94話 小さなトラブル
フィー曰く……
今日もいつも通り。
なにも変わらない日常が続く、と思っていた。
ただ、昼休みの手前……
午前最後の授業で、ちょっとした事件が起きた。
屋外の運動。
球技を行っていたのだけど、リナリアの放ったボールがフィーにぶつかってしまった、とのこと。
鼻血は出たものの、怪我をしたわけではない。
フィーは、笑って、なんてことないと伝えたのだけど……
ただ、周囲はそれをよしとしない。
一部の生徒がリナリアを責めた。
公爵令嬢であるフィーに怪我をさせるなんて。
下であるリナリアが。
リナリアは顔を青くして謝罪を繰り返して。
フィーが、もういいと言っても、でも、繰り返し謝罪は続けられて。
そこから生まれたすれ違いにより、二人はぎこちなくなってしまった……とのこと。
「なるほど……」
一通りの事情を聞いた私は、次に取るべき行動を考える。
「フィー」
「はい……」
「……えっと、まずは落ち着いて、これからどうするべきか考えましょう」
「「「えっ!?」」」
なぜか、アレックスとジークとネコの三人が驚いていた。
「どうしたんですか?」
「いや、だって……なあ?」
「うん。アリーシャのことだから、シルフィーナの怪我を心配して、治癒院に連れていくと思っていたよ」
「今すぐに国で最高の治癒師を手配します! っていう感じかな?」
「そのようなこと、しませんよ」
……実を言うと、ちょっとだけ考えた。
いや、かなり。
とはいえ、今はリナリアの問題を優先すべきだろう。
さすがに、私でもそれくらいはわかる。
「話を聞く限り、リナリアさんは、フィーに怪我をさせてしまったことを、周囲の生徒のせいで深く気にしてしまったみたいですね」
「はい……」
「とはいえ……今回は、周囲の生徒を強く責めることも難しいですね」
「え? それは……」
「学院で身分の差は関係ありませんが……しかし、完全に影響をゼロにすることはできません。表では気にしていなくても、裏では実は、という話は普通にあると思います。なので、リナリアさんが責められてしまうことも、ある意味では仕方ありません」
「……」
ちょっと酷なことを言ったかもしれない。
しかし、これは事実だ。
現実に起きることだ。
それを避けて、甘い言葉だけを囁くのは違うと思う。
フィーのことは大好きだけど……
溺愛するだけではなくて、姉として、しっかりと導いていきたい。
「フィーがするべきことは、たった一つです」
「そ、それは……?」
「わかりませんか?」
「……はい」
「じゃあ、考えましょう。大丈夫、私も一緒に考えますから」
「……はい」
とはいえ、フィーの表情は暗いまま。
たぶん、まだ動揺しているだろうし……
落ち着いてものを考えることはできないだろう。
それなら……
「もしかしたら……先はあるいは、と言いましたが、周囲の生徒の方が正しいかもしれませんね」
「え?」
「フィーは、公爵令嬢ですから。リナリアさんとの間にある壁は絶対に消えません。確かな差があります」
「それは……」
「誰を友達にするか? そして、相手のことをどれだけ受け入れるか? そこを、フィーは公爵令嬢として考える必要があるかもしれません。リナリアさんとの付き合いも、必要ではないかもしれません。そうすることで、フィーは貴族としての在り方を……」
「そんな! そんなことは……ありません!」
フィーは、強い口調で私の話を否定した。
胸の辺りに手をやり。
ぎゅっと握りつつ、言う。
「リナリアさんは、とても良い人なんです! 最初に知り合った時も、ものを落として困っていた私のことを手伝ってくれて、けっこう時間もかかったのに嫌な顔一つしないで、見つかった時は、よかったですね、って一緒に喜んでくれて……」
「それも、もしかしたら、フィーが公爵令嬢だからからもしれませんよ?」
「それでも!」
フィーは、しっかりと言う。
「それでも、リナリアさんは、私の大事な友達です。身分とか、そういうのは……私は関係ありません! 誰がなんて言おうと、リナリアさんは大事な友達です!!!」
「はい。なら、フィーがそう言えばいいんですよ」
「……ぁ……」
フィーが、ぽかーんとなった。
「誰になんて言われようと、自分が信じることを貫く……それだけでいいんです。まあ、言葉にすると簡単そうに聞こえますが、実際は、とても難しいことですが」
「……はい」
「ですが、フィーならできると信じています」
「それは……どうして、ですか?」
「だって、私の妹ですから」
「……アリーシャ姉様……」
フィーは賢い子だ。
優しくて、意外と度胸があって、時に行動的で……
そうでなかったとしても。
私の妹だ。
なら、姉である私が信じなくてどうする?
「大丈夫ですよ、フィー。ちゃんと話して……それから、皆さんの前できちんと話をすれば、今回のことは解決すると思います。なによりも、フィーが、それだけの強い意思を持っているんですから」
「……はい!」
フィーは、嬉しそうに頷いて。
次いで、ぎゅっと、私に抱きついてきた。
「フィー?」
「……ありがとうございます」
ちょっと肩が震えていた。
口にはしなかったものの、ものすごく怖かったのだろう。
怯えていたのだろう。
背中を押すことはできた。
激励もした。
なら、後は……
「がんばってくださいね。フィーなら大丈夫です、私が太鼓判を押します」
「はい……がんばります」
フィーを、ぎゅっと抱きしめた。
最後は……
姉として、妹を甘やかす番なのだ。




