第29話 幹部二人
【城】
朝。
セーナは身だしなみを整えて廊下を一人で歩いていた時……
「随分とお早いお目覚めだな」
奥の暗闇から男の声。
暗殺者特有の下衆なものではない。
芯の通った優しい声色だった。
「何の用?」
「出てやるよ」
「えっ?」
「戦争に。ただし条件がある」
怪訝な顔をするセーナにカイルは続けて語る。
彼女の真っ赤な目とカイルの薄い赤色の目が互いに見つめ合う。
「俺を作戦会議に加える事」
必要以上の犠牲は許さない。
仮にそうでも、手が届くだけ助けてやりたいのだ。
カイルの言葉を聞いて、セーナはため息を吐く。
面倒だなとでも言いたげな。
その様子に少しだけ腹が立ったカイルだが堪える。
「……なんで廊下に?」
というかどうやって入ってきた?
……まぁ聞いた所でか。
セーナの赤い目は自分の全てを知っているような気がしてくる。
カイルも同じ色だが、彼の方が色素が薄い。
昔から思っていたがお揃いな感じがして嫌だ。
「城の中にあるお前の部屋は知らないからな。
確実に出てくるであろうここで待ってたのさ」
「私の部屋は誰一人として入らせたことないからね」
余裕そうに呟くと、彼女はカイルの隣を通り過ぎる。
そのまま何かを話さずに終わるのかと思っていたのだが……
セーナは突然不意打ちのように手を触る。
触られたことよりも、あまりの速度に驚きを隠せなかった。
「!?」
驚いたカイルをそのまま、彼女は艶やかな顔をしてカイルの手から手首をしなやかに撫でた。
指先で、虐めるように。
転がすように手首を触る。
これでカイルが照れるとでも思っているのだろうか。
だとしたらとんでもないアホだと思う。
それとも何か理由が────?
「私はあなたを尊敬しているわ。共闘してくれて……とても嬉しいし勝率が上がった。あなたが私の道具になってくれれば、武力・政治どちらも最高の駒になる」
彼女はどこまでも利用することしか考えていない。
……尊敬というのは本当だろうが。
カイルの手首を指先で弄りながら、彼女は続ける。
「それでも……あなたが私のモノになったら、尊敬するあなたはいなくなる……それはとても残念。
私の辞書から尊敬という単語が消えてしまう」
何がいいたいのか分からない。
カイルはその様子をただ見つめて唖然とすることしかできなかった。
「だから────」
彼女がそう言いかけた時、遠くのところから爆発が。
ここからでも分かるくらいには黒煙が空に立ち上っていた。
「!? なんだ!?」
「あの方向は……あなたが来た所じゃない?」
まさか爆心地は宿……?
ロイとシアンが何かしたとは思えない。
アン……はあり得ないだろう。
襲撃か。
「……話は後だ。じゃあな!!」
廊下から窓ガラスを割って、カイルは飛び降りようとした時────
「ッ! 危ない!!」
セーナはカイルを抱えて少し遠くに避ける。
窓ガラスを派手に破って誰かが入ってきた。
奇襲……今度こそ暗殺者かと思ったが、魔力の抑え方が違う。
堂々と曝け出すような魔力。
「大丈夫?」
ニヤリとした笑みをカイルに向けると、彼女のお陰で助かったカイルは不機嫌そうに「どーも」と返した。
ロイ達のことで頭が一杯になっていた。
「こいつに助けられるという屈辱を味あわせてくれた奴はどいつだ?」
砂煙の中から出てきたのは────
魔族だった。
“彼女”の体からは炎が漏れ出ている。
魔法によるものか、なんなのか。
「……女王と……勇者……いいね。ゾクゾクしてきた」
炎を纏う女はそう呟く。
恐らく先程の爆発も、こいつかこいつの仲間がやったものだろう。
戦う義理なんてないが、多分ロイ達の方へ行こうとしたら間違いなく妨害してくる。
なら……
「久々に共闘できるわね」
「残念だ」
────────────
【少し前:宿】
カイルは一人で女王に会いに行った後、二人は鍛錬をする前に鍛錬計画を立てていた。
シアンはフィジカル重視。
魔力による身体強化は魔法使いであるロイは専門外だ。
それに……
(どうすれば更に上に行ける? カイルサンは魔法こそ使えるけど、そこら辺は俺から見ても残念レベルだからな……)
魔法使いじゃなくても魔法は使える。
ただ、戦闘用に使うにはあまりにも心許ない者ばかりだ。
初めてカイルの水魔法を見た時、ジョロジョロと指から溢れる水をただ見つめるのみだった。
ショボい。
あまりにもショボい。
だからこそ、魔法使い用の訓練もその応用も知らないのだ。
そんなことを考えていた時……
「すみません」
ノック音が扉の奥から聞こえた。
低い男の声からして知り合いではない。
カイルがいることを知られたために女王の差金か?
ロイはそのまま扉を開く。
そこに映ったのは……!
「どうも」
青い肌。
そしてロイよりも一回り大きい背丈。
背丈よりも気になったのは、その肌。
カイルが言った魔族の特徴に見事当てはまっている。
────魔族が公衆の面前で擬態を解いている理由は一つしかない。警備だろうがギルドだろうが……そいつは全員を返り討ちにする自信があるってことだ。
つまりこいつは────!
「それでは挨拶代わりに」
本を持った魔族は片手で大きな風を作り……!
