな簡単にできる訳無いだろう⁉


編入試験とか書類提出とか、いろいろあるはずだろ」

  

 俺がごく当たり前の質問をすると父さんは薄ら笑いを浮かべながら答えた。


「全然問題ない、なにせ俺達のバックには日本政府がいるのだぞ、そんなの安田さんの一声で何とでもなるさ」


 何という忖度だ、総理大臣の政治権力というのは恐ろしいな。


こういうのも裏口入学というのだろうか?何か嫌な大人の世界を見せられた気がする。 


「日本の、いや世界の平和がかかっているのだ、これぐらいはやむを得ないだろう。


高度な政治判断の要求される超法規的措置というヤツだな」


 父さんは何か偉そうに語っているが、女子高生を無理矢理編入させることが高度な政治的判断とか……


世の中間違っている気がする。


「だから今日はこのままエミリとリサちゃんを連れてアッチの家に帰るぞ。


明日の朝は正樹とエミリ、リサちゃんと純平君の四人で登校する様に、以上だ‼」


 何が何だかよくわからない内に話が進み、俺達は日本とバレント王国の両方で学校に通う事になった。


リサとエミリは突然の事に呆然としており、まだ現実感がわかない様だ。


 その時、俺は少し気になった事があり酒が入って上機嫌の田沼のオジさんに問いかけた。


「そういえば田沼のオジさん。明日から一緒に登校となると純平にはどう説明するの?」


「えっ?大丈夫、大丈夫、今からリサを連れて行って〈お姉ちゃんだよ〉


とパパっと紹介して事の経緯をササっと説明すれば純平も納得するだろうさ、ハッハッハ」


 ダメだ、田沼のオジさんも酒が入っておかしくなっている。いや元々こういう性格だっけ?悪い人では無いのだが……


こうして俺達は謎の二重生活を送る事になった。


父さんと田沼のオジさんは夜の十時までおでんを突きながら酒を酌み交わし異様に盛り上がっていた。


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