ダメーダヤ元王子、王になる(中編)
よろしくお願いします。
一行がエジ国の神殿の間に到着してすぐに、部屋の扉が開いた。
リーンは、初めて見る異国の女性達に胸がワクワクしてきた。
エジ国の侍女らしき女性が現れました。
異国の衣装に身をまとい、黒髪黒目で浅黒い肌がエキゾチックでセクシーです。
てきぱきとした上品な身のこなしで、優秀な侍女だとわかります。
けれど、はっきりとした敵意をもって、私達を睨んできました。
きっと、王様殺害疑惑の関係者なので嫌われたのでしょう。哀しいです。
そんな彼女達は、ゼンザイちゃんを見ると目の色が変わりました。
「あ、あれは……! 猫神様の御使い様では!?」
「あのキュートなお耳につぶらな瞳!」
「もふもふとした毛並みに滑らかな尻尾はまさに!」
侍女達は、うやうやしくゼンザイちゃんの前へ来て、挨拶をしました。
「良かった! 女神様は私達をお見捨てになられなかったのですね」
「太陽の化身である王が亡くなられた時は、この国がどうなることかと心が痛みました」
「御使い様! 何でもお言いつけください!」
ゼンザイちゃんは、怯えて固まりました。
尻尾がぶわっと大きく膨らんで、耳がイカ耳になり目が見開いています。
私は小声で、ゼンザイちゃんに質問します。
「ゼンザイちゃん。お知り合い?」
「うにゃにゃ」
ゼンザイちゃんは、涙目で首を横にふります。
知り合いではないようです。
知らない人に、いきなりスライディング土下座をされて敬われたら、そりゃあ恐いよね。
私はゼンザイちゃんを優しく抱きしめて、アイラおばさんを見上げました。
アイラおばさんは、そっと耳元に口を寄せて教えてくれたのです。
「この国にはね。頭が猫の豊穣の女神様がいらっしゃるんだよ。ゼンザイはその御使いと思われたんだと思うよ」
「ああ。なるほど」
「そういうことなら間違いにゃ。私は御使いじゃありませんにゃ。だから近寄らないで」
侍女さん達は、目をらんらんとさせてジリジリとゼンザイちゃんに近づいてきます。
「そう仰らずに……」
「せめてひとなで……」
「あとで美味しいおやつをご褒美にあげますからね……」
アイラおばさんは、頭が痛そうに指をこめかみにあてました。
「ただの猫好き」
私はしっかりとゼンザイちゃんを抱き上げました。
ゼンザイちゃんは、私の服の中へ潜り込んでしまいました。
アイラおばさんが、私達の前に立って侍女達に言います。
「猫が嫌がったら、無理に近づかないでください! 猫好きの基本でしょう! 」
「あああ……。はい」
「大丈夫よ。あとで美味しいおやつをあげれば近づいてくれるわ」
「時間をかけて、仲良くなりましょう!」
ゼンザイちゃんと私達は、最上級の扱いを受けることになりました。
用意されていた部屋は、地下の埃っぽい小さな所だったようです。
綺麗な中庭が見渡せる貴賓室へ案内されたのです。
もてなしの料理を出していただけました。
ゼンザイちゃんには、特別に柔らかいクッションが与えられました。
「美味しいニャー」
「ふんわりした優しい甘さの中に、たくさんの果物や穀物の味わいが深い。口の中から消えていくのが惜しいです!」
「これは美味しいね……!」
ドライフルーツのデーツが入ったクッキー、パンにディップされた白ゴマペーストのタヒーナ、米やパスタや豆に揚げた玉ねぎとトマトソースをかけたコシャリ、色んな味のポテトチップスのチプシー、砂糖の入った味と色の濃いミルクティー。
