87話 意識する? しない?
舞踏会は続いている。
楽団は次々と曲を奏でて、皆を笑顔にする。
そして広間では、大勢の生徒達が踊っている。
うん、楽しい。
とはいえ、ずっと踊り続けるのは大変なので、少し休むことにした。
会場の端に移動して、冷たいドリンクの入ったグラスを傾ける。
「お疲れですか?」
フィーがやってきた。
私を見て、心配そうな顔をしている。
「もしかして、無理を……」
「大丈夫ですよ。確かに疲れましたが、体は元気です。そういうことではなくて……色々と考えて、頭の中が忙しくて」
アレックス。
ジーク。
ネコ。
三人とのダンスを思い返す。
アレックスは不器用だった。
でも、私に痛い思いをさせないよう、とても慎重に踊ってくれた。
そんなアレックスと一緒にいると、自然に笑うことができる。
ジークは、驚くほど上手だった。
彼に任せていれば、なにも不安に思う必要がない。
私の意思を確かめて、急かすことなく、しっかりと導いてくれる。
ネコは、してやられたという感じ。
まさか、ここで本来の男の姿でやってくるとは。
でも、それはとても新鮮で……ちょっとドキドキした。
「……うーん」
よくわからない。
よくわからないのだけど……
三人のことが、今までと違うように見えた気がする。
アレックスもジークもネコも、なにも変わっていない。
ちょっとおしゃれをして、一緒にダンスを踊っただけ。
それだけなのだけど……
「………………うーん」
私の方がちょっとおかしい。
落ち着かないというか。
そわそわするというか。
集中的できないというか。
……全部同じ意味か。
いったい、私はどうしてしまったのだろう?
「あの……」
フィーは、ちょっと緊張した様子で尋ねてくる。
「アリーシャ姉様は……一番楽しかったのは、誰と踊った時ですか?」
「一番……ですか?」
「はい、一番です」
フィーは、けっこう真剣な様子だ。
どうしたのだろう?
不思議に思うものの、答えは決まっている。
「もちろん、フィーですよ?」
「!?」
「最初にフィーと踊った時が、一番楽しかったです」
「本当ですか?」
「もちろんです」
「アレックスより?」
「はい」
「ジーク様より?」
「はい」
「ネコさんよりも?」
「はい」
「……っ……」
フィーの顔が、ぱっと明るくなる。
花が咲くような笑顔だ。
可愛い。
「……ただ」
「ただ?」
「三人と踊ることも、それぞれ違う楽しさがありました」
「むぅ……」
この解答は必要なかったらしく、フィーはちょっと不満そうに頬を膨らませた。
「フィーは……私が三人と踊ったことが嫌でしたか?」
「嫌ではありません……いえ、本当は少し嫌でした」
「それはなぜ?」
「えっと、その……すごく子供っぽい理由なのですが。なんていうか……アリーシャ姉様が、三人に取られてしまうような気がして」
嫉妬かな?
それはそれで可愛い。
「もしもの話ですけど、アリーシャ姉様が誰かと結婚することになって……」
なぜか、三人の顔が思い浮かぶ。
「その人のことを、私よりも大事にするのでしょうか? その人と暮らして、毎日一緒に過ごして……そして私は、時々しか会えなくなって。そうやって、いつか、私のことを必要としなくなるかもしれない、って……」
嫉妬ではなくて、不安だ。
出自による問題は解決したと思っていたけれど……
トラウマに近いもの。
それが簡単に解決するわけはない。
もっと考えるべきだった。
「フィー」
「……ぁ……」
小さな体を抱きしめた。
「そのようなことは、絶対にありません」
「でも……
「私が誰かを好きになっても、結婚しても……それでも、フィーが大切な妹であることは変わりませんよ」
「本当に?」
「はい」
「その人に、私と会うなと言われても?」
「そのような方は、好きにならないと思います」
「結婚したら、毎日会えなくなります」
「近くに住みます」
「遠い国へ行かなければならなくなったら?」
「フィーも連れていきます」
「相手の方が、嫌だと言ったら?」
「説得します」
「説得できなかったら?」
「別れます」
「そこまで!?」
「フィーを大切にできない方と、一緒にいることはできません」
安心させるために適当なことを言っているのではなくて、全て本心だ。
フィーは大事な妹だ。
その家族を大事にできない人と、どうして結婚などできようか?
相手の妹も大事にできない人が、新しく家族になる妻を大事にできるはずがない。
まあ、世の中、政略結婚というものがあるのだけど……
幸い、お父様はそれを必要としないほど高い地位にある。
それ以上を求めることもしないし、家族を不幸にするくらいなら没落してもいい、と迷うことなく言えるような人だ。
私には縁のない言葉だろう。
「私の大切な人が増えたとしても、フィーの場所がなくなるわけではありません。だから、安心してください。あなたは、ずっと私の妹ですよ」
「……ありがとうございます」
落ち着いたらしい。
すん、と小さく鼻を鳴らしつつ、私から離れる。
残念。
「ごめんなさい、変なことを言って」
「いいえ、気にしていませんよ」
「えっと……私は、アリーシャ姉様の先が気になったというか。好きな人ができたらどうなるのかな、と思って……」
「好きな人……ですか」
「はい。その時のことを、ちょっと考えるようになって……それだけです」
前世の私は、恋愛と縁がなかった。
この世界へ転生してからは、破滅を避けることとフィーを幸せにすること、そればかりを考えていた。
自分が誰かを好きになる可能性なんて、ほとんど考えたことがない。
考えたことはないのだけど……
ただ、不思議とアレックスとジークとネコのことが思い浮かぶのだった。




