第12話 カロナとカロナになった女
異能力の研究。
カロナが行いたいのはそれだった。
怪しい人体実験でも、倫理を超えた実験でもない。
彼女がやりたい実験は人間の限界……固定観念に挑むもの。
「分からないことばかりだけど、異能力を“強化”できるかもしれないと考えたら凄くない?」
王国の姫様がまさかの研究者気質だったとは。
驚きを隠せない“彼女”だったが、それを聞いて応援したいと思った。
「お嬢様が私を拾ったのは、それに協力させる為ですか?」
可愛いからとか訳のわからないという話だったが、カロナという女は意外と賢い。
信用してもらう為にそう言っただけなのでは?
そんな思いが込み上げてきた。
「それとも……勇者に憧れているからですか?」
「…………」
“彼女”の疑問に一切答えず、ただ空を見つめている。
何故私は人の善意を疑っているのだろうか。
自己嫌悪が腹奥からじわじわと抑えられなくなるが、それでも聞きたかったのだ。
「そんなことを聞きたかったの?」
返ってきたのはその問い。
「あぁ、いえ……」
どこか圧を感じた“彼女”は少したじろいで返す。
「いい? 『勇者がこうしたから』って言って何かするのも確かにかっこいいけど、あたしはあたしなの。
あたしが助けたいと思ったから助けた。
それだけよ?」
憧れたから助けたわけじゃない。
近づきたいから助けたわけじゃない。
あたしが“助けたい”と思ったから助けたのだ。
そこに他人の意思などは存在しないし、どうでもいい。
「………………!」
「あなたとは主従関係で、良い友達でいたいだけ!
だから、この話は終わりよ?」
半信半疑だったカロナとの数日間。
漸く……カロナを心から信じるべきだと思った……“彼女”なのであった。
────────
こうして一週間が経過。
特に不満のない生活を送っていた“彼女”は、散らかりっぱなしのカロナの部屋を片付けていた。
「お嬢様……もう少し綺麗にした方が良いですよ」
「あはは………あたしにはどこに何があるか分かるんだけどね……」
一緒に暮らしていくにつれて、“彼女”の小言が増えてくる。
カロナの両親から「しっかり見ておくように」と念を押されたのだ。
どちらにしろ汚い部屋なので掃除するのだが。
「……ん?」
たくさんある本の中で、一際異色を放つ本があった。
一番汚くて……一番丁寧に扱われた痕跡がある。
「あぁそれ? あたしの“先生”の本よ」
「先生?」
「亡くなった人なんだけど、あたしを研究の道に進ませてくれた凄く偉大な先生よ」
それ以上カロナが多くを語ってはくれなかった。
大切な思い出なのだろう。
ガサツで適当なカロナが、辛抱強く研究を重ねている……どんな傑物なのだろうか。
「あたしの研究は『異能力を向上する』……ってあなたに言ったけど、本質はどちらかと言えば────
『異能力の進化』に近いわ」
鍛錬すれば異能力は進化する。
カロナの研究目的は“スキップ”ではない。
「異能力を一段階上へと進むために……これを“神からの祝福”で神聖な“触れてはならないもの”勘違いしている皆々に宣言してあげるのよ」
そうしてカロナは大声で叫ぶ。
「人の手でやれば、人は更に進化する!
恐るな────! ……ってね」
カロナもカロナの“先生”も、人の可能性を心の底から信じているのだ。
神だからどうこうじゃない。
考えるべきは“人がどうするか”それだけなのだ。
「所詮人」と嗤う人間は多いが、それでもやる。
それが信念であり目標なのだから。
「……私はお嬢様のことを尊敬しておりますよ」
「!!」
嬉しそうに“彼女”を見るカロナ。
そしてどこかしんみりとした声で呟く。
「……ありがとう」
「じゃ、じゃあ、掃除しますね……」
あまりにも真っ直ぐに感謝を告げられてしまい、気恥ずかしくなった“彼女”は、テキパキと掃除を始めた。
カロナも「嬉しいこと」を言われて、黙ってしまう。
何か気が利いたことを言えた方がいいのだが……
“彼女”にそのスキルはなかったみたいだ。
幸せ。
そんな思いが、心の奥をどんどん満たしていく。
……そう長くは続かなかったが。
────────
【一週間後:夜】
カロナは寝ていた。
研究に想いを馳せて、今日もいつも通り寝る。
どう考えても姫様に相応しくない寝方と寝る時間だが、不思議と彼女の顔は美しい。
「………………?」
物音。
違和感。
悪寒……
この感情を感じると言うことは、確実に何か起きる。
────なら。
「…………」
ガチャっと音を鳴らして入ってきた。
足音を極力減らそうと“頑張ってる”音だ。
「……あ? なんだ使用人かよ。カロナはどこだ?」
小声だが、しっかり口に出している。
アホか?
「まぁいいや。コイツに聞けばいい────ガッ!?」
男がナイフをカロナの首に当てようとした時、ガシッと男の首を掴んだ。
ついでにナイフも奪った。
男の体をひょいっと持ち上げると、カロナは『擬態』を解く。
「!? お前がカロ────」
「殺されたくないのなら、話して頂戴。
誰の指示?」
ドスが効いた声でそう語ると、男の体が恐怖で震え出す。
無理もない。
男がどんなに抵抗しても、カロナの腕を離させる事が全くできないのだ。
(この女……ただの姫じゃねぇ……!!)