私達は、異国の味をしっかりと味わっています。
なんという幸せでしょう。
これも全てゼンザイちゃんのおかげです。
ゼンザイちゃんも、楽しそうに侍女さん達と遊んでいます。
それにしても、何か大切なことを忘れているような……。何だったかな。
その頃のダメーダヤ達は、奴隷達にまじって重労働を課せられていた。
地下の迷宮を作るために、働かされていたのだ。
迷宮は罪人を入れる所だと聞かされた。
ダメーダヤ達は自分達は無実であると訴えるが、奴隷頭に鞭を振るわれるだけだった。
「冤罪をかけられるとは、気分が悪いものだな」
「全くです! ダメーダヤ様!」
「メリー様は治癒の力があるので、別の場所で働かされているそうです」
「心配ですね。ここの上の奴らは話が全く通じなくて困りましたね」
やっと休憩時間に入り、疲れ切ったダメーダヤ達は腰を下ろした。
過酷な労働に耐えさせるために、ニンニクや野菜や豆の入った食事が与えられた。
パンが出ることもあったが、砂が入っていることも多く歯が欠けることもあるのだ。
ダメーダヤ達は、気力を削られていった。
リーン達は薄い衣をまとい、首から下にかけて熱い砂をかぶせてもらっている。
エジ国の砂浴を体験させてもらっていた。
「あったかいね。ゼンザイちゃん」
「うん。あったかいの好きニャ。眠くなるニャン」
「砂浴にはリウマチや関節の痛みを和らげて、発汗作用によるデトックス効果があるそうだよ。気持ちいいね」
広がる青空と砂漠を眺めながら、砂浴に浸っている。
全ての悩みが、溶けて消えていった。
「このままこの国に住んでもいいね」
「zzz」
「それもいいよね。……って、元凶を忘れてた!!」
アイラは、跳ね起きた。
リーンとゼンザイもビックリして、跳び上がった。
ダメーダヤ達は、やっと思い出してもらえたのだ。
「あんまり気持ちいいから、忘れちゃってたね」
「侍女さん達の接待スキルは、神レベルニャン」
「完全に忘れてたよ。反省する」
ゼンザイを愛でたい侍女達を説得して、アイラ達はダメーダヤ達に会いに行くのだった。
ダメーダヤ達は、地下の汚い牢屋にいた。
やつれた彼らは、アイラ達を見ると不機嫌になった。
「ずいぶんと顔の色艶がいいな」
「そ、そんなことよりも! 王妃様からの依頼できました。お話を聞かせてください」
「俺様達は冤罪にかけられたのだ。全く気分が悪い! さっさと無実を証明してくれ」
「元婚約者のアンジェリカ様に冤罪をかけたダメーダヤ様。あなたがそれを仰るとは驚きです」
「ぐっ…」
アイラの言葉に、ダメーダヤは言葉に詰まってしまった。
睨みつけてくるダメーダヤを無視して、彼女は話を続けた。
「それでは、ダメーダヤ様。こちらの書類をご覧ください。この書類には、あなた様が王を殺害されたと書かれています。あなた様は、この書類にサインをした覚えはございますか?」
アイラ達は、ごくりと唾を飲み込んだ。
いくらクズの元王子と評されようとも、そこまで馬鹿ではあるまい。
書類が偽造だと証明できれば、ダメーダヤ達を解放してもらい、国に強制送還する手続きができるはずだ。
かなりの金額の釈放金を要求されるだろうが、そこは王妃様達に頑張ってもらおう。
できることなら、そこでこのゴタゴタと縁を切りたい。
いや、切ろう!
