王宮の庭
エピソードを追加させていただきました。
「最後まで世話の焼ける方……」
ダメーダヤ事件の翌日。
アンジェリカは、部屋の窓から王宮の庭を眺め、深い溜息をついた。
庭では、使用人達が割れた皿を片付けている。
会場や庭には、まだ血の跡が残っていた。
庭師は花を植え直している。
近衛騎士達は黙々と警備を行い、誰もダメーダヤの話をしなかった。
「お茶会に来た時に、私達に助けを求められなかったのかしら……」
「兄上だからなあ。君は昔から放っておけなかったんだろう?」
「……知りません。ダメーダヤ様は亡くなられました。私は作家の卵を支援するだけです」
「うん。そうだね。君は優しいね」
ラファエルは、アンジェリカを後ろから優しく抱きしめた。
アンジェリカは、嬉しそうに彼の腕に手を添える。
2人とも昨夜から一睡もしていない。
事件への対応に追われていたのだ。
今やっと、部屋で一息つけたのである。
「“彼”は、王族には向いていなかった」
「そうかもしれませんわ……。真っ直ぐで疑う事を知らなかった方。でも、私の言葉だけは信じませんでしたわ」
「プライドが高かったからなあ……」
アンジェリカもラファエルも、苦笑した。
「報告書によれば、北の村での暮らしが一番穏やかだったそうですの。そこで暮らさせます。監視もつけて」
「君は昔から兄上に甘かった。見捨てる事もせず、根気良く諭し続けていた」
「……焼き餅?」
「……そうかも」
アンジェリカは可憐な微笑みを浮かべて、ラファエルを見つめる。触れ合うような優しいキスを彼に贈った。
ラファエルは、耳まで真っ赤になってしまった。
「私には貴方だけです。“彼”も私の事は、生意気な子分だと思っているわ」
「君は面倒見が良いから不安になる。でも、これから2人で国を背負っていく立場になる。君の役に立てる男になる。王妃として支えてほしい」
「勿論です。心配しないで。……でも、私達の子が“彼”に似たら不安だわ」
「その時は2人で話し合って考えよう」
「嬉しいです。ラファエル」
「愛しているよ。アンジェリカ」
2人は慰め合うように抱き合った。
そして、やっと得ることが出来た僅かな時間を仮眠したのだった。
静まり返った廊下で、新人の侍女がこっそりと仕事仲間に聞いた。
「あの王様は悪い人だったんですか?」
老執事がそれを聴いて、ジロリと侍女を睨んだ。
新人侍女は、俯いて縮こまってしまう。
老執事は、厳しく咳払いをして答えた。
「ダメーダヤ様は腐っても王族だ。発言には気をつけたまえ。悪いだけの方ならば、あの方達はあんなに泣
いたりしないだろう」
「はい……(今、『腐っても』とか『あの方達以外は泣かない悪い方』とも聞こえたけど、聞き返しては駄目な気がする!)
老執事は、静かに事件のあった中庭を見つめていた。
メリーは目の下に黒い隈を作り、荷物を纏めていた。
今夜には、王宮を出なくてはいけない。
亡くなった夫の宝物だった蛇の抜け殻。ボロボロの木剣。謎の形をした石。全部、大事に鞄へ入れた。
部屋には、豪華な宝剣や勲章、絹糸で丁寧に刺繍された服が溢れんばかりにあるが、それは持っていかない。
メリーの瞳から、大粒の涙が溢れた。
「本当に困ったお方ですわ」
王宮の客間のベッドで、リーンは目を覚ました。
昨夜の大仕事の後の記憶がない。
今何時かも分からなかったが、腹時計が教えてくれた。
ぐーきゅるるる……
「ああ、お昼だあ。ご飯食べたい。アイラおばさん、ゼンザイ何処かなあ……」
突然、部屋の扉が勢いよく開いた。
「目が覚めたの!?」
「良かったニャア!」
アイラとゼンザイが、カートに山盛りの料理を載せて入ってきたのだ。
「なかなか目覚めないから心配してたよ」
「リーンちゃん、沢山食べて元気になるニャ」
「ええと……。ありがとう」
リーンは頭がボンヤリとして、上手く考えられなかった。
取り敢えず、口に運ばれるご飯は美味しかったので幸せだった。カートの上の料理が無くなったので、食後の熱い紅茶を一口飲む。
リーンは気持ちが落ち着いたので、昨夜の事を聞いてみることにした。
「治療の後の事覚えてないんだ。ダメーダヤさん達はどうなったの?」
「ダメーダヤ王は亡くなったよ」
「そうなったニャ」
アイラとゼンザイは、顔を見合わせて答える。
2人の話を聞いて、リーンは焦った。
「ええ!? 確かに助けられたと思ったのに……! 私、失敗したの? ダメーダヤさんは駄目な人だけど切ないなあ。アンジェリカ様も悲しむよね……」
アイラは、唇に人差し指を当てた。
リーンは、その仕草を見て黙った。何か秘密があるらしい。
アイラはリーン達の周りに、防音魔法を張り巡らせる。
「ダメーダヤ王を助けた後、リーンは倒れたの。そのまま此処に運び込まれて、ずっと眠っていたのよ。呪いがきつくて疲れたのね。心配したわ。
ダメーダヤ王は、政治的な配慮や本人の意思で、亡くなった事になったのよ。北方の僻地で、奥様達と静かに暮らすそうよ」
「そ、そうなんだ。ダメーダヤ王なら、俺は絶対王になる!って言うタイプだと思ってた……」
アイラは静かに笑った。
「そうだね。変わったのかもしれないね」
「今夜、闇に紛れて王宮を出るそうニャ。でも、亡くなった事になってるから、見送りは出来ないニャ」
「ふええ〜……。まあ、北方で大人しくしてくれてたら良いね。出来るのかなあ」
リーン達は、鈴が転がるように笑いあった。
深夜、王宮から静かに旅立つ一行がいた。
一行の男が一人、じっと王宮の灯りを見つめた。
ある部屋の灯りが、規則的に点滅する。
男は、その灯りを見て不敵に笑った。
「俺様を誰だと思っている! 子分どもは仕方ないな!」
一行の女が、男に話しかけてきた。
「貴方様は、これから自由に天下へ羽ばたいていかれます。これからのお名前は、『フライハイト』ではいかがでしょう。自由という意味です」
「“フライハイト”か! 悪くないな! あーはっはっは!」
「「「フライハイト様! メリー様! 万歳!」」」
真夜中の秘密の旅立ちなのだが、彼らは自由に大声で盛り上がりながら、賑やかに歩いていく。
彼等を密かに護衛していた王家の影達が、闇の中で頭を抱えていた。
“フライハイト”は、先程の灯りの点滅を思い出す。
あの点滅は、弟のラファエルと生意気なアンジェリカとの、3人の秘密の暗号だった。子どもの頃に三人で決めた「無事でいて」の合図だった。
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