「話して。首折るよ?」
面倒くさ、とそのまま気絶させようとした時────
男が口を開いた。
「ヴィザだ……ヴィザに頼まれて……アンタの暗殺を……!」
「……あのクソジジイ」
それさえ分かればいい。
男を気絶させ、ヴィザを探す。
身の丈に合わない野望を抱くあの男を懲らしめなくてはならない。
(みんなはどうしてるかしら……)
どうやら城中で騒ぎになってる。
今ここで自分が暴れれば、一気に状況を良くできるかも。
そうして廊下へと向かおうとした瞬間。
「こんばんは。カロナ嬢」
薄汚いネズミの声。
「ヴィザ……アンタは……!」
「私は手を汚さない主義でして」
根っからの小物。
それがヴィザという男だ。
カロナは自身の武器である長剣を取り出した。
こいつは城にいる価値すらない。
破滅させてやる。
そのような思いを抱いた。
……だが。
「ッ!?」
ヴィザの奥に誰かいる。
とんでもない化け物が……
「ご覧下さい。私の“答え”です」
闇から出てきたのは、そこら辺でも買える鉄剣を持った────
「勇者カイルの仲間である魔法使いミラが作り出した……勇者カイルの“分身”です」
「アンタ……彼を人殺しにするつもり!?」
基本黒に覆われて顔は良く見えないし、明らかに偽物だと分かるが……
それでもこれは勇者パーティが作ったものだ。
本来こういうのはガチガチに封印を施されているはず。
「……どうやって?」
「ひそかに人を雇い、彼らと協力しながら封印を少しずつ剥がしたとしたら……? 答えは明白でしょう」
「………………!」
「それじゃあ頑張って」と言い残し、ヴィザはどこかへ消えてしまった。
奴は戦士並みに強いわけではないが、一般人を簡単に倒せるほどの力はある。
そしてその方向は────!
(お父様とお母様を殺すつもりだ……!)
絶対にさせない。
この勇者カイルの分身を倒して。
そうして相手の動向を待つカロナ。
防御主体の戦い方が、カロナのバトルスタイルだ。
分身は剣を鞘にしまい、力を込める。
(何かくる────!)
……そう防御に回ってしまった。
分身から放たれた斬撃は、カロナの防御よりも速く到達し、彼女の胸を斬った。
「……!!?」
その一撃。
その速度。
そのパワー。
その実力差。
地面に大の字で倒れたカロナは察した。
勝てない。
たった四文字の諦めに、全ての感情が負けた。
悔しさも怒りも悲しみも恐怖も。
防御もできずに斬られた。
一撃がまだまだなのは、封印が解けていないからだろう。
「………………」
ゆっくりと起き上がり、カロナはどこかへ行く分身をただ眺めていた。
あぁどこかへ行く。
家族が、仲間が殺される。
そして……憧れの人間が人殺しのようになってしまう。
「……やること……やんなきゃな」
ここで多分……あたしは死ぬ。
死ぬのだ。
カロナは別の人間に『擬態』し、背後を向けている分身に急接近する。
すると分身は背後に接近するカロナに気付き、剣で突く。
『!!』
分身の勢いが止まった。
その姿を見て、一気に攻撃が止まる。
その剣による突きは、カロナの頬を斬った。
これが勇者。
反応速度が尋常じゃなかった。
ただ……やはりこいつは偽物だ。
ヴィザに化けたカロナを見て、動きが止まる。
『…………』
もう異能力が長続きしないほどに消耗したが、欲しかったのはこの数秒である。
片手に力のほとんどを込めて、長剣で分身の剣を叩いた。
キン!と耳が痛くなるほどの音が鳴り、続けてピシッというヒビが入る音。
「安物の鉄剣なんか持つからだよ────……ッ」
腹に強烈な痛み……刺されたのか。
しかも深く。
こいつに感情があるとは思えないが、判断速度は多分本人由来なのだろう。
「…………最高よ。勇者さん?」
『!?』
一言も話さず、分身はカロナがやろうとしていることをただ見ることしかできなかった。
分身の胸ぐらを掴み、長剣で分身の心臓部分を貫く。
血も出なければ痛みも感じてなさそうだが……
(これが……いつか……ヴィザに対抗するため……の……“何か”……に……!)
そのまま倒れた。
────────
【“彼女”】
「はぁ……! はぁ……!」
城の襲撃に対応していたら、カロナに合流できるタイミングが一切なかった。
漸く好きに動ける。
早くしなければ。
嫌な予感が、腹の中をグルグルと回る。
そうして廊下へと向かった時、カロナの部屋にはいなかった。
(一体どこに……!)
