ダメーダヤ元王子、王になる(前編)
ダメーダヤのお話になります。
「この俺様がいれば、何も恐れることはない! なにしろ英雄だからな! 俺様は魔王と戦い、雪の魔物達を討伐したのだ! さあ、俺様を敬い崇めるがいい!」
「素晴らしいです! ダメーダヤ様!」
「ダメーダヤ様! 大英雄!」
エジ国の酒場で酒をおごられながら、ダメーダヤはいつもの調子で、ほら話を吹いている。
ダメーダヤ本人は、本当の話だと信じていた。
メリーは、うっとりした表情でダメーダヤに話かける。
「今は、『ゲーム』の第4部に入ったのですわ。どんな展開なのかしら。逆境に陥った私達が、苦難を知恵や優しさで乗り越えていくのです。そしてね、素晴らしいハッピーエンドになるの」
「そうか! それは素晴らしいな! 俺様に相応しい!」
「ダメーダヤ様! メリー様! ついていきます!」
楽しく盛り上がるダメーダヤ達に、酒をおごっていた地味な男が笑いかける。
「凄いですね。ダメーダヤさん達は、俺が頼んだ幾つかの仕事をやってくれました。きっとあなた達は、国をこえて有名になりますよ。そしてきっと……。これは、俺のおごりです。どんどん飲んでください」
「はーっはっは! あんな仕事、いくらでもやってやるとも!」
次々と注がれる酒を飲み干し、ダメーダヤ達は気持ちよく酔い潰れてしまった。
地味な男は、ダメーダヤのポケットにそっと謝礼の金貨などを入れた。
そして立ち去る時に呟いたのだ。
「そしてきっと……断頭台に上がりますよ……」
数刻後、この国の兵士達にダメーダヤ達は逮捕された。
ダメーダヤのポケットからは、血のついたナイフが見つかったのだ。
昨日、この国で王が殺害された。
この国の警備隊は、犯行現場近くで目撃されたダメーダヤ達を、血眼になって探していたのだった。
「王よ! 大変です! ダメーダヤ元王子達が、隣国で王の殺人容疑で逮捕されました!」
ダメーダヤの父である王は、それを聞くと顔を真っ赤にして怒り狂った。
「あのクズがー!!!」
王の怒りの叫びに、報告に来た宰相がビクっと震えた。
宰相は、王の怒鳴り声に萎縮してしまって、何も言えなくなってしまった。
「あいつは、王家の決めた婚約者を勝手に破棄して冤罪をかけた。その挙げ句、あいつ自身は王族除籍、王家に多大な借金を負わせただけでは飽きたらないのか……!」
王は、腹が立ちすぎて胃がキリキリと痛み、目眩がしてきた。
「影を……影を呼べ……! 殺人容疑が確定される前に手を打たねばならない! あいつを消してでも、エジ国につけこまれてはいけないんだ。下手すると戦になる!」
王は、まだ甘かった。
王家の威信は、すでに地に落ちていた。
王家の独自の諜報機関であり、極秘の任務を行う存在『影』
影の長が、音もなく現れた。
そして王にこう告げた。
「予算がありません。ダメーダヤ元王子が残されていった借金のせいで、影の活動にも予算が降りないのです」
王の頭の中で、何かが切れる音がした。
そして、王はそのままゆっくりと倒れてしまった。
★★★★★
私はリーン。
迷子になりました。
この広くて複雑な魔塔へ、アイラおばさんとケット・シーのゼンザイと来たのです。
途中で、怪我をして弱っている魔獣がいました。
だから手当てをしてあげたのです。
気がつくと、アイラおばさん達は居なくなっていました。
私は、元の場所に戻ろうとはしました。
しかし、ここの建物は構造がクルクルと変わるのです。
肖像画の絵が変わったり、階段が動いたり、目印になりそうな置物がぷかぷかと浮いて移動しています。
どうしたらいいんでしょう。
アイラおばさん達に合流できる気がしません。
お腹も減ってきました。体がふらふらしてきました。
人生最大のピンチです。
私は冒険者見習いです。
全ての始まりは、王家の紋章がついた馬車が、家の前に来た時から始まったのです。
それを見たアイラおばさんは、私達を奥の物置部屋に放り込んだのです。
内側から鍵をかけさせ、決して開けないように言いました。
せっかく特大ホットケーキを焼いて、今から皆で食べるところだったのに!
うまくふっくらと焼けて、とっておきの甘いゆず茶といただくところなのに!
私達のおやつが王家の方達に食べられてしまわないか、すごく気になります!