ダメーダヤは、その書類をしげしげと眺めていた。
「うむ! 確かに俺様が書いたぞ! この書類に俺様のサインがあれば、助かると言うのでな! そうすれば、酒も好きなだけ飲んでいいと言われたし、素晴らしい善行を積んだ!」
ダメーダヤは、曇りのない澄み切った笑顔でそう答える。
アイラは、それを聞いてこめかみに青筋が浮かび、思わず怒鳴ってしまった。
「ちゃんと書類を全部読めー!!」
アイラは、目眩と頭痛がしてきた。
この書類は、この国の軍部に提出されたものである。
ダメーダヤ達が、この国の王を殺害した自白が書かれている。
ダメーダヤ自身が喜んでサインしたのならば、どんな魔法を使っても覆すのは難しい。
リーンが心配して、アイラの手をぎゅっと握る。
「アイラおばさん、大丈夫?」
「……あ、ああ。大丈夫だよ。ちょっと時間をください。城の者達がなぜ来たがらなかったのか分かるよ……」
「侍女さん達にお願いして、熱いお茶をもらうニャ。きっと気分が良くなるニャ」
ダメーダヤは、それを聞くと苛立った。
「熱いお茶とは、いいご身分だな! 俺様達はこんなに辛い目にあっているのというのに! 貴様が俺様の部下だったら、即刻クビだ!」
次の瞬間、ダメーダヤ達に何かがぶつかってきた。
彼らは、後方へ吹っ飛ばされた。
強い衝撃に、彼らは気絶してしまった。
「私、やっぱりダメーダヤさんは大嫌い。私の大事な人達を傷つける」
「リーン! 手は大丈夫!?」
「リーンちゃん、手が!」
ダメーダヤの発言に、リーンが怒って鉄格子を殴りつけたのだ。
鉄格子が折れて、ダメーダヤ達に直撃した。
その騒ぎに、遠くから様子を伺っていた侍女達が駆けつけてくる。
「ゼンザイ様、大丈夫ですか?」
「牢が! 牢番達に見つかる前へこちらへ!」
「リーン様の手が! 治癒の術を使える者をすぐにお呼びします!」
「ありがとう。助かるニャン!」
アイラ達が移動した後、牢番が駆けつけて騒ぐ音が遠くから響いてきた。
部屋で休んでいると、元聖女のメリーが部屋へと連れてこられた。
いつもの光り輝くアクセサリーも鮮やかな緑の服でもなく、普通の女性に見える。
「リーン様、この者は治癒の術が使えます。もう大丈夫ですよ」
「すぐ治るのに……。ありがとうございます」
「リーンちゃん。ちゃんと診てもらうニャ」
「お任せください。傷一つ残らないように治して……って、あら? 以前、お会いしたことがありますよね。どこでだったかしら」
「忘れてるのが凄いニャ……」
リーンは、メリーの手当てを受けた。
自分でも治せるが、彼女と少し話をしたくなったのだ。
「メリーさん達は、どうしてダメーダヤさん達についていくんですか?」
リーンはずっと不思議だったことをメリーに聞いてみた。
ダメーダヤはもう王子ではない。従わなくても罰されはしない。
それでも、彼らはダメーダヤに従う。
メリーは、優しい笑顔で答えた。
「そうですね。ヨイショ様達は弟の方が優秀だと、ずっと言われてたそうなんです。弟が跡継ぎになればいいのにって。でも、ダメーダヤ様が来るって言うと、あいつら怯えて逃げるんだよって笑ってました。私も同じなんです。私の前世の話を信じてくれたのは、ダメーダヤ様だけだったわ。私のことだけを見て、愛してくれる唯一の方よ」
「……そうだったんですね」
彼らにとって、ダメーダヤはいい仲間だったのだ。
自分の意志で、彼についていくと決めたのだ。
リーンは、納得できてスッキリした気持ちになった。
その後、アイラ達は、報告のために一度国に戻ることにした。
ダメーダヤ達は、炎天下の猛暑の中で重い石を運びレンガを作り、奴隷頭に言われた通りに働く。
奴隷頭に逆らったり、さぼったりすると鞭が容赦なくとんでくる。
不衛生な環境の中で、唯一の楽しみは配布される食事だ。
ダメーダヤの大好きなニンニクや野菜を調理したもので、それがあるから何とか耐えられた。
しかしある日、そのニンニク料理さえも減らされてしまった。
ダメーダヤ達や奴隷達は、怒り狂った。
怒りを示して改善を求めなければ、悪化していくばかりだ。
彼らは、奴隷頭達のいる所へ殴り込んだ。
ストライキである。
「ニンニクをもっとよこせー!!」
「あんな食事で働けるかー!」
ダメーダヤ達の指揮の元、ストライキは成功した。
食事の改善はなされた。
その代わり、責任者としてダメーダヤが捕らえられた。
彼は、縄で手足を括りあげられて床に転がされる。
明日には処刑されることを告げられてしまった。