そうして、廊下を走り回る中。
衝撃的なものを見つけてしまった。
「お嬢────ッ……カロナ!!?」
血だらけ。
死にかけ。
“彼女”はカロナを起こし、なんとか応急処置をしようとするも……血が止まらない。
「カロナ……! カロナ……!!」
「あはは……ふふっ、やっぱり早いわね。あなたは」
ボディガードなのに、何も守れなかった。
それなのにカロナは“彼女”に対して早いと言った。
「早く……ない! 何も……」
「………………」
カロナに時間は残されていない。
もう死ぬ。
いつの間にか分身が消えた。
「………………これ。あげる」
“彼女”にあげたのは、カロナが持っていた長剣。
「あなたはいつも短剣……でしょ? 二刀流の方が……かっこ……いい……よ」
「カロナ……!」
「私の書庫に……研究内容が……ある……から。
好きに……して……ね」
そうして、彼女の“動き”が止まる。
呼吸が止まったのだ。
「……カロナ? いやっ……!! 待って! カロナ!!!!」
どんなに揺さぶっても、心肺蘇生をしても、カロナは応えてくれなかった。
その目に光こそないが、笑っている。
“彼女”が見届けてくれ、心残りがなくなったのか。
それとも…………
────
【一週間後】
カロナとその両親の死亡は、長男・ログロによって隠蔽。城が魔物によって襲撃されたことが幸いし、隠すのは容易だった。
それを知っているのは、“彼女”と長男ログロと一部の使用人のみ。
「………………」
ただ窓の外を眺める“彼女”
昼に使用人としての仕事をこなし、意味もなく鍛錬をし、夜に泣く。
そんな日から泣くという行為が、傷が少し癒えたことでなくなったが、今も落ち着かない。
「キミ」
「……え? あ! 申し訳ございません」
後ろから声をかけられ、ぼーっとしていたのもあり背中を向けて返事してしまった。
声を掛けてきたのは長男ログロ。
“彼女”と同じくらい……もしかしたらそれ以上、悲しんでいた人間でもある。
「俺と一緒……カロナの書庫に行ってくれないか?」
「書庫?」
そう言えば……
────私の書庫に……研究内容が……ある……から。好きに……して……ね。
……そんなことを言っていた。
「アイツが研究していた『異能力の進化論』は既にアイツによって燃やされていた。
……まぁ、そこはどうでもいい今俺が調べたいのは彼女の“遺書”だ」
「“遺書”……」
「もしかしたら、何か書き残してるかもしれない」
そうして向かった先は彼女の書庫。
相変わらず散らかっていたが、探す意味も込めて片付けてあげた。
「……これ」
他の本と一際異色を放つ本。
カロナの『先生』の本だ。
“彼女”との会話。
そしてカロナは、自分の部屋にはめったに人を入れない。
「まさか」
ログロと共に本を開くと、間から手紙が出てきた。
その内容を読むと、家族への感謝と……“仮面”
仮面は……カロナに酷く類似していた。
「……もし、私の死が国に大打撃を与えそうなら
“これ”を使って。私の研究成果“そのもの”であり、置き土産なの……よ」
“彼女”は驚いた表情で本を読んだ。
本当に……カロナは成功させていた。
「これは俺の考えではあるが、恐らくカロナは“自身”の異能力を進化させる方法を見つけたんだ。だが、それだけでは彼女の論は完成しないと考えたのだろう」
どんなに鍛錬をしても、彼女の能力を仮面に詰め込むのは不可能。
“物体”に残す……異能力は進化は成功。
これを見せたらある程度の証明にはなるはず……
どうして?
「……世界の基準……か」
「え?」
ログロの一言はとても重苦しく、どこか察したようにも見える。
「一歩間違えれば世界は変わる。それを危惧したのかもしれないな……」
────────
様々ものを探し、先程の本以外には何もなかった。
そして……結論付ける時が来た。
最後に残した、謎の仮面。
察するにカロナになれる仮面だろう。
「…………」
“彼女”はある考えが浮かぶ。
カロナはこうなることを読んでいたのだろうか、“彼女”がこうなると。
「……どうした?」
「私が……『カロナになります』」
「!?」
きっと……この仮面はそうなのだろう。
こんなことをしても、カロナは喜ばない。
(分かってるよカロナ。あなたが思っているような方向には持っていかない)
悪い奴を裁く。
私刑なんかじゃない、ちゃんと……やるから。
「ログロ様。聡明ならあなたのことです。
犯人の目星はついているのでは?」
“彼女”の指摘に黙るログロ。
その目、その心をどこか図ろうとしているようも見える。
「……ヴィザだ。この国を……乗っ取りたいのだろう」
「なら。私がそれを防ぐ」
そうして仮面をつけると、全てが“カロナになった”
もう“彼女”ではない。
ログロを国王とし、ヴィザの策略を破壊する。
それこそが……“カロナ”の役割だった。
────────
【二年後:時は現在】
勇者カイル。
その仲間ロイ。
手札は揃った。
「お兄様。私が……やりきります」
「ヴィルベ家は代々国王になり続けていた。
キミがいなければ……ここまでこれなかっただろう。両親……そしてカロナの代わりに────感謝だ」
ログロはしみじみとそう告げる。
「見た目が変わろうとも……“私は私”なので」
次回
第13話 襲撃