幸い、私達は扉の鍵穴から、室内の様子を伺うことができました。
家の中に、王妃様が近衛兵さん達と入ってきました。
知らないおじさんもいます。
彼は、アイラおばさんに宰相だと名乗りました。
食堂兼居間に入ると、王妃様は泣きながら訴えました。
ダメーダヤ元王子達が、殺人事件で逮捕されたので再調査に行ってほしいそうです。
アイラおばさんは、両手で顔を覆って天を仰ぎました。
アイラおばさんが、とても困っている時にする仕草です。
王妃様と宰相様が、目の前で土下座をしました。
「頼む! 速攻で隣国へ行き、殺人事件の再調査をしてくれないか! 謝礼は、私が私財で必ず払う!」
「お願いいたします! 前回、息子は無実だと判明しました! 今回もきっとそうです!」
「お言葉をかえすようで申し訳ありませんが……、私よりも遥かに優秀な『影』がいらっしゃると思うのですが……」
「断られた!」
「彼らが動く予算を出せないと言われました! むしろ、処刑の費用を向こうが出してくれるだけありがたいとも……! 王は心労で倒れてしまいました。幸い処置が早くて助かりました。今は安静にしなければいけません」
王妃様が、わああと泣き崩れました。
リーンは思いました。親って大変なんだな……と。
アイラおばさんが震えています。
よっぽど嫌なのを、必死で耐えているときの仕草です。
リーンには分かるのです。
なんとか断れないか、と頭をフル回転しているに違いありません。
(どこまで嫌われているんだ……ダメーダヤ……。王家に絶対の忠誠を誓うはずの近衛兵や影が、誰も彼のために動かないなんて。それは、たとえ死んでも彼のために働きたくないということ……)
アイラおばさんの口が、無声でそう動いたのをリーンは見てしまいました。
王妃様達は、土下座をしているので見えなかったようです。
「お願いです。どうか頭をお上げください!」
「再調査に行ってもらうまで、絶対に動かん!」
「公に動けば、戦になりかねません! 貴女達に私の侍女として魔塔から隣国に跳んでもらい、現地で再調査していただきます!」
「それって、侍女達も嫌がっているから、ここへ来られたってことですよね……?」
アイラおばさんの表情が、虚無になりました。あれは、ものすごく怒っています。
王妃様の泣き声が、大きくなりました。
魔塔には、隣国へ瞬間移動できる魔法があるそうです。
とても貴重なもので、王族や貴族や特別に許可された者にしか使えないと聞きます。
アイラおばさんが、昔魔法を学んだ場所でもあるそうです。
アイラおばさんは、感情のない声で言いました。
「……分かりました。直ちに準備を整えて魔塔へ向かい、出発します。連れの冒険者見習いとケット•シーも一緒です。それが引き受ける条件です」
「分かった! それくらい何でもない!」
「ありがとうございます! 本当は私自身が行きたいのですが、国同士の情勢が不安定な今、行くことは許されませんでした。ありがとうございます! 必要な物は、魔塔に届けてさせておきます!」
王妃様と宰相様は、何度も御礼を言いながら去って行きました。
彼らが完全に去り、私達はやっと物置から外に出してもらえたのです。
アイラおばさん曰く、王家が急にこんな田舎へ来たので、何かトラブルが起こったんだろう。私達に危害を加える可能性を考えて、私達を隠したそうです。
それにしても、お腹が空きました。
やっと特大ホットケーキを食べられます。
冷めてしまったけれど、食べるのが楽しみです。
私達は、口いっぱいにホットケーキをほおばりました。
うーん。美味しいです! お口が幸せ!
