92話 変わるもの、変わらないもの
放課後。
全ての授業が終わり、クラスメイト達は笑顔になる。
学ぶために学院にやってきているのだから、勉強が嫌いという人は少ない。
ただ、どうしても疲れてしまうので、そこから解放されると自然と笑顔になるのだろう。
かくいう私もその一人で、頬が緩んでいた。
そのまま、うーん、と伸びをする。
「ふぅ……」
勉強は嫌いではない。
新しいことを知るというのは、なかなか楽しいことだ。
とはいえ、疲れることは確かなので、開放感はやっぱりある。
「アリーシャ、一緒に帰らない?」
「はい」
ネコの誘いにすぐに頷いて、席を立つ。
そのまま二人で教室を出て、学院の外に……
「アリーシャ姉様!」
フィーが待っていた。
たたた、と小走りにこちらに駆けてくる。
「どうしたんですか?」
「えっと、お礼を言いたくて」
「お礼?」
「今日はありがとうございました。アリーシャ姉様に作ってもらったお弁当、すごく美味しくて……リナリアもすごいすごい、って言ってて、とても楽しそうで。全部、アリーシャ姉様のおかげです」
にっこりと笑うフィー。
やっぱり、天使の微笑みだ。
「喜んでもらえたのならなによりです。でも、二人が楽しめたのは、二人のおかげですよ。妙なところまで私の功績にしなくても大丈夫ですから」
「でも、すごく美味しかったので!」
「そんなに?」
隣のネコが尋ねる。
「はい、すごく!」
「そっかぁ……ねえ、アリーシャ。今度は、私にもお弁当を作ってほしいな」
「ネコに? まあ、いいですけど……」
「やった! 約束だよ?」
「むぅ……」
ネコが喜んで、フィーがむくれる。
なぜだ?
「あっ……それと」
フィーは、思い出した様子でポケットに手を入れた。
取り出したのは栞だ。
乾燥させた薄紫色の花で作られていて、とても綺麗だ。
「これを、アリーシャ姉様に。リナリアさんが、お弁当のお礼に……って」
「気にしなくてもいいのですが……」
「それくらい美味しかった、っていうことです!」
見た目がいいだけじゃなくて、香りもいい。
香料も少し混ぜられているのかもしれない。
ここまで手の込んだものを、あのお弁当だけでもらうのはどうかと思うのだけど……
手が込んでいるからこそ、断るのも失礼な気がした。
「……はい、わかりました。リナリアさんに、ありがとうございます、と伝えてください」
「はい!」
ありがたく使わせていただこう。
鞄の中に大切にしまう。
「シルフィーナちゃん、今日は楽しかった?」
ネコが問いかける。
フィーは、即答だ。
「はい、とても!」
一切の曇りのない笑顔。
目もキラキラと輝いているような気がした。
その表情だけで、だいたいのことがわかるような気がする。
詳しいことは聞かなくても、楽しい時間を過ごしていたことは確定だ。
「……」
ちょっと寂しい。
妹が巣立つような感じ。
まあ……
私も、いくらか妹離れをしなくてはいけない。
だから、これは喜ぶべきこと。
とはいえ、姉として複雑なところもあり……
はぁ……
こうしたらこう、という感じで、簡単に割り切ることができたらいいのに。
そうすれば悩むことはないだろうし、私の問題……メインヒロインになるということも、わりと簡単にできるような気がする。
ただ……
それはそれで、ありえないことなのだろう。
だって、悩むのは当然のこと。
迷わない、悩まない人なんていない。
どれだけ優れた人でも、どれだけ地位のある人でも、悩むものだ。
それが人っていうもの。
だから、私は……
人らしく、思う存分に悩むことにしよう。
「アリーシャ姉様?」
「いえ、なんでもありません。ちょっと考え事をしていました」
「なにか悩みですか? よかったら、私が話を聞きますが……」
「もちろん、私も聞くよ」
やっぱり、フィーとネコは優しい。
悩みを一人で解決することは難しい。
でも、周りにこんな素敵な人がいるのなら……
うん。
きっと、なんとかなるだろう。
「ひとまず、今は大丈夫です」
「そうですか……」
「ただ、ダメそうになった時は、たくさん相談させてもらいますね」
「あ……はい!」
フィーは、嬉しそうに笑った。
頼られることが嬉しいのだろう。
「ネコも、その時は頼りにさせてもらいますね」
「もちろん。バンバン来ていいよ」
「ふふ。では、遠慮なく」
「……」
「なぜ、驚いているのですか?」
「いや、だって……以前のアリーシャなら、遠慮なく、とは言わないような気がしたかな、って」
「……そう言われてみると」
私は悪役令嬢で、なんとかして破滅を避けたいわけで。
でも、同時に、どこかで皆に一線を引いていたような気がする。
悪役令嬢だから。
破滅の可能性があるから。
だから、最悪、巻き込まないように浅く狭くの関係が理想なんて思っていて……
でも、今は違う。
メインヒロインに昇格しなければいけない、という目的はあるのだけど……
それだけじゃない。
私は一人じゃない。
大事に想ってくれている人がたくさんいる。
そんな素敵な人達を突き放すなんて、愚かなことをしてはいけない。
この絆を大切にするべきだ……なによりも。
そう、思うようになったから、なのかもしれない。
「ちょっとした心変わりなのかもしれません。おかしいですか?」
「ううん、とても素敵だと思うよ」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
なぜか……
本当に、なぜなのか?
優しく、嬉しそうに微笑むネコを見て……
ちょっとだけ、心がぽかぽかして、慌ててしまうのだった。