ヨイショトリオが抗議したが、聞き入れてもらえない。
ダメーダヤは、こんな扱いをされて腹が立って仕方がなかった。
「俺は正しいことをした! なぜ処刑されるんだ!? 裁判もしないなんて! ちゃんと調べてくれ!」
「はあ? おまえにそんな価値なんかあるもんか。静かにしろ!」
奴隷頭に蹴られてゲラゲラと笑われる。
ダメーダヤは声が出なくなった。
(冤罪がこんなに気分の悪いことだとは……! 話すら聞いてもらえない……。アンジェリカもあの時こんな気分だったのか)
体の痛みと恐怖と絶望で、眠ることもできないまま夜が更けていく。
月が天に輝く夜、1人の男がやって来てダメーダヤに語りかけてきた。
見張りの奴隷頭も、頭を地に押し付けて土下座をしている。
身分の高い男のようだった。
男をよく見ると、ダメーダヤに殺人自白のサインを書かせた男だった。
「おまえは……!」
「ダメーダヤ元王子殿下。貴方のおかげで、私はこうして王になれましたよ。ありがとう」
男は、いたずらが大成功したようにニヤリと楽しげに笑った。
「王に……? じゃあ、あの書類は……」
「貴方が、我が兄上でもある王を殺したと自白してくれたからねえ」
「く……! おまえを信じた俺が馬鹿だった! ちゃんと書類を読んでおけばよかった!」
「くっそ長くて分かりずらい文章で、小さい字だったからね。ちゃんと読むと一時間はかかるだろうさ。ははは」
「このままだと、君は明日処刑されるね。どうだい? まだ死にたくないだろう?」
「当たり前だ!」
「じゃあ、取引しないか?」
「……取引?」
ダメーダヤは、疑い深そうに男を見上げる。
セト王は、愉快そうに目を月のように細めて笑っていた。
「なあ、ダメーダヤ。王位が欲しくないか? 死刑になんか、なりたくはないだろう?」
「なっ!?」
「お前を王にしてやる。そして、俺の言うことをよく聞いてくれればいいんだ。贅沢させてやるぞ。それから、アンジェリカ・レイテストを俺にくれればいい」
「……は?」
「この世界で最も美しい黒真珠。俺はあの女が欲しい」
「おまえは結婚していると言ってたじゃないか」
「アンジェリカは現地妻でいいじゃないか。いや、彼女が望むなら、妻を始末してこの国の王妃にしてやってもいい」
ダメーダヤは、開いた口がふさがらなくなった。
セト王は、下卑た笑みを浮かべてニヤニヤしている。
アンジェリカの美貌は、子どもの頃から有名だった。
その代償のように、変な奴らに狙われることが多かった。
父親のグリード公爵は心配して、いつも彼女に護衛をつけていたものだ。
(相変わらずだな……。アンジェリカ……)
ダメーダヤは、必死で考える。
今までこんなに考えたことがないほど、頭をフル回転させた。
雪深い山奥のおばあさんから、教わったことを思いだした。
自分が求められていること、自分が学んだことを活かしてやりたいこと、自分が好きなことを。
「分かった。俺は王になる!!」
「そうこなくっちゃ!」
その頃、アンジェリカが何者かに攫われた。
そして、ダメーダヤの弟でありアンジェリカの今の婚約者である皇太子ラファエルが、彼女を助けて重体になってしまったのだ。
アンジェリカとラファエルは、治療のためにレイテスト公爵家に引きこもる。
政務はしばらく無理そうだと、世間には発表された。
アイラ達を、魔塔主が出迎えてくれた。
「魔塔主様! お出迎えありがとうございます。実は大変なことになりました」
「やられたね。こっちも大騒ぎになっているよ」
「何があったんですか?」
魔塔主ののんびりした口調とは裏腹に、物騒な内容が告げられた。
「うん。アンジェリカ様が攫われそうになって、庇ったラファエル殿下が大怪我をされた。今は、レイテスト公爵家で治療されている。あそこは、最新の技術と防衛があるからいい判断だ」
「大変ニャ!」
「そうなんだ。お二人が公務を休まれていることから、ダメーダヤ様の皇太子への復権が騒がれ出したよ。王妃とセト王よりの貴族どもだよ。これでダメーダヤ様が王になれば、国の利益をセト王にいいように吸い上げられる、傀儡政権の始まりさ」
「そんな……!」
ダメーダヤ達は、綺麗に磨き上げられていた。
用意された豪華な衣服で、身支度を整える。
そして、セト王の兵士達とともに祖国へ帰還したのだ。
王妃は泣いて喜んで出迎えてくれた。
しかし、王も宰相も誰もが俯いていた。
拍手も宴もなく、王宮は葬儀の時のように静まりかえっていたのだった。
読んでいただき、本当にありがとうございます。