「リーン、ゼンザイ。食べ終わったら、荷物をありったけ魔法鞄に詰めて。忘れ物がないように。取りに帰れないかもしれないから」
「うん。分かった」
「大変なことに巻き込まれたニャ……」
アイラおばさんは、入念に荷物をまとめ、重要な物は全て魔法のバッグに詰め込みました。
私とゼンザイの荷物もです。
このまま引っ越せるくらい、家の中は空っぽになってしまいました。
アイラおばさんは、私達に言いました。
「再調査して、この国が戦になりそうだったら、このまま帰らないからね……」
「そんなに、今回の依頼は危険なの?」
「国家機密を知った冒険者を、王家が放置してくれるとは思えないニャ。いい判断ニャ」
「うわああ……。ダメーダヤさん達、今度は何をやらかしたんだろう……」
そんなやり取りがあって、私達は魔塔に来たのです。
こんな重大な時に迷子になるなんて、私は自分が情けないです……。
私は、ケガをしていた魔獣を抱きしめて涙が出てきました。
魔獣は、私の涙をペロペロと舐めています。
「迷子になったのかい?」
白い髪と銀の瞳のおじいさんが、話しかけてきました。
長い白髭と白いローブが特徴的です。
雪山にいたら、風景に溶け込んでしまうでしょう。
闇夜のカラスの白バージョンです。
「はい。アイラおばさん達とはぐれてしまったんです。エジ国への移動魔法陣への道を教えてくれると嬉しいです」
「アイラ君の連れかね? ひょっとして、君が姪のリーンちゃんかな?」
「はい。そうです。アイラおばさんをご存知なんですか?」
「彼女はとても優秀な生徒だったからね!」
おじいさんは、ニコニコとして私の手を握りました。
初対面で人懐っこい人です。
リーンは、知らない人に着いて行かないように言われているのです。
どうしよう……。
「私の部屋へおいで。美味しいお菓子がたくさんあるよ。アイラ君には連絡して、私の部屋に来るように伝えよう」
「お菓子……! ありがとうございます! アイラおばさんにも伝えてくれるんですね」
前言撤回です。なんて良い人なんでしょう。
私は、おじいさんの後を着いていきました。
大きくて立派な扉の部屋に来ました。
部屋の表札には、『魔塔主 邪魔する者はコロス』 と書かれています。
……この方が、魔塔主様なんでしょうか。リーンは、生きてこの部屋から出られるんでしょうか……
私は、素直に着いてきたことをちょっぴり後悔しました。
おじいさんは、部屋に入るとウキウキと杖を取り出しました。
鼻歌を歌いながら杖を軽く振ると、可愛くて美しいお菓子がテーブルいっぱいに現れました。
「好きなだけ食べなさい。アイラ君も間もなく来るからね」
「ありがとうございます!!」
前言撤回の撤回です。
おじいさんは、ものすごーく良い人です!!
私は魔獣と一緒に、カラフルな赤や黄色のお菓子を食べ始めたのです。
その直後に、部屋の扉がバーンと開きました。
アイラおばさんとゼンザイちゃんが、汗だくで焦った顔をして現れました。
おじいさんの言う通り、すぐに会えました。嬉しいです!
「やっぱり……! 餌付けされてる!」
「遅かったニャ……」
「え、えづけってなに……?」
「まあまあ。久しぶりだね。アイラ君。君も食べていきたまえ。とっておきのお菓子を用意したんだよ。僕に挨拶に来ないなんて寂しいなあ」
「後で挨拶に伺おうと思ってましたよ……。リーンを甘やかして籠絡するのは、おやめください」
アイラおばさんとゼンザイは、私達の両隣に座りました。
魔塔主のおじいさんは、私達の前に座ってお茶を優雅に飲んでいます。品がある仕草です。
リーンも真似をしてみました。
そして、私はアイラおばさん達も品のある仕草だと気付きました。
私も大人になれたようで嬉しいです。
これからも素敵な大人の真似をしていこう!
「元皇太子の無実の証明の為に、隣国に行くのはやめたまえ。アイラ君。危険すぎる。私は君を失いたくない」
「……ありがとうございます。魔塔主様。そんなに隣国は今危険なんですか?」
「うむ。あの国の王が暗殺されて、弟のセト様が王位につかれた。前王の息子がまだ未成年だったという理由でだ。犯人は、ダメーダヤ様と騒がれてはいる。実際は嵌められたのだろう。セト王は狡猾だ」
「わが国と戦になりませんか?」
「セト王は、そんなに簡単に戦はしないだろうね。もっとずる賢く立ち回るよ。戦うだけが戦じゃない。情報戦、経済戦、国政への入り込み、優秀な人物を叩き潰し、仲間同士を分裂させる。魂の拠り所である信仰を奪い、民を娯楽に依存させて抵抗を奪うのが基本だ。それから戦だね。戦は金がかかるからね」
「怖いですね……」
「常識だよ。ダメーダヤ様を使って、何か仕掛けてくるだろう」
「魔塔主様なら、ご存知でしょう。この依頼は、王妃様と宰相様からなのです。断れません」
「それで、このまま帰ってこないつもりなんだろう。魔法鞄がパンパンじゃないか」
「こ、これは、リーンのおやつです」