「風魔法」
「シアン!!!」
“右回転”の巨大な風がロイがいた部屋ごと吹き飛ばした。隣の部屋や人などを気にしない巨大魔法発動。
近くの部屋からロウソクの火でも巻き込んだのか、軽い爆発も起きた。
その為建物から黒煙が上がる。
「バースの近況報告では……“才ある魔法使い”がこの部屋にいると聞いたんですが……そもそも魔法使いそのものが誤情報ですかね?」
風魔法で吹き飛ばされて死んだか、風魔法そのものによる回転で死んだのか……どちらにしろまともに食らった────いや違う。
「!」
黒煙を風で吹き飛ばしたロイ。
彼も奴の咄嗟な攻撃を見事防御していたのだ。
(このお方……! 風魔法を“左回転”にして受け流したのか……!!)
────“右回転”の巨大な風がロイがいた部屋ごと吹き飛ばした。
あの時瞬時に魔法の回転を見極めて、同じ出力で防御と受け流しを兼ねてダメージを抑えたのか。
(出力はそこそこ。驚くべきは人間の平均的な魔力では考えられない程の総量!)
才ある魔法使い……はどうやら本当だったみたいだ。
彼の体の中にある魔力が疼く。
「いいですねぇ……」と呟く奴はロイの目を凝視する。
「……ッ」
ロイは壊された隣の部屋をチラリと見る。
……最悪なことに部屋には人がいた。
瓦礫に潰されているものや、突き刺されているもの。
「彼らよりも私を見る事ですよ」
近くから悲鳴の叫び。
この変人魔族にはこれが普通なのか。
「シアン大じょ────おいシアン!?」
自分の風魔法で守ったのは良かったが、瓦礫や地面に頭をぶつけたのだろう。
彼女の頭から血が流れて気絶していた。
シアンとアンの切り替えは、簡単に言うと“意識の切り替え”である。
一方が気絶すればもう一方も気絶する。
「彼女の助けは得られませんよ」
いちいち絶望を再確認させてくるんじゃない。
カイルだってすぐにはこれないだろう。
……やるしかない。
「私の名前はジェーグナー……魔法使いであり、アナタのような才ある魔法使いが好物です」
「ロイ……アカデウムだ」
初めての魔族との戦闘。
性質も特徴もカイルから聞いていたが、いざ目にすると全く違う。
────人間相手なら見た目でおおよそ判断できるが魔族は別だ。どんなにガリガリでも、身体強化ができなくとも、魔族の素のパワーは尋常じゃないからな。
カイルの一言を思い出したロイは(元より接近することつもりなどないが)接近戦を仕掛ける事をやめた。
「……仕掛けてこない……ですか。
なら挨拶の次は自己紹介からですね」
するとジェーグナーは棒切れを取り出した。
「……?(杖……か?)」
奴はそれをロイに向ける。
杖を使うタイプなんて初めて見る。
こんなのも────
「ッ!?」
突如ロイの真横から衝撃。
そのまま近くにある家に激突した。
「ッ……グッ……!!」
なんだ?
今何をしたんだ?
魔法を唱えたのは分かるが、杖から出た感じがしない。
「杖を見過ぎです。魔法使いたるものもう少し集中したらどうですか」
ロイの力量を見抜いたのか、退屈そうにロイを見る。
魔力総量だけの男だとも言いたげだ。
奴は杖をポイっと捨てた。
「ハッ! 集中? 良いぜ見せて……やるよ!!」
瞬時にロイは火魔法を弓の形にして火の矢を放つ。
スピードを優先したそれは即座に奴へと迫る。
「(……速い。速いだけですが)『水魔法』」
ジェーグナーは水の防壁を作り、ロイの火の矢を消した。
「これで終わりで────ッ!!?(“二重”!!)」
水の防壁を消した瞬間。ロイの放った矢の後ろから、先程よりも魔力密度の高い火の矢!!
(これの為に隠したのか!)
片手に風魔法を纏い、反射で強力な火の矢を弾いた。
やはり威力が高い。
風魔法でも分散しきれずに多少火傷してしまった。
「……? 消えた?」
随分と逃げ足が速い。
魔力を隠すのも。
舌打ちをして、そのままどこかへ行こうとしたが……
「どこ行くんだ?」
(────上!)
吹き飛ばした建物。
その穴からロイは出てきた。
隙は作れた。
やるべきは────!!
「『火魔法』!!!」
「『火魔法』」
二人の手から放たれる火炎放射がぶつかる。
ゴゴゴ!と音を鳴らして、互いの魔力総量と出力がどちらが上かを確かめるのだ。
「ッ……ッ……」
「………………」
こっちは必死だと言うのに、あっちは余裕そうだ。
次第に奴の火炎がロイの火魔法をどんどん押していき、最後は……
「グアッ!!!」
ロイは押し負けた。
奴の火炎は身をよじることで躱したが……負けた。
「アナタ……魔力総量という才能があるのに、今まで何をしていたのですか……!」
「……魔法の師はいない」
それを聞いたジェーグナーは息を吐き、叫ぶ。
「アナタのような才溢れる者が、才を発揮できずに死ぬなど……我慢ならない我慢ならない我慢ならない我慢ならない我慢ならない我慢ならない我慢ならない!!!!!!」
「……!?」
かつてない強敵。
ここまで卓越した魔法使いと戦えるのは中々ないだろう。
「で、す、が。それで死ぬのも人生。
このまま私に敗れて死んで下さい」
所詮そこまでと言いたいのか。
そんな奴には腹立つ。
「フッ。シアンが仲間になってから、心のどこかでは気づいていたさ。俺が一番弱い事に」
「はい?」
「ならここで掴んでやるわ! 魔法使いの底って奴をよォ!!!!」
ロイの頭脳、才能。
全てを組み合わせた真価が問われる。