「ん? 呼んだ?」
リーンは、苺やバナナやマンゴーがたっぷりとのったパンケーキを口いっぱいに頬張っていた。
食べても食べても、次々と違う料理がテーブルに出現するのだ。
リーンは、感激してひたすら食べている。
チョコとナッツがのったドーナツ、ぐるぐるジャムクッキー、さつまいも蒸しパン、クレープのオレンジソース煮……
どれも絶品である。
次には、フルーツがたっぷり入った贅沢なドライフルーツケーキが出てきた。
リーンの大好物である。
幸福の絶頂にいるリーンの笑顔が眩しい。
アイラは、リーンのお腹が心配になってきた。
「食べすぎて、お腹痛くならないようにね」
「はーい」
「ここまで喜んでもらえると、魔法使いで良かったと思えるよ」
「もう食べ過ぎですニャ。リーンちゃん」
ゼンザイが、消化にいいミントティをリーンに差し出して、食休みをとるように促した。
リーンは、熱々のミントティーを口に含む。
爽やかな香りが、口いっぱいに広がってスッキリする。
「ふう。最高に美味しかったです!」
「うん。よかったよ。それで、リーンちゃんは何人の神の御加護をいただいてるのかな? アイラ君、答えたまえ」
「ゴホゴホっ! な、何のことですか?」
アイラは、思わぬ質問にむせてしまった。
リーンの加護持ちのことは、秘密にしている。
魔塔主の実力なら、見抜かれるかもしれないと不安だったのだ。
だから、挨拶しないでいこうと考えていたのだが、2人は出会ってしまった。
「1……2……。ちゃんと調べないと分からないな。神の加護持ちは、ちゃんと登録しないと駄目だよ? リーン君の名前はなかったよね」
「ですから! 何のお話のことなのか、さっぱり……」
「うーん。でも神殿の奴らにくれてやるのは惜しいな。そうだ! 君達、うちの子になりなさい! そうすれば、君達を危険な隣国にやらなくていいし、王妃達にも代わりの者を寄越すように伝えてあげるよ」
「えええっ!?」
「リーン君も毎日好きなだけおやつを出してあげるよ」
リーンはそれを聞くと頬を赤らめて、ウルウルした瞳でアイラを見つめてきた。
アイラは叫んだ。
「魔塔主様! リーンを餌付けするのはおやめください!!」
「駄目かあ。真剣に検討してほしいな。このままだと、今回の件が解決してもまた問題が起きて、王妃に使い潰されるよ」
「それは……」
アイラは答えに詰まった。
魔塔主が言っていることは、当たっていると思ったのだ。
王妃の依頼を受け続ければ、リーンの力がいつかはバレてしまうだろう。
そうすると、リーンの力を利用する者達が群がってきてしまう。
人の狡さに鈍いリーンは、使い潰されてしまうだろう。
そうなりたくなければ、国を出るか、他の力ある所に所属した方がいい。
魔塔は、近隣諸国の魔法使い達を束ねる存在だ。
魔塔主の子になれば、王族や神殿の干渉も避けられるだろう。
「……検討させていただきます」
「いい返事を待っているよ」
「リーン達は、おじいちゃんの子どもになるんですか?」
「そうなったらいいというお話だよ。リーン君がうちの子になったら、毎日美味しいもの食べてほどよく太って、年頃になったら優秀な力を持つ男と番になって、いっぱい子を産んで増えてね」
「サイコパスな発言は、お控えください! 魔塔主様!」
アイラは青ざめて叫んだ。
この魔塔主の趣味の一つを思い出したのだ。
それは、稀有な力を持つ聖獣を繁殖させること。
リーンは聖獣と思われてしまったらしい。
「まあまあ。大切に保護するよ。前向きに検討してね。他に道はないと思うよ?」
「うう……」
「今回の事件も協力するよ。解決したら、またお茶会しようね。まだまだ自慢のパウンドケーキもマフィンもスコーンもケーキもタルトもあるんだよ。アップルクランブルなんか絶品だよ」
「ごくり……」
リーンは、聞いたこともないお菓子の名前を聞いて、唾を飲み込んだ。
ゼンザイは、そんなリーンの手を握って声をかけてあげた。
「リーンちゃん。しっかりするニャ。お菓子が食べたいなら、私が作ってあげるから。お菓子以外のことを、しっかり考えるニャ」
「分かった。ありがとう。ゼンザイちゃん」
「おやおや。強敵がいたね。まあ、今回の事件が落ち着かないと駄目だろう。困ったら、連絡しなさい」
「ありがとうございます。魔塔主様」
アイラは、味方を得られたことに深く感謝した。
新しく王についたセト王の情報もありがたい。
今回の事件は、思ったよりも闇が深そうである。
養子の件も、前向きに考えなくてはいけない。
魔塔主は彼自ら、見送りにまで来てくれた。
魔塔の地下にある大きな魔法陣が描かれた部屋へ、リーン達は入る。
リーン達は、魔法陣に乗った。
魔法陣が光り、全身が光に包まれる。
わずかな浮遊感を感じたと思ったら、光が消えた。
植物性の香料の匂いとともに、乾いた風と暑さを感じた。
リーン達は、エジ国の神殿に到着したのだ。
読んでいただき、本当にありがとうございます。